第114話 最初がウォーカー隊
帝国歴536年8月1日
この日が開幕戦だった。
ネアルは勘違いをしていた。
イーナミア王国の王都リンドーアにいたことで、前にだけ集中していたから、この日はただの移動日だと思っていたのだ。
フュンが、こちらに向かって移動してくるのだろう。
こんな風に思っていたのだ。
でも、この日が開幕だったのだ。
それは、リンドーアから北西。
ババンの裏にある山、シルリア山脈から異変が始まる。
山に隠れているウォーカー隊。
その先頭にいるミランダが幹部に話しかける。
「よいしょっと。マサムネ」
立ち上がったミランダは、目の前のババンを確認した。
「おう」
「今回サブロウがいねえ。だから影を頼んだのさ」
「わかった」
マサムネがサブロウ組をまとめる。
「エリナ。あたしの裏を頼む。補強戦術だ」
「いいぜ」
エリナがいつもの通り補助をこなす。
「マール。お前はあたしの反対側で頼むわ」
「いいですぜ。あっしがやりやしょう」
「皆、頼んだぜ。んじゃ! あたしらウォーカー隊。久しぶりに全員で暴れるとするか」
「「「おう」」」
ミランダが不敵に笑いながら、右手を掲げると。
「いくぜ。クソ野郎ども。突撃開始だ」
山からウォーカー隊が出撃した。
◇
「「おおおおおおおおおおおお」」
雄たけびと共にウォーカー隊は、山を下りきっても叫び続ける。
この気迫に、王国軍はたじろいだ。
なにせ、帝国から見て一番攻めにくい場所がババンなのである。
それに背後から敵が出現してくるなんてありえない。
裏は山しかないのだ。
そもそも王国人も住み着かない場所なのだ。
ミランダたちはババンの西に到着すると、一気に梯子を使って登り始めた。
この速さは尋常じゃなかった。
西に配置していた兵士が、普段よりもいくらか少ないとしても、それらに対処できないくらいの速さだった。
ウォーカー隊は次々に登っていくことが出来た。
「足場を作れ、城壁の上で戦う」
ウォーカー隊は西を基準に戦いを始めていく。
乱れに乱れる城壁を見上げながら、マサムネが北へ、エリナが南へ。
二人が兵士たちをどんどん城壁の上に送り込んでいる間に、マールが東の門にまで来た。
「あっしらもここから登るぞ。梯子でいくですぜ」
ウォーカー隊は城壁の上で暴れ回っていく。
◇
ババンの将イルミネスは、ウォーカー隊たちの猛攻の知らせを知った時。
都市の中心部近くにある兵所で、普段通りの書類作業をしていた。
彼はそこから外へ飛び出して、西と東の城壁の上の勢いを見て即座に判断する。
「これは・・・凄い奇襲ですね。あっという間にこちらまで・・・そうですね。ここで取れる手は一つしかない。マイマイ」
イルミネスは部下を呼んだ。
桃色の頬がふっくらしていて、まん丸顔の女性がやってきた。
「はい」
「マイマイ。ここは引きますよ。上にいる王国兵は何人でしたか」
「平常時でしたので、二万になるでしょうね。全体計算だと」
「それでは、中央待機兵は?」
「四万ですね」
「よし。ウォーカー隊が少ない門の下はどこですか」
「北です」
「わかりました。予備兵を北門の下に配置です。十分以内に動きなさい」
「はい」
イルミネスの端的な指示を理解するマイマイは、動きながら自分の部下に指示を出していった。
彼の命令に疑問を持つことなく実行に移していく。
まだ城門の上では戦いが行われている。
その中でイルミネスは、戦わずして集まった四万の兵と共に北門から脱出したのだ。
ババンの北に、彼らは布陣する。
「マイマイ。兵士たちは全滅ですかね」
「どうでしょう・・・あちらに皆殺しの考えがあればそうなるかと思いますよ。あっという間に負けましたもんねぇ」
「そうですね。まあそれもしょうがない。あれほど鮮やかな奇襲での攻城戦です。ここは、裏の地域で、しかも裏中の裏の西門が攻撃されるなんてね。こちらの兵が油断していてもおかしくない」
イルミネスは、負けている戦場で粘る考えを持っていなかった。
即座に脱出したことで、四万の軍を維持することを考えていた。
「さて、彼らなら民をないがしろにはしません。なので、こちらで戦いでしょうかね」
イルミネスの考えはもう一つ。
帝国軍は王国の民を害することをしない。
だから都市を明け渡しても、民に被害がないのなら、別に渡しても良いと思っているのだ。
そして、ここに四万で待機するという事は、逆にウォーカー隊をババンに封じる事に繋がるのだ。
「さてさて。この厄介な軍・・・・ここにいてもらう方がいいでしょうかね。これは後々の考えによるでしょう」
イルミネスは、敵の動向を探る動きに変えた。
この動きを怪しんだのは当然ウォーカー隊の方となる。
◇
「野郎・・・おもしれえわ。よく考えている」
ミランダは、北の城壁でイルミネスの軍を見つめた。
完璧な布陣で待ち構えている。
攻める事を考えていない布陣は、あれは自分たちをここに封じる動きだと気付いた。
