第130話 ビスタ陥落から始まっていた
ビスタが陥落する時。
一発の空砲が鳴っていた。
その合図の意味とは、直ちに戦闘行為をやめ、敵に降伏姿勢を見せろ。
という意味ではなく、ここから突撃を開始だ。
であったのだ。
ビスタの兵三万。
それが、ビスタの地下にいた。
東と北。
双方の連絡路は潰れているのに、三万もの兵士たちは地下にいたのである。
「ホルス閣下。合図が来ました」
「そう。わかった。それじゃあ進むよ」
王国中将ホルス・マーキュリー。
ビスタの領主となっていたドリュースの腹心。
優秀な補佐で、単独で指揮をしてもそつなくこなすことが出来る人物だ。
綺麗な緑色のロングヘアーが特徴的である。
「結んでおこう。地下道じゃ、髪が引っ掛かったりして邪魔ですしね」
ヘアゴムで髪を結わえて、ホルスは地下道を前進した。
「閣下。ここから、出口までどれくらいかかるのでしょうか?」
「そうですね。数日はかかると思いますよ」
「そ、そうですか。しかし、呼吸はどうなるのでしょうか? これほどの人数がここにいたら・・・」
「はい。それは大丈夫です。所々で穴が開いてますし、緊急脱出の出入り口もありますから、空気は新鮮なものが来ているはずです」
ビスタの東と北の地下道が無くなっているのに、彼らは地下道を進む。
そう、彼らが進んでいるのは北東に出来た新たな地下道だった。
イルミネスが作戦立案、ドリュースが実行。
この新たな地下道作戦は、帝国を出し抜くための秘策だった。
帝国が地下道を利用していることを王国は知っている。
そして、帝国は、王国がその道を知るように仕向けていたわけだが。
その意図を良く知っていた王国は、その帝国の思い込みの部分を逆手に取って、逆に帝国の知らない地下道を作り出していたのだ。
この作戦の利点は、ビスタが陥落しても、ビスタを守り切れても、どちらでもいい事が利点だった。
ビスタが数日耐えることが出来た場合だと、逆にシンドラなどの都市を狙って、今攻撃に出ている敵軍を挟み撃ちにすることも出来るし、臨機応変に戦える。
それとビスタが即座に陥落しても、このように手薄となった帝都を狙い撃ちに出来るのだ。
「ゆっくりと進軍しよう。間延びした地下道だからね。兵士たちが陽のあたらないストレスがたまるかもしれないけど、まだ人目にはつきたくない。陥落して一日くらいは下にいないと」
敵の目を欺くため。
地下道に身を隠してから、地上に出る。
そこからは、あっという間に帝都へと進むのだ。
ここが重要な場面であると、ホルスは考えていた。
「ホルス閣下。後ろの光は閉ざされたとのことです」
「そう。わかった。ビスタは完全敗北なのね」
光を閉ざしたという事は、陥落の合図。
だから作戦は帝都へ直行だった。
「この場合。ミラークからでしたね」
「そうです。閣下。その村を速攻で落として、帝都への足掛かりにします」
「わかりました。落とせると思いますが、気を引き締めていきましょう」
「はい」
ホルスは、礼儀正しい女性であった。
◇
これが帝都防衛戦争の始まりの部分。
この戦いの最大の分かれ道となったのは、実は王国と帝国の双方の軍が関係したわけじゃなかった。
戦争の結果を左右させるくらいに、大きな影響を与えたのは、ミラークと呼ばれる村に彼女たちがいた事である。
大勢関わった戦争だというのに、全ての結果を決めたとまで言われる行動を起こしていたのは、たったの二人だった。
運命の分かれ道はここにあった。
◇
ミラークの見張り番が騒いだ。
「帝国軍じゃない軍が来ているみたいだ」
「なんだって、村長に連絡をしろ」
見張りの男性は村長に連絡を入れた。
男性が村長の家に入ると、村長はたまたま二人と座談会をしていた。
「どうした」
「村長。敵が来たみたいだ。もう少しでこっちに来るらしい。なんか兵士がこっちに来ているみたいなんだ。恰好が帝国のものじゃない。敵兵みたいだ」
「敵!? 全ては勝っているとの連絡じゃったはず」
村長は、こちらの女性二人からそのような情報を得ていた。
「うちらが聞いた話じゃ、ビスタでも勝ちだって言ってたよな。ミレン?」
「ああ。あたしもそういう風に聞いたんだけどな。おい。その敵とやらは、なんぼいた? 数は?」
「それが、万以上はいたと・・」
「「万だと!?」」
ミレンとラルアナが同時に驚いた。
そうこの二人がこの村にいたのである。
本名で活動しているのは、ナボルが消えたからと、フュンのおかげで身分を与えたからであった。
元ウインド騎士団の幹部。ミレンとラルアナ。
この二人がいるこの場所に、王国兵がやって来たのだ。
「万か。こいつはヤバいな。うちらじゃ、どうにもならん」
「ラルアナ」
ミレンが真剣な表情だったので、ラルアナも茶化さずに聞いた。
「ん?」
「時間稼げるか。十分。そのくらいの時間をくれ」
「何するんだ?」
「連絡を入れてみる。光信号だと、もしかしたらあっちに余計な刺激をしてしまうかもしれないから、鳥を使う。こっから、北の連携信号所の連中に手紙を出してみるわ・・・・帝都への手紙を出す。ペンをくれ村長」
「お。おう。ここにあるぞい」
「ありがとう」
ミレンが字を書き始めると、ラルアナが席を立った。
「そういうことか。わかった。ここはラルに任せる」
