第220話 異変
「・・・・・」
重苦しい雰囲気を出す皇帝陛下は、話し合いの初めから無言を貫く。
シンドラ王との戦いはすでに始まっていた。
先に挨拶するのが、下の者に決まっているからこそ、彼は無言を貫いていた。
「あなたから話しなさい。シンドラの王よ」
陛下の隣に立つフュンが促す。
「私がマーベント・シンドラだ」
「そうか・・・マーベント。負けたことは理解しているのだな」
皇帝が口を開く。
威圧をかけるが、相手はまだ態度を改めない。
「負けた? まだ兵はいる。負けてなどいない」
「負けただろう。あれでは勝ってるとは言えん」
陛下の言葉に負けないために言っているのかと思ったが、表情からいって本当に負けていないと思ってそうだとフュンはシンドラ王を観察していた。
それにしても、この王。
醸し出す雰囲気が良くない。出ている匂いが良くない。
肌感覚があのサナリアの時と同じに感じる。
戦場に立つ時と同じような感覚で、フュンは陛下の隣に立っていた。
「ん。アステルとやら、そなたは、まだ余の帝国軍に勝てるとでも思っているのか?」
「……い、いえ。あれは勝てる可能性があって、状況が悪いだけの段階であります。でも負けているとははっきりとは言えません。まだ可能性がありますから」
「ほう」
エイナルフは、非常に上手い言い方だと思った。
こちらにも棘がなく、そちらの王の発言にも配慮した言い分だった。
「そういう段階だそうだぞ。マーベント王よ」
「そうみたいだな」
ふてぶてしい言い方だった。
この王はここに来て、何故この態度でいるのか。
不思議に思う。
皆は訝しげな顔で見つめていた。
「マーベント。王を降りなさい。属国の王としての価値がない。これにて、シンドラ王国は終わりとする」
「・・・・」
「返事をせんか」
「お。お待ちを。いくらなんでもそれは、王が退くのは分かりますが、王国の終わりとは。せめて姫に・・・王位を・・・・」
皇帝の言葉に反応したのは、シンドラの王ではなく、アステルであった。
「ん。当然であろう。帝国に反旗を翻した国が残ることなどありえない。現に、サナリア王国はもうないのだ」
皇帝が言ったように、サナリア王国はもうない。
帝国の領土となっている。
だから帝国としての判断には、慈悲がない。
でも皇帝には慈悲がある。
それは彼が、王という立場に固執することなく、人でもあるからだ。
「し、しかし……し、シンドラが」
「安心せい。アステル。余は王国を無くすが。シンドラを消すとは言っておらん」
「え? ど、どういう意味で・・・」
「そのままの意味だ。シンドラは存続だ。ヒルダ姫を中心とした新たなシンドラとなってもらおう。シンドラ辺境伯ヒルダ・シンドラの誕生である。それが、余から言うそなたたちへの最大限の譲歩だ。どうだ。マーベント。アステル。責任者である二人が決めよ。しかし、この条件以外は、殲滅であるぞ。戦争は継続だ。この世からシンドラが消えるまで、戦いは終わらんぞ」
「「・・・・」」
無機質な顔をしているシンドラ王。
何を考えているかわからない。
相手の考えを読めないフュンは珍しい。
普段であればある程度の考えまで読めるのに、王の考えが読めなかった。
しかし、隣のアステルの方は読めた。
悩んだ表情から、選択肢の深い部分を考えている。
それは負けを認めて、ヒルダに全てを託すか。
まだ負けていない現状で粘り、今の譲歩を更に譲歩してもらうほど戦いつくすかの二択である。
アステルは戦いを継続しても勝てるとは想像していない。
でも粘っていれば、帝国が根負けする可能性があると思っている。
なぜなら、最前線が今まさにイーナミア王国と戦っている最中だからだ。
その状態で数カ月でも粘れれば、あとは譲歩を引き出せる可能性がある。
フュンは自分がこう思うから、アステルも同じ考えを持つだろうと想像していた。
彼が優秀だからこそである。
これが愚将であればこうはいかない。
しかし彼は可能性よりも、シンドラの未来を取るはずである。
皇帝がぶら下げたエサは魅力的に映るはずだ。
