第227話 光の道へ
私は、父とメイドの母との間に生まれた子供でした。
それは父が苦しい立場であって、貴族らとは結婚できない環境であったから、身分も低いメイドとしか結婚が出来なかったのです。
父はナボルに囚われている環境でした。
それは私が生まれた時からでした。
当時。ラーゼは独立国。
しかし、すでに内部はナボルによって掌握され始めていました。
大臣や兵士の中にチラホラとナボルがいました。
それと王が、カルゼンではなくアルゼンとなりました。
アルゼンは、父の弟です。
王位継承。
それすらも奴らによって操られる状態でありました。
ですが、父はそれでも諦めないとして私を作りました。
大きくなった時に酷いとも思ったことはあります。
次への意志の為だけに私を作ったとね。
でも父はとにかく私を愛してくれました。
何があってもまず第一が私でした。風邪を引いたりしても、転んでけがをしたりしても、父は私を全力で守ってくれました。
そんな風に大切にしてくれたから、おそらくナボルが私に目をつけたというのもあります。
それとあとは、母の事も大切にしてくれました。
メイドであろうが誰であろうが父は人に良くする人でした。
私が生まれてしばらくは、お屋敷があり、父は幽閉のような状態であっても、中では自由に暮らせていたのです。
ですが、ある日突然、アルゼン王から私に人質になれとの命令が来ました。
これは彼からの命令じゃない。
たぶん、ナボルからの命令だと私と父は思いました。
ナボルは父を幽閉しておきながら、私を人質にしたのです。
父に対する脅しの材料を増やす為でしょう。
そして、そんな中でも私には密命がありました。
それは、ラーゼの中で太陽の戦士に近い者を作る事。
ラーゼ流の戦士を生み出すことでした。
それが幾つの時でしたでしょうか。10くらいの時かもしれません。
色々な事をラーゼでやっていました。
人をスカウトして、父から習った武術を教えたり、読み書きなども教えたりですね。
人質生活の私でもそんなことが出来ました。
帝国の人質生活というのは、フュン様もご存じの通り。
必ず帝都にいろ。
こういう決まりがなかったので、色々なタイミングでこちらに帰っていたのです。
その時に仲間を探していました。
しかし、この生活も長くは続かず、私のこのコソコソしていた活動が怪しまれました。
時折いなくなる。その頻度の多さが気に食わなかったらしいです。
でも、そうだとしてもこの活動だけは隠せました。
ナボルに見つかっていないと思うのです。
だけど私のその謎の行動の多さに苛立ちを覚えたらしく、私を縛ることを決めました。
それが、父の監禁です。
小屋のような場所を作り、父を地下に封じました。
そして、ナボルはこう脅してきたのです。
カルゼンは俺たちの手でいつでも殺せるぞ。
しかし、お前が俺たちに忠誠を誓えば、殺さない。
だから受け入れよ。この刺青をと・・・。
ですから私はこの手にナボルの紋章を入れました。
――――――
「この手に誇りがないのは、嫌だからです。私は太陽の人を待つラーゼの民です。太陽の帰りを待つ父の息子であります」
タイローの目には涙が溜まっていた。
最悪の紋章を見つめて悲しんでいた。
「ええ。その悔しさはわかります。僕も奴らのせいで母を失いましたからね……。そうですね、ここからは、その任務。僕が背負いましょう。反撃をしましょうか!」
「え?」
「ここのナボルはぐうの音もでないくらいに潰します。いやもう。話す気力もないくらいに潰しましょう。ラーゼにはもう二度と足を踏み入れさせない。隅から隅までナボルと思わしき人物を消滅させます。この世から消し去ります」
フュンにしては、やけに強い表現を使った。
友人であるタイローを縛り苦しめたナボルには、必ず報復する。
フュンの決意は固かった。
「タイローさん、あなたは誰がナボルかをご存じですね。この国にいる人間でです」
「・・そ、それはもちろん知っていますが・・・消滅なんて不可能です。私の仲間が四百人ほどいても、ナボルは百います。しかも城の中に九十名近くなんです。城には普通の兵もいます。襲撃したらそちらの兵も展開してきて、殲滅なんて不可能だ」
「ええ。大丈夫です。僕らだけで殲滅します。それと僕の予想ではアルゼン王。彼もナボルだ」
フュンには自信があるらしく、タイローの意見を真っ向から否定して敵を倒すと宣言していた。
「え?」
「王はもう死んでいます。ナボルに殺されて乗っ取られている。という事は、僕が堂々と城を訪問すれば、ナボルにだけ囲まれるでしょう。百人の内。九十人でもいいので集めます。そこで倒します。僕が囮となりましょう・・・作戦的にはこうです」
作戦はシンプル。
ラーゼの玉座の間にフュンが堂々と現れる。
フュンを殺したいナボルなんて、どこにでもいる。
だったら、逆に玉座の間に集めさせる。
