第122話 8月16日 ビスタ会談と平和への願い
ビスタでは、スクナロとドリュースが会談を行っていた。
内容は、王国軍の処遇と帝国軍の勝利宣言である。
「このまま王国が捕虜となる・・・そういうことですね」
ドリュースが言った。
「そうだ。そのまま生き残っている面子を保護しよう」
全部受け入れる。スクナロは即座にこの言葉を言った。
「わかりました。四万全てですね」
「そうだ」
ドリュース軍の生き残りは四万。
負傷者を入れるともう少しいるが、スクナロとしては動ける者が四万という意味で会談を進めていた。
「ここで反乱など起こすつもりはないのだろ?」
「それはないです」
「・・・」
スクナロは、『それは』という言葉に引っ掛かった。
それは・・・。
じゃあ他があるのか?
少しだけ沈黙していると。
「こちらの書面にサインを書いてほしいです」
スクナロの部下ラクスが、ドリュースの前に書面を置いた。
ここで反乱をしないとの誓約書のようなものである。
破った場合は躊躇なく殺すとも書いてある。
「いいですよ。こちらの兵がここで・・・そういう意味でですよね」
「そうです。このビスタの兵が反乱した場合の対処法に、許可を願いたい。駄目な場合は
・・・完全牢獄に入れて幽閉の形でいきます」
「そうですか。なら、これを了承すると」
「はい。このまま自由にはなります。武器は持てませんがね」
「そうですか。わかりました。了承します」
ドリュースは誓約書に自分の名前を書いて皆を守る事にした。
「それでは、これで私たちはあなたの捕虜となりましたので、大人しく何処へ居ればいいのでしょうか」
「そうだな。戦いが終わるまでは、北と東の城壁にいてもらおう」
「城壁に?」
「ああ、一か所の狭い場所に集めるよりかは、気晴らしにでもなるだろう。城壁内であればどこにいても良い事にする」
「わかりました。そのようにします」
淡々としたまま部屋を後にしたドリュースを見て、スクナロは疑問に思う。
負けを認めるにしても、素直すぎる。
この男の場合は、もっとこちらに文句か言いがかりでも言ってくるものだと思っていた。
プライドは、ネアル程は高くない。
しかし、父の類まれない戦績を誇りに思っているドリュースは、そこをも継承しているつもりだろう。
だから、どちらかと言うとプライドが高い方だ。
フュンのドリュースの評価はそのような評価で、それをスクナロも聞かされていた。
傲慢じゃないが自信がある。
過信ほどじゃないが自信がある。
だから今回の敗北もどこか認めない節が出てもおかしくないと、スクナロも思っていた。
「義弟の評価がおかしかったか。いや・・・義弟の人を見る目が狂う事はない。だから、何かあるな。注意しなくてはならん」
会談に同席していたアステルが話す。
「スクナロ様。別件ですが」
「ん? なんだ?」
スクナロがアステルの報告を聞く体勢になった。
「ガルナ門の件。成功したらしいです」
「そうか。ハイオの二万だな」
「はい。そのまま西へ進んでいます」
「了解だ」
「その勢いのまま、タイム軍に合流させます。よろしいですか」
「うむ。そこはアステルの指示でいいぞ。まかせた」
「はい」
ハイオの二万の軍は、既にガルナ門を落として、次の門へと向かっていた。
目指すはルクセントへの加勢である。
◇
同刻。
アーリア南西のミコット。
ヴァンはミコットの港から出てきた艦隊を全滅させて、沿岸に自分たちの艦隊を布陣させていた。
「どうしようか。落とすのに、例のを使うか・・・」
ヴァンが悩んでいた部分は二つ。
まず日数である。
同時攻撃は8日に決まっていた。
全体がどのような形になっているのかが分からない。
それは他の場所からの連絡を受けにくい海の上にいるからだ。
だから、ヴァンが知っている他の戦場の情報は、タイムがルクセントで包囲を完成させたことだけである。
