第236話 戦いへ向けて
都市内部でも重要な面子が集まった会議。
フュンの話から始まる。
「すみません。皆さん。僕はサナリア辺境伯のフュンです。簡易な挨拶ですが、急ぎお伝えしたいことがありまして、時間がないので手短に説明します。まずは・・・」
「急になんだよ。色々ありすぎて分からないんだが」
無骨な海の男が、話を遮ってきた。
漁港の管理人代理のマクベスが前に出る。
「ええ。ごめんなさいね。慌ただしいと思います。あなたたちの管理人も敵であったので、倒したのですよ」
「敵!?」
「そうです。あなたたちにとっての最大の敵です。当然、僕にとってもですがね。まず、手短にお話します。この国の成り立ちと、僕についてと、ラーゼの現状についてです」
順を追って要点だけを説明し終えると、皆同じ反応を示していた。
驚くしか感情がついて来ない。
自分たちの信じる黄金竜が待つ人。
それが目の前にいるのだ。
誰を待っているのかは知らなかったが、黄金竜が信じていた人物がこの人物なのかと半信半疑でもある。
「それで、皆さんには立ち上がってもらわないといけません」
「それはどういう意味でしょう?」
ラーゼ軍の大将メルリスが言った。
女性でありながら、荒々しいラーゼの兵たちをまとめる勇猛な将軍である。
「メルリスさんですね。あなたが噂の」
「噂? 私のですか?」
「ええ。タイローさんからも聞いていますが。僕も知っています。ラーゼの『一輪の薔薇』メルリス・カルーラさんですね」
「はい。そうです。まあ、大層な名がついてしまいましたが。その名が私の名であります。辺境伯殿」
ラーゼの『一輪の薔薇』
そう呼ばれる所以は、荒々しい男どもに囲まれながら、その男よりも荒々しい姿で戦うことからと、美しく咲いた薔薇のように、刺々しい攻撃をするからである。
彼女が得意とするのが鞭。しかも茨の鞭である。
扱いを間違えると自分にもダメージが入るという仕様の武器である。
「メルリスさんは、僕が太陽の人だと急に言っても信じてくれませんよね」
「それはまあ。そうですが・・・ただ、ここまでの動きを見る限りは、信頼に値する人物かと。内部にいた敵どもを一掃してくれたのは大きい」
「それは、タイローさんのおかげですよ。僕の力ではない」
「タイローの?」
メルリスは、タイローの方を見た。
「メルさん・・・申し訳ありません。私はナボルに味方を・・・」
「それは仕方ありませんよ。それと・・・私になぜ相談をしなかったのですか。私ならば、あなたに協力が出来たはず。私はあなたの親族ですよ」
メルリスのカルーラ家とスカラ家は親族である。
カルゼンの祖父の兄弟の家がカルーラ家である。
「・・・申し訳ありません。あなたを巻き込むのは違うと思ったのです」
「巻き込む?」
「はい。父が監禁状態であったのです。私と親しくなったら、あなたまで同じ状態になると思い。あなたに協力をお願いできませんでした。ラーゼには薔薇が必要です。ナボルがもし攻めてきても、跳ね返すことのできる薔薇が必要だったのです」
「・・・なるほど。私と離れていたのは、あえてだと。逆に私を守るためだと」
「そうです。あなたがいなければ、この屈強なラーゼをまとめる者がいなくなる。それに私では無理です」
「・・・しかしですね。現在、王になれる方は、カルゼン様とあなたしかいない。そのカルゼン様も今は?」
「はい。父は生きていますが、ですが目がほとんど見えていません。あれでは皆が王となるのに納得するか」
タイローはがっかりした様子で話した。
カルゼンの目の悪さは、監禁が始まってしばらくしてからだった。
ストレスなどの影響だろうと思われる。
見たくないものを見ないようにしたとも言える。
「それは大丈夫じゃないか」
マクベスが言った。
「え?」
「お前は知らないのかもしれないが。ラーゼのカルゼンと言えばな・・・おい、ジャン。なあ」
