第37話 ハスラ防衛戦争 Ⅵ
ハスラの南側。イーナミア王国の本陣にて。
今回の遠征軍大将エクリプス・ブランカは、王国の貴族でありながらも、武将としての地位も高い。
軍での地位は、最高司令の次『上級大将』である。
貴族としても武将としても優秀な彼は、現在のおかしな戦場に疑念を抱いていた。
相手を騙し尽くした戦略で、敵を籠城にまで追い込んで包囲したまでは、順調だった。
だが、ここにきて何故か攻撃が上手く決まらない。
最後のピースだけがパズルにハマっていかない。
ぐだぐだになってしまった戦場だと思った。
エクリプスは、何が原因かは分からないが、とにかく上手くいかないモヤモヤを抱えていた。
「ど、どういうことだ……南の大砲と北の大砲により、この都市は黒煙が出て壊滅寸前になったのではないのか。あれほどの崩落の音が響いたのだぞ。中はぐちゃぐちゃになっているはずだ。なのに、我らの兵が相手の城壁を超えることも出来ず、門を開かせることも出来ずにいるとは。これは何かがおかしい。それに何故か、南の城壁の敵兵士たちが増えているような気がするな。これはまさか他の。四方の軍の圧力が無くなっているのか。ここに兵を回すほどの余裕が帝国に出来たということか」
事態を冷静に判断しているエクリプスは、状況把握に努めていた。
ハスラは四方が長く、それぞれの戦場が見えない。
だから綿密に連絡を取り合っていたのに、今は伝令兵の繋がりが消えたようで、他の戦場の話が入ってこない。なのでエクリプスは逆にこちらから他の方面へと伝令兵を送っている。
全ての戦場の情報を集めようとしていたのだ。
だから彼らが戻ってくるまでの間。南側の兵は攻勢には出ていなかった。
エクリプスの指示としては、帝国の南門の上にいる兵たちを観察する程度におさめて、軽い弓攻撃などで注意だけを引いていたのである。
無理をしない。
この場面でその選択を取れていたのは、総大将であるエクリプスだけだった。
今攻めてきている王国の人物たちの中で、最も優秀な人物と言える。
「伝令兵は、どうなった!」
「はっ。今。三方面から戻ってくるかと思います」
「よし」
数十分後。西側から伝令兵が来る。
「大将閣下。西からの情報によると、北の軍がどうやら壊滅したらしく、今は西軍が攻め込まれています。ハスラの北門からの敵らしいです。この事から完全に北は全滅かと思われます」
「そんな馬鹿な。北が壊滅だと」
「はい。そして、こちらからは確認できませんが、北の船も炎上しているとのこと。西の戦場から、北西を向くともう……船は燃え尽きているらしいのです」
「なに。船もだと!?」
西の伝令兵の言葉に驚くとすぐに東の伝令兵もやって来る。
「大将閣下。東の情報です。東軍もまた敵に襲われています。東よりもさらに東に敵が出現して、我が東軍の背後を突かれて混乱状態に陥りました・・・・このまま何もしない場合は、おそらくは東軍も壊滅へと向かうかと思われます」
「な、東の奥だと……。いったいどこから援軍が来たのだ。いや、そんな事を考えている場合ではない。これはまずい状況だ。我らの兵は、二万。それに対して相手の都市は一万なはず。それでそこから増援があればもっとになっているな。北が壊滅ならばこちらの五千が引かれて、東と西も全滅となれば、さらに一万が減る。ならば、最後の局面で我らが五千になり、敵が一万以上になるのか。それで帝国の地に居続けるのはまずいな・・・そうだな」
瞬時に計算が出来るエクリプスは損切りを開始していた。
負けている現状を勝ちに持っていくのではなく、負け続けない展開に持ち込もうとする。
その判断の速さ。
潔い決断に名将の器を感じる。
「よし、西側にはあそこの大砲を使ってけん制しよう。味方ごと撃つかもしれん! だが、そのまま放置してもどうせ全滅なのだ。大砲の衝撃で敵も味方も霧散させて、生き残ってくれる味方だけを退却させよう。だから、西の兵たちには、南に逃げてこいと退却命令を出しておけ。我らの南から援軍として、西方面に防御陣を敷いて。そこから逃げられるように道を確保してやるのだ。伝令兵退却の命令を伝えよ」
「了解しました。大将閣下」
西の伝令兵は、急ぎ走る。
