第231話 情報収集する使者タイロー・スカラ
ナボルを殲滅した夜。
タイローは自由になったのに、自由じゃなかった。
今度はフュンに協力することになったからだ。
彼の仲間になるという事は、大忙しになるのが当然の事。
なぜなら、サナリアの仲間たちも似たような現象に陥っているのだ。
一言でいえば、極度に忙しい。
ある仕事がある仕事を呼んできて、それを終わらせてもまた仕事が来る。
終わりのない迷路に入り込んでしまう。
それでも、フュンのおかげで、大量の仕事をしていたとしても、心が自由で仕事をどんどんやりたくなってしまうのだが。
それが良くない。
そのままでは、体の方が限界を超えてしまい、体を壊してしまうからだ。
だから、フュンが皆に休めと常日頃から言っているのだが、皆の方がそれを無視して、彼のために働いてしまう。
それが、フュンの唯一の皆への不満である。
本当の所は休んでほしいと思っているのだ。
いくら言っても聞かない部下たちに少々お疲れ気味でもある。
そして今、タイローも自主的に手伝いたいと思っている事で、ナボルの強制労働とは違う気持ちで、一生懸命に動いている。
彼と共に働くという事は、生き甲斐を感じる仕事を受け持つという事。
いや使命にも近しいと思っている。
もしかしたら、これが太陽の人の真の力なのかもしれない。
のちに、彼の元で働いたタイローが言った言葉である。
それと彼に口で勝つには最後に『自分の為にやっているので心配ご無用です』
この決まり文句が彼に勝つコツであるとタイローは、後の人々の為に言葉を残している。
これを言うとフュンが何も言えなくなるらしいのです。
彼の家臣たちの決め台詞となっています。
◇
ラーゼから、王国側に使者を送り、会談場所を設けてもらったのがこの日の昼の事で、そこから訪問の許可が下りたのは夜。
イーナミアの船での会談に、フュンが行くのは不可能であり、そして彼らと交渉していたであろうナボルが行くのも不可能。
だからラーゼの重臣として働いているタイローが代わりを務めることになった。
タイローは、人質でありながらも、ラーゼでは外交官としての役職があった。
母国で仕事することを禁止していないのが、ガルナズン帝国なので、ヒルダにも同じ外交官としての役職があった。
実は、サナリアだけがフュンにそのような役職を与えずに、ただ普通に人質として出していたのである。
やはり国としての成り立ちが弱い国であったので、見通しの甘さもある国であった。
常識的な部分が欠けていたのだ。
タイローたちは、三つある船にそれぞれ案内されて、各船長に挨拶をした後。
最後に案内を受けたイーナミアの本船に入り、とある部屋に到着した。
彼の前に現れた人物は提督と呼ばれる男性。
トリスタン・ピールである。
「あなたがタイロー。王国で交渉をしていた人物ではない人物が来ましたね。なぜです?」
「それが、こちらのハカマナン殿を中心に、急な病気になってしまいまして。そちらに病気をうつしてしまうのはマズいので、代わりとして私がやってきました」
前回の交渉人ハカマナンは、ナボルであった。
他に数人いたらしいが主な人間として彼の名だけが書かれていた。
「そうでしたか。それは大変な・・・重大な病気ですか?」
「いいえ。軽い感染症みたいでして。一、二か月はお休みをしてもらい、それに実は他の大臣もその病にかかりましてね。ま、こちらは病気の研究施設があるので、大丈夫なのですが」
「そうですか。病が蔓延ですか。仕方ありませんね・・・」
感染症の中身を言っていない。
というよりも、ラーゼは医学が発展しているので、民が感染症にはなることが少ない。
衛生面がしっかりしている国である。
だから、タイローは、ラーゼではありえない事を羅列することに緊張していた。
しかし、太陽の人がこう言っていたのである。
『いや、どうせ全員倒しますからね。あんまり気にしないでください。嘘はね。良いんですよ。優しい嘘はね・・・大丈夫!』
(今から騙し討ちみたいな事をしようとしているのに。どこが!? 優しい嘘なんですか。これ!?)
