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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 二人の英雄の仲間たち

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第120話 ビスタを空にした意味

 帝国歴536年8月10日


 三日くらい前から、ビスタ付近にいた帝国兵たちは、近くに布陣はしていたのに、包囲攻撃をしかけなかった。

 都市ビスタよりも東に軍を配置して、変わらない都市の様子を眺めるだけに終わっていた日々を過ごす。


 でも、この日は違い。

 包囲に動き出していた。

 スクナロとその少数の精鋭兵と、シンドラ軍が敵を囲う。

 計七万の大軍は、スクナロが一万で、残りがシンドラ軍である。


 「スクナロ様。今日でしょうか」

 「そうだな。ヒルダはどう考える」

 「・・・私は一気にいっても良いかと思っています。スクナロ様のご判断に従います」

 「そうか。まあ、俺も同じことを思っているからな。やるべきだな」


 元ターク家の人質ヒルダ・シンドラは、スクナロとは昔から良好な関係であった。

 それはスクナロの兄貴分的な性格のおかげで、色々と守られていたからだった。

 俺に任せておけの一言。

 それと、自国で不都合があった時などによく助けてくれていたのだ。

 

 「アステルはどう思う」

 「私も同じくであります」

 「そうか。ならばここは、四方に将を配置して、やるか。アステル。お前は東。シェリーは南。ハイオは西。俺が北をやろう。ヒルダ。お前も北にいろ。俺が守ってやるが、攻めに出た場合。本陣を頼む」

 「わかりました。おまかせを」


 的確な指示の後。

 ハイオとシェリーがやって来た。


 「「スクナロ様」」

 「どうだった」

 

 報告はハイオから。


 「東の連絡路は、閉じておりました」

 「そうか」

 

 次はシェリー。


 「こちらも同じく。北は封鎖されていました」

 「道は使えない・・・これも義弟の予定通りか」


 スクナロは城壁を見て、上にいるドリュースを確認した。


 「奴も優秀だな。あの連絡路を見つけるだけじゃなくて、あの地図から北を読み取って、見破ってくれたか。ドリュース。さすがは、あのエクリプスの息子だな」

 「そのようですね」


 ヒルダが答えた。


 「だが、それでもまだ甘い。俺とは違って大元帥は恐ろしいのだぞ。義弟を警戒せねばな」

 「ふふ。そうですね。彼の本気は恐ろしいですからね」

 

 ヒルダもスクナロと同じく城壁を見あげた。

 ドリュースは準備万端。

 こちらが攻撃して来るのを、余裕の心持ちで待っているだろう。

 しかし、その心を持ってはいけない。

 大元帥の罠は、今ここで仕掛けているような単純な罠じゃないのだ。


 スクナロは一人で前に出て行った。


 ◇


 「ドリュースか!」

 「ええ。またお会いしましたね。スクナロ殿」

 「ああ。そうだな。今度は逆であるがな」

 「そのようで・・・」


 静かな時間が十秒くらい流れる。

  

 「私から言えることはスクナロ殿。あなたたちはビスタを囲んでも勝てませんぞ。策略があるようですが、その軍勢では勝てないでしょう。その人数では無理ですぞ」

 「そちらに五万くらいの兵がいるのか」

 「いいえ。どうでしょうかね」


 ドリュースは曖昧に返事をした。

 本当の所は同数。

 この対決では、防衛が有利だ。

 ドリュースの心が安定しているのも、この事からだろう。

 

 「そうか・・・」


 しかしその話を聞いてもスクナロは余裕のままである。

 それは強がりでもなく、絶対の自信を持っていたのだ。

 圧倒的不利な攻城戦でも、スクナロは負ける気がしていない。


 「悪いが、勝たせてもらうぞ。ドリュース。それと一つ忠告だ」

 「なんでしょうか」

 「逃げろ」

 「はい?」

 「城壁の上には居ない方がいいぞ」

 「ん?」

 「怪我や死にたくなければ、そこは空にすることを進める」

 「何をおっしゃって?」

 「それでは、一時間後。突撃を開始する。それと、逃げる事をお勧めしておこう」


 と言ってスクナロは本陣に帰っていった。

 

 ◇


 「何か。あるのか?」


 ドリュースは今の会話を不思議には思う所だが、でもここで何が出来るというのだという結論に至る。

 スクナロにはここを落とす絶対の自信がある。

 という事にはもちろん気付いている。

 でも、こちらだって都市の秘密の地下道を封鎖して、相手の思惑を潰しているのだ。

 これでどうやって秘策を発動させようとしているのだろうか。

 ドリュースは何度考えても、この結論に戻ってきていた。


 「ビーリィ」

 「はい。閣下」

 「例のは? 機能しそうか」

 「大丈夫です。配備済みです。あとは連絡をすれば、こちらの手はずは完璧です」

 「わかった」


 帝国にも秘策ありのようだが、王国にだって秘策がある。

 それに、こちらの秘策なんてものを発動させなくても、この兵力があれば、ここを守り切ることだって出来るし、王国はガイナルの方で攻勢に出る計画であるから、ここの基本は防衛であってもいい。