彼としては、反対側のルコットや、パルシス。またはフュンがいるリンドーアの情報が欲しい所であった。
次にもう一つ。
自分たちが持っている秘策が発動すると、敵がどう出るのかが、分からなくなるからだ。
その威力が凄まじいので、徹底抗戦に出られても困ってしまう。
フュンの秘策。
それは、サブロウが開発していた秘密兵器である。
「これだ。サブロウ丸おっかなびっくり砲。改めて驚天動地砲。世の中ビックリするらしいぞ。この大砲・・・こいつで勝負がどうなるかだよな」
「ヴァン」
「は、はい?」
いつの間にかピカナが隣にいた。
ビクっとしたヴァンは、悩むことに集中していたので、人の気配を感じていなかった。
「少し脅しましょう。ちょっと僕に任せてもらえますか」
「ピカナさんが?」
「はい。やってみましょう。こういう時は正直に話すのが一番です。やってみます」
ピカナが音声拡声器を使って、ミコットの民に語り掛けた。
◇
ゆったりと話しかけるのはピカナ。
ミコットの民たちは突然の声に驚いていた。
「ミコットの皆さん。僕は、ガルナズン帝国の。皆さんと同じ港町出身。ササラの領主。ピカナです。こちらに来たのは戦争での用件なのが、残念でありますが、お初にお目にかかります。よろしくお願いします・・・」
自己紹介から始まった。
「それで、これから皆さんと戦うことになるのが心苦しい所でありますが。僕らは戦わないといけないようなのでね。失礼します」
敵に語り掛けるのに優しい言葉を使うのが、ピカナであった。
「この戦争はですね。王国が勝てば、こちらがどうなるかは知りませんが。帝国が勝てば、あなたたちの領土を根こそぎ奪う。そんなくだらない事はしないんですね。僕らは考える先が違うんです。僕らは、この戦いが終わった後。君たちと共に、アーリアを発展させていこうと考えているのです。君たちは、僕らと同じような育ち方をしています。僕らは海の民なんです。アーリア南の港町という共通点を持っているのですよ。ここと、ササラとシャルフは、同じ思いを共有できると思うんですよね。交易だって出来ると思うんです。だから、僕らはここを破壊しないで、君たちを倒します」
ミコットの民たちはピカナの話を聞いていた。
彼の落ち着いた声と印象が、素直に話を聞いていたいと思わせるのである。
「今から、とんでもない砲撃をします。都市に一発。それを落とした後。十分後に沿岸周辺に同じものを乱れ撃ちします。なので、皆さんは都市の端に退避するか。もしくは都市から逃げてください。君たちの命が何よりも大事。それを何よりも大切に思うのが帝国なんです。皇帝シルヴィアと大元帥フュン。この二人はあなたたちを傷つけるために戦っているんじゃない。君たちのような善良な市民には、出来るだけ犠牲になって欲しくないと考えています。そして、それは僕も同じだ。だからこの忠告を残しますよ」
ピカナは次の言葉を出すのに、タメを作った。
「逃げろ!!」
ピカナにしては大きな声で話した。
「この一言を残します。5分後。撃ちます! 皆さん、逃げてくださいね。お願いします」
この言葉をミコットの民が信用したかどうかは、次の瞬間に分かるのである。
◇
今の演説が、かの有名な宣言。
『ピカナの平和への願い』と呼ばれる呼びかけである。
よく考えれば脅しで、単純に聞けばただの心配に聞こえて、話を解釈すると願いが散りばめられた。
不思議なピカナのこれから戦います宣言なのだ。
ミコットの民は半信半疑だった。
話を聞いていなかったわけじゃない。信用しなかったわけじゃない。
でも都市から逃げ出す者は少なかった。
しかし、先程の人が誠実そうなのもわかる。
その人が都市の真ん中に砲撃すると言ったので、だから彼らは都市の端にだけは移動していた。
何が起こるか分からない恐怖も彼らの中にはあったからだ。
彼の宣言から五分後。
ヴァンたちの砲撃の準備は整った。