と思っていたタイローは、フュンにそう切り返して言いたかったけど言えなかった。
フュンという太陽の人は、優しい人物であるのは間違いない。
でも相手を一度でも敵だと認定すると、容赦のない面があるようだ。
特にナボル絡みには容赦がない。
タイローを救う以外は、ラーゼの中にいる怪しき人物すらも殲滅しようとしていた。
だが、ハッキリと敵の勢力を見極めてからは、フュンから怒りの部分が消えていた。
だから、それらの行動でわかる。
フュンの奥底に、憎しみがあるようだ。
当然タイローにもその気持ちがわかる。
自分の父もあのような扱いを受けていたのだ。
フュンも、母の事が絡んでいることから来る怒りなのだろう。
誰かの為じゃなければ、彼は怒ったりしないのだ。
「そ、それですね。私は詳しい交渉を知りませんので。申し訳ありません。もう一度おっしゃってもらえると・・・嬉しいですね。前任者と会えなくて、中身がですね。本当にわからずで」
かなり上手い言い訳である。
感染症の患者と接触できないのは敵だって分かるはず。
それと実際にタイローは事情を何も知らないので、情報を聞き出すセリフとしては一番効果的である。
「会えない? 引継ぎをしてないのですか・・」
「え。ええ。ですから、彼らが感染症なもので……隔離施設にいましてね」
(牢獄という名の・・・)
タイローは、嘘は言っていない。
「ああ。それはそうですよね。わかりました」
トリスタンは、深く頷いて、丁寧に説明しだした。
「そちらからの連絡を受けて、開港するとのことでした」
「開港?」
「それもご存じない」
「ええ。私、最近まで帝都で仕事をしていたもので、こちらの情報を得ていなくてですね」
ここでもタイローは、嘘は言っていない。
実際に一カ月前には帝都にいたのである。
しかし、そこからラーゼに帰ってくると城に幽閉させられたのだった。
なので、本当の意味でもラーゼがどのように動くのかを理解していないのである。
「そうですか。ならば知りませんよね。これは二週間前の連絡でしたからね」
「はぁ。それ程短い期間で、このような準備を」
裏切るための準備としては短すぎる。
もっと入念な準備が必要ではないかと、タイローは心の中で悩んだ。
「ええ。宰相殿から連絡が入り、こちらに寄港して、足場を作る予定だとか」
「宰相?」
「ええ。王子の側近ヒスバーン殿です」
「ヒスバーン?」
「知りませんか」
「知りませんね。こちらにはそのような情報がなくて」
「そうでしたか。まあ、未来の宰相候補という方ですから。知らなくても当然ですよ」
それをべらべらと自分に話してもいいのかと思うタイローは、この人物がお喋りか素直な人物のどっちかだと思った。
「それで、寄港する目的とは、何をする気で」
「ああ、それはイーナミアがラーゼの独立運動を助けるという形でして」
「独立運動?」
「ええ。ラーゼの独立を助けるという形でこちらにやってきました」
タイローは、フュンからシンドラの話を聞いていたので、ここで予想が生まれた。
まず今までのナボルの計画はこうだ。
シンドラの王になりすましたナボルが、シンドラを焚きつけて裏切らせることで、戦争を開始した。
それをフュンが叩き潰したことでシンドラは終わってしまったが。
これに類似して、さらにラーゼも反乱を起こせば。
二重に帝都を襲える状態になり、フュンが誘き寄せられるのではないかと。
これはフュンを殺すための罠?
