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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 帝都防衛戦争

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第130話 ビスタ陥落から始まっていた

 ビスタが陥落する時。

 一発の空砲が鳴っていた。

 その合図の意味とは、直ちに戦闘行為をやめ、敵に降伏姿勢を見せろ。

 という意味ではなく、ここから突撃を開始だ。

 であったのだ。


 ビスタの兵三万。

 それが、ビスタの地下にいた。

 東と北。

 双方の連絡路は潰れているのに、三万もの兵士たちは地下にいたのである。



 「ホルス閣下。合図が来ました」

 「そう。わかった。それじゃあ進むよ」

 

 王国中将ホルス・マーキュリー。

 ビスタの領主となっていたドリュースの腹心。

 優秀な補佐で、単独で指揮をしてもそつなくこなすことが出来る人物だ。

 綺麗な緑色のロングヘアーが特徴的である。


 「結んでおこう。地下道じゃ、髪が引っ掛かったりして邪魔ですしね」


 ヘアゴムで髪を結わえて、ホルスは地下道を前進した。


 「閣下。ここから、出口までどれくらいかかるのでしょうか?」

 「そうですね。数日はかかると思いますよ」

 「そ、そうですか。しかし、呼吸はどうなるのでしょうか? これほどの人数がここにいたら・・・」

 「はい。それは大丈夫です。所々で穴が開いてますし、緊急脱出の出入り口もありますから、空気は新鮮なものが来ているはずです」

 

 ビスタの東と北の地下道が無くなっているのに、彼らは地下道を進む。

 そう、彼らが進んでいるのは北東に出来た新たな地下道だった。

 イルミネスが作戦立案、ドリュースが実行。

 この新たな地下道作戦は、帝国を出し抜くための秘策だった。


 帝国が地下道を利用していることを王国は知っている。

 そして、帝国は、王国がその道を知るように仕向けていたわけだが。

 その意図を良く知っていた王国は、その帝国の思い込みの部分を逆手に取って、逆に帝国の知らない地下道を作り出していたのだ。

 この作戦の利点は、ビスタが陥落しても、ビスタを守り切れても、どちらでもいい事が利点だった。

 ビスタが数日耐えることが出来た場合だと、逆にシンドラなどの都市を狙って、今攻撃に出ている敵軍を挟み撃ちにすることも出来るし、臨機応変に戦える。

 それとビスタが即座に陥落しても、このように手薄となった帝都を狙い撃ちに出来るのだ。


 「ゆっくりと進軍しよう。間延びした地下道だからね。兵士たちが陽のあたらないストレスがたまるかもしれないけど、まだ人目にはつきたくない。陥落して一日くらいは下にいないと」


 敵の目を欺くため。

 地下道に身を隠してから、地上に出る。

 そこからは、あっという間に帝都へと進むのだ。

 ここが重要な場面であると、ホルスは考えていた。


 「ホルス閣下。後ろの光は閉ざされたとのことです」

 「そう。わかった。ビスタは完全敗北なのね」


 光を閉ざしたという事は、陥落の合図。

 だから作戦は帝都へ直行だった。


 「この場合。ミラークからでしたね」

 「そうです。閣下。その村を速攻で落として、帝都への足掛かりにします」

 「わかりました。落とせると思いますが、気を引き締めていきましょう」

 「はい」

 

 ホルスは、礼儀正しい女性であった。


 ◇


 これが帝都防衛戦争の始まりの部分。

 この戦いの最大の分かれ道となったのは、実は王国と帝国の双方の軍が関係したわけじゃなかった。

 戦争の結果を左右させるくらいに、大きな影響を与えたのは、ミラークと呼ばれる村に彼女たちがいた事である。

 大勢関わった戦争だというのに、全ての結果を決めたとまで言われる行動を起こしていたのは、たったの二人だった。

 運命の分かれ道はここにあった。



 ◇


 ミラークの見張り番が騒いだ。


 「帝国軍じゃない軍が来ているみたいだ」

 「なんだって、村長に連絡をしろ」


 見張りの男性は村長に連絡を入れた。

 男性が村長の家に入ると、村長はたまたま二人と座談会をしていた。

 