ヒルダが辺境伯になれば、権限は属国時よりも強化される。
むしろ属国の頃よりも自由となれる可能性があるのだ。
「陛下、そ、そのお話は本当なのでしょうか」
「そうだ。アステル」
「その場合。王のお命は……どうなりますでしょうか」
「そうだな。帝都に被害なし。帝都に滞在している軍に大きな被害がないからな……あとは実際に戦ったサナリア軍の指揮官。サナリア辺境伯の気持ち次第だな・・・」
エイナルフはわざとらしくおおげさに、フュンを見た。
彼の答えなどもう分かっているからだ。
「そうですね。むやみに殺すのもおかしい話。ですが責任を取らないのもおかしい話なので、帝都の屋敷で幽閉がよろしいのでは、ヒルダ姫が住まう場所に監禁がいいでしょう」
その答えが、元々のフュンの考えであったのだ。
フュンはそもそもシンドラ王を殺す気がないのである。
それはヒルダの為だ。
どんなに酷いことをされたとしても、やっぱりヒルダにとっての父は、シンドラ王だけである。
それは、自分の弟の時と同じである。
救えなかった後悔がいまだにあるフュンにとって、今は誰かを救える立場へとなった。
辺境伯という権限を今使わないで、いつ使うのだと思っている。
だから、フュンの判断はシンドラ王の命を守るに繋がっているのだ。
それとすでにヒルダの目には涙があった。
当然、彼女だって、母国を救うためにシンドラを倒す決意をしたとしても、心のどこかでは、自分の親に死んでほしくないという気持ちがあったのだろう。
心情も立場も似たような状況になったことがあるフュンは彼女の事をとても大切に思っていた。
「そ。それは好条件・・・王が生きてくださるのであれば、安心して私はし・・」
「それは駄目だと言いましたよ。アステル!」
「ん!?」
アステルはシンドラ王を見て一安心していたら、フュンに叱責された。
王を見ていたアステルが、彼の方を見ると怒っていた。
それはあの停戦条件を交渉する時よりも怒っていたのだ。
「あなたは生きなさい。それが罰です。そして、ヒルダさんの隣に立ちなさい。彼女を守る将となり、彼女を守る次世代の将を作るのです。それがあなたの最後の仕事だ。だから絶対に死なせないぞ! あなたは、思いを繋ぐ優秀な部下を作る。それが次の役割なんだ。今死ぬなんて。誰が許すもんか。勝手に死んだら僕が許さないぞ。アステル!!! 僕が地獄まで追いかけて、現世にまで連れてくるからな!」
「な・・・私に・・そのような役目を・・・」
「そうです。あなたの仕事は、とても重要だ。この先、帝国を裏切るような者を生み出さないようにあなたが兵士を育てるのです。優秀な将たちを。あなたと同じくらいの実力にですよ。いいですね」
「・・・・わ、わかりました。辺境伯殿。このアステル・レービン。残りあと僅かの人生でありますが、残された時間を、可能な限り。ヒルダ様の為に生きます。育ててみせましょう。優秀な将を。彼女の為に必ず。素晴らしき将たちを・・・」
「ええ、お願いしますよ。ヒルダさんは僕の大切な友人です。あなたならば守れるでしょう。頼みます」
「はっ」
熱い言葉をもらいアステルは、完全にフュンを信頼した。
跪いて、純然たる敬意を払おうとした瞬間に、事件が起きた。
齢60近いはずのシンドラの王が突如として走り出す。
その速度は熟練の兵士以上。
サブロウの影部隊並みに速い移動をしたことで、隣にいたアステルや、皇帝の周りにいたフュンたちも、一瞬息が止まったように動かなくなった。
彼が走り出すと同時に、アステルとシャルラン以外に付き従っていた四名も、玉座に向かって走り出した。
ここで、戦争終結の交渉から一転して、事件へと変わったのだ。
これがアーリア戦記の裏側で起きた事件。
『皇帝辺境伯襲撃事件』である。
敗戦交渉から、良き交渉に変わり、さらにそこから一転して事件が起こる。
そしてまだこれは始まりに過ぎない。事件は次々と起こるのである。
これが、起承転結の。
転々転の々くらいです!
次回をお楽しみに~。




