第124話 8月16日 移動の始まり
ルコットの北と南から信号弾が上がった。
突撃を合わせた帝国は、海と陸からで都市を挟み撃ちにしたのだ。
先に仕掛ける形になるのが陸。
リアリスが走り出すと、狩人部隊も城壁に向かう。
「あたしに続け・・・でも、これの次だよ。いい!」
「「「はい」」」
前方を指差すリアリス。
彼女の前にいるのが、カゲロイと影部隊であった。
「いくぜ。影部隊。攪乱で投射しろ。ナイフを投げまくれ」
カゲロイの合図で、影部隊がナイフを投射。
城壁の上にいるルコットの兵士たちは、矢じゃなくナイフが来ることに驚く。
「リアリス!」
「うん」
「狙い打てよ。目線はこっちに来ているからな」
「うん」
「いいか。いくぞ」
「おっけ。いつでもいいよ」
敵の視線はナイフを注視しているために下に入った。
「ほらよ。これでもくらえ」
カゲロイは、ピッカリ号を放り投げた。
城門の上にいる兵士たちの視線の先に、大きめの球が現れる。
人から投げられたものだから、玉の速度もちょうどよくで、視認もしやすい。
「カゲロイ。ドンピシャみたいよ。あの玉。敵の視野に入った」
走りながら弓を構えるリアリスは、ピッカリ号をターゲットにした。
敵の視野と、自分の視野のど真ん中にその弾が存在している。
「当り前よ。いけ。リアリス」
「うん。はい!!!」
彼女の矢がピッカリ号を射抜くと、眩い光が溢れ出す。
両眼を潰すくらいの光が出てきた。
真昼の太陽の光が南門を包み込む。
「よし。いっただろ。ここだ。リアリス。狩人部隊で、城門を破壊しろ」
「わかった。皆、いくよ。放て!」
リアリスの精鋭たちが、一斉に矢を放つ。
小型爆弾が付いた矢を城門に叩きつける。
『ドドドドドドドドド』
連続攻撃が同じ箇所に炸裂。
城門は徐々に開いていく。
彼らの矢を防ぐのにも、敵兵たちの目は一時停止中。
時間のある斉射は、正確をより生み出すのだ。
「いけるな。ぶっ壊れろ」
カゲロイの考え通りに門を破壊できた。
ルコットの南の城門は、意味をなさない形となった。
「成功ね・・あとは突撃を」
「違うな」
「え?」
「ここは少し待て。あっちがどうなるかで、俺たちも動こう。俺たちは数が少ない。突っ込んだら全滅しちまう」
カゲロイたちは合わせても五千と少し。
城壁にいる人間たちとは同数だが、都市全体で見れば、圧倒的に数が少ない。
中に入ったら数の違いを感じてしまう。
だから、港側との挟撃が完全に成功するまでは、都市内部に突入は出来なかった。
「・・・う、うん。わかった。待機ね」
「そうだ」
カゲロイと影部隊。リアリスと狩人部隊は、城門を破壊する事には成功したが、あえて突破はしなかった。
海がどうなるかによって、自分たちの動きを決めようとしていたのだ。
◇
「砲弾が減った・・・いけるか。マルン。私の二隻を左右に置け。躱せるとはいえんが、操船技術がかなりなければ、砲弾を掻い潜ることはできんからな」
「わかりました。やります」
自分を含めて三隻。
左右に仲間の船を置いて、正面に自分。
港に対して三隻が襲い掛かった。
「被弾は恐れるな。カウンターで、砲弾を出す。耐えろ」
数発の砲弾がこちらに来ても、ララの船団は大砲を撃ち返さなかった。
攻撃を躱すことに集中して、近づいてからの一斉斉射が狙いだった。
「もう少しだ。もう少し近ければ、あの大砲に・・・ん?」
砲弾をいくつかもらっていても、船は進む。
危険と隣り合わせの進軍中。
なぜか王国の兵士たちが不自然に後ろに下がった。
ララは敵の動きが変わったことに気付く。
「何か。起きたか・・・だったら、ちょっと遠いがここがチャンスか。マルン。砲弾を港に出せ。放つんだ。合図を出せ」
「了解です。いきます」
ララの船から信号弾が飛び出ると、三隻の船の大砲が同時にルコットの港を狙った。
フィアーナやリアリスがいないので、大砲に正確には当てられないが、それでも付近に着弾したことで、大砲を担当している王国兵は慌てる。
「ん??? 兵が引く??? 直撃じゃないのに・・なぜだ」
最初の攻防だけで、粘りもせずに攻撃を中断して逃げていく王国兵。
ララはここで引くのはおかしいと思いながらも、このまま港を急襲する事を選択して、上陸していったのである。
◇
北と南で挟まれていて、南の門が破壊された直後の司令部。
セリナは、選択しなければならない状況に追い込まれていた。
「セリナ様。城門は破壊されたようです」
「そうですか・・・」
部下の報告にも冷静なセリナは、机の端に指を引っ掻けてトントンとリズムを取っていた。
「セリナ様。この後の指示は」
「待ってください。ここは悩むところです」
判断を急かしてくる部下を制御していると、目の前が光る。
「あ、あなたは!?」
「大将セリナ」
光と共に現れた女性は、王国の命令書を持っていた。
彼女がスッと机の上に出した。
「ヒスバーンからの指示ですよ」
「・・・あなたは? その力は・・・太陽の戦士」
光と共に現れる力。
それは太陽の戦士と同じ力だと思ったセリナは、女性を怪しんだ。
「太陽の戦士?? 何の事かわかりませんことよ。私は言われたとおりに作戦をお伝えに来た。それだけ、じゃあね。お嬢ちゃん」
