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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 二人の英雄の仲間たち

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第115話 イルミネスの楽しみ

 「やるぞ。ウォーカー隊。このまま正面で当たって引くぞ」

 「おおおおおおおお」


 ミランダは最初の攻撃を列行動にした。

 横一列でそのまま敵に当たる。

 シガーの盾部隊のような動きで、様子見をした。


 「エリナ。マール。頼んだぞ」


 二人に任せて、ミランダは両軍の攻防の行方を見守る。


 ◇


 「エリナと息を合わせやす! 皆。三十秒後に、突撃ですぜ」

 

 左翼を担当しているマールは、右を向いてエリナの軍と足並みを揃える。


 「マールなら別にこっちが息を合わせなくていいぜ。このままいくぜ」


 右翼を担当しているエリナは、仲間の性格一人一人を理解しているので、その人の特性に合わせるのが上手い。

 こっちから、合わせに行かなくても、マールならば必ずタイミングを合わせると思いエリナは、自分のタイミングで直進を指示した。

 エリナはマールの方を見てもいない。

 そこには信頼しか感じられない。


 「ん。形が変だな・・・まずは押してみるぜ」


 ウォーカー隊エリナ部隊はイルミネス軍に突撃を開始してみた。

 横陣にピタリと合わせた前列の数。

 押し込もうと動いても、敵は鉄壁だった。一歩も動かない。

 だが、亀裂のある個所だけ緩やかに沈んだ。


 「あれが穴か? あそこを攻めれば・・・」


 エリナは、少し押してみようと部隊を数枚投入してみると、すぐに押し込めた。

 列を乱すことに成功するが、やけにあっさりとしている印象で、その動きを怪しむ。


 「やっぱ変だな。あそこがチャンスなのか? いや、でもいくしかねえか」

 

 呟きから指示へと変更するところで。


 「ここからいけ・・・ねえか!?」


 『いけ』の指示を出す直前に、後方から信号弾が上がる。

 エリナは止まる事を決断した。


 「帰れだと!? そうか。まあしょうがない。引く。下がれ皆!」


 エリナの指示は攻撃から撤退に変わる。

 ミランダの意思決定に背くようなことはしないのだ。


 ◇


 一時撤退で、イルミネス軍から離れた後。

 ミランダとマールとエリナは、話し合いに入った。


 「ミラ。さっきあそこに穴が開いたんだぞ。やっぱりよ。いってたら駄目だったか?」

 「ああ。駄目だ。ありゃ、罠だ。わざと柔らかいと見た」

 「本当か」

 「ああ。あそこの兵。上手い具合に後ろに下がったぞ。あたしから見たら分かりやすいくらいにな」


 敵の動きを見るに、主観と俯瞰で印象が違う。

 ミランダは、主観を仲間たちに任せた事で、敵の考えを読んだ。

 

 同じ目線で戦うと、敵が崩れたと見える。

 しかし、離れた位置でしかも上から俯瞰で戦場を感じると違う。

 敵はエリナの部隊の攻撃をもらった瞬間に後ろに下がっていた。

 その攻撃をもらった人の後方から四、五人が綺麗な形で下がっているのだ。

 攻撃を吸収して、誘き寄せるような動きだった。


 「奴は、強いな・・・イルミネス・・・危ないところだったわ。危険人物確定だな」


 ◇


 「今のに乗って来ないですか。これはなかなか上手くいきませんね。さすがは伝説の混沌の奇術師(カオスマジシャン)ですね。歴戦の猛者だ」


 相手の力量を褒めるイルミネスの隣には、鼻歌を歌っているマイマイがいた。

 彼女は、何故か右手にお茶を持っていた。


 「あ~~、美味しいですね。え? イルさん。今、何か言いました?」


 温かい緑茶を一口飲んでいた。

 ほっぺの桃色が、顔全体にまで波及していた。

 顔が桃みたいになる。


 「そ。そうですね・・・マイマイ?」

 「はい。なんでしょう」

 「リラックスしすぎですよね」

 「そうですか。でも美味しいですよ。お茶。イルさんも飲みます?」


 マイマイは天然である。

 

