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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
大戦の裏側 太陽の奔走

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第218話 停戦交渉

 「却下です。認めません」


 冷たく言い放ったフュンの言葉。

 いつもの優しそうな声じゃないフュンが、本部隊の中心にいた。

 隣には幹部とヒルダがいた。


 「で、ですが・・・どうかお願いします・・・私の仕事でして・・・」


 そこそこの地位のように見えるシンドラ兵が、フュンと相対していた。


 「そんなことは関係ありません。とりあえず、最低でもアステルが来なさい。あなたはどこの所属ですか?」


 交渉をする気なら格が足りない。

 弱すぎる立場の人物が来るなど失礼である。

 使者としてくるのならアステルに決まっている。

 それがフュンの考えだ。


 「わ、私は・・・バーダリー将軍の部下の右翼部隊三軍の将シャルランです」

 「ありえませんね」 

 「はい?」

 「シンドラは舐めてますね。帝国を・・・決めたのは誰ですか。アステルですか」

 「…いいえ。アステル様は、ご自身が行くと」

 「ではなぜ来ない!」


 フュンが叱責のような形の声で詰め寄った。

 そこにビクついたシャルランは震えた声で答える。


 「そ・・・それが、シンドラ王が・・・お前は駄目だと」

 「間抜けか。そいつは!」


 王の娘であるヒルダがそばにいながらも、フュンはついつい怒ってしまった。

 怒りの頂点に瞬間的に達してしまい。

 よく考えずに口から叱責の言葉がつい出てしまったのだ。


 「も、申し訳ありません」

 「もういい。あなたは今すぐに陣に戻りなさい。僕は怒っています。あなたたちの非道な振る舞いにです。彼女に対する非道な振る舞いにです!!! ですから、すぐに。今すぐにアステルをここに連れて来なさい。日が落ちる前にです。もし連れてこないのなら、攻撃を再開します。その時は今日の夜にでも。シンドラ軍がこの世から消えることになるでしょう。それが嫌なら何が何でもここに連れて来なさい! シャルラン!!!」

 「わ、わわ、わかりました。必ず連れてきます」


 フュンの脅しによって、シャルランは、慌てて走り去っていった。


 「どうすんのさ。フュン。奴らの処遇は」

 「ええ。先生。そこは相手の出方次第です。ヒルダさん。ここは僕に任せてもらってもいいでしょうか」

 「も、もちろんです。私は口を出せないです」

 「いえ。本来はヒルダさんも一緒がいいのですが、ここは駄目ですね。相手は意味のない駆け引きをしてきているのでしょう。最初の交渉に格落ちを寄こすのですからね。ありえない。それがアステルの考えなのか。それとも相手の王の考えなのか。相手の出方を見なければ・・・」


 感情は怒。でもフュンの頭の中は冷静であった。


 ◇

 

 それから一時間足らず。


 「アステルですか」

 「そうだ」

 「ええ。風格があります」

 「・・・・」

 「では・・・なぜ最初に来なかった!」


 フュンの入りは穏やかに話したが、最後の言葉は強めに言い放った。


 「それは私の考えだ」


 真っすぐ見つめてくるアステル。

 その目を見るフュンは、相手の真意を探っていた。

 顔も目も自分を見ている。でも瞳が自分を見ていない。

 左右に小刻みに揺れていた。


 「そうですか・・・王ですね」

 「ん? 何を言っている。私の考えだ」

 「いいです。王の考えだ。あなたのじゃない!」

 「貴様・・・私だと言っている」

 「もういい。別に怒っても無駄だ。あなたのせいじゃない」


 フュンは今の流れで王の指示である事を確信した。

 そうなるとこの件で攻めるのは可哀想だ。

 アステルは、王の意見の被害者である。

 今の行いが気まぐれなのか。それとも馬鹿なのか。

 どちらにしても、アステルが可哀そうだからフュンはこれ以上この事について言わなかった。

 

 「それとだ。僕はもう一つ許さないぞ。アステル!」

 「なに?」

 「自分一人の命と引き換えに、全軍を救う覚悟をしているな。それを許さないと言っている」

 「・・・・」

 

 アステルは黙った。

 ここでごまかすために話したかったが、言葉が出てこなかった。

 まさかのこの序盤で自分の気持ちを理解されると思わなかったのだ。


 「僕はあなただけは殺さない。責任を取ってもらいたい」

 「責任。ならばそれは・・・私の首でシンドラを許して・・もらっ」


 最後まで言わせないフュンは、強く言い返した。


 「ない! 死ではこの罪。償えない」

 「なに!?」

 「まずは、謝ってもらおうか」

 「ん?」

 「ヒルダさんに謝ってもらおうか! 迷惑をかけたと。非道なことをしたと!」

 「・・・・・」

 「わかっているだろう。お前たちがしたことをだ。聡いあなたなら分かっているはずだ。彼女に迷惑をかけたとね。王が分からずともあなたならばわかるはずだ!!!」


 友を傷つけた時のフュンの怒りは最大であった。

 怒りを露わにするのが珍しいとミランダとサブロウが横目でフュンを見ていた。


 「・・・・もちろんだ・・・」


 ここは反論せずに、アステルは素直になった。

 体をヒルダの方に向けて頭を下げる。


 「ヒルダ姫。申し訳ありません。このアステル。一生の恥であります。あなた様に迷惑をおかけしました。大将軍として、王を止めるべきでありました。あなたを使者になど、猛反対するべきでした・・・申し訳ありません」

 「……いいんですアステル。私はあなたから、悲しみを受けたわけじゃないので、許すもない。私は父に酷いことをされただけです。だから気にしないでください」

 「……姫、かたじけない。姫、感謝します」


 アステルの今の表情は本心。

 フュンは冷静に相手を分析していた。


 「では、聞こう。どういう交渉をするつもりだった」


 この言葉の意味は、単純ではない。

 あなたの交渉はほぼ意味がない。

 こちらが優先である。それが今発したフュンの言葉の真の意味だ。


 「・・・停戦。シンドラとサナリアの停戦を願いたいと」

 「それは駄目だ。帝国とシンドラである」


 訂正をしろ!