今回の出来事を照らし、トリスタンの説明で大体の察しが付いたが。
あくまでも予想であった。
それと付随して思ったことがあった。
それはナボルたちはフュンの詳しい情報を得ていない。
タイローは、ナボルにいて今までの隠密活動が失敗している報告を聞いていた。
サナリアに影が行くと、絶対に帰ってこないという文書を、タイローは読んだことがある。
だから、サナリアにはとてつもない影がいるのだと思った。
ナボルの影の力を上回る人間がどこかにいるんだと、タイローが期待していた所に、実際に会えたのが、あの太陽の戦士長レヴィという女性だ。
彼女を見ればすぐに分かる。
ナボルの影と比べてはいけないくらいに、能力の桁が違うと思い始めていた。
彼女には音がない。
人間として生活すると出る音が、彼女から聞こえない。
あれほどの力を持つ影など、ナボルには存在しないのだ。
王国と密約を交わして、帝国を襲う。
これがこの計画の第一段階。
そして第二段階が、ラーゼの兵力と王国の兵力を合わせて、帝都を襲うだ。
タイローは目の前のトリスタンを見ながら、そう考えていた。
「そ、そうでしたか。独立運動・・・我々に兵をお貸しして頂けると」
想像以上の壮大な計画。
これに若干焦りながらも、気持ちだけは悟られまいと、タイローは必死に表情を隠す。
「そうです。今は五千ですが。港を開けてもらい。航路を作ると、もっと援軍を出せます」
「援軍? 軍はアージスに出ているのでは?」
「はい。出ていますが、あれは一部ですよ」
タイローはここが情報を聞き出すチャンスだと思った。
「アージスには12万でしたよね」
「ええ。そうです」
「他にも兵がいるのですか?」
「はい。いますよ」
「どれくらいでしょう。今、ハスラ方面でも戦っていると。こちらも聞いていたのですが」
「おお。ハスラですね。あちらも戦ってますね」
「あそこにも兵を置けて、こちらにも兵を送れると?」
「はい。可能です」
「内訳って聞いてもよろしいですか。我々が勝つ兵力を得られるのかを知りたいのです。王国の兵が全て出払っているのにこちらに兵を貸すつもりですか? こちらにだって兵が必要です。少数であれば帝都など 落とせません」
「ああ。それは当然ですな。少し待ってください。ジャンナ。資料をくれ」
何もおかしくない会話。
巧みな誘導をしたタイローは、さすがは元スパイのような事をしていた人間である。
ナボルにいながら、ナボルに心から服従しなかった男の上手さが出た。
「えっとですね」
「はい」
「ハスラへは、4万5千です」
「4万越え!?」
「え? ええ。そうですよ」
「そんなに兵を!?」
「はい。そして、ガイナルに派遣するのが4万です」
「4万!??!」
「はい。どうしました?」
「そ、その4万は、どちらに? こちらへの予備ですか? それともハスラへの予備ですか?」
トリスタンは資料の紙をめくる。
「全てハスラ分です」
「え??? そのガイナルの4万全部も、ハスラ攻めにですか?」
「ええ、そうです」
「で、では。こちらへは? 今いる5千とラーゼの兵では、帝都など落とせませんぞ」
「もちろん。派兵しますよ。裏から準備をしています。えっと、こちらへの本格的な派兵数は・・・」
資料の数字を指で探って、トリスタンは数値の目的地で止めた。
「5万です」
「5万?!!?」
「ええ。驚いているようですが、5万くらいないと。バルナガンを落とせませんし、帝都も落とせませんよ」
「・・た、たしかに。そうですね」
内心の驚きが、ついつい顔に出てしまった。
なぜなら、今出た数値で14万である。
アージスに出ていったのが12万。
今、タイローが知った数は、26万もの大軍。
相手は、自分たちの二倍以上の戦力で攻めてきていたのだ。
圧倒的物量で帝国全土を満遍なく攻撃している。
ネアルが描いた盤面図は、帝国最大の危機を演出していた。
しかし、本来は、帝国にだって隠されている兵数がある。
ただ、それは御三家がバラバラに管理しているから、協力して戦うことが不可能だ。
そして今、ラーゼがナボルに乗っ取られていたままだとしたら、帝国は確実に滅んでいたのだ。
「そうですよね・・・・では、交渉を始めましょう。私は・・・」
タイローは気を取り直して、話を進めていった。