 「いいえ。私はいいです。でも美味しくてよかったですね。マイマイ」

 「はい」


 マイマイは素直である。


 「それで、マイマイ。先程の攻撃。何か感じましたか」

 「そうですね。無理をしませんでしたね。さすがですよね。混沌の奇術師(カオスマジシャン)は」

 「あなたもそう思いますか」

 「はい。あそこで突っ込んでこないのが、彼女が優秀な軍師であることの証明でしょうね」

 「そうですね・・・だから強敵だ。こちらの数が多いからと言って、油断はできないですねぇ」


 とイルミネスはここで思った。


 「そういえば、マイマイ?」

 「はい。なんでしょう?」

 「あなた、お茶はどこから?」

 「ああ。これですね。美味しいシルリア産のお茶なんですよ。渋みもあるんですよ。いいですよ。お茶に渋みはね」


 顔の横にお茶を持ってきて笑顔になる。


 「いや、どこの産地ですかっていう意味じゃありませんから。どこから持ってきたんですか? 最初から持っていたんですか? こういう意味です!」

 「ああ。そういうことですか。これは、あそこの裏を見てください」


 マイマイが後ろを指差すと、自分たちの背後から二キロ先の場所に天幕が設置されていた。

 

 「あそこからお茶を運んでもらいました。えへへ」


 なぜかよく分からないが、マイマイが笑った。

 笑うポイントじゃないのに、笑っているから、普通だと気味が悪いと思う所だが、イルミネスも変人なので全然気にしない。


 「あれ? あなた。食事とかの準備もしていたのですか」

 「そうですね。ここから出て行くって言われたので、この先どこにでも行けるように、天幕と食べ物も一緒に用意しましたよ。大体二週間くらいは持ちます。どこか行きます?」

 「素晴らしいですね。マイマイ。よく気付きましたね。私も指示を出すのを忘れていましたよ」

 「ええ。食べ物と飲み物は大事ですよ。イルさん、美味しいものを食べましょう」

 「・・・暢気ですが、一理はありますね」


 マイマイは、またお茶を一口飲んでいた。

 心が落ち着くらしい。

 彼女がゆったりしている間、イルミネスは目を擦る。


 「ああ、眠いですね」

 「え~~。まだお昼ですよ。起きてましょうよぉ」

 「そうですか。はぁ。お昼寝の時間・・・なさそうですよね」


 二人は目の前のウォーカー隊を見つめた。



 ◇


 動きのない敵を見つめ、ミランダは考える。


 「揺さぶるか。それともそこにいてもらうだけでも良しとするか。この二択だな」

 「いてもらうだけでも良し?」


 ババンで仕事を振り分けて、本陣に戻って来たマサムネが聞いた。


 「ああ、別にあたしらはこの都市を奪わなくてもよかったのさ。フュンの作戦から言えば、あたしらの役割は、そこで目立てってなだけだ」

 「目立て?」

 「ああ、ここであたしらが目立って、王国側の後ろにも帝国軍がいるのかと思ってもらうだけでいいんだよ。だから別にこの都市を奪えなくてもよかったんだが・・・逆に奪えちまったから、変な風になってんだよな」

 

 こちらの動きが順調にいきすぎて、戦況が悪くなっている。

 それが、ミランダが感じた。

 ここまでのババン戦の印象である。


 「あっちが動くまで待ってみるか」

 

 ◇


 その日の朝も昼も両軍に動きがなかった。

 夕方になってもそれは変わらずで、特に王国軍の方はゆったりとしていた。

 その場から動かず休息に先に入っていたのだ。

 ミランダは、そのイルミネスの慌てない対応ぶりに、肝の据わった奴だと感心していた。


 「こいつはすげえ。あたしらの中じゃ・・・たぶん。クリスなみだな。あの考えは・・・」


 イルミネスは堂々としていた。

 普通の将、普通の領主であれば、都市を奪われるという失態を挽回しようとして、すぐにでも動き出すのだ。

 なのに、イルミネスは慌てる事がない。

 都市を眺めるように布陣して、ウォーカー隊の動きを封じている。

 

