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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 二人の英雄の仲間たち

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第116話 一風変わった戦いは、変わった終わり方となる

 翌日も互いが戦いを仕掛けない形が続いた。

 これで思う事は、ミランダが考えている手としては悪くない。

 この軍がどこにも行かないのであればそれで良しであるという考えが変わらないのだ。

 それに対して、イルミネスとしてもこれで良しである。

 ウォーカー隊がここで何も出来ずにいる状態になっている段階で、王国の領土が荒らされずに済むからだ。

 だが、イルミネスは別な手を考え始めた。


 「意外と消極的ですね」

 「そうですねぇ・・・はむ!」

 「え!?」


 イルミネスは隣に座ったマイマイを見た。


 「なぜ、食べてるんです。朝食はさっき食べましたよ? えぇ。マイマイ。何を食べているんですか」 

 「はい!! お饅頭です」


 マイマイがかじった饅頭を見せつけてきた。

 中身はあんこだった。


 「・・・あのぉ。それもあなたのおやつですか」

 「はい!! もちろん。まだ持ってますよ・・・あ、でも。イルさんにはあげませんよ。これなけなしのお給金で買ったんですもん。大金持ちの大将のイルさんは、自分で買ってください」

 「いや、いらないですよ。それよりも、なぜ私があなたのおやつが欲しいという前提で話が進んでいるんですか?」

 「なんだ。イルさんがいらないならいいです。でも、これ。美味しいんですよ。ババンの老舗の茶菓子です」

 「ああ、はいはい。よかったですね・・・・ん?」


 聞いてもない事を言ってくるマイマイに手を焼いているイルミネスはここで一つ思いつく。


 「マイマイ」

 「はい? なんでしょう??」

 「あなた。もしかして、兵糧を忘れなかった理由とは・・・その自分のおやつから考えが回りましたか?」

 「・・・ギクッ」

 「やはり、食い意地ですね・・・あなたの凄さは・・・とても凄いですね。ええ」


 あの緊迫した状態で、兵糧の事まで頭が回るのは素晴らしい事だった。

 だが、彼女の食い意地が全てを解決していたのである。


 「まあいいでしょう。それでは、マイマイ。ちょっと動いてみます」

 「はい。どこに? 前ですか?」

 「いいえ。後ろに動いてみます。ここから少しずつ歩いて、北に一キロほど行ってみましょう」

 「わかりました。動かします」


 お饅頭を口に咥えたマイマイが指揮を取り始めて、王国軍四万は北に移動し始めた。


 ◇


 ミランダは後ろに下がっていく王国軍を見つめた。


 「ん? 移動か・・・なんでなのさ? ここから外れるだと?」

 「ミラ・・・あれ、もしかしてルコットに行く気か」

 

 エリナが聞いた。


 「そいつはまずいな。今は、全都市襲撃をするところだろ。今2日か?」

 「そうですぜ。まだ2日ですぜ」


 マールが答えてくれた。


 「・・・んじゃ。そうだな。あの速度から加速して移動をすると、6日はかかるな。そうなると、ララたちのルコットへの襲撃が上手くいかない可能性が出て来るか。8日が全体攻撃の日だから、奪取までに時間が掛かるとなると、この四万の兵がルコットの援軍になっちまう。そうなったら駄目だわ。あたしらの失態になるわ。ここは攻撃しなきゃダメか」


 判断に迷う状況が来る。

 フュンのアーリア決戦は、ウルタス以外の全都市同時攻撃の予定ではある。

 その始まりを告げるババンは、最初に攻撃を仕掛ける事で、時間差の伝令がリンドーアに入り、ネアルの判断を迷わせる役目であった。

 だからウォーカー隊が都市を落とす必要性はあまりなかったのだが、何故か上手くいく形になってしまい、難しい判断となった。

 全都市攻撃が上手くいくためには、このババンの残りの兵が、リンドーア以外の都市に行かせない状況を作らないといけなかったのだ。


 「後ろを小突く。マール。エリナ。攻撃をしてくれ。どういう形であれ、引かせるのだけはまずい」

 「「了解」」

 

 二人を前面に出し、ウォーカー隊二万が、王国軍の背後を狙った。



 ◇


 追いかけるミランダたちは敵の背を叩こうとしたが。


 「振り向きざまに・・・まさか。罠かよ」


 イルミネスの軍は、ウォーカー隊の攻撃を予見していた。

 エリナたちの攻撃に合わせるように振り返って反撃をしてきたのだ。


 ウォーカー隊の一撃を完璧に止めてきて、しかも二撃目に対して反撃する姿勢を取ってきた。

 この動きの機敏さに、エリナは判断を早めた。


 「ヤバい。下がるぞ」

 

 ここは引け。

 エリナの勘が囁いた。

 それと同時にマールも下がった。

 マールの方は勘というよりもエリナの動きに合わせる神業であった。


 「マールもさすがだな。動きを合わせたか。にしてもこの軍・・・やばいぜ。動きが良すぎる」


 エリナの戸惑いが、後ろの本陣で待機しているミランダにも伝わった。


 「さすがエリナ。その判断で助かったのさ。でも、後ろに下がられるぞ・・・この男。色んな戦術を叩きこんでいるな。この兵士たち。洗練された戦術眼も持っているな。一人一人が強え」

 

 ミランダは信号弾を発射して、一旦相手から距離を取ろうとした。

 赤い信号弾が上がり、マールとエリナが同時に下がっていくと、ここで北方向に進んでいた王国軍が更に反転して、逆にウォーカー隊に襲い掛かった。


 「まずい。なんだこいつら、反撃だけじゃなく。攻勢に出るのか。クソ。後手になっちまう。マサムネ。乱戦の部分が出て来る。お前は右翼。あたしが左翼をやる。逆に更に乱して下がるぞ」