 直さねば交渉は中断。戦争は再開である。

 言わない言葉の意味を、アステルは理解している。


 「……そ、そうですな。帝国とシンドラの停戦を、この首一つで願いに来た次第です」


 アステルは、低姿勢で交渉を進めようと、かなり慎重になってきた。


 「駄目だ。僕は許さない。僕は、シンドラの破壊。王の死が条件だ」

 

 強烈な条件を出した。一瞬この場が凍り付く。


 「なに!?」

 「王は死。ヒルダさんの姉にも責任を取ってもらい一市民に格下げ。シンドラ王国は解体だ。帝国領土。大都市シンドラにする」

 「なんだと! そんな事許せるわ・・・」


 強烈な条件にアステルが反対しようとしたが、フュンが遮る。


 「いいのか。アステル。あなたはわかっているはずだ。この戦況。ここからひっくり返すほどの戦力がそちらにあるのか。戦う術がないから。そういう風に計算したからこそ、苦渋の決断でここに来たのだろう」


 お前は馬鹿じゃない。だからここに来たんだ。

 フュンは相手を褒める一手と質問を混ぜた。


 「・・・ないです。こちらにはその勝つ方法はあるが・・・」


 素直に言い返すしか出来ない。

 老獪な将も聞き方次第では素直にならざるを得ない。


 「そう。方法はあるが、人が足りない。ここで戦ってもいい。逃げてもいい。だが、どちらをするにも人が足りないのだ。戦っても勝てる可能性がある。ただし帝都を攻める兵数が足りなくなる。逃げてもいい。ただし、その際の追撃により兵数を減らす恐れがある。そうなるとシンドラに帰った時に負ける可能性がある。籠城しても兵数を確保できないからだ」

 「・・・・・・」


 全くその通り。だから黙った。

 自分の計算と同じ計算をしてくるフュンに黙るしかなかったのだ。

 

 「いいのか。条件を飲まずして戦争を継続しても。それに僕は、継続になるのならあなたをここから捕縛する」

 「なに!?」

 「当然だ。こちらが圧倒的有利な状況においてだ。無条件解放?・・・そんなことをする奴は、頭がおかしいでしょう。そちらのシャルランだけを返して、あなたにはここにいてもらう。それで戦力ダウンだ。あなた一人。あちらに帰っただけで、万に等しい戦力だ。今がどれくらいだ・・・二万と少し。それが僕らの三万とほぼ同じくらいの戦力になる。だったら、返さない。あなたはここにいてもらい、シンドラの軍が消滅するところを見てもらおう」


 フュンの怒りは、かなりのものであることが窺える。

 単純な停戦では、使者を返す気がないのだ。

 この条件を飲み気がないならここにいろと言っているくらいである。

 それに戦闘となれば、この目の前のアステルが邪魔。

 敵の戦力ダウンにもつながるのであった。


 「き・・・」


 貴様と言いたいが言えない。

 相手の機嫌を損なう恐れのある言葉を口に出さないアステルは偉かった。

 

 「どうするアステル! 条件を飲むか」

 「の・・・飲めない。王を殺す判断など、私一人では」

 「そうか・・・ならばこのまま戦闘を開始する。アステルはここにいろ。私とヒルダ姫で、目の前の軍を粉砕するだけだ」

 

 フュンが自分の事を僕と言っていなかった。

 だからこの判断は辺境伯の判断である。

 つまりは皇帝陛下の判断である。

 なにせ、フュンは名代として戦っているからだ。


 「そ・・それは・・やめてもらいたい。無理であります」

 「では殺すと。その判断でいいのだな」

 「・・・・」

 「それは我儘だな・・・あなたは何もかも分かっているんだ。自分たちが不利。これが第一に分かっている。だから交渉の主導権を握れないことも分かっている。今の言い分が我儘になることも分かっている」


 フュンは相手の気持ちを言う事で、救おうとしているように見せていた。

 しかし、彼は甘くない。


 「全部分かっていて苦しい・・・そうなるはずだ」

 「・・・・」


 アステルの表情が変わった。

 無表情に近い顔から、微妙に眉が動き、目元がピクついた。

 苦しさを表に出すのを我慢するような顔になった。


 「いかに老獪な。熟練の思考を持っていても。兵を切る判断が出来ても、主君だけは裏切れない。殺せない。当然である。なので、連れてこい。アステル! 皇帝陛下の元へ。帝都に、シンドラの王を連れてこい。それが停戦の条件である!」


 フュンの出した条件は、シンドラ王の呼び出しだった。

 実は、殺すことが目的ではなく、最初からフュンの狙いはこれであったのだ。


 ガルナズン帝国とシンドラ王国の幕引きは、皇帝と王の直接対面であった。


ネアルとは違う交渉術。

やはり、フュンの方が人を揺さぶるのが上手いかもしれません。

優しいくせにやることはえげつないです。

彼は厳しいくせに、クリスとゼファーを招待したくらいですからね。

やはりここでも対比があります。

というちょっとした小説の豆知識でした。



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