フュンは、太陽の戦士と自分とで殲滅を開始しようとしているのだ。
相手が90名。
こちらがレヴィと4名の戦士。それとサブロウと影部隊5名。
数が少なくても、負けるつもりがない。
圧倒的自信の元で、行動を起こそうとしている。
「あ、ありえません。そんなことは。それに私は・・・あなたに酷いことを・・・それにリナ様を殺しました。ラーゼを守るために・・・・」
協力が出来ない。協力をもらえない。
自分はラーゼを守るためにリナを殺したから。
タイローの胸の中にあった後悔が、表に出てきた。
「タイローさんは他に誰かを殺しましたか?」
「え? いいえ。私はそんな事できません。誰かを殺すなんて無理です。私にはナボル以外を殺すなど、戦争の敵でもないのに出来ませんよ。ナボルだったら……奴らには酷い目に遭わされましたから」
「ええ。では、そんなあなたがですよ。なぜリナ様を殺したのです」
「それは……ナボルからの命令が突然来て……私がドルフィン家の人質であり、リナ様とはお付き合いがありますから……あの二人から命令が来たら逆らえない」
首がうな垂れながらタイローは今までの事を答えていた。
申し訳ない気持ちと仕方なかったという気持ちが表に出ていた。
「それはどなたです」
「そ、それは・・・」
「言いましょう。というか当てましょう」
「え?」
フュンは答えを知っていた。当然である。
あの事件、裏で暗躍していたのはフュンだからである。
「ナイロゼとスカーレットですね」
「え・・・なぜ・・・それを知っているのですか」
「僕は知っています。しかも大元も知っています。ですから気にしないでください。あなたに殺しの指示を出したのがナイロゼ。あなたにいつも命令を出していたのがバルナガンにいるスカーレットだ」
あの時。ナイロゼから薬を渡されていたタイロー。
ドルフィン家にいることがきっかけで、彼の命令を聞かなくてはならない。
そして、バルナガン。
これはラーゼに近い場所にあるために、スカーレットがラーゼも担当しているのだろう。
あの貴族集会時も、タイローはスカーレットの部下か誰かに指示を出されたのだ。
タイローとナボルの繋がりはこんな感じだとフュンは予想していた。
「あとですね。タイローさん。あなたは誰も殺してません。あなたはリナ様を殺していません」
「え?・・・・ど、どういう事でしょうか」
「僕は、あの事件の時。彼女がナボルに殺されるように仕向けたのです。リナ様の死の予定は、毒殺でしょう? 公表はされていませんけど、僕が知っていることで信用してもらえますかね? どうですタイローさん。あなたが毒を盛って殺そうとはしましたよね」
「・・・は、はい。なぜそれを・・・」
「ええ。僕は知っています。だから、それを読み切っていた僕は、準備していました。彼女には毒を飲む前に解毒剤を服用してもらいましたよ。リナ様は、薬を飲む前に何か不自然な動きをしませんでしたか?」
「は、はい。そういえば。飲むのにやけに時間を使って・・・それから、私から体を背けて飲んでましたね・・・」
「ではその時ですね。彼女は僕の薬を飲んだのですよ」
リナへの指示。
あれはメイドに扮したミランダが、彼女に耳打ちした時から始まっていた。
『誰かがこの後来る。その人物が薬を持ってきたら、先にこれを飲め。その後あんたを回収するから黙って死んでくれ。これをしないと死ぬぞ。あんた。いいな!』
これがミランダが伝えた言葉だった。
疑っていたリナだったが、実際ミランダの言葉の通りに、次に来たタイローが薬を持っていたので、半信半疑でも彼女の言葉が気になったので、もらった薬をリナが飲んだのだ。
そして、一度死んだのである。
「え!? で、ですがリナ様は血を吐きましたよ」
「ええ。あれは毒薬に反応した解毒剤での副作用です。あれにより、血を吐き。毒も吐く。そして一時心停止します。僕の薬の方には仮死薬も入っているのです。あなたも死んだと騙されたでしょう」
「な!?」
「しかしですね。その仮死状態にする効果が短いので、陛下にすぐに回収してもらい、リナ様に似せた死体と彼女を交換して救い出しました。なので生きています。彼女はね。僕のサナリアにいますよ」
「・・・そ・・そんな・・・私は殺した・・・はずなのに・・・でも、よかった。生きてらっしゃるのか・・・よかった。よかった・・・」
タイローは腰から砕けるように地面にしゃがみ込んだ。
殺したはずだと思っていた。でも死んでなかった。
それは良かったと思っている。でもそうだとすると……。
「それであなたに罪悪感があるでしょう。殺してしまった罪があると今でもお思いでしょう。でもですね。それは間違いです。実は、そんなあなたよりも、リナ様の方が気にしていたのですよ」
「え?」
「リナ様は、なぜタイローがあんなに悲しそうな顔をしていたのか。それがずっと気になっていると言ってました。リナ様はあなたを心配しているのです。彼女は優しい方でしょ。本当はね」
