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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
大戦の裏側 太陽の奔走

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第216話 届かない思いと、届く願い

 拮抗したサナリア軍とシンドラ軍。

 盾と盾がぶつかり合って、両者ともに動かずにいた。

 両軍の数の違いがあるのに、この拮抗具合は異様な状況でもある。

 シンドラ軍は、時間にして1分。

 この現状を信じられず、考えも行動も止めてしまったのだ。


 そして、その結果が何を呼ぶのか。

 それは・・・。


 「シガー。さすがですよ! 良いタイミングで来てくれました。それとあの盾・・・流石はアン様。特製の大盾は、向こうの盾よりも頑丈そうだ。あれ以上押せば、敵の盾は壊れるでしょうね。だから後退するはずだ」


 人の押し合いは拮抗しているのだが、実は盾同士が拮抗していなかった。

 あと少し、押し合いが続けば、シンドラの盾が粉砕されるだろう。

 敵の武器の耐久値をフュンが計っていた。

 そして、フュンが指揮していた部隊が。


 「突撃です。こちらから行きますよ。皆さん、力の限り押してください」


 敵の右翼外れの位置から突撃を開始。

 敵右翼を中央へと押し込んでいく。



 一方、シンドラ軍の左翼側に流れていたミランダ部隊も用意が出来ていた。


 「さあ、あっちもやってんな。あたしらは手前なのさ。敵左翼前方を斜めに押し上げる。シガー部隊の脇から押すぜ」


 ミランダ部隊が敵左翼に突撃を開始。

 これで、左右からの挟撃状態となった。


 そしてそこから、鋭い感覚を持つ女性も叫ぶ。


 「おうおう。いくぜ。インディ! あたしらは後方。左翼後方に弓だ! 矢を放つぞ。いくぜ!」


 フィアーナの狩人部隊が矢の雨を降らす。

 敵の左翼後方が次々と倒れていく。

 六万いるシンドラ軍だが、この歪な挟撃を受けているために、左後方側に若干崩れるような形になっていた。

 それは斜めに押されることで、フィアーナの前にいる兵たちが少しずつこちら側に押し出されて来ているのだ。

 それで、次々と押されてフィアーナの前に出てくることで、的になってしまっているのだ。


 ◇


 「大将軍。これはマズいのでは」

 「・・・」


 部下の言葉にも返事をせず、アステルは黙って考えていた。

 六万の兵で負けるのはない。

 ただ、このままの態勢で戦ってると、兵が大幅に減る。

 おそらく万単位だ。

 アステルは、何よりもそこを嫌った。


 「引く。だが、ただ引いて、奴らがそのまま黙って逃がすとは思えない。相手の騎馬の機動力があるのだ・・・」


 アステルはそこも考えていた。

 ただ普通に引くだけになる。

 それでは、敵の大将フュン・メイダルフィアの思うつぼだと考えた。

 だから、一番兵が生き残る可能性のあるものを選択しなければならない。

 歴戦の将アステルはこちらを選択した。



 ◇


 「ん!?」


 フュンの目の前にいた部隊が急速反転して走り出した。

 敵がシンドラ本陣へと走り出す。


 「敵が逃げます。追いかけ・・・なに!」


 最後方の敵一列だけが、戦場に残り、横並びに通せんぼをした。

 フュンは、その意味を即座に理解した。


 「なんて男だ。見捨てたのか。自分の兵を・・・・しかしこれが、最大効率だ・・・・非情な選択をしてきた。万を残すため、千を切ったか!」


 彼らは決死隊であった。

 一人でも仲間を守るための千人。万を救うための千人。

 命を落とすことも覚悟した兵が、横一列に並ぶことで、フュンたちに立ちはだかった。

 おそらくこの人間たちのやることは・・・ 


 「馬に絡まるですね・・・くっ・・・フィアーナに指示を弓で倒しなさいと。突撃したら馬が駄目になります。彼らは馬の足に飛び込む気です!」


 フュンはフィアーナにだけ指示を出して、自らの軍も本陣への退却を決めた。

 戦争は中断となった。

 

 ◇


 サナリア本陣。

 

 「シガー感謝します。無茶をさせました」


 フュンの感謝に。


 「無茶ではありません。当然のことです。フュン様の命令に従わない部下など、存在する価値もない。それにそんな部下はこの世にいません」


 過激な答えのシガーである。


 「いやいや、そんなに張り詰めなくても。今回のは無茶な注文でしたよ。後一日は必要かと思っていましたもん。ですから本当に無茶をさせました」

 「いいえ。間に合わせます。血を吐いてでも間に合わせます」

 「はぁ。過激ですって。まあでも助かりましたよ。兵の回復はさせてますか」

 「はい。休息は仮眠交代から、本格交代にしていきます。今日はもうないでしょう。夜襲もないと思います・・・」

 「ええ。そうですね。今日はないでしょう。明日が問題かと」


 今日は停戦。明日が勝負。

 それは三万の軍と六万の軍の真正面のガチンコの戦いとなるからだ。

 