滑らかな手つきで、バイバイと指が一本一本動く。
「ま、待ってください。援軍を連れてきたとかではないのですか」
「援軍? いいえ。違います。まず、あなたは自分の頭を使う事を第一に考えなさい。誰かに言われた通りでは駄目。それではイイ女にはなれませんよ」
麗しい女性は、セリナを悟すように話しかける。
「それと、彼の伝言ね。『自分の事は自分でしろ。事態がどうなっているか知らんが、作戦書に対応策が書いてある』って、あの人が言ってたわ。だから頑張ってね」
用件だけ言って立ち去ろうとするので、呼び止めた。
「ま、待って。あなたは・・・誰ですか」
女性は振り返った。ウインクをして返事をする。
「ナイショ! 女の秘密を暴くには、あなたはまだまだお嬢ちゃんだわ。お嬢さんになったら、教えてあげてもいいわよ。それまで頑張ってね。バイバイ」
妖艶な女性は光と共に消えていった。
自分は影に気付く自信がある。
でも、女性が姿を消した時、即座に見失った。
これは、とんでもない実力を持つ女性なのだと呆然とした。
止まっているセリナに、声を掛けたのはマリアスだった。
「セリナ様。時間ないんじゃ??」
「ああ。そうでした。これですね・・・」
命令書の中身を読むと、複数の対応策が書いてあった。
その中で予想された事態と合致した対応策が一つだけある。
今回の状況で唯一取れる作戦は・・・。
「これは、マリアス。兵全体を西門に集めてください。集められるだけ集めて。急いで脱出をします」
「わかりました」
逃走であった。
◇
セリナが率いる軍が西の門から飛び出て南下すると、南門の前にいたカゲロイとリアリスの二人にもその姿が見えた。
「カゲロイ。あれ」
最初に敵を発見したリアリスが、カゲロイの袖を引っ張った。
「ん。あ、出てきたのか。判断はそっちか・・・」
あの行動だと、こちらに突撃をして来る予定ではない。
逃げるのが目的だとすぐに気付いたカゲロイは、ここで冷静な判断をしていた。
血気盛んなリアリスを制御したのだ。
「追いかけよう。ここで逃がすわけには」
「いい。リアリス。ここはここで待機。あとは影部隊で裏を追いかけるだけでいい」
「なんで」
「だめだ。こっちの数が少なすぎる。手を出したら返り討ちに遭うぞ。戦うにも、ララの部隊と合流してからじゃないと駄目だ」
「あ・・そっか。そうだよね。あれ、三万はいるもんね」
「ああ。かなりいる。よくあの速度で兵どもを用意出来たわ・・・リアリス。これだったら、急いで中の制圧をするぞ。東の狩人部隊らを楽にするために、ミコットの城壁を制圧する。大将がいなくなって、戦意もないだろうし、押せるはずだ」
「わかった。じゃあ、門から行こう」
「ああ、いくぞ。リアリス。援護を頼む。影部隊で先頭を走るわ」
「了解」
こうしてカゲロイとリアリスは、逃げていく敵を追跡はするが、無視をすることを決めた。
ここが勝負の分かれ道である。
なぜなら。
◇
「あの軍・・・こちらに来ませんでした。惜しいですね」
「セリナ様? どうしました」
「このヒスバーンからの指示に。書いてあります。数が少ない援軍が来ている場合。城門を一か所。または二か所だけしか封じる事は出来ない。だから囲んでいない城門から逃げろとの指示がありました」
「え。そこまで分かっているんですか。宰相殿は」
「そうです。それで、数が少ない敵が、逃げている自分たちを追って来たらチャンス。迎え撃って全滅させろと書いてます」
「・・・その状況ですけど。敵、追いかけて来ませんね。こうなるとどうすればいいんですか」
「その場合。リンドーアまで退却だそうです」
「リンドーアまで!?」
「はい。指示にはそういう風な事が書かれています」
「パルシスじゃなくてですか?」
「パルシスだと、挟まれるらしいです」
作戦書にはいくつかの状況での対応策が書かれていた。
この状況の場合。
パルシスに逃げこむと、パルシスを囲う兵と戦う事は良いのだが、今こちらにいるララ軍と、狩人部隊の追跡をもらって、パルシス周辺で挟み撃ちにあって終わるだけになるらしい。
そこで、リンドーアに行っても、似たような状況になるかもしれないが、リンドーアの場合は少し違う。
リンドーア自体に、兵力がかなりあるためだ。
ここで逃げ込むように向かっても、問題がなく、それにリンドーアでの決戦の方が、楽になるとのヒスバーンからの指示が書いてあった。
「決戦をする気です。ヒスバーンは、都市を捨てて、最終決戦をする気みたいですね」
「最終決戦?」
「はい。ネアル王と、大元帥の戦いで、全ての決着をさせるようですね。その戦いの一軍として、私にも参加しろとの指示ですね。これは」
セリナは将としての優秀さがあるから、ヒスバーンの作戦の意図を読めた。
「そうですか」
「今、逃げ出せた兵はどのくらいですか」
「四万弱です」
「そうですか。では、三万近くは・・・・都市に残った形に」
「はい。そうなります」
「・・・でもむやみに殺されることもないでしょう。降伏は宣言するでしょうし」
追いかけて来れない兵士たちには、敵に降伏しろとの指示だけは出していた。
セリナは置いていった仲間を心配しながらも、王都リンドーアを目指して逃げていったのだった。