「ピカナさん。俺撃ちますよ。いいですか」
「わかりました。僕が掛け声を出すので、その瞬間お願いします」
「はい。わかりました」
ヴァンと言葉を交わしたピカナは彼に頷いてから、都市に向かって宣言する。
「今から撃ちます。ミコットの皆さん。退避をお願いしますよ。いきます!」
『ドン!』
発射音は通常。
しかし弾道がおかしい。
高山をなぞるような山なりの弾道で、頂点に到達した時。
音が消えた。
「始まりますね」
「ピカナさん。耳栓してますか?」
この砲弾は耳栓を装着することが義務。
当然の事だったから、ヴァンは念のためで聞いていた。
「・・・あ、しまった!? つけるのを忘れました。自分の手で塞ぎますよ」
「え、それはまずいですよ・・・でも、もう間に合わ・・あ?」
ヴァンたちは音で攻撃が始まった事を知る。
それは、砲弾が落下していくと始まるのだ。
『キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン』
耳をつんざくような高音が鳴り、砲弾が落下していく。
その音量は砲弾を放った帝国軍の海兵たちも驚く大音量である。
だからこそ、サブロウはこの大砲をおっかなびっくり砲と名付けていたのだ。
「耳がおかしくなるわ・・・つ、次いくぞ。ピカナさん。今度は耳栓を、お願いしますよ」
「はい???」
今ので耳がおかしくなったらしい。
ヴァンの声がピカナに届いてなかった。
「ピカナさん。み・み・せ・ん」
ヴァンが口を大きく開けてくれたので、ピカナが気付いた。
「ああ。そうですね。これだ・・・」
船に置いてある耳栓を取って、耳に装着する。
ピカナはやはりここでものんびりとしている。
度胸があるのか。馬鹿なのか。
ジークとシルヴィアの二人は、この男のマイペースな部分こそを、愛しているのだ。
「いいですよ。ヴァン!」
「・・・はい」
声だけでやり取りが出来ないので、口で判断したヴァンは、仲間に手を挙げて知らせる。
「いくぞ。発射だ」
ヴァンの手が挙がったら準備。
そして手が下がったら発射。
彼の部下たちはジェスチャーでも行動を起こせる。
ヴァン海軍の特殊性である。
『ダン・ダン・ダダダン』
五発発射。その次も、その次もと。
乱れ撃つことになった驚天動地砲は、ミコットの都市に降り注いだ。
この砲弾の驚異的な点は二つ。
落下時も落下した後もうるさい音を発する事と、地面に到達した瞬間に爆風のような衝撃波が起きる事である。
砲弾は地面に着弾しても、爆発せずに不発弾のように弾が残る。
そして、そこから衝撃波が出るのだ。
だから、落下点をランダムにして、砲弾たちを散らばせると、敵に大ダメージを与える事が出来る。
その衝撃波を利用して、港付近にいる王国兵を巻き込んでいくのだ。
弾が落ちては爆風を起こす。
これらを起こしていくたびに、耳が壊れるくらいの音を発しながら、敵兵たちが吹っ飛ぶ。
海に落ちる者や、兵士同士でぶつかったり、建物にもぶつかったりと、とにかく都市内部と港は大混乱をし始めた。
「「「うわああああああ」」」
そこら中で悲鳴も起こる中で、ヴァンたちは砲撃部隊以外の船を上陸させたのである。
勢いよく船から飛び出たのは元海賊のササラ兵。
上陸後の戦闘などお手の物だった。
彼らの攻撃は独特。相も変わらずの珍しい武器の数々で敵を圧倒していった。
耳が壊れている王国兵。
敵の砲弾の爆風で吹き飛んでいる王国兵。
それに合わせてササラ兵の攻撃をもらに喰らっている王国兵。
とにかく王国兵たちは、ほぼ何も出来ずにいた。
王国の名将の一人であるゼルドが指揮をしていても、これほどの劣勢状態では、立て直すことが不可能だった。
8月16日、王国の大都市の一つ。
ミコットが陥落した。
ヴァンとピカナの二人の連携によって、完全勝利を収めた場所であった。
こうしてアーリア大陸南の海は帝国の物となった。