「そして、東の軍はこちらの部隊が押し込んで助けるぞ。いいか。東の部隊は出来るだけ救うのだ。まだ混乱状態であるならば、私の軍だ。必ず立て直しをして、南と連動するはず。いいか。ある程度の東の軍を救ったら、こちらまで引け。だから東の軍にはこちらから部隊を多めに出せ、いいな。出来るだけ兵士を確保するんだ。何とか全体で一万は確保して、船まで退却するからな。伝令兵頼む」
「はっ」
東の伝令兵は南の軍隊長と共に東の戦場へと向かった。
エクリプスの指示は的確であった。
そして彼は一番重要な指示を出す。
「ではそれらを成功させるためには、この南に配属されている城壁の上の敵軍をこちらに釘付けにせねばならん。よいか。我らの南軍は、千ほど残す。そこで目一杯、南門に向かって弓を放ち続けろ。城壁の敵を休ませるな」
「はっ。閣下。そのように致します」
「うむ。あとは大型船で退却するぞ。あちらに用意しておいた船を今すぐ出せと、王国に連絡する。大砲付近であるならば撤退しても安全圏だろう。今こちらの中型船のいる付近に到着するように、狼煙を上げておけ」
「はっ」
エクリプスの指令の通り。
王国は退却戦を開始していた。
それは一人でも多くの兵を拾い上げる作戦であった。
王国側とて、簡単に負けるつもりはない。
戦いは終盤へと向かう。
◇
円形の分厚い陣を敷くため、フュン隊は敵に囲まれながらも、三重の円を描く。
一番内側の円にフュンたち首脳陣を置く形を取った。
だが、その分厚い陣を打ち破るかのように、敵の包囲攻撃は凄まじく、円のどこにいようが、戦いが楽になる場所がなかった。
フュンたちは、敵の圧力に押し潰されそうになっていた。
「フュン! 前に出るな。お前が死ねば。この部隊は死ぬのだ」
余裕がなくなったシゲマサは、前に出てくるフュンを後方に下げようとして必死だった。
「でも、一人でも戦わないと。一人でも多く救うには。皆で戦わないと。耐えればザイオンさんたちが来てくれますから」
フュンも防御陣形の前列に加わる。
敵の剣の攻撃を、自分の剣で受け止めていた。
「駄目だ。あ、危ない」
シゲマサは気付いているが、フュンは気づいていない。
目の前の敵でなく、その斜め後ろからくる敵の槍がフュンに伸びていることにだ。
フュンの反射神経では、それを防ぐ術はない。
「俺が・・今。な!? くそ」
敵四人に囲まれていたシゲマサは、目の前にいる敵を無視して、フュンの敵にナイフを投射しようとするも、脇にいた敵に腕を切り落とされた。
自分の腕が宙を舞うよりも、彼はまだフュンを気にしている。
「ぐあ。あ・・・・逃げろフュン・・・逃げろぉぉおお!」
シゲマサの声で、自分の方に敵の槍が伸びてきているのが分かったフュン。
だが、わかったとしても体の動きをどうすることも出来ない。
敵の剣を防いでいる体勢から反転することも出来ず、敵の槍先がフュンの体に刺さる寸前。
青と赤の閃光が走った。
「殿下は」「我らが」
「守る」「絶対!」
ここまで姿を現さなかった双子が登場。
フュンの命の危機に反応した。
宙を舞う青い閃光ニールが全体重をかけて突進。
持っているナイフで敵の槍を叩き落とすと、赤い閃光ルージュがその敵に目掛けてナイフを投射。
フュンを殺そうとした敵の首に二本のナイフを投げ刺して抹殺した。
次に流れるような連携でニールが地面に着地すると同時に、フュンの目の前にいる敵の腹にナイフを刺して倒す。
そしてルージュがフュンの腹に肩を入れて、円の中心へと強引に移動させた。
双子の巧みな連携により、フュンは危機を脱出したのである。
「ニール。ルージュ!?」
「殿下」「下がれ」
「ここは」「我らが」
「「守る」」
一時の危機は退けても、フュン部隊の戦況が良くなったわけじゃない。
千はいたはずのフュン部隊は、今や八百にまで減らされていた。
このまま続けば全滅は確実。
傷ついた兵士たちも増え始めて、円も徐々に小さくなっていくのが分かる。
兵士たちの頭には、絶望の二文字がチラついていた。
「…ごはっ。フュ、フュン・・・怪我はしてないか!」
重傷を負ったシゲマサは血を吐いてでもフュンを心配した。
「…シゲマサさん。ぼ、僕のせいで片腕が」
