第245話 ラーゼ防衛戦争Ⅷ 勝つために必要な物
「さて、こちらは休息が取れました。あちらはどうでしょう」
四日目の夜。
仮眠を取ったフュンは、南の戦場にいるスカーレットの陣を望遠鏡で確認した。
バルナガン軍の本陣は、ラーゼの南に取った。
東がバルナガンに近いのに、彼女がラーゼの南にそのまま陣を取ったという事は、これは最後まで攻撃をするという意思に思う。
ラーゼをここで落とす。
たとえ、影の部隊を失っても、自らが育てたバルナガンの兵を使用して、ここで全てを終わらせる気であるのだ。
「これは……どうしましょうかね。相手の大砲が嫌ですね」
フュンの頭の中は次の対策で一杯であった。
大砲を封じれば、勝つ確率がある。
現在。大砲を撃ち込まれた東の門はまだ無事。
同じ箇所に数発程度の着弾では、破壊されるまでは行かない。
だが、都市の方に、二、三個の砲弾が落ちたらしく、被害が出ていた。
でも建物被害だけで済んでいる。それはメルリスの的確な避難指示のおかげである。
大砲の登場からすぐに住民の避難を促したからだ。
「フュン様」
「あ、メルリスさん! 来てくれましたか。大変なところ申し訳ない。わざわざこちらまで」
「いいえ。あなたの声のおかげで我々は戦えたのです。ありがとうございます。太陽の人」
「いえいえ。それは僕の声のおかげではないですよ。皆さん、一人一人がラーゼを守りたいと思ったからこそ出る力です。ご自身の力ですよ。僕一人の力など大したことない。やっぱり皆さんの力なんですよ」
「それは・・・ないかと・・・・さすがに」
そんなことはないと言いたかったが、それを言ってもこの人はその言葉を聞き入れてくれないだろう。
それほど、自分を高く評価しない。
フュンは、太陽の人であるけど、自分を普通の人間だと思っている。
誰かを強くするような特別な人間じゃなくて、ただの普通の人間で、仲間と一緒に戦うだけの指揮官であると思っているのだ。
「それで、メルリスさん。大砲を封じたいのですが、これって作れますか」
フュンが資料を手渡した。
メルリスがそれを読む。
「こ、これは!?」
「ええ。巨大パチンコです。投石器よりも簡易なものですね。これを敵が大砲を放つ直前にこちらから火炎瓶を仕掛けます。これで相手を封じ込めますよ。今夜なら敵が来ませんからね。ここでこちらも準備です。敵の考えとしては部隊配置の設定のやり直しをするでしょう。三万を消された今、やるべきことはそれしかありません。六万の兵の割り振りをするはずです」
「なるほど。ということはこれを一夜で?」
「はい。そうです。単純なものなので、住民の方たちと協力して深夜の間に」
「わかりました。このような調整ならば。ミルスにやらせましょう。弟の得意分野です」
「そうですか。ではお願いしたいです」
「お任せを・・・そういえば、タイローはどうしました?」
「ああ。タイローさんはですね。無理やり休んでもらってます」
「え? 無理やり?」
「ええ。彼。初陣ですよ。このような修羅場の初陣。僕の時よりも遥かに厳しい。どうです。メルリスさんもそう思いません」
「そうですね。私の初陣は、たいしたことがありませんでしたからね。比べたらいけませんね」
「そうですか。メルリスさんの初陣はどんなのでした」
「ええ。海賊船三隻を海の藻屑にしただけです」
「は?」
「小舟に乗ってですね。相手の矢を弾きながら、船を寄せて乗り込み。この鞭で敵を引き裂いただけの単純作業でした。二百くらいでしたかね。全滅させましたよ。はははは」
「いやいや、え!?」
恐ろしいことを言っているのだが、平然としている。
フュンはメルリスの凶暴性を見抜いた。
これは相当な戦闘狂だぞと思い、この会話は終わったのである。
◇
翌日。朝を迎えたラーゼ。
