第127話 8月20日 起死回生の策
「さて、どうなったのでしょうかね。ネアル王は、自分たちの情報を集めてくれたかな」
フュンは、リンドーア東から五キロの地点に、本陣を置いて敵の様子を見ていた。
ネアルたちの事情は分からないが、フュンは自分たちの各地の情報を知っていた。
ルコット。ミコットの陥落。
ババンの奪取。
ルクセントの占領。ビスタの破壊。
パルシスの包囲。
これらのおかげで、今いる自分たちは何の心配もせずにリンドーアの前で待機できていた。
万全な体制となった今、フュンはここから戦場を更に動かす指示を出していた。
リンドーアでの決戦でウォーカー隊を使用したいので、ルコットの兵を二分割して、ババンを掌握させたのである。
それはカゲロイとリアリスの部隊がババンを守る事になったのだ。
その行動のおかげで、ミランダがここに来ているのである。
「おい。フュン。あたしらもここか」
「はい。そうです。まあ、ここまで上手くいくとは思いませんでしたね。先生も参戦してくれれるなら助かります」
「まあな。ほぼ全域を倒したことになったからな。余裕で来れるだろ」
「そうですね。残すはリンドーア。それとウルタスだ。ミラ先生。ウルタスの情報は?」
「調べてる。あそこはあんまし兵がいなかったぞ」
「そうでしたか。やはり前線に送っているからでしょうね」
「そうだな。最後方都市になるからな。あそこは、兵が無駄にいても宝の持ち腐れになるからな。兵はリンドーアにあってこそ意味があるからな。はぁ~、眠みい」
あくびをしながらミランダは答えた。
「ええ。そうですね。補給拠点としてもリンドーアの方がいいですもんね」
「そういうこった。これはまだ決戦には入らんな。都市の雰囲気が戦う雰囲気じゃない」
二人は、城壁の上にいる兵士たちを見た。
彼らに緊張感がない。
こちらが、敵に対して圧迫していないからというのもあるかもしれないが、それにしてもユルユルな雰囲気がある。
武器を持つ手に力が入っていないのだ。
「情報ではセリナ軍がこちらに入る予定ですね」
「らしいな・・・イルミネスと同じことをしようとしているのだろう。でも、フュン」
「はい」
「道は通すんだろ。すんなりよ」
「はい。このまま僕らは東にいるだけでいいです。リンドーアにセリナ軍を返してあげますよ。イルミネス軍もそうして入れましたからね」
「だろうな。これで大体同数くらいだもんな」
「ええ。決戦をするに、兵数を互角程度にはしたい。じゃないと、彼の心が満足しないでしょう。僕らの方が人数が多かったから負けたなんて思ってほしくない。僕の方が強いんだ。あなたは負けたんだ・・・と彼にこの意識を叩きつけないと、彼は真に負けを認めないでしょうからね」
「まあな。それはあるかもな。ネアルは武人のような王だからな。だから、お前があいつをよく理解しているのが分かるわ」
「ええ、そうです・・・彼はまるで僕の父のようだ。ただ、父よりも戦略が優秀な人ですけどね」
ネアルは性格が単純。
竹を割ったようなスパっとした性格で、認めた人間には甘い。
だから自分の配下たちを大切にしている。
そんな男なので、嫌いな人間に対してはやけに厳しい。
アハトは対立した部族を徹底的に追いやったのだ。
そしてネアルも貴族らを大粛清した。
そこが似ているのである。
「まあ、満足する戦いをしないといけないんだろ。お前もさ」
「・・・そうですね。彼との決着をうやむやにするのは良くない。今後の大陸の為にも」
「てのは、建前だろ」
「え?」
「本音は違う。実は、お前も武人なんだよ。根っからのな。だから、あいつと決着をつけたいのさ」
「・・・そう・・・ですね。たしかに、僕は彼にだけは負けたくないのかもしれませんね」
「そうさ。いいか、フュン。お前の闘争本能が、この戦いを勝利に導くのさ。だから戦え。最後は気持ちだ。どんな戦略を組み込もうが、最後の最後は気持ちの戦いになるぞ。お前とあいつは、ほぼ互角だ。戦略、実力。それら以外もすべてな。だから最後は気持ちなのよ。気合いでいけ」
「そうかもしれませんね。最後は気持ちかもしれませんね」
ここまでのお膳立てをしても、最後は気持ちの決着。
フュンは、最終決戦をそのような意気込みで臨もうとしていた。
「ほいじゃ、なんか動きがあったら教えてくれ。サブロウ辺りを連絡に使ってくれ~」
「サブロウは無理ですよ。仕事してますからね」
「じゃあ、エリナでいいや」
「はい。そうします」
良いように使われる形のエリナだなと思ったフュンである。
◇
ネアルがいる玉座の間に、ブルーが走って来た。
「ネアル王。こちらを」
資料を渡した。
中身は各地のものが含まれていた。
「ん。そうか。報告書にある戦場は、ほぼ負けだな。ヒスバーンの指示でノインもこちらに来たか」