 「どうした」

 「村長。敵が来たみたいだ。もう少しでこっちに来るらしい。なんか兵士がこっちに来ているみたいなんだ。恰好が帝国のものじゃない。敵兵みたいだ」

 「敵!? 全ては勝っているとの連絡じゃったはず」


 村長は、こちらの女性二人からそのような情報を得ていた。

 

 「うちらが聞いた話じゃ、ビスタでも勝ちだって言ってたよな。ミレン?」

 「ああ。あたしもそういう風に聞いたんだけどな。おい。その敵とやらは、なんぼいた? 数は?」

 「それが、万以上はいたと・・」

 「「万だと!?」」

 

 ミレンとラルアナが同時に驚いた。

 そうこの二人がこの村にいたのである。

 本名で活動しているのは、ナボルが消えたからと、フュンのおかげで身分を与えたからであった。

 元ウインド騎士団の幹部。ミレンとラルアナ。

 この二人がいるこの場所に、王国兵がやって来たのだ。


 「万か。こいつはヤバいな。うちらじゃ、どうにもならん」

 「ラルアナ」


 ミレンが真剣な表情だったので、ラルアナも茶化さずに聞いた。


 「ん?」

 「時間稼げるか。十分。そのくらいの時間をくれ」

 「何するんだ?」 

 「連絡を入れてみる。光信号だと、もしかしたらあっちに余計な刺激をしてしまうかもしれないから、鳥を使う。こっから、北の連携信号所の連中に手紙を出してみるわ・・・・帝都への手紙を出す。ペンをくれ村長」

 「お。おう。ここにあるぞい」

 「ありがとう」


 ミレンが字を書き始めると、ラルアナが席を立った。


 「そういうことか。わかった。ここはラルに任せる」


 ラルアナは、ミレンの行動の意味を理解した。

 

 「村長。敵の方にいこう。たぶん、勧告をしてくるぞ」

 「勧告じゃと」

 「奴らが言うのは、ここを占領させろだろうな。たぶんな」

 「そうか・・・ラルアナ。お主が話すか」

 「ああ。ちょっとだけ任せてくれ。時間を稼ぐからさ」


 ミレンとは違う行動を取ったラルアナは、村の外れに行った。


 


 ◇

 

 村に、先遣部隊がやって来た。


 「無駄な抵抗をやめてくれると、あなたたちを傷つけなくて済む。投降して欲しい。よろしいかな」

 

 ホルスの部下のニルトンが聞いた。 

 村人たちが、クワなどを持っていたので、徹底抗戦してくると考えたのだ。


 「えっと、あんたらは何者なのかな。帝国軍には見えねえんだけどよ」


 明らかな敵に対して、堂々と受け答えしたのがラルアナだった。

 こんな時でも精神が安定していて、この状況に動じていないからこそ、態度を改めずして行動を続けられる。

 彼女は、さすがあの戦乱の時代を生き抜いた猛者だった。

 

 「私たちは王国軍だ」

 「そうか。なんで来たんだ?」 

 「ここを占領させてほしい」 

 「へえ。なんもないぞ。ここ? いいのか」 

 「いい」 

 「飯もないぞ。あんたらを食わすくらいのな。どんくらい、いんだ?」

 「三万だ」


 自然な流れで敵の軍量を知る。

 巧みな会話術だった。

 

 「んじゃ、無理だわ。うちらの村よりも人がいるからよ。差し出せる食料がねえわ。だったら、うちらもあんたらと戦った方がいいのかな」

 「それはやめておいた方がいい。皆殺しにしてしまう。我々はそれだけはやりたくない」

 「そうかい・・・んじゃ、何のメリットもねえのに、ここを占拠するんかい?」


 ラルアナは、そのメリットを知っている。

 ここを占領すれば、帝都まで一直線に向かうことが出来る。

 それとここに多少の兵を置けば、邪魔もしやすくなる。

 例えば、ビスタからスクナロ軍が出てきた場合。

 その援軍の足止めも可能となるのだ。

 だからこいつらの目的は・・・。

 帝都の奪取だという事だ。


 「とにかく、あなたと問答をする時間が勿体ない。ここを占拠させてほしい。村長はあなたなのか」

 「いんや」


 ラルアナは手を横に振った。

 