次の日なんて無理かもしれないと思った四日目を無事に乗り越えて、五日目となった今日。
敵が攻め込んでくるかと待ちかまえていたのだが、敵は本陣から移動をしなかった。
軍編成の会議に失敗しているのか。
スカーレットが表に出てこない。
情報分析のイルカルがいないのが影響しているかもしれない。
「あれ? 出てこない。おかしいな。時間をかけるのはナンセンスだと。スカーレットならば気づくはずだ。僕がしばらく帝都に帰らないと、僕の優秀な部下たちならばすぐに気づく。援軍に出ないとと思うはずです。だからあなたは、それを嫌がって早期決着に心が傾くはずだ。六万もいるんだぞ。こちらは一万しかいないんだ。だからどうする。この差を活かすしかないはずだ」
フュンは望遠鏡で覗きながらブツブツと呟いていた。
これが本来のフュンのスタイル。
敵の行動を読む際に、敵の行動を口に出していくことで頭の中を整理する。
通常の精神状態に戻っているのだ。
「さて、西に展開してくるのでしょうか」
攻撃は来ないと予想してもフュンは念のために地下道に太陽の戦士たちを配置していた。
敵の考えから言って、あそこで勝負をかけるのはない。
二千以上もの影を失った事。
それをたったの五名の戦士と影部隊五名に倒された事。
西の戦場の三万もの兵が丸々消えた事。
そして最後にイルカルを失った事で、西で攻勢に出ることはない。
六万の兵を分散させて、二万ずつに割り振るのが定石である。
ただ自分だったら別にする。
西に一万。南に四万。東に一万。
この配置で攻めるのが一番であると思っていた。
負傷兵もいるだろうから、南を多くしてここをカバーする。
そして、西と東の圧力を弱めには設定するが、掛けないわけじゃない。
ある程度の攻撃を仕掛けて兵を分散させるのが吉。
そして、一カ所でも門が開けばよいのだから、一か所に集中させた方が効率的でもある。
フュンは、これを判断できるのが、スカーレットではなくイルカルだと思っている。
だから捕まえたのがイルカルでよかった。
西の軍の大将がイルカルで助かったとも思っているフュンであった。
◇
南の門の上にいるフュン。
昼過ぎ。
敵はラーゼの三方を二万ずつで囲ってきた。
定石である。
「平均的ですね。愚将ではない。ただ、スカーレットは名家にしては弱いな」
フュンが、ズバズバと独り言を言っていた。
「フュンさん。西はいいのですか」
「ええ。あそこは大丈夫です。イルカルもいませんしミルスさんがいますから大丈夫。すでに影部隊は全滅していますからね。見えない敵と戦うこともない」
「なるほど。だからこちらに?」
「ええ。僕とタイローさんでここを死守します」
「・・わかりました。でも先程の・・・」
「ん?」
「スカーレットが弱いとは」
「ああ。そうですね。彼女の思考は、それほど強くなかったですね。これだったら、アステルの方が手強かったです。彼女。おそらく謀略系か。戦闘系かもしれません。指揮能力よりもそちらの方が強いでしょうね」
フュンの評価は辛口。
それに元々人に対する評価が辛口である。
特に敵に対しては甘くない。
「そ、そうですか。私も似たような・・・」
「え? いやいや、タイローさんは指揮官としてもやっていけます。ただ・・」
「ただ?」
「真っ向勝負じゃないといけませんね。あなたは心が優しすぎる。世間でいうズルい手が扱えない。それだと、相手にズルい人間がいたら勝てませんね」
「そうですか。ズルい人間ですか」
「ええ。僕のような人間です!」
「え???」
「僕は、勝つためならば何でもします。とにかく、なんでもしますよ。だから、彼女。スカーレットも僕に勝てません」
「はい?」
「ええ。この戦争。スカーレットはラーゼだけが相手だと思っているでしょうね。そんな甘い考え。捨てればよかったのにね・・・指揮官として考えが、今一つです」
