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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第四章 二大国英雄戦争最終戦 アーリア決戦 二人の英雄の仲間たち

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第112話 二大国英雄戦争アーリア決戦開戦

 帝国歴536年8月1日


 皇帝名義での文書が届いたのは七月。

 その返事をネアル王が返したのも七月中。

 戦いを設定した両国は、八月に行動を起こすと決めた。

 

 アーリア決戦。

 その開幕を飾るのは、フュンが率いる軍であった。

 しかし彼の軍は、たった三万。

 そんな数でどこへと向かうのか。

 何処も落とせないぞ、ありえないだろう。

 ギリダートを飛び出た軍を確認した王国偵察兵の感想はそれだけしか思い浮かばなかった。


 ◇


 出陣直前。

 フュンは、ギリダートの広場で民に優しく語り掛けていた。


 「皆さん。今、ここにいる僕らは、帝国人と王国人の集まりです。王国側にいた皆さんにとっては、僕ら帝国人は敵でしたね。それに僕は、憎き敵国の重役でしょうね。でもですよ。今ではこの都市にこうして何の不自由もなく互いに暮らせています。これはなぜか。それはもちろん、皆さんが人だからですよ。これも当然の事なんです。別に帝国。王国。とか言うくだらない区切りを僕らが勝手に線で引かなければ、こうして人は協力出来るのです」


 ギリダートの民たちは頷いた。

 ここ数年で起きたギリダートの革命は、目覚ましい発展を遂げる要因になっていた。

 人々が戦争以外の仕事が出来る。

 これは、ここに住む人々にとって、非常に大きな出来事だった。


 「いいですか。皆さん。これからの戦争は。このギリダートに起きた出来事を、アーリア全土に波及させる。そのための戦争なんです。僕らは一つになるんです。アーリアに生きる人としてね。そして、そうなった場合に、皆さんに協力してほしい事があります」


 フュンが皆に語り掛ける口調が優しかった。


 「それは皆さんが伝道師になって欲しいのです。各都市に僕らは一つになれるんだって、宣伝して欲しいんですよね。僕らは共に手を取り合って、アーリアで生きられるんだってね」


 笑顔のフュンが眩しく見える。

 ギリダートの住民たちは目を擦った。

 自分の目がおかしくなったんじゃないのかと思ったのだ。 


 「それじゃあ、皆さん。待っていてください。残りの王国民も必ず! 僕らと共に生きられるようにしましょう・・・いえ、してみせます。ここで帝国が勝つことで。最終的にはアーリアが勝ったとします! そうです、僕らはアーリア人となりましょう。では、皆さん。僕らは、いってきます!」

 「「おおおおおおおおお」」


 出陣の演説には思えない。

 戦争開始宣言だった。 

 アーリアを一つにする。

 フュンの夢。帝国の目標。アーリア人の悲願。

 このような様々な思いから、アーリア決戦は始まったのである。



 フュンたちはギリダートの西門又は南門からじゃなく、なぜか北門から出発した。

 目標地点が、王国が思っていた場所じゃなかったから、王国側にとっては、兵数以外にも疑問を持つ出陣となったのだ。


 ◇


 翌日。

 王都リンドーア。

 ネアルはフュンが来ることを待ち望んでいた。

 今までの彼の戦略から言えば中央突破が狙いだろう。

 この場合の中央突破は、間違いなくリンドーア。

 ギリダートから一番近い都市が、王都リンドーアなのだ。


 「さて、偵察兵は連携連絡ですぐに連絡をしてくれるはずだ」


 狼煙を上げて知らせる独特な連携連絡。

 フュンたちの信号弾と同じような感覚での連絡方式で。

 王国は狼煙の本数でフュンが行く先と兵数を次の場所に知らせていた。

 黒一本だったらリンドーア。二本だったらルクセント。三本だったらパルシス。

 それに加えて、赤一本で一万と数える。


 そしてこの日に上がったのが、赤三本の黒三本だった。

 これを知ったブルーがやって来た。

 

 「王。ギリダートが動きました。三万です」 

 「少なすぎる。動くにしても少なすぎる」

 「はい。しかし。少ない理由は、ここに来るわけじゃないからでしょう。別な場所に行くらしいです」

 「なに? リンドーアじゃないだと」

 「はい。敵が目指しているのは・・・」


 ブルーの言葉を聞いたネアルは、座っている椅子から落ちそうになった。

 彼は、ネアルにとって、まさかの場所を選択していたのである。 


 ◇

 