 「じゃあ、村長を出せ」


 ニルトンはここには村長がいないと思った。


 「いるけど。こっちに」


 ラルアナは、隣にいる男性を親指を立てて紹介した。


 「な、隣にいるのに、あなたが話したのか」

 「いや、気になったから話していただけだ。あんたが丁寧な人で助かったよ。うちみたいなのと会話してくれてさ」

 「くっ。馬鹿にして」


 ニルトンが剣を取り出して、攻撃態勢を整えようとしても、ラルアナはビビりもせずに、不動でいた。

 

 「攻撃すんのか。いいぜ。うちを斬ってみろよ」

 「なんだと」

 「ほれ。ここを差し出してやんぜ」


 ラルアナは自分の首の左側を手刀で叩いた。

 ここを斬れ。

 堂々と挑発する姿を見て、周りの村人が驚き、敵兵たちすらも驚く。


 「き、貴様」

 「でも一つ忠告しよう。うちを斬れば、その時。あんたが最初に言った事とは別な状態になるぞ。あんたは上司に無血で占領しろと命令を受けただろ?」

 「・・・な、なぜそれを・・」

 

 ラルアナの言った言葉が真実だったので、ニルトンはたじろいでしまった。

 

 「あんた。優しくて真面目だな。歳はうちの子くらいか。大人になっても可愛いくらいだな」

 

 口調が柔らかくなったラルアナは、ニルトンに微笑んだ。


 「なんだと」

 「あんた。本来なら、ここを皆殺しにしてもいいのによ。でも忠告までするくらいなんだ。あんたの大将は、あんた以上の優しい人だな。兵士じゃない人間を殺したくないんだな」

 「・・・・」


 この予想も当たっていた。

 敵兵の目的はここの占拠であって、ここを無くすことじゃない。

 無意味に人を殺すことも目的じゃないのは、ここに来た当初の第一声で分かっていた事だった。

 だから、ラルアナは強気の言葉で会話を進めていたのである。

 この土壇場でこの対応が出来るのは、さすがの一言。

 彼女は、歴戦の猛者ばかりいたウインド騎士団の幹部なのだ。

 そんじょそこらの肝っ玉ではなかった。


 「ニルトン。何をしていますか。民間人に手を出してはいけません」

 「・・あ!? ホルス様」

 「申し訳ない。ミラークの方々。どうか、そのクワなどもおさめてください。戦いはしたくありませんので、降伏を宣言して頂けると嬉しいです。やって欲しいのは、こちらを封鎖する事だけ。これをお願いしたい」

 

 ラルアナは、村長にだけ顔を向けてウインクした。

 これを了承しろ。

 時間稼ぎは十分にしたはず。

 彼女はちゃっかりその計算もしていたのだ。

 そう。この時間の間に・・・。



 ◇


 「これでどうだ。さっきのラルの会話も盛り込んでと・・ここから偵察兵の出入りが消えるからな・・・このハトさんに託すしかない」


 後付けの殴り書きで兵数を書いたミレンは、伝書鳩の足にメモを括りつけた。 

 まだホルスと村長の細かい交渉が続いている間に、反対側に行って、ミレンは伝書鳩を外に出した。


 「いけるか。頼むよハトさん。皆に知らせを頼んだ・・・」


 ここが運命の分かれ道だった。

 この情報が無ければ、アインの冷静な判断にまで繋がらなかった。

 重要な局面には、些細な出来事が、運命を左右することもあるのだ。

 全ては細かい事の積み重ね。

 それが大切であった。

 

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