 「ミラ。どうする。俺たちの残りもあの大都市にいるけどよ。安定的におさめることが出来るかはわからないぞ」

 「そうだよな。一万のあたしらの部隊がそっちにいるけどな。そうだ。この都市って、何人だっけ」

 「六十万だ」

 「やっぱ大都市だよな。ギリダートよりもな・・・」


 ギリダート。ルクセント。パルシス。

 この三つは50万以下の都市となっている。

 それは、最前線となる都市には危険がつきものなので、必然的に兵士が多くなり、一般人は住みにくくなるからだ。

 それに対して、その他の都市には、兵以外の一般人もいるので、最低でも50万以上いて、王都リンドーアは100万以上の200万近い大都市である。

 帝国の帝都も約100万はいるのだが、王都は倍もあるのだ。


 「それか・・・あの男。それを狙ったか」

 「ん? どうしたミラ?」

 「この都市を掌握するのに必要な数ってのは、本当の所は二万が必要だと思うのさ」

 「二万?」 

 「ああ。敵の兵士らを監視して、民の動きを見る兵が二万必要。でもウォーカー隊は三万だ。んで。あたしらが、ここから二万なんて削ったら、この王国の内部で出来る事なんて何もないぞ。一万で敵と戦うのは自殺行為だ」

 「たしかに」

 「奴は。あたしらを封じながら、何か別な作戦を考えているんだろうな」 

 「別な? 何があるんだ」

 「・・・考えが読めん。難しい。奴はあたしを超える策を持っているかもしれん。だからクリスなみだ」

 

 ミランダはイルミネスが自分を超える考えを持つ男だと思った。


 ◇


 「ふわぁ・・・奇跡です・・・私が夕方まで起きています」


 目が渋々になっているイルミネスは、頭がゆらゆらと揺らいでいた。

 

 「ああ。イルさん。寝そうになっている!」

 「・・・マイマイ・・・ですか。おおきな声ですね・・・眠いのに」

 「駄目ですよ。敵が目の前にいるんですよ。起きてくださいよ」

 「はい。大丈夫。マイマイ。今の彼女は何も出来ません。夜も無理です・・・数が無さすぎる。こちらにまで行動を起こす。その余裕がない」 

 「そうなんですか・・・」

 『バリっ』


 マイマイの話終わりに何かが割れた音が聞こえた。


 「・・・バリ???」


 目が開いていないイルミネスが、頑張って目を開く。

 すると目の前で、マイマイがお煎餅を嬉しそうに食べていた。

 

 「なんでそんな余計な食べ物を持っているんですか? 兵糧の中にそんなものがあるんですか。あれ??」

 「いえ、ありませんよ。これは私個人のおやつです」

 「は?」

 「だってお腹空いている時に、敵が攻めてきたから。とりあえず、自分のロッカーにあるおやつをですね。全部持ってきたんですよ」 

 「・・・・ま・・いいか。それなら別に・・・」


 マイマイだからいいかと思ったイルミネスは、また眠りそうになった。

 今度は頭が上下に揺れる。


 「ああ。駄目ですって。今日だけは我慢しましょうよ。せめて夜まで・・・ね!」

 「はいはい。じゃあ、マイマイ、私を揺さぶってください。それで起きていられます」

 「わかりました。こんな感じですか」


 マイマイは左手でお煎餅を持って、右手でイルミネスの肩を動かした。

 グラグラと体を揺らし続けると、イルミネスはなんとか起きていた。


 「いや・・・眠いですね」

 「起きてて下さいよ~」


 声を掛けたマイマイは、煎餅をかじる。


 『バリっ』  

 「うま!」


 イルミネスが寝ないように注意しながら、お煎餅を堪能するマイマイであった。


 「・・・さて、ミランダ殿。どのようにして動きますかね・・・この状況が面白い。太陽の人。その師。ミランダ・ウォーカー。あなたが彼をここまで導いた人だ」


 寝ぼけ眼のイルミネスの目が開いていく。


 「英雄の師ゼクス。そしてミランダ。この二人により、太陽の人は太陽となれた。この事実は、アーリアの歴史に刻まれるでしょうね。お二人の素晴らしい功績だ・・・・だからこそ、私は双方ともに尊敬し、感謝しておりますよ。それと、彼を新たな段階の太陽として、覚醒させたのは間違いなくあなただ」


 イルミネスの眼光が鋭くなっていく。


 「あなたは、この戦場。太陽の師として、どのように戦うのでしょうかね。楽しみだ。彼女の強さ。底力を見てみたい。でもここではないのかもしれないな・・・別な場所かもしれませんね」


 マイマイの手で、体全体が揺れているイルミネスはそう呟いてニヤリと笑った。


 

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