 何を選択しても良いのが、ビスタ方面の戦略で、自由な采配を振るうことが出来る。

 だから、勝つのは・・・


 「私だ。私が勝つ。それ以外、この戦場ではありえない」


 勝つ自信があるのはドリュースの方かもしれない。


 ◇


 一時間後に始まった戦闘は、王国側の楽勝な戦いだった。

 四方の内。

 東と北で、破城槌での通常攻撃を仕掛けてきた。

 だが、それらは、門に到着する前から破壊に成功した。

 他の南と西も梯子を使った攻城戦などを仕掛けてきたのだが、大砲などの大物を使用しないやり方では、ここを落とすつもりがあるのかと本気で疑いたくなるくらいだった。


 「あの自信はなんだったんだ? ここまでは普通だぞ」


 その言葉が漏れるくらいにドリュースは、敵の動きが普通過ぎて疑問だった。


 そこからその日は絶え間ない梯子からの攻撃だけで終わり、守り切る形となった王国軍の士気はますます上がっていくことになる。

 勝利から始まる防衛戦など、さぞ気持ちよいものであろう。


 だがしかし。

 ここから様子が変わっていく。


 翌日。

 同じ攻城兵器の破城槌が、今度は西と南に運び込まれた。

 東と北にあったものじゃなく、シャルフから運び出されたらしい。

 数も昨日の五倍になり、こちら西と南が本命だったのかと、ドリュースは北にいるスクナロを見て思った。

 しかし、破城槌ごときであれば、慌てる必要もなく、昨日と同じように撃退できると思っていた。

 自分は目の前のスクナロ軍を見張ればいい。

 そう思っていた。

 

 さらにそこから二日後。

 準備が完了したのか。 

 帝国は攻勢に出てきた。

 


 「来るか」


 信号弾が打ち上がったことで、四方の帝国軍が突撃を開始。

 北と東の何も持っていない軍は、走っていく途中で止まる。

 壁にくっつく直前で立ち止まった。


 「なに? なぜ攻撃に・・・来ないのだ!?」


 ドリュースが疑問に思った瞬間。


 『グラグラグラ・・・ガタガタガタガタ』


 城壁の上がとてつもなく揺れたのだ。

 それは、とあるフュンの作戦が発動した証だった。



 始まりは、ビスタに地下道を作っていた時からだった。

 


 ◇


 ビスタに東の地下道を作り終わる頃。


 「義弟よ。何をする気なんだ?」

 「ええ。スクナロ様。こちらの東と北。特にこっちの地下道はそろそろ完成しますでしょ」

 「うむ」

 「それで実はですね。作ってますけど、北の地下道は使用しません」


 フュンは別な地下道の計画を言った。


 「は!? なぜだ?」

 「ええ。北はカモフラージュです。東を使用して、民を移動。そして、その地下道には、横道という細工をしてですね。こちらがその地下道の横道から都市を狙う作戦にみせるんです」

 「それはわかる。だけど北は無意味になるのか? なぜ掘った?」

 「はい。北は、東を使うと思わせての道だとするのです。敵にあえて気付かさせて北も封鎖してもらいます。敵に道を封鎖させるんですよね。それでこちらの思惑を潰したと思ってほしいのです」

 「んんん。さっぱり・・・・意味がわからん」


 フュンの作戦は、攻城戦の際に道を利用してビスタ内部に侵入するという作戦に見せかける事が第一だった。

 そして第二が、それ以外も道があるのではと敵にあえてわかってもらい。

 そこの道もまた潰してもらうことが計画であった。

 これにより北と東を完全に封鎖すれば、余裕で守り切れると思わせることが重要だった。

 

 「いいですか。敵は他にも道がないかと探します。南と西もですね。でもそこには、道を作りません。これで相手は、二つの道を封鎖したことで、安心感を得ます。しかし、実は西と南に本命を仕込みます。それは、双方の城壁の下にとある物を準備するのです。というか、もう埋め込みました。これですね。サブロウが開発した。サブロウ丸シリーズですね。名前を知りませんが、この小さい石みたいなのを、城壁の下に置いてます。床を剥がして、少し土を掘った場所に埋めていますよ。壁とかもです」


 フュンが見せたのは石ころのように見える小型爆弾である。

 昔、サナリアの関所の戦いで使用した爆弾の改良型であった。


 「これは強い衝撃が加わると爆発するものです」

 「・・・ん?」

 「人が上を歩くくらいの衝撃では、爆発しません。これは特別に重いものなどでも壊れません。超強力な衝撃を加えることで爆発させます。なので、これを爆発させるために、偽の破城槌を敵の目前まで持っていきます。その槌の部分にですね。重たい鉄を仕込みます。それを五つ。西と南に配置して、振り子で大きく振っていきながら、最大量振り切ると破壊されるものを使います。それで、大きな衝撃を地面に与えて・・・そこからは壁を大爆発させて、崩れさせます。実は今回の作戦。地下道を利用するんじゃなくて、僕らはビスタの壁を直接無くすんですよね。壁の下を通り抜けるんじゃなくて、堂々と壁を壊して堂々とビスタに入城するんですよ」