「ええ。そうですね。ラーゼのカルゼンと言えば、私たちの上の世代ですが、私たちの世代の間でも有名な男性です」
研究室長ジャン・バランダが答えた。
そしてその隣に座る記者のカーリーも同様の事を言う。
「はいはい。ラーゼのカルゼン。彼は、ラーゼの光と呼ばれる男性で。薬学と拳法の達人です。その上でラーゼの第一王子として、帝国で勉学を積んであのリティスと学友だった人物ですよね。おらの時代よりは上ですけども。この噂は、知ってますよ」
「そう。俺たちの時代じゃ有名な人よ。将来を有望視されていたラーゼの希望だったんだ。突然弟に王位を譲っちまって、みんながっかりしていたくらいなんだがな。そういう事情があったのか。だったら俺たちも救えればよかったんだ。クソっ。変な奴らに俺たちの国がめちゃくちゃにされちまっていたのか」
マクベスが嘆いた。その思いが分かるこの場の者たちが黙ると、そこにレヴィが来た。
彼女と共に来たのは、カルゼンであった。
足を引きずりながら、彼女に支えられて歩く姿は、昔の凛々しい姿とは違う。
でも彼の柔らかな雰囲気は一緒であった。
「いいのですよ。皆さん。皆さんが無事であったのですから。私はこの命。たとえ消えたとしても、ラーゼが消えなければ、私は本望です」
「「「カルゼン様!?」」」
皆が跪いた。真の王に対する敬意だった。
「皆さん。お待たせしました。私の本来の役目。そして、本当の生きる意味がこちらにいる。太陽の人。フュン様です。我らは、この人の為に国を維持し。この人にお返しするためにスカラ家がいます。ですが、スカラ家が王位を返すことはないです。なぜなら、フュン様」
「はい」
「どうせ。受け取ってはくれないのでしょ」
「ええ。もちろんです」
「はははは。やはり、ソフィア様の子だ。彼女も受け取ってはくれませんでしたからね」
思い出の中の彼女の姿が重なりカルゼンは大笑いした。
王位を受け取るつもりはない。
こんな事は当然の事なのだ。彼女も、そしてフュンも無欲な人なのだろうとカルゼンは思っている。
「ですが。カルゼンさん」
「ん?」
「僕は、ラーゼを守りたいのです。母が出来なかったラーゼを救うという事。これは、僕の大切なレヴィさんの悲願でもありますし。なにより、僕の友達であるタイローさんの大切な故郷であります。彼には、ここの王としていてもらいたい。僕は、守りたいのですよ」
「・・・そうですか・・・」
カルゼンは、目が見えないのに天井を見上げた。
この先にあるのは、太陽。
今日も大地を照らすために昇り続けている太陽。
何が地上で起こっても。
変わらず人を。大地を。照らすために動いている太陽。
そんな太陽と同じように、人を照らすためにいるフュン。
この人こそ、彼女と同じ太陽の人である。
当然ソフィアも輝いていたが、それよりも強烈な眩い光を放っているように感じる。
カルゼンは目が見えないのに、そんな風に感じられるのは、それほどフュンが本物の太陽に近いのだと思った。
人々の希望になりうる人間なのだと思ったのだ。
「そうですね。私としては、フュン様として・・・太陽の人ではなく、タイローの友人として。あなた様のお力をお借りしたい。よろしいでしょうか」
「ええ。もちろんです。お任せください。それと当然の話ですが。僕だけの力では、ラーゼを救えません。ここにいる皆さんと協力して戦い抜くのです。それで皆さんにやってもらいたいことがあります」
「「私たちにですか?」」
カルゼンとタイローが同時に聞いた。
「はい。まずは、記者のカーリーさんからです。あなたは真実の流布をしてほしいです」
「ほう。おらを呼んだ理由か」
「はい。あなたには記事を書く時間がないので、口で広めてほしい。新聞記者さんたちの力を借りて、今までの流れを言って下さい。カルゼンさんから、僕の間までの話です。それで最後に、どこか人が集まれる場所・・・ラーゼで大量の人が集まれる場所ってありますか?」