ネアルは負けていても、なぜか晴れ晴れとした表情をしていた。
「はい。今は休んでいますよ」
昨晩にノインは一人で退却してきた。
その責は脱走兵としても捉えてもよい場面であるが、ヒスバーンの指示での退却なので、別にお咎めなしとなった。
正直、ここで敗者としての責任を負わせるよりも、リンドーアでの戦いで活躍してもらった方が助かる部分があるとネアルは割り切って考えていた。
「そうか・・・そうだ。ブルー。ヒスバーンはどこに行った?」
「今は城壁の上で確認作業をしています」
「そうか。何かを言っていたか」
「いえ、何も。これが終わり次第で、王の元にいくとは言っていました」
「こっちにか」
「はい」
「そうか。それまでは待とうか。とにかくこの場面では待ちが重要だな」
「はい」
負けている現状でもネアルは落ち着いていた。
この局面では冷静さが重要であると認識していたのだ。
◇
「ネアル」
「何か。考えがあるのか」
自分の元に来て、開口一番のヒスバーンの表情で分かった。
何か含みがある時の顔をしていた。
「ん? なんでわかった」
「大体見当がつく。お前のことだからな」
「そうか」
珍しくヒスバーンが笑った。
「それで、どうするべきかな。宰相殿」
微かに笑うネアルは、冗談を言っているつもりだった。
「ああ。意見を言ってもいいかな。王様」
ヒスバーンの返しも冗談交じりであった。
「もちろんだ。言ってくれ」
しかし、ここでネアルが言葉を返す時には、二人は真剣な表情になった。
「ああ。それじゃあ、遠慮なく言うぞ」
「うむ」
「まず、ここまでだと、引き分けだろうな」
「引き分け? これほど負け続けなのにか」
どの戦場でも報告は、敗走か。占領されるの二択。
これのどこが引き分けなのかが分からなかった。
隣にいるブルーも首を傾げた。
「ネアル。実はな。この戦争。ここまでで、大きな負けがないから、引き分けなんだよ」
「?」
「最初のババン。あそこは、イルミの軍がほぼ無事だ。だから、実際は負けじゃない」
ババンは二万の兵を失っても、四万の軍がそのまま残った。
「次にミコット。ルコット。ここはそもそも兵が多くない」
ミコット。ルコットの二つの港の都市は、元々兵士たちが少ないのだ。
後方の都市で、予備で備えていただけであるからだ。
「ルクセント。ここはしょうがない。そもそも攻められる予定のない場所だ。そして、パルシスだけが痛いかな。あそこはハスラへの対抗で、結構兵士を置いてしまっていたからな」
ルクセントは別にいいが、パルシスは厳しい。
それがヒスバーンの考えだった。
「考えを変えてみろ。六敗したのではない。これはこの決戦を優位に持っていくための事だ」
「決戦か・・・」
「ああ。それに、大元帥はお前との決着を望んでいる」
「ん?」
「あの東の位置から、一歩も動かない様子から分かる。お前とリンドーアで決着を着けるんじゃなくて、お前と野戦をする気だ」
「なに!?」
「指定したい場所は北だろうな。リンドーアの北の平原での戦いだ。あそこで、ガチンコの戦いをしようとしていると見た。それは、ルコットとババンの兵をリンドーアに返してくれたことで分かる。あの二つの軍がこちらに来れば、お前と彼の軍はほぼ同数だ」
「・・・たしかに、彼の方が若干多いだけか」
「そうだ。お前との決着を、正々堂々とする気だ」
「・・・・くっ・・・ハハハハハ」
ネアルは大笑いした。
これほどの大規模で、大胆な戦略を組み込んでおいて、好敵手の最終判断は、自分との勝負。
実力で相手を倒すことだけを考えているやり方に、ネアルは不思議と満足していた。
自分がある意味で、最も信頼している男。
それがフュン・メイダルフィアだ。
敵でありながら、これほど信頼するのもおかしい話だが、彼の清々しいほどの武人としての魂に惚れているのだ。
「面白い。大元帥・・・・直接対決か」
「ああ。それでな」
「ん?」
ヒスバーンの話に続きがあった。
「その前に一つかましてみようぜ」
「かます?」
「例の作戦。上手くいっているらしい」
「・・・ほう。あれか」
「今は六ケ所で苦しくなった俺たちだと不公平だ。つうことで、こちらも、帝国の一つでも落としてみようじゃないかって話さ」
「例のだな・・・・帝都の作戦か・・・・」
「そうだ。手薄となった本丸を叩いてみる。それで、おあいこじゃないのか」
「いいだろう。やれ」
「ああ、任せろ。ルカがやるからな。だから少しの間、ここで待ってくれ。俺たちはその情報を得てから、動くとしようぜ」
「わかった。ここは味方を信じてみるとしよう」
ネアルとヒスバーンの秘策。
ガルナズン帝国に、とてつもない一撃を加える作戦。
帝都襲撃作戦が発動していたのである。
それは、ガイナル山脈と、ビスタからの発動であった。