 フュンの計画では、そもそもビスタは破壊予定であるのだ。

 だったら別に城壁などいらないだろうという突飛な考え方。

 南と西の壁を一気に削って、都市を丸裸にする作戦なのだ。

 だから第一と第二の作戦は、この作戦を気付かせないだけの為の物である。


 「・・・・それはさすがに・・・可哀想に思ってくるぞ。相手がな」

 「ええ。可哀想ですよね。全く酷い策だ。騙しの手品みたいでね。悪い気がしますね」

 

 軽い感じで言うフュンが恐ろしいと思うスクナロであった。


 「でも綺麗に壊れるのか?」


 フュンたちは西の城壁に移動してきた。


 「それはわかりません。ですが、城壁の一部。ほら、こちらの亀裂の中」


 壁を触りながら、ちょっとした亀裂を発見すると、小さな石のようなものが詰め込まれていた。


 「ここにほら。上手くこの爆弾を入れ込んでいるので、これも下が爆発すると連動してくれて、柱などが崩れてくれるとは思うんですよね。地盤も爆発。地下も爆発。建物の一部も爆発。こうなれば、上手くいくと思うんですよね。ここは、サブロウを信じるしかないですね」

 「そうか。一か八かか」

 「はい。一か八かで、生きていてほしいと思います」

 「ん?」

 「壊れる規模がわかりませんので、城壁の上にいる人たちは厳しいですね。生きていて欲しいとは願いますが、しかし。戦争です。覚悟してもらいたい。戦場に出たら安全な場所はどこにもないとね」


 フュンは壁が上手く壊れる事の心配よりも、上にいる兵士たちを心配した。

 壊れる事はフュンの中で決まっている事だった。



 ◇


 とんでもない爆発音から、壁が崩れ去った後。

 北門担当のスクナロは。


 「ああ。恐ろしい男だな。フュン・メイダルフィアという男はな。俺の弟でよかったと・・・本当に・・・心底思うぞ。ガハハハ。義弟よ」


 北の城壁の上は無事。

 しかし、兵士らは慌てている。

 それは当然だ。西も南も城壁がなくなったのだ。

 その衝撃は消える事がない。


 

 西門を担当するハイオは、ガラガラと崩れ去る城壁を見た後。

 

 「と、突撃するぞ。生き残っている奴は、捕虜にしてやれ。どれくらい生き残っているか知らんけどさ。結構悲惨な状況だろう。これは・・・」


 敵であっても関係なく救うつもりであった。

 攻撃をしながら怪我をしている者は救助していく。



 南門を担当するシェリーも、同対応をした。

 彼女の方が冷や汗を掻いての動きだった。


 「なんとまあ。これがフュン大元帥の罠の効果ですか。効果が絶大すぎて、少し怖いですね」


 突撃と救助を同時にこなすことが出来るのが、ハイオとシェリーの両名である。

 機敏な動きが出来る二人だから、スクナロは、アステルを双方に派遣せずに東に配置したのだ。

 若い二人だからこそ出来る細かい動きである。



 こうして、西と南が丸裸になったビスタは、次の行動を取れるような状態じゃなくなった。

 南の城壁にいたのが、1万5千。西の城壁にいたのが1万5千だった。

 3万の兵の内。

 生き残れたのは4千。怪我をしたのは6千。あとは分からずであった。

 この甚大な被害と丸裸になった都市により、王国の兵たちは何も出来なくなり、ドリュースは戦う事を諦めるしかなかった。



 ◇

 

 北門の前に行ってスクナロが、ドリュースに話しかける直前。

 なぜか空砲の音がした。

 都市中央からの音だったので、スクナロが聞いた音は小さかった。

 それでも明らかに大砲の音だった。

 

 ここから何か出来るのか。スクナロは疑問に思う。


 「なんだ? まさか、まだ戦う気なのか。いや、無理だろう。この現状で戦う意思を見せても無駄だ」


 この状況で出来るのは、命を捨てた攻撃だけ、防御を一切考えず市街地戦をするしかない。

 しかしそれは無理だと、ドリュースならば理解しているはずだ。

 だからスクナロが掛けるべき言葉は、降伏を促すものであった。


 「ドリュース。降伏しろ。都市を守る事は出来んぞ」

 「残念ですがそのようですね」

 

 やけにあっさりとしている。

 ドリュースが自信家であるのは、前回話した時に分かっている事。

 しかし今のこの状況で淡々としているのが変だった。

 悔しがるとか、憤るなど。

 自信がある男だから、言葉の端々に、その態度が出てもおかしくないのに。

 一切声に表情が無かった。

 

 「よし。まずは都市に入るぞ。いいな」

 「いいでしょう。下に下がります」


 ここに来てのドリュースの素直さが、逆に不気味である。

 スクナロはそんな印象を抱きながらも、ビスタの中へと入っていった。 

 数年ぶりの帰郷でもあった。

 

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