 「わかった」


 ミランダの咄嗟の判断で、乱されるなら逆に乱して下がる事にした。

 崩れかけるマールとエリナの前方を支えるようにして、ミランダとマサムネが荒々しい攻撃で助けた。


 「引け。このタイミングだ」


 ミランダの直接の指示でかろうじて脱出した。


 ◇


 「なるほど」


 四万の軍の後方で、イルミネスはウォーカー隊の動きを確認していた。 


 「あちらには、行って欲しくないと・・・じゃあ、あっちに行ってみますか」

 

 イルミネスは行く先でどこが嫌なのかを探っていた。

 この軍が、ルコットに行くのは嫌らしい。

 では次は、リンドーアを目指してみようかと、動きを変える。


 「マイマイ」

 「はい」

 「軍を転進させます。少し膨らんで、南東に行きます。いいですか」

 「わかりました。おまかせを」


 マイマイが指示を出すと、テキパキと王国軍が動き始めた。


 ◇


 「なに!? 今度は東だと?」


 前線から本陣に下がったミランダは、敵軍の動きから、リンドーア行きであると判断した。


 「ミラ」 

 「マサムネか」

 「どうする。追いかけるか」

 「・・・追いかけようにもな。リンドーアであれば、別に追いかけなくても」 

 「でも、追いかけなくちゃならんのでは?」

 「ん?」

 「ミラ。この動き方だと、リンドーアに一直線に動けるの当然だけどな。どこかで反転してしまえば、西のババン。南西を目指せば、ウルタスにもいけるんだし、ミコットにだっていけるわ」

 「クソ。よく考えりゃ、そうだな。リンドーア以外だとどこもやべえな。それにババンにはウォーカー隊が一万しかいねえ・・・ちっ。ついていくしかない。てなわけだな」

 「そういうことだ」

 「やるな。イルミネス。警戒した以上の男だ」


 ミランダは苦虫を噛んだような顔のまま並走の指示を出した。

 王国軍の隣を走るように、ババン南東を走っていった。

 

 ◇


 「これは、どういう考えでしょうかね」

 「イルさん。これ、なんだかマラソンみたいですね。面白いです!」

 「暢気ですね。あなたは・・・まったく」


 楽しそうに並走するマイマイを見て、イルミネスは思い浮かんだ考えが吹き飛びそうになった。


 「そうですね。ついて来ますね・・・少し確認してみますか」


 イルミネスは、ここで東に移動することを指示した。

 リンドーア狙いを明確にする動きをしてみたのだ。


 すると、ウォーカー隊は追走をせずに、離れた位置に布陣し始めた。

 

 「これは、リンドーアへの移動はいいのか。じゃあ」


 イルミネスは、今度は南西に移動をし始めた。

 この狙いはウルタスかミコットである。

 この動きをしてみると、ウォーカー隊は追走を始めた。

 

 「・・・なるほど。わかりました」


 イルミネスはウォーカー隊の考えを理解した。



 ◇


 走り続けて疲れてきたので、イルミネスは本陣を固定して小休憩にした。

 天幕の中で二人は会話する。


 「そういえば、さっき言ってましたよね。何が分かったんですか?」

 

 お茶を飲みだしたマイマイは、また新たな煎餅を食べていた。


 「ええ。これはですね」


 マイマイの行動にいちいちツッコミを入れるのが面倒になったイルミネスは、淡々と説明をした。


 ウォーカー隊の並走の意図は、ババンに軍がいるのなら良し。

 リンドーアに軍が逃げるのも良し。

 だが、ルコット。ウルタス又はミコットに移動するのは駄目。

 これにより、相手の狙いが明確に分かったのだ。


 「これは、リンドーア以外に攻撃が来ますね」

 「え? 攻撃ですか?」

 「はい。この動きをするのだったら、他の都市にも攻撃が来ることが分かります。このまま私たちが他の都市に移動すれば、その都市への援軍になってしまう。だから、彼女はリンドーア。もしくはババン。この二つが私たちの目的であったら邪魔をしないのですよ。それ以外は攻撃をするつもりだ」

 「じゃあ、どうするんですか。この軍を破っていきます?」

 「・・・まあ、ここは計画に沿って動きますか。多少はアレンジしますけど」

 「計画?・・・ああ、例のですね。いよいよですか」

 「はい。マイマイも、彼の顔でも拝みにいきますか」

 「え! いいんですか。ついに見てもいいんですね」

 「ええ。見るも何も、これから戦うんですけどね。敵なのが残念ですけどね」

 「・・・そうですね。でもそれはしょうがないですよね。でも、わかりました。じゃあ、リンドーアに行くんですね」

 「そういうことです」


 マイマイも敵の戦術を理解した。

 リンドーア以外の全都市襲撃。

 それが帝国の戦略だと認識した二人は、このまま王都リンドーアにまで下がっていった。 

 

 その移動を途中までついていったミランダは、敵の目的地がリンドーアであることを確認してからババンに戻っていった。

 ババンの民の掌握に時間を費やしながら、アーリア決戦がどのようになるのかを待ったのである。

 

 「奴は何を考えてんだ?・・・マサムネ」

 「おう」

 「追跡だけはしてくれ。たぶんリンドーアだとは思うが、万が一だ。別な場所に行った場合の伝令になってくれ」

 「了解」


 ミランダは、敵の背中を見つめて指示を出していた。


 「強いよりも、不気味だ。イルミネス。何を考えてこの戦場にいるんだ? 厄介な敵だな」


 少し変わった戦いはここで終わりを告げた。

 初戦手ごたえのない勝利を手に入れたのがウォーカー隊となる。

 

 

 


 

 


 


 

 

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