第36話 ハスラ防衛戦争 Ⅴ
ミシェル隊が敵軍に入り込む少し前。
フュンはミシェル部隊の動きを確認する。
彼女は自分の想像通りの動きをしていた。
「素晴らしい。さすがはザイオンさんのお弟子さんですね。よし。僕らもそろそろいきますよ。敵軍は大混乱していると思うので、簡単に側面を叩けるはずです。僕らは忍び寄る形で行きます」
フュン部隊は敵軍左翼後方に進軍。
真っ直ぐに走らずに、若干左に膨らみながら、そのままの流れで、敵の側面に当たろうとしていた。
「王子さん。どうすんだい。あんたは武人じゃない。まだあんたじゃ、先陣はむじいだろ?」
「そうですね。僕には突破力がありません。シゲマサさんがやれますか?」
「おう。任せとけ。そのために俺がいるからな」
フュンはシゲマサに先陣を託す。
サブロウの片腕シゲマサは、サブロウから楽しみにしておけと言われた通り。
フュンと話してみると、なかなかに面白い人物だと感じはじめていた。
まあ元々影から観察はしていたのだ。
あのガイナル山脈の時のフュンの決意にもシゲマサは感動していた。
その事もあってか、話す前と話した後も、印象通りの人物であると思ったのだ。
サブロウの見立ては間違いない。
シゲマサもフュンのことを高く評価している。
シゲマサは、フュンから次世代の息吹を感じていたのだ。
「王子さん、サブロウ組を使ってもいいかい。俺たちが先にいくわ」
「はい。シゲマサさんにお任せします。お願いします」
サブロウ組副隊長シゲマサが先制攻撃を用意する。
サブロウ組とは、ウォーカー隊随一の万能部隊。
そして特殊部隊である。
普段の仕事は工作と偵察だが、戦場での仕事は攪乱である。
彼らは平地戦の場合は、むやみに先制攻撃には参加せず、後方で待機するのが鉄則なのだが、決して戦えないわけではない。
現に先頭を走るサブロウ組は、緊張もせずに至って冷静である。
「サブロウ組。おれたちゃ、フュンの代わりに敵の横をたたくぞ」
「「おう」」
フュンの前に出たサブロウ組は、二十名くらいの隊列を組んだ。
両手でナイフを持ち、馬は足で御して、敵の斜めから突撃を開始した。
「よし、投擲開始だ」
「「おう」」
サブロウ組の得意攻撃『ナイフ投射攪乱攻撃』を繰り出す。
サブロウ組のナイフは、敵の側面。最西端の人物たちを狙うのではなく、その列の四つ先の敵を投げ刺していった。
彼らは投射後すぐにナイフを用意して、敵の陣形の横を走り続け、やはり四つ先の敵を投げ刺していく。
彼らのその意図を知るのは次に突撃をしたフュン部隊の面々である。
「な、なるほど。一番左の人たちをあえて刺さないことで、全員がこちらを振り向かないようにさせているのですね。す、凄い!?」
フュンたちから見て、敵の二、三列目の人間たちが、隣の人間の首に刺さったナイフに慌てふためいていた。
敵の陣形で言えば左端の人間たちだけがこちらを向く。
この事から、二、三列目の人間から来る圧力が消え、こちらの初撃を当てるのがたやすくなり敵を抑え込みやすくなる。
シゲマサたちの作戦は動揺、そしてこちらが壁になりやすくなるための技だ。
ここで並の指揮官なら、敵の混乱を利用してしまって敵を一気に押し込みそうになるのだが、そこはフュンも冷静で一流の素質を見せる男だった。
「皆さん。僕らの役割は敵を蹴散らすわけではなく、壁となって、注意をこちらにも引き付けることです。相手を減らすのはザイオンさんなのです。ザイオンさんを待ちましょう! 持ち場の死守を開始します!」
「「「おおおおおおおおおおお」」」
フュンの指示で、部隊は壁となった。
敵の左翼の端にフュンが作った壁が生まれる。
こうして、フュンの包囲は作戦通りに完成していったのだ。
◇
フュンが敵を包囲し始めた頃のハスラ西側。
ミランダの戦場にて。
「よいよい! なかなかいいのさ。お嬢は兵の訓練がよいらしい。あたしの部隊を動かすより楽だわ。あいつら、阿保たちと交換してもらおうかな。ナハハハ」
ミランダはハスラの部隊を借りて、王国軍西の軍に突撃を開始していた。
敵の横陣形の角から一列ずつ自分の軍を入れこんでいく。
それぞれ突撃していく角度が絶妙にずらされていて、斜めに走っていくハスラの軍は、敵陣に無数の曲線を描いた。
そう彼女は、異名通りの戦場を作っているのだ。
城壁に集中して上を見上げていた敵たちは、いきなり自分の前や後ろや横に現れるハスラの帝国兵に驚いていた。