 フュンと共に移動中のシルヴィアが聞く。


 「フュン。良いのですか。こちらで?」

 「ええ。いいですよ。ここが勝ち筋。まずは、この軍がパルシスに行くことが重要です。ハスラの目の前。パルシスを狙う。これが一番良いでしょうね。こうなると、ネアル王の考えがわかります」


 並んで歩くフュンとシルヴィアが目指しているのはパルシス。

 ハスラから、フーラル川を挟んだ先。

 川の向こう側の都市を狙ったのだ。

 その意図はネアルの考えを知るためである。

 フュンは相手の出方次第で臨機応変に作戦を変えようと思っていた。


 「どんな事を考えているのですか。あの作戦書にはここの事が詳しく書いていませんでした」

 「はい。それは皆さんがやる事が変わりないので、書いていませんでしたよ。そうですね。それじゃあ、シルヴィア。あなたなら、僕のこの移動をどう考えますか」

 「どう考える?」

 「はい。あなたがネアル王であれば、この軍がパルシスに向かった際。どのように動きますかね」

 「ああ、なるほど。自分だったらですね・・・ええっと、そうですね。私だったら、そのまま無視します。リンドーアに来ない時点で、完全無視です。それに三万。嘘っぽいです。私たちは、ギリダートに十万の兵を置いたのです。これをあちらが知らないわけがない」


 ギリダートに置いた軍は。

 帝都軍四万。サナリア軍三万。ゼファー軍三万。

 この内、今フュンが率いているのが帝都軍の四万の内の三万である。


 「そうですよね。それが一番だ。では、その状況で、この軍がどのように動いたら嫌ですか」

 「この軍がですか。そうですね。狙いがパルシスじゃない。これが嫌でしょうね。それに三万という数字が微妙ですしね。この数なら機動性が違う」

 「ええ、そうです。機動力があるのです。だから僕は、このゆっくりな進軍で北上しているのですよ」

 

 動くのがあえて遅い!

 フュンの軍は、機動力があるのに、歩兵以下の一般人くらいの歩く速度で移動していた。

 その狙いがなんなのか。

 彼の最初の作戦は、ネアルに課題を叩きつけるような行為であった。



 ◇


 ここから三日後。

 ネアルの呟きは愚痴になった。

 

 「・・・まだ、ギリダート周辺にいるのか?」

 「いえ。それは無くて、川下は過ぎているようですが。まだパルシスの領域には行けていませんね」 

 「遅いわ。それだと進軍が遅すぎるぞ・・・いったい、何が狙いなんだ・・・」


 ネアルと全く同じ疑問で、ブルーも話す。


 「この遅さが敵の狙いでしょうか? パルシス。リンドーア。ルクセント。この三つであれば、一番近いのがギリダートのはずですよね・・・なぜ、狙いがパルシスなんでしょうか?」

 「そうだ。そうなのだ。ブルーの言う通りだ」

 

 ブルーとの会話の直後。

 もう一つ情報が出てくる。


 「おい。ネアル」

 「ん。ヒスバーンか」


 扉の向こうからヒスバーンが紙を持って現れた。


 「ああ、これ見ろ」 


 ヒスバーンからメモを渡される。


 「な!? おい。なぜそんなに冷静なんだ」


 メモを読んだ途端に、ネアルは顔を上げた。


 「まあ、慌てても仕方ないだろ。情報はただの情報だ」

 「貴様。たしかにそうだがな・・・しかし、これはどうやって・・・いや、待てよ。昔にも。同じことがあったな」

 

 ネアルが悩んでいると、ブルーがヒスバーンに詰め寄る。

 

 「ヒスバーン。何が起きました?」

 「ブルー、これを見とけ」

 