「はい。きつい物言いの時もありますが。実際のリナ様は…‥お優しい方です。厳しくもあり優しい方でした」
リナは、王家会議などの際は厳しく、嫌味も言うタイプのお姫様であったが。
実際に一緒になって働くとなると、素晴らしい上司で優しい人間の部分があった。
タイローやマルクスなど、情報部の下の立場で働く者にも平等で、人気もある人物である。
「ええ。ですから、あなたを心配していたのです。だから謝りにいきましょう。そして、元気な顔を見せに行きましょう。リナ様はそちらの方が嬉しいはず。だから僕のサナリアに来てください。ね、タイローさん」
「・・・フュンさん・・そ、それでいいのでしょうか。私は、生きてもいいのでしょうか・・・あ、ですがこれが・・・これがある限り。あなたのそばには居られない」
タイローは自分の手を見せた。
「ええ。大丈夫。それも治します。今から治療を開始します。サブロウ。例のを」
「おうぞ」
サブロウは、持っているバックから湿布薬を取り出した。
「ほい」
軽い返事から物を投げると、フュンが掴む。
「ありがとう。では、タイローさん。手を」
「はい」
タイローの手に湿布薬を重ねた。
手の甲全体に張り付けると、色が変化し始めた。
「この毒は、汗と同調する物ですよね?」
「ご存じなんですね。そうです」
「ええ。知ってますよ。そして、これは掘った部分に毒を流すスタイルですよね。たとえば、何かの任務の前後で毒を流す。こんな感じで、この刺青を利用しているのですか?」
「はい。そうです。ナボルは、仕事が入る度に、毒を入れているのです。そして、やり遂げねば解毒剤が来ないようになっています」
「ふむふむ。ということで、今のあなたも同じ環境ですね。仕事ではないけど、この場所にいるだけで毒が流し込まれている。定期的に解毒薬をもらってですね」
「そのとおりです。あそこの棚に解毒薬があります」
「ええ。だから、そんなものが必要なくなるように、これで全て吸い尽くします。その上で、こちらの薬を飲んでもらいます」
フュンは緑の丸薬を渡した。
「これで体内の毒の成分を完全に消滅させます。その上で、この湿布薬であなたの刺青から流れる毒を封じて吸い取り、更に密閉させることで汗とも融合させません。次の張替え薬もあるので安心を。まずはこれであなたは解放だ。あとでこの刺青は消しましょう。アン様に入れてもらいましょうね。あなたは太陽の戦士だ。本来はドラウドだ。こちらを入れましょう」
フュンは右手にある黄金竜の紋章を見せた。
これを描いたのはアン。
手先の器用な彼女は、太陽の戦士の刺青を入れることが出来た。
現在、太陽の戦士八名にもフュンと同様の刺青がある。
「え? わ、私が」
「ええ。あなたはドラウド。レヴィさんと同じ太陽の戦士だ」
「い・・・いいのでしょうか・・・こんな私が・・・」
「いいんですよ。それにタイローさんは僕の友達ですよ。必ず守ります。それにヒルダさんが、待っていますよ」
「ヒルダが・・ですか」
「ええ。タイローさんにとって大切な方でしょ? あなたの仕事が活発になったあたりから疎遠になったのは彼女を巻き込まないようにしようとしたことでしょ? 彼女を守るためだ」
「なぜそれを……なぜそんなに私のことが分かるのですか。その通りです。彼女には迷惑をかけられない」
タイローはナボルとは関係のないヒルダには、幸せに生きてほしかったのだ。
あんな闇の連中とは関わり合いを持たない方がいい。
自分に正直で、誰にでも何でも言ってしまう彼女が眩しかったのだ。
タイローは誰にも悩みを相談できなかった。
だから余計にヒルダのような真っ正直な人間が羨ましかったのである。
「わかりますよ。あなたはとても綺麗な心の持ち主だ。だから僕にはわかる。それにあなたがヒルダさんを大切に思っていることもです。ですから、一緒にヒルダさんの所にもいきましょう。待っていますよ。彼女がね」
「・・・はい。何から何まで・・・ありがとうございます。太陽の人・・・フュン様」
「ええ。全部背負いますがね! ちょっとタイローさん良いですか!」
今まで穏やかだったのに、口調が荒くなった。
「フュン様が嫌ですね。フュンでいいんですよ。ちょっと嫌なんですよ。お友達ですからね」
割と真剣に嫌がっているのである。
「む・・無理ですよ。太陽の人ですよ。あなたは!?」
「ええええええ。しょうがないですね・・・じゃあ、元に戻って、フュンさんでいいですよ。千歩は譲りましょう」
「か、変わらない・・・無理ですよぉ」
「駄目です!」
「ええええええ」
タイローは、太陽の人の強引さに負けたのだった。
彼は見つけた。
太陽の人を。そして愛する人に会いたいという気持ちを。
タイローがこれから歩む道は光の道である。
太陽の人。
フュン・メイダルフィアと共に、本来進むべき道を歩むのだ。