敵の横陣形は、徐々に歪になっていく。
バランスの崩れた長方形が出来上がると、彼女が想定した戦場になる。
「これが混戦というもの。どうだ。あんたらはこんな攻撃を食らったことないだろ。ナハハハ」
「ミラ。あんた相変わらずだな。あっしらの軍を使っても、やることはこれかい」
「なにマール。あたしの戦法を忘れたんか」
「いんや。忘れないよ。ミラは混沌の奇術師だからな。これくらいは当たり前であるだろうさ」
「ナハハハ。おうなのさ。あたしは、混沌を生み出す……悪魔なのさ」
少し離れた位置で高笑いするミランダは敵を掃討し始めていた。
だが、ここで一同に衝撃が走る。
【ゴン・・・・ド――――――ン】
砲弾の衝撃で西の戦場が揺らぐ。
いつのまにか、大砲がハスラの南ではなく西の方を向いていた。
敵は、敵味方関係なく、西の戦場に砲弾を撃ってきたのだ。
「これは。まさか。味方もろともかよ・・・・」
「奥見ろ。ミラ!」
「ん!? な!?」
敵はハスラの西の戦場の南側に、兵を配置して蓋をしていた。
南の領域には敵を絶対に侵入させないとする完璧な防御陣を敷いたのだ。
ミランダはそれを見て焦る。
「敵の将……こいつはかなりの切れ者だ。あたしらの作戦を全て看破してきたわけじゃないが。その中で、最も最善の手を出してきやがったのさ」
味方の損切り。兵を節約しようとするその行動に迷いがない。
間違いなく名将であるとミランダの額に汗が流れた。
「なら、こっちはいいとして、フュンの方がやばいかもしれないのさ。この将の動きに、フュンは対応できるか!? 決断できるのか……クソ。あいつまだ若いんだぞ。ああ、もう。あたしが指揮を取ればよかったわ。こんなもん初陣では対処ができん」
「おいミラ。人の心配してる場合か。この戦場をどうすんだ。あっしらはまだ乱戦状態だぞ。でもまだ敵はいるんだぜ」
ミランダは、マールの質問にはしっかり答える。
「くそ。でもここで引くわけにはいかん。高速で敵を退けろ。んで、出来る限り倒して、引け! そんであたしらの兵も一時、北側に退却させるぞ。砲弾は浴び続けないように動く!」
「わかった。急ぐわ」
「マールがあの中に入って直接指揮して引かせろ」
「うっす。まかせろ」
ミランダの指示を聞いて、西の兵士たちは奮闘する。
終わりに向かっていはずの戦場の激闘はまだ続くのである。
◇
ミランダたちの戦場に砲弾が落ちてくる少し前。
「ザイオンさんはそろそろ中央に到着しそうですね。それなら後はミシェルさんたちと合流して・・・・あとは僕らの所に来てもらえれば殲滅が完了です」
中央にいるゼファーたちの元にザイオンの部隊がもう少しで合流するのが見えた。
「では、ここで僕らも押していきま・・・」
フュンの背後から蹄の音が聞こえてきた。
音からして、数が多い。
「な、なに!?」
フュンは後ろを振り向く。
するとそこには、南側の戦場からの援軍が来ていた。
数にして千は軽く超えている。
「ま、まずい。まさか。援軍が来た!? 強襲攻撃が気付かれてしまったのか!?」
「フュン。挟まれる前に離脱したほうがいい」
シゲマサもフュンと同じ判断をした。
すぐに指示を出そうと、フュンが動き出そうとするも…。
「え。ええ、そうですね。端から退却しましょう・・・な!?」
東の戦場の王国兵がフュンの部隊の退却路を塞いでいた。
敵は混乱しながらも南の兵と連携をしてきたのだ。
「ぬ、抜け出せない。東の軍と連動されたのか。ど、どうすれば・・・・」
「ここは俺が、サブロウ組。フュン部隊。フュンを守れ! 大将を守るんだ。円陣を組むぞ」
「「「おお、任せろ!!!」」」
シゲマサの指揮の元。
フュン部隊はフュンの周りに集まる。
敵に囲まれている状況でフュンを守るには円陣形が一番良いのだ。
皆は大将を生かす動きをした。
「え!? こ、これは」
「お前が大将なんだ。死んだら困る。皆が死守する時だ」
「し、シゲマサさん! 駄目です。僕を守るなんて。僕が先頭に立って鼓舞しないと。下がった士気を上げないといけないはず」
「それは駄目だ。許可しない。お前は大将なんだ。いいか、自分が生きることを考えて、皆を生かす方法を最後まで考えてくれ! それが大将の役目。そして、今の最善の手は、ザイオンたちが来るまで粘るしかないんだ!」
絶体絶命のフュン。
ここより地獄の戦いが始まろうとしていた。