 ヒスバーンが、同じ内容が書いていあるもう一つの紙をブルーに渡した。


 「な!? ババンが!? なぜ・・・」


 開いた口が塞がらないブルーの隣で、ネアルが思い出す。


 「そうだ。これはあの時と同じか。この仕業、ウォーカー隊だな・・・オレンジの女の作戦だ」

 「俺もそう思うぜ」

 「やはりな。現地集合。この戦術で、私らの背中を狙ったのか。くっ。なんて効率的な攻撃を仕掛けてくるのだ。しかも大胆だな。都市丸ごとか」


 ネアルの背後リンドーアの北西がババンに、敵襲があったとの知らせ。


 ここに来て、一番攻撃を受けにくい場所に奇襲攻撃が来た。

 どうやってと思えば、それはかつてネアルがアージス平原で戦った際の背後からの奇襲攻撃を受けた時と同じだと思ったのだ。

 ミランダの事を初めて見た時と同じ戦術。

 敵地の中で、軍を集めて戦闘する。

 そんな戦術を取れるのはウォーカー隊くらいなのだ。


 しかし、どうやって集められるのだと考えると、ここはギリダートしかないと思われた。

 あそこから、少しずつ人をこちら側に送り込んできたとしか思えない。

 水路では、人の移動が船によるので分かりやすい。

 山道でも、要所を確保しているから、人目に付きやすい。

 アージス平原でも、人が歩くのを見つけるのは簡単だ。

 でもギリダートは北西の位置に森があり、目線が切れる場所がある。

 偵察兵をそこに置いても、彼らはそういう場所では異常に強いはず。

 山育ちである彼らは、サバイバル的な場所で身を隠すのが上手いのだ。

 

 「さて、ここからどうするか」


 ネアルは考える。


 現在。

 王国軍は前線に設定した以外は、防衛を中心に戦術を決定していた。

 各都市に配置された将はこれらである。

 

 王都リンドーア――――――――――ネアル。ブルー。ヒスバーン。

 北の最前線となるガイナル山脈―――ルカ。

 南の最前線となるビスタ――――――ドリュース。

 ハスラの対岸、北のパルシス――――アスターネ

 アージス平原の西ルクセント――――ノイン 


 ここまでが前線都市。

 ここからが後方都市。


 アーリア大陸北西の港ルコット―――セリナ

 アーリア大陸南西の港ミコット―――ゼルド

 リンドーアから北西ババン―――――イルミネス

 リンドーアから南西元王都ウルタス―クシャラ



 敵の狙いはリンドーアと予測していたネアルは、ギリダートから一番近いからこそ来るのだと思っていた。

 それに彼はいつも中央突破を仕掛けてくる。

 だから、ここで勝負を仕掛けてくると思っていた。

 でも、彼の選択は北の都市パルシスだった。


 そしてさらに、遅い進軍の意味を理解しようと考えこんでいた間に、ババンが攻め込まれた。

 想定外の敵の動きには驚きを隠せなかったが、でも全ての都市で防衛強化を行っているので、しばらくは援軍を送らずとも、どの都市も守り切れると判断していた。

 パルシスを狙う軍も、ババンを狙う軍も三万。

 その程度の数では落ちるわけがない。


 だから、ネアルは相手が攻城戦で消耗してから、各都市が連携して攻撃を仕掛ければいいと判断した。

 しかし、ネアルのその思惑は外れる事になる。


 十日後。

 全ての情報がここリンドーアに集まった。


 「お・・・王!」

 「ブルー? どうした」

 「各地から連絡が来ました」

 「そうか。どうなった」

 「は・・・はい」


 ここでブルーの言葉が詰まった。

 よほどこちらの状態が良くないのだと、ネアルは思った。


 「ま、まず。パルシスはハスラの兵により包囲を受けました」

 「ハスラだと!? 大元帥の軍じゃないのか」 

 「はい。そして次に・・・ミコット。ルコット。こちらの両都市に強襲攻撃が来ました」

 「なに!?」

 「そしてさらに、ルクセント。こちらもです。それでそこを押さえられているので、アージス平原とビスタの連絡が来ていません。ですが、この現状では、おそらくビスタも囲まれているかと」

 「・・・なんだと。それだと、我々のほぼ全域が、敵に攻撃を受けているのか!? 無事なのはこことウルタスのみか」

 「・・そ、それが、王」

 「なんだ? ブルー」


 報告書を読み上げていたブルーは真っ直ぐネアルを見つめた。


 「リンドーアに敵が来るとの事・・・軍は、フュン・メイダルフィアの軍だと」

 「なに!?」


 アーリア決戦。

 大陸全体を使った戦いは、異常に速い展開で進むのである。

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