フュンは最後にそう言っていた。
◇
昼過ぎ。
兵の準備を終えたスカーレットは、イルカルを失ってもまだ戦争を諦めていなかった。
三方に二万ずつ。
平均的な配置をした後に、指示を出す。
「ここで倒します。全力で攻撃を仕掛けますよ。合図!」
『カンカン』
二つの鐘が鳴り、出撃と合図となる。
バルナガン軍本陣の合図により攻撃が再開となった。
限界を超えた防衛を乗り越えて、覚醒したラーゼの兵は、前日の休息によりほぼ全快のような体となり状態が良く、更に心も程良い状態になっていた。
視野が広くなり、敵の動きが良く見える。
一人一人がそのような状態にまでなっていた。
一日目と同様。
梯子から上がってくる敵を搾っていき、狙い撃ちのような形で登ってきた兵士らを撃破する。
ラーゼの兵は一対三程度の戦いでは止まらない。
次々とバルナガン兵が城壁で倒される現状に、苛立ちを覚えるスカーレットだった。
どこを押しても、どこも突破できない。
ならば最後の望みの大砲。
これにかけるしかなかった。
◇
「来ました。敵の大砲ですね。例のものを。フルーセ!」
「イエス。マム」
ラーゼ東の城壁に現れたのは、巨大なパチンコ。
Y字のゴムの部分に、置かれるのは切り札の火炎瓶。
槍では届かない距離を生み出すために、一夜で完成させた投射武器だ。
「いけ! 大砲目掛けて発射だ」
一人が照準を合わせて、二人が左右に移動させて、五人でゴムを引っ張る。
連携で攻撃を行うのが特徴の武器だ。
「「「いきます。せーの」」」
『バン』まるで爆発したかのような音だが、パチンコが火炎瓶を放出した音だった。
大砲放出寸前での火炎瓶。バルナガン軍は点火を止めることが出来ずに火炎瓶をもらった瞬間に着火してしまった。
なので、再びの・・・。
『ドガ――――ン・・・バ・・・バババババ』
爆発の連鎖が起きた。
互いの切り札勝負はラーゼの勝利。
これで後はもう、人対人の力の勝負となった。
◇
フュンは、バルナガン軍南の本陣。
スカーレットを望遠鏡で見ていた。
戦いをタイローに任せても十分だと判断。元々の西の戦場もマーシェンに任せている。
考えをまとめているフュンは、敵陣を見た。
全体を押し込めないことに焦るだろう。
ここまで押しても勝てない戦場。自分だったら引く!
間違いない。ここは引いて敵の考えを揺さぶるのが一番良い手だ。
なのに、スカーレットは力押しに出ている。
これは良くない。これほど落ちない城などありえない。
一万対九万の数の違いから、その差が縮まっても六万。
そこを利用して攻めても勝ち切れないのだったら、別な手を使わないといけないのに、いまだに同じ手で攻撃するなんて愚の骨頂。
スカーレットの器を判断したフュンは勝利を確信した。
なぜなら、彼が見つめる先に、勝利の星たちが現れたからだ。
「やはり・・・僕の仲間は、優秀だ」
呟いてからは喋り出す。
「スカーレット。あなたはイルカルを失った時から引くべきでした。仲間の助力を得てから再び出撃するべきでしたね。ラーゼを落とすつもりならば、もう少し時間をかけるべきだった。他のナボルを呼んでね」
彼が発していたのは指導の言葉だった。
「人は、やっぱり一人では勝てない。戦争だけじゃないんですよ。人は力を合わせてこそ。真の力を発揮するのです」
弟との戦いの時から身に染みている。心の底から・・・。
「スカーレットよ。この世で一番強いもの。それが絆だ! これが最強の武器だ。お前たち。ナボルのような薄い絆では、僕の太く濃い絆に勝てるわけがない。人間の持つ力は深い。お前たちのような技だけを磨いた者には、一生分からないだろうな。だからゆっくり味わいなさい。人が持つ輪の力を」
フュンはニヤリと笑って、南の戦場を見るために使用していた望遠鏡を降ろした。