「あたしら得意の奇襲攻撃を防いでいるのか。あの布陣で・・・」
「ミラ」
「なんだ。マサムネ」
「兵士の半分は捕虜にしたぞ。いいのか。七千くらいいるぞ」
「いいぜ。あとは見張っておけ」
「わかった。マールの軍にやらせておく」
「それがいいな」
二人は、都市の様子を見つめる。
「中はどうだ?」
「大丈夫だ。何故か受け入れている」
「受け入れている? あたしらをか」
「ああ。ここの都市の領主となっているイルミネスの指示だそうだ」
「は?」
「帝国軍に支配される事があったとしたら、別に抵抗しなくていい。という命令があったそうだ。だから混乱がないわ。この都市はな」
「マジかよ。ここが落ちると、予測しているような動きじゃねえか・・・それは変だぞ。だったら何で・・・最初から守らねえ」
ミランダとマサムネは、もう一度北にいる軍を確認。
奥にいる半眼の男の軍は、四万全部がこちらを見ていた。
「不気味だな・・・イルミネス。フュンがヒスバーン同様に危険人物だと言っていた男か・・・あいつがそう評価している・・・ていうことは、恐ろしく優秀だな」
「そうだな。フュンは見抜くからな。そういう所をな」
ミランダはそれでも動くしかないと思った。
この四万の兵。どこかに移動しても貰っても困る。
なぜなら、今回の作戦は。
ウルタス以外の大都市に攻撃を仕掛ける大作戦なのだ。
一手目がババン。二手目がパルシス。
三手目がミコット。ルコット。四手目がビスタとルクセント。
そして最終の手がリンドーアである。
ウルタスを除いた都市を一気に攻撃する。
大胆かつ王国が思いつきもしない作戦である。
ここで重要なのが、この一撃で落とすことが重要なのではなく、各都市に帝国軍を配置することが重要だった。
だから、今イルミネスの軍が別な都市に移動して、この作戦の邪魔になるのが一番やってはいけない事だった。
なのでミランダは、敵が移動しないように、野戦も選択肢に入れなければならない。
「こいつ。あたしらが、ここを襲う事を知っているような動き方だぜ」
「そうなのか」
「ん。ああ、エリナか」
会話にエリナが入って来た。
タバコを吸いながら敵を見つめる。
「わかっているのに、こっちに明け渡したのかよ。知ってたんなら、西側を重くして防御した方がいいんじゃないのか?」
「それは・・・そうだな。だから変なんだなよ。あいつ。何を考えているんだ。あたしが相手の考えを読めないなんて・・・」
ミランダでも思いつかない動き方。
戸惑いが残っても、ミランダは敵の動きを封じないといけない。
だから慎重になりながら、ウォーカー隊はババンから出撃したのだ。
◇
ウォーカー隊二万対イルミネス軍四万がババンの北で相対する。
「守り方は基本だな。横陣中の横陣。だけどな。気味が悪い」
「どうした。ミラ?」
「マサムネ。あそこ。それと、あそこもだ。わざと道が開いている。あたしの混沌の入り口をわざと作っている気がするのさ。罠だ」
ミランダが指摘した。
「マジかよ」
「ああ。こいつ。あたしの動き方をよく知っている。あたしを研究している奴だ」
「・・・・フュンの勘が当たりか」
「ああ。たぶんな。この布陣であれば、簡単には攻められない。あっちの方が数も多いからな」
ウォーカー隊は、兵士が三万いた。
だが、ババン内にも兵を置いて置かないと、ババンを掌握できないから、この戦場では数が少なくなっている。
この事から、敵は逆に防御陣形に穴を開けていたのだろう。
数の違いを利用しようとしているのだ。
ミランダは思う。
イルミネスは侮れない。
野戦で戦っても、自分に勝つ気でいる。
だからこそ彼は外に出るという決断をしたのだ。
城壁の上であれば、数の少なさが逆に不利にならないのがウォーカー隊。
それは、混沌に近しい状況となるので、ウォーカー隊の方が有利となるのだ。
しかし、今回の野戦は違う。
平地で数の違いを生み出されてしまえば、ウォーカー隊の真骨頂の戦術『混沌』は使えない。
混沌をする方の数が少ないのはいいが、それでも二倍差なんてものは覆せない。
それに、奇襲ともならない。
混沌の基本は、疑似的にも奇襲となる形にならないといけないのだ。
でも今回は、完全に敵が待ち構えている。
だから無理なのだ。
イルミネス。
飄々としていて、大胆な手を打ってくる男だった。
ミランダはここで初めて混沌を使う事を諦めて、戦術の選択肢から外したのである。
今までその戦法が取れるかどうかを軸に考えてきたのに、混沌が絶対に出来ないと判断したのは初めての事だった。
「イルミネス。あたしらが考えるよりも、化け物かもしれないな」
「ミラ。どうする」
「一度当たってみるのさ。混沌を封じようとしているのか。それを見てみる」
ミランダとイルミネスの戦いは。
ババンを奪ったというのにミランダが外に出て。
ババンを奪われたのに、イルミネスが兵を温存できた。
不思議な野戦での戦いとなる。




