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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
ハスラ防衛戦争編

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第35話 ハスラ防衛戦争 Ⅳ

 フュンはウォーカー隊を三手に分けた。

 一部隊は千ずつである。

 各隊の隊長を自分。ザイオン。そしてザイオンの直属の部下ミシェルとした。

 ミシェルの下には、自分の腹心であるゼファーを置いた。


 敵がまだ前がかりに攻めている事とハスラの高く広い城壁におかげで他戦場がどういった状況になっているかを理解していないことを逆手に取る。

 フュンはそこを軸にして考えて、最初の指示を出した。

 ウォーカー隊の奇襲を成功させるために、ザイオン隊をその場に残し、フュン隊とミシェル隊の二部隊だけが北の林を上手く使って、わざと大回りをしながら東側の奥へと移動。

 これは東の敵にこちらの行動を悟られないようにするための工夫であった。


 「王子。なぜこのような配置にしたんですか」


 切れ長の目に金色の長い髪をたなびかせて槍を持つ女性ミシェルは、ザイオン秘蔵の弟子であり、ゼファーと似たような雰囲気を醸し出す武人と言えるが、彼女は女性らしい所作がそこに加わる。

 武骨で力強いゼファーに対して、彼女は華麗でしなやかな動きをしている。


 「はい。それは、今から突撃を開始してくれればわかります」

 「殿下! なぜ! 私が殿下とは違う場所に。納得が・・・いきません!」

 「はい。それはですね。ミシェルさんの隊が一番大変なことをしてもらうのですよ。僕の隊やザイオンさんの隊よりも厳しい場所となるでしょう。なので、ゼファー殿の武力がそちらに必要かと思いましてね。ミシェルさんを助けてほしいのです」

 「……はい。わかりました」


 全然納得のいってない表情のゼファーは、主と離れるのを不満に思い、下を向く。

 そんな彼を横目で見ているミシェルは、冷静さを保ったままだった。


 「王子。私共はどこから行けばよろしいので?」

 「はい。ミシェル隊は、敵中央を分断します。あそこの位置から突撃を開始して、敵の背面を抉って敵軍の分断をして欲しいのです」

 「中央? 側面ではなくて、わざわざ中央? しかも分断ですか・・・なるほど。わかりました」

 

 ミシェルは、フュンの考えを理解した。


 「はい。今から突撃タイミングをこのサブロウ丸1号で取ります。これは音が鳴らない信号弾らしいんですね。便利ですよね。サブロウさんって器用ですよね。ってまあ、それはいいとして、これでザイオン隊の皆さんとミシェル隊を同時に重ねて突撃させますよ」


 サブロウ丸1号は超小型の手乗りサイズの筒。

 天に向けて放つと無音で狼煙が上がるようになっている。


 「……ザイオン様はどこに突撃をしますか?」


 ミシェルは、フュンの考えを大体理解しているが、明らかにがっかりしているゼファーの為に分かりやすく聞き出した。


 「はい。ザイオンさんは、敵から言えば右翼と言った方がいいですかね。敵の北側を抉りますよ。そして、その位置から真っ直ぐ進んで、敵の中央まで進軍。その際、ザイオンさんたちの目印になってもらうために、ミシェル隊が中央でどっしり構えてもらいたいんですよ。ですから貴方の隊が一番この作戦で難しいのです」

 「わかりました。それはつまり」

 「そうです。一気に挟撃状態を作り出すことで、混乱を生み出します。相手の兵の方が数が多いですからね。挟撃状態になっていると分かられないくらいに、素早く倒していきたいのですよ」

 

 移動中の軍略会議。

 次第にフュンの策が分かり始める。


 「私たちが中央ならば。殿下はどちらにいくと?」


 まだがっかりした様子を隠さないゼファーが聞く。

 ゼファーはまだまだ子供であった。


 「僕はですね。ミシェル隊がしばらくそこにいると、敵の意識が中央だけにいってしまうと思うのです。そこを南側の端、敵軍左翼から挟みこみんで意識を分散させます。僕らの千でさらに挟撃をしていくのです。いいですか。ここで大事なのは、僕らは突破しません。蓋をして壁となります。ですから、ザイオンさんが主攻で、僕らは助攻なのですね。だからこの戦場で一番難しいのがあなたたちの隊です。目印となるためにしばらく敵に挟まれた形になるからです」

