第128話 8月21日 知らぬ内の危機
全ての戦場へと出陣してしまった帝国の大都市にいた軍。
最前線となる都市以外からも兵士たちは、戦争に参加していた。
それは、サナリア。バルナガン。ササラの後方都市に加えて、帝都もである。
これらの都市では、兵士たちのほとんどが出払っていて、帝都にだけは万が必要かとなり、一万の軍が念のために残っていた。
この事からも分かるように、フュンの作戦は攻撃にのみ特化していたのだ。
防御を疎かにしていたというわけではなく、攻勢に出て全てを封じる事を考えていたのだ。
これはフュンにしては珍しい事である。
だからこそ、ここまでの全面での攻勢を仕掛けてくるとは、あのネアルでも思わなかったというのが、この戦争の肝となる部分だ。
それに考えとしては、理に適っている部分があって、一挙に王国側の全ての都市を封鎖すれば、別に帝国の都市に兵士を配備しなくてもいいだろうという逆の発想だったのだ。
なにも、この考えは間違いじゃない。
実際にフュンの作戦通りに、王国の主要都市は封じ込められているからだ。
こうなれば、別に自分たちの後ろの都市に兵を配備しなくてもいいと思うのは、赤子でも分かる事だ。
しかし、この考えが、逆に危機を招く原因になっていた。
王国はその考えを逆手に取る作戦を発動させたのだ。
ネアルとヒスバーンの戦略により、帝国は気付かない内に大ピンチに陥っていたのである。
◇
帝国歴536年8月21日。
帝都。
ここには、帝国の将たちの中で、大戦を担うような将が一人だけいたのだが、その人は休息が必要だったために待機命令が出されていた。
ここにいるのは、サティやアンなどの戦いがメインではない幹部たちと、フュンとシルヴィアの子供たちくらいが残っていたのである。
予備兵を指揮していたのも、ジャンダとパースの二人で、二人とも戦いは出来るが、もちろん大将クラスの実力があるわけではない。
でもまあ、それも仕方ない事だった。
六都市を同時に襲うという事は、帝国の将全てを駆使していかないといけない事だったのだ。
サティは、帝都城のバルコニーで都市の様子を眺めていた。
彼女の腕には、フィア・ダーレーがいた。
皇帝の最後の子供で甘えん坊らしく、抱っこされているのである。
「フィア、腕がだるいのです。あなた、もう六歳ですよ。抱っこの歳じゃありませんよね」
「ねえ、サティ様。帰って来るかな」
「あの・・・聞いています」
「父様、来るかな。母様も来るかな」
「・・・あの、重いんですけど。降りてはもらえないのでしょうか」
「サティ様。頑張って」
「はぁ・・・あなたは、まったく。ジークに似てますね。やりたいことに一直線ですもんね。あの子と同じということは、人の気持ちは考えませんもんね。自分を押し付けるのが上手いんですよね。はぁ」
フィアはジークに似ていた。
女版ジークと後に言われるくらいに食えない性格をしている。
とまあ、この日の朝も、フィアと戯れるくらいに、何も変わり映えしない帝都であるのだとサティは思っていた。
皇帝夫妻が戦地へ行っているために、守りを固めるのは自分の役目だとして、彼女は二人の世話をしていた。
二人という事は、もう一人がいる。
サティのスカートの裾が引っ張られた。
「ん?」
「サティ様」
「ああ、ツェン」
ツェンは、寝ぼけている目を擦りながらサティの隣にいた。
「ボク・・・・眠い・・・・です」
「あの、ツェン。もうお昼に入りそうですよ。起きてからだと一時間以上は経ったはずですよ。いい加減起きてなさい」
「・・・はい・・・・でも眠いです」
ツェンは、フュンに顔が似てないが雰囲気は似ていた。
のんびりとした性格の持ち主で、明るい笑顔が特徴的。
その笑顔の部分などが、アインと共通しているわけだが、彼は能力的には若干ピカナ寄りの能力を持っている。
何もかもが平凡な子であって、とにかく兄弟の誰よりも優しい男の子であるのだ。
『ダダダダダ』
廊下を走る音が聞こえて、三人は振り返った。
「サティ様」
慌てているアインが部屋に入って来た。
「あら? アイン。どうかしましたか」
「緊急の光信号が空に」
「え。光信号!? どこにですか?」
「あちらに浮かんでいました。だから帝都にも伝令が来るかもしれません」
アインは遠くの光が見えていた。
帝都にいる伝令兵よりも先にその光を見つけたのである。
「あなた・・光信号を読み取れるのですか」
「はい。出来ます」
「・・・な、あれは・・普通の兵士でも出来ない・・・」
あれは高度な技術を要する。
時間配分や文字列の具合を光で表現しているので、間違って読んでしまうかもしれないのだ。
それをいとも簡単に解読できる少年なんて・・・。
いつもの事だが、アインには驚かされるばかりである。
「それで、何の暗号でしたか」
「それが、帝都に敵軍が来ていると」