「ふっ・・・・べ、別に気にするな。戦場の全てがお前のせいじゃないんだ。この怪我は俺のせい。誰のせいでもないんだ。フュン。俺たちはサブロウが信じたお前を信じている。これを絶対に忘れるな。いいな!」
「は、はい?」
返事はしたが、会話の意味がフュンはよく分からなかった。
「いいな。フュン。ここで気持ちが折れるなよ! 負けるなよ! お前はこれからの男だ。ここで負けてはいけない!」
なぜかここでのシゲマサの言葉は応援だった。
「な、なんですか? シゲマサさん・・・」
「フュン。聞け! 今から俺たちは脱出路を作り出す」
「え!? ど、どうやって・・・この状況では・・・」
シゲマサは円陣の中心で倒れている者たちに声をかけた。
「負傷兵! いるか。来てくれ!」
シゲマサに呼応した兵士は30名。
集まった兵士たちは、全員もれなく体が欠損している。
肩や腕、足。それに腹から夥しい血が出ている者もいた。
「よし。皆、俺たちの役目わかってんな」
「おうよ」「まかしとき」「そうね」「ここが戦の花道だな」
「ああ。咲かせ時だよな」「まったくだ。俺たちが輝く時だな」
「だはははは。良き人生だったわ」
晴れやかに笑う負傷兵たち。
彼らの笑顔の意味が、言動の意味が。
フュンには全くわからなかった。
「なあ、俺。気付いたんだよ」
「なんだ?」「どした?」
負傷兵たちは傷だらけの体を引きずってでもなんとかして聞いていた。
「俺たちみたいな賊を生まない環境。それを作れる奴ってよ。俺は、ずっとさ。ミラやお嬢みたいな奴がなんとかしてくれるのかと思ってたんだ。あいつらってさ。なにをやらせても優秀だろ。そういう力がある奴が世の中を変えると思ったんだよ……」
負傷兵たちの頭の中には、二人の顔が思い出される。
仏頂面のお嬢と、いつもニヤニヤと笑うオレンジの女性を。
「でも違った。俺は二人を信じてるけど。それは違うと思ったんだ・・・俺は、この男こそが、それにふさわしいなんじゃないかって思ったんだ。誰かのために一生懸命になって動ける奴。誰かに人一倍優しい奴。そんな奴が、人の上に立つべきなんだ。世界を変える力はきっとこういう男なんだと思うんだ。それとさ。俺たちの里みたいな中途半端なはぐれ者でも生きていける里の存在が必要なんだと思うんだよ」
「ほほほ。俺も思うわ」「あたしもだよ」
「だろ!? はははは。そうだと俺も思ってたんだ。みんな、わりいな。付き合ってくれてよ・・・・」
「「「別に、いいさ」」」
笑顔で何を言っているのか。
フュンは分かろうと努力した。でも分からなかった。
晴れやかな顔をした皆の決意ある眼差しの意味を。
「よし、覚悟はいいか。お前らこれを持て。サブロウのお手製だぞ。俺たちゃサブロウと共にあるぜ」
「「「ははは。確かに。サブロウがそばにいるんならやりがいはある」」」
シゲマサは皆に赤い玉を配る。
負傷兵たちは大切にそれを握りしめた。
「俺たちは・・・ここで未来へのために動くんだ。俺たちの生きてきた道は無駄じゃなかったって証明できちまうんだよ。凄いよな。ここで二つも目的が達成できて、これが一石二鳥。お得ってもんだよな」
「「「ああ。そうだな」」」
本当に何を言っているのか。
フュンはこの会話を聞いて混乱した。
でも皆の顔は覚悟が決まっていた。真剣な顔で敵を睨む。
「カゲロイ!」
「なんだ?」
シゲマサに近寄ったのはカゲロイ。
サブロウ隊のメンバーである。
「お前に隊を任せる。サブロウと王子のこと。これから頼んだぞ。お前なら出来るからな」
「・・・ああ、わかった・・・早く行ってこいよ・・・とっととよ」
「ははは、俺へのセリフ。それでいいのか……ははは。まあいい。泣くなよ! 男だろ」
「うっせえ。チクショー」
カゲロイは泣いていた。
涙をこらえているつもりだったが、まだカゲロイの若さでは無理であった。
溢れる感情は頬に一粒の雫として現れた。
「それじゃあ、皆。今から、敵の包囲に穴を開けるぜ。俺の合図で走れ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
「俺たちは未来を作る!!!」
フュンを守るために最後の賭けに出たフュン部隊。
その賭けを理解していたのは、フュン以外である。
皆、命を賭して全てを懸けて、脱出を図るつもりなのだ。