 「王子。それでは、あなたはこれほどの大規模戦闘であるのに、個別で包囲をして高速で殲滅戦をやろうとしているのですね」

 「そうです。どうでしょうか。ミシェルさん。僕の作戦は?」


 ザイオンとシゲマサにも聞いてもらった作戦で賛成はもらっている。

 でもこれは、自分だけで考えた策なものだから、フュンは若干不安を覚えていた。

 だからミシェルにも聞いてみたのだった。


 「私は王子の作戦に賛成です。それに腕が鳴りますよ。あなたは鳴らないのでしょうか。ゼファーさん」

 「え?」


 ミシェルは全面的にフュンを肯定してくれて、返す言葉を、まだ暗い顔のゼファーに向けた。

 自分の隊でいつまでも気落ちしてもらっては困るのもあるが、これはミシェルなりの優しさである。


 「ゼファーさん。あなたは主君に信じられているのですよ」

 「はい?」

 「常にそばにいる事が大切ではないのです。あなたはたとえ主君と離れていても、彼の役に立つことを見せるのも大切なのですよ。私たちは最も難しい位置に部隊を配置されたのです。それは正しく、王子からの信頼の証です。私たちならばできるとね。だからやり遂げましょう。私たちは信頼されたのです。期待に応えねば」

 「ミ、ミシェル殿。そう・・・そうですよね。ミシェル殿。殿下! 必ずや私はお役目を果たします」

 「ゼファー殿。信じてますよ」

 「はい! 殿下お任せを!」


 単純なゼファーは明るい顔に変わった。


 「それでは、お二人とも、お願いしますね。では・・ここから合図を出しますから」

 


 二部隊はちょうど王国軍、東軍の背後を取った。

 相手はまだ都市から出る煙を見て意気揚々と突撃をかましている。

 なので、こちらの背後側に伸びている紫の狼煙を見ていなかった。

 ウォーカー隊の突撃は静かに開始された。


 ◇


 ザイオンは紫の煙を確認した。

 動き出すミシェルの部隊を待つ。


 「あがった! あっちと息を合わせて入るぞ。野郎ども。いいな。暴れんぜ。俺たちゃ、何も考えずに前進だけしてればいいんだ。そういう策をフュンが考えてくれたぞ。あいつはすげえぞ。余計なことを考えないでもいいようにしてくれたんだ。そうなったら後はもう暴れるだけを考えるぜ。よっしゃ俺について来い。もう少しで突入するぞ」


 ザイオンは自分の隊に静かに指示を出して待った。


 ◇


 フュンの合図と共にミシェルが叫ぶ。


 「行きます。皆さん、私とゼファーさんについてきてください。これより、敵を分断します。突撃開始!」

 「おおおおおおおおおおおおお」


 ミシェル隊は敵の背面。敵中央の陣に、縦陣形で突入していく。

 先頭を駆ける二人の槍が敵陣を裂く!

 


 ◇


 ミシェル隊が敵の背面に近づいた。そこでもう一部隊が同時に動く。

 

 「来た! よっしゃ、かかれ! ここで暴れるぞ。俺に続け野郎ども」

 「おおおおおおおおおおお」


 ザイオン隊も突撃を開始。

 その勢いは、ハスラを包囲している王国の東軍右翼をいきなり粉砕するほどのもの。

 敵兵たちは気づいていなかった。

 自分たちが攻勢であったがための視野不足。

 突然現れたザイオン部隊に慌てふためくしかできない。


 「やれやれだ。俺の相手になる奴はいねぇのか! つまんねえ戦いにすんなよ。王国軍さんよ」


 暴れ出す部隊は、ミシェル隊がいる敵軍中央を目指していく。


 ◇


 その頃、ミシェル隊は敵の背面を突いた。


 「ゼファーさん。私と息を合わせてほしいです。二人で敵陣に穴を開けてそこから我々の陣地を広げていきたい」


 ミシェルは自分の隣に彼を配置していた。

 強さと愚直さを信頼してそばに置いたのだ。


 「わかりました。ミシェル殿」

 「いきます。あなたも槍ならば私と同時で走り抜けられますよね」

 「無論です」

 「ではいきますよ」


 ミシェルの作戦を了解したゼファーは彼女の動きに呼吸を合わせる。

 二人で部隊の先頭となり槍での同時攻撃で敵を蹴散らしていくのだ。

 目標はハスラの東門前まで、そこまで敵陣を切り裂くのが今回与えられた任務である。


 「はあああああああああああああ」

 「おおおおおおおおおおおおおお」


 右から来る敵をミシェルが、左から来る敵をゼファーが抑え込みながら蹴散らす。

 そして正面にいる邪魔な敵は、二人同時に息ピッタリの攻撃で沈めていく。

 先頭二人のおかげで、ミシェル隊は相手を分断することに成功。

 門前まで来たミシェルが後ろを振り返って叫んだ。


 「ここより、我らは持ち場を死守します! ミシェル隊! その場で奮闘せよ!」

 「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」」

 

 まさに今、ミシェルとゼファーは敵に挟まれるという重要な局面。

 二人が切り裂いた敵陣。

 その中に作った自分たちの領域。

 ここを、ザイオンが来るまでの間、死守しなければならないのだ。

 死闘の始まりを予感させる。




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