「それは……市場通りの中央だろうな。都市で言うと北東の位置だ」
「じゃあ、そこに夜。深夜に人を集めてください」
「深夜に?」
「ええ。どうせ皆さん。眠れませんよ。今日一日中。バルナガンの兵が城壁を囲んでいますからね。どうせ眠れないのなら、逆に眠らせません。必ずそこで戦意を上げます」
「……わかった。おらがやろう。新聞記者らに全力でやらせれば、ほとんどの住民に情報が行き渡るだろう」
「お願いします」
フュンの策は、シンプルだった。
眠れなくなるのがほぼ確定的な状況になるのなら、民ごと戦意を向上させて決戦に挑むである。
勢いだけでもこちらが上回らなければ、この絶望的な戦争には勝てないのだ。
「次に、ジャンさん。このレシピで薬を作れますか。こちらのサブロウがついているので、薬さえ出来れば切り札になるのですが」
ジャンは、フュンから手渡された紙に書かれている内容を見た。
少し黙った後に、話し出す。
「・・・んんん。材料はあります。ですが、どのような効能なのでしょう。これは?」
「はい。それがナボルの毒に効く。皆に太陽をと呼ばれる薬です」
「アルバ?」
「ええ。僕の母が作った薬なのですが、サナリア草。塩。ドクダミ。ララシャント。アレアの花。水ですね。特に水は綺麗な物がいいです。不純物の無い物でお願いします」
「はい。しかしこのアレアの花。毒では?」
「ええ。毒です。でも毒を持って毒を制します。それと微量の成分であれば人体に問題がありません。ただし、ナボルの毒を持つ人には超反応します。それでどうでしょう。作れますか?」
母が自分の体で調べ上げた薬。
毒を制するために毒を体内に入れこんだ彼女の執念が、この薬を完成させたのだ。
フュン同様ソフィアもまたぶっ飛んだ思考をしているのである。
「それは出来ますが、書かれている内容で作り出すには数日が必要かと」
「ええ。それはサブロウを置いて置くので、今から作ってもらえると嬉しいです。時間がないので急いで。この戦いに使用したいのです。今ある薬草玉はですね。数に限りがありますし。それに量が足りないのです。それでナボルを封じ込めたい」
「わかりました。作ってみます。サブロウ殿。協力お願いします」
「おうぞ。まかせろぞ。でもおいらは先にこっちのメルリスに用があるからな。こっちの必殺の工作物の使い方を教えるぞい。少しの間、こっちを優先させるぞ」
「はい。待っています」
サブロウはメルリスに用があった。
それが終わり次第、薬作成部隊に入ることになった。
「では、細かい戦闘の戦略は、メルリスさんに伝えます。それとタイローさんにも出すので、僕らは戦闘についてをやります」
「おい。それじゃあ、俺は何すんだよ」
再びマクベスが話の途中に入ってきた。
でも嫌な顔一つしないフュンは、答える。
「あなたにも、こちらに来てほしい。皆で戦っていきたいので、素人であろうとも戦場に出てもらいます。いいでしょうか。ここで勝つには、都市が一丸となって戦わないといけません」
「ああ。それは大丈夫だろうな。俺たちは腕っぷしもあるし。荒い気性だからな。戦闘の役に立つだろう」
「そうですか。それは有り難い。まあ、戦争をそのままお任せするってよりかは、工作部隊に編入して敵を退ける道具を扱ってほしいのですよね」
「そうか。わかった」
「では、各自で話し合い。深夜に会いましょう。僕らはラーゼを守りましょう。このままだと、奴らは、あなたたちを全滅させる気です。それも兵じゃなく、この都市ごとです。そのための罠が、これらの計略によって起きたことですからね。やるしかありません。戦って、勝ちましょう! ラーゼの為に!!!」
「「「おおおおおおおおおおお」」」
民間人。王宮のもの。軍人。
皆がフュンの言葉に頷きながら、立ち上がって雄叫びを上げた。
要人たちの士気は上昇。
上々の立ち上がりであるとフュンは思って次への行動を開始した。