「なんですって!? まさか。作戦は順調なはず。軍なんてくるはずが・・・」
「はい。作戦はすべて成功で、六都市を押さえていることは知っています」
「・・・ん? なぜあなたが知っているのですか」
「僕は西の城壁の上で、いつも光信号を読み取っていましたからね。大体の戦場の情報が頭に入っています」
アインは戦争が起きてから今まで。
味方から帝都まで送られてくる情報を自分なりの資料にもメモしていた。
軍関係者よりも詳しく知っているのはそのためである。
もう呆れるのすら時間の無駄だと思ったサティは、彼の話を聞く体勢に入った。
「それで、こちらを」
用意がいいアインは、地図を持ってきた。
テーブルに広げる。
「場所は、ミラークの南西。ここに突如敵が出現したらしいです」
アインが指で指し示す。
「ミラークですか・・・それはいつですか」
「昨日みたいです。情報はまだありまして、そこから敵軍は北東に進み。ミラークを占領した後。こちらに向かっているとの事。進軍速度から言えば、あと二日。それくらいでこちらに到達すると」
「それはまずい・・・」
兵士が一万しかいない帝都では守り切れるのかどうか。
不安を覚えるサティの耳に、更に不安になるような情報が入ってくる。
「それで、敵兵は三万」
「三万!?」
「はい。そしてさらに悪い事に。連絡が同時に来ました」
「同時? それってもしや、別な場所もですか」
「はい。良い知らせならば良かったのですが・・・」
アインが言いにくそうにした。
「悪い知らせだと?」
「はい。こちらを」
次にアインが指差したのは、アーリア大陸北のガイナル山脈であった。
「ここから、敵のルカという将軍が、ラーゼとハスラ軍を抜けてきたとの。北からの連絡がありました。手勢としては三千の兵が突破したと・・・」
「三千ですか・・・それは少ないですね。そちらはなんとかなりますね」
三万に比べれば大したことはない。
だがしかし、問題はそこではない。
アインは実に優秀だった。
「いいえ。サティ様。よく考えてください。こちらの三万の兵と、敵将の中でも優秀なルカという将軍が合流する可能性があります。ここから斜めに両方が移動してくれば、行き着く先はここです」
アインは自分たちがいる帝都を指差した。
まだ少年の小さな指が、力強く地図を押していた。
「帝都・・・」
「はい。そうです。ここを落とす大作戦でしょう。父さんの戦略を逆手に取った。帝都襲撃。この作戦の本当の狙いは・・・帝都です。父さんの補給の重要地点。サナリア。リリーガの中継点である帝都を奪えば、こちらの補給路の分断が出来るからですね」
相手の意図を読み切る。
若干十歳の知力は、フュン、クリス、ミランダの三名にも劣らぬものである。
絶体絶命の大ピンチ。
帝都陥落の危機が訪れている現状で、ただ一人、この男だけは冷静で、しかも諦めていなかった。
神童を超える神童。
それは最早、レベッカと同様に神に近しい人物。
アイン・ロベルト・トゥーリーズは、この作戦からの逆転の手をいくつも考えていたのである。
「そこでですね。サティ様。僕はこのルカを止めれば、何とかなると思っています」
「ルカ?」
「はい。ここを突破した将軍のことです。この人は情報によると非常に強いです。シャニも勝てませんでしたしね。武も知もあると思います。そんな人間が、三万の軍を得て、帝都を攻めるとなると、こちらも同数ほどの兵力が欲しい所です。防衛がいかに有利であろうとも、彼のような名将相手では同数が欲しい所。しかし、今の僕らは一万しかいません。これでは勝てません。なので・・・ここは奥の手を使用します」
「なので・・・奥の手??」
唾を飲み込んだサティは、地図からアインに視線を移す。
アインは後ろを振り返っていた。
彼の視線の先をサティも見ると、そこにいたのは・・・。
「サティおばさん。私にルカを任せてほしい。このレベッカ・ダーレーが、敵三千の兵を倒してみせよう」
ニカッと自信満々に笑う彼女のそばには・・・。
「サティ様。私も団長についていきますので、出撃の許可をお願いします。私がレベッカ様をお守りするので、ご安心を・・・」
いつでも礼儀正しいダンがいた。
この苦しい戦況を打破するための戦いをするのは、レベッカ・ダーレーとダン・ヒューゼンであった。
のちに『ラサリの戦い』と呼ばれる。
彼女の剣姫伝説の始まりの戦いである。
ここまでが第四章の序章です。
ここから急展開を迎えて、中盤そして終盤へと向かいます。
フュンが活躍するまでもう少し時間が掛かりますが、ご了承ください。
ここからの物語は今までの積み重ねです。
あれ、この人の名前聞いたことがあるな。新キャラだ。などなど。
思いもよらない人物が、お話の中でふらふらっと出てきたりしますので、そこも楽しんでもらえたら嬉しいです。