ラルアナは、ミレンの行動の意味を理解した。
「村長。敵の方にいこう。たぶん、勧告をしてくるぞ」
「勧告じゃと」
「奴らが言うのは、ここを占領させろだろうな。たぶんな」
「そうか・・・ラルアナ。お主が話すか」
「ああ。ちょっとだけ任せてくれ。時間を稼ぐからさ」
ミレンとは違う行動を取ったラルアナは、村の外れに行った。
◇
村に、先遣部隊がやって来た。
「無駄な抵抗をやめてくれると、あなたたちを傷つけなくて済む。投降して欲しい。よろしいかな」
ホルスの部下のニルトンが聞いた。
村人たちが、クワなどを持っていたので、徹底抗戦してくると考えたのだ。
「えっと、あんたらは何者なのかな。帝国軍には見えねえんだけどよ」
明らかな敵に対して、堂々と受け答えしたのがラルアナだった。
こんな時でも精神が安定していて、この状況に動じていないからこそ、態度を改めずして行動を続けられる。
彼女は、さすがあの戦乱の時代を生き抜いた猛者だった。
「私たちは王国軍だ」
「そうか。なんで来たんだ?」
「ここを占領させてほしい」
「へえ。なんもないぞ。ここ? いいのか」
「いい」
「飯もないぞ。あんたらを食わすくらいのな。どんくらい、いんだ?」
「三万だ」
自然な流れで敵の軍量を知る。
巧みな会話術だった。
「んじゃ、無理だわ。うちらの村よりも人がいるからよ。差し出せる食料がねえわ。だったら、うちらもあんたらと戦った方がいいのかな」
「それはやめておいた方がいい。皆殺しにしてしまう。我々はそれだけはやりたくない」
「そうかい・・・んじゃ、何のメリットもねえのに、ここを占拠するんかい?」
ラルアナは、そのメリットを知っている。
ここを占領すれば、帝都まで一直線に向かうことが出来る。
それとここに多少の兵を置けば、邪魔もしやすくなる。
例えば、ビスタからスクナロ軍が出てきた場合。
その援軍の足止めも可能となるのだ。
だからこいつらの目的は・・・。
帝都の奪取だという事だ。
「とにかく、あなたと問答をする時間が勿体ない。ここを占拠させてほしい。村長はあなたなのか」
「いんや」
ラルアナは手を横に振った。
「じゃあ、村長を出せ」
ニルトンはここには村長がいないと思った。
「いるけど。こっちに」
ラルアナは、隣にいる男性を親指を立てて紹介した。
「な、隣にいるのに、あなたが話したのか」
「いや、気になったから話していただけだ。あんたが丁寧な人で助かったよ。うちみたいなのと会話してくれてさ」
「くっ。馬鹿にして」
ニルトンが剣を取り出して、攻撃態勢を整えようとしても、ラルアナはビビりもせずに、不動でいた。
「攻撃すんのか。いいぜ。うちを斬ってみろよ」
「なんだと」
「ほれ。ここを差し出してやんぜ」
ラルアナは自分の首の左側を手刀で叩いた。
ここを斬れ。
堂々と挑発する姿を見て、周りの村人が驚き、敵兵たちすらも驚く。
「き、貴様」
「でも一つ忠告しよう。うちを斬れば、その時。あんたが最初に言った事とは別な状態になるぞ。あんたは上司に無血で占領しろと命令を受けただろ?」
「・・・な、なぜそれを・・」
ラルアナの言った言葉が真実だったので、ニルトンはたじろいでしまった。
「あんた。優しくて真面目だな。歳はうちの子くらいか。大人になっても可愛いくらいだな」
口調が柔らかくなったラルアナは、ニルトンに微笑んだ。
「なんだと」
「あんた。本来なら、ここを皆殺しにしてもいいのによ。でも忠告までするくらいなんだ。あんたの大将は、あんた以上の優しい人だな。兵士じゃない人間を殺したくないんだな」
「・・・・」
この予想も当たっていた。
敵兵の目的はここの占拠であって、ここを無くすことじゃない。
無意味に人を殺すことも目的じゃないのは、ここに来た当初の第一声で分かっていた事だった。
だから、ラルアナは強気の言葉で会話を進めていたのである。
この土壇場でこの対応が出来るのは、さすがの一言。
彼女は、歴戦の猛者ばかりいたウインド騎士団の幹部なのだ。
そんじょそこらの肝っ玉ではなかった。
「ニルトン。何をしていますか。民間人に手を出してはいけません」
「・・あ!? ホルス様」
「申し訳ない。ミラークの方々。どうか、そのクワなどもおさめてください。戦いはしたくありませんので、降伏を宣言して頂けると嬉しいです。やって欲しいのは、こちらを封鎖する事だけ。これをお願いしたい」
ラルアナは、村長にだけ顔を向けてウインクした。
これを了承しろ。
時間稼ぎは十分にしたはず。
彼女はちゃっかりその計算もしていたのだ。
そう。この時間の間に・・・。
◇
「これでどうだ。さっきのラルの会話も盛り込んでと・・ここから偵察兵の出入りが消えるからな・・・このハトさんに託すしかない」
後付けの殴り書きで兵数を書いたミレンは、伝書鳩の足にメモを括りつけた。
まだホルスと村長の細かい交渉が続いている間に、反対側に行って、ミレンは伝書鳩を外に出した。
「いけるか。頼むよハトさん。皆に知らせを頼んだ・・・」
ここが運命の分かれ道だった。
この情報が無ければ、アインの冷静な判断にまで繋がらなかった。
重要な局面には、些細な出来事が、運命を左右することもあるのだ。
全ては細かい事の積み重ね。
それが大切であった。