 「サブロウ。情報は」

 「おうぞ。こっちが千負傷。あっちが九千の兵が無くなったぞ。内、五千の騎馬。三千が通常。そして千が最後のだぞな。あいつ、凄い将ぞな。あの短い時間で・・・」

 「ええ。冷酷な切捨て。しかし、あれのおかげで戦闘は継続されました。あそこで悩んでくれれば、もっと敵を減らせましたからね。おそらく二倍ほどはいけました。六千以上をです」

 

 フュンの言葉の続きにミランダが入る。


 「ああ、敵の将はな。お前と一番相性が悪いかもしれんのさ」

 「え?」

 「お前とは正反対過ぎるのさ。根本の考えが違い過ぎて、相手の行動に対して反応が遅れそうだ」

 「・・・たしかに。最後遅れましたね」

 「ああ。お前はあの横並びになった兵たちの顔に遠慮したんだ・・・・やっぱ、お前は誰かを切り捨てる形の軍師じゃねもんな・・・やっぱり、あたしが思った通りの男だ。出会った頃のままだな」


 自分の弟子がテストした時の頃のまま。

 子供時代のフュンと一緒である。

 誰も切り捨てられない。誰かを見捨てられない。

 フュンは、相手の将の考えを理解できるが、それを選択できない。

 勇気がないわけじゃない。覚悟ないわけじゃない。 

 ただ、それをしたくないのだ。

 出来るならば、そのような事態にならないように最善を尽くしたい人間なのだ。


 「これはあたしがやろう」

 「ミラ先生?」

 「あたしが奴と相性がいいはずだ」

 「先生が?」

 「ああ。お前じゃ、いちいち対処される度に止まっちまう。奴は人を切捨てるのに躊躇がないからな。追い込んでもまた同じようなことをしてくるぞ。その度にお前は止まる。だから、あたしがやろう。久しぶりにやってみせようか。混沌の奇術師(カオスマジシャン)の真の戦いをな」

 「・・・そうですね」


 少し悩んだ後。


 「ここは先生に任せましょう。そうなると、少し本陣ごとお任せしてもよいでしょうか。明日の事です」


 意外とあっさりとフュンは、ミランダに指揮権を渡すことを決意した。


 「ん? 本陣だと?」

 「ええ。やりたいことができました。今からいったん本陣から離れます」

 「何すんだ?」

 「そうですね。ここはもう切り札を使いたいです。連れてきます。なので、今からミラ先生に軍を託します。シガー! フィアーナ! ミラ先生が僕の代理となります。いいですね」

 「はい」「おう」

 

 二人が返事をした。


 「では、あとは任せます。先生。また戻りますから、相手を見張るのをお願いします」

 「わかったいいぜ。じゃあ、あたしがやろう。サナリア軍の軍師としてな」

 「ええ。お願いします」


 フュンは総大将の権限をミランダに委譲した。

 続けて指示を出す。


 「では、レヴィさん!」

 「はい」

 「僕の影に。ここから帝都に戻ります。ついてきてください」

 「了解であります。お守りします」

 「ええ。お願いしますね」


 託した理由もありそうだが、フュンは明日、何かをする気であった。


 ◇

 

 翌日の決戦直前。

 アステルは五万の軍に兵数が落ちたことで、悩むラインをすでに前日には設定していた。

 彼らの目標が帝都の陥落であるからこそ、落とすための必要ラインを決めないといけない。

 通常、攻め手側であれば、兵数の差はせめて二倍差が欲しい。

 つまり、帝都が三万、だからシンドラ軍は六万必要だ。

 でも今回すでに五万となり、落とすラインとしては厳しい。

 そして、このライン。

 最悪と仮定すると同数である。

 これが限度ラインだとアステルは考えていた。

 つまりは、サナリアと戦って勝つにしても負けるにしても三万が限度なのだ。


 「さあ、数の圧力で押して倒すしかないな・・・数で押して、馬を無視する。あの歩兵を先に消すしかない」


 アステルは覚悟を持って戦場に出てきていた。


 

 そして、お昼。

 睨み合いが続いた戦場。

 それはアステル側に謎の部分が出てきて起きた現象だった。

 アステルが疑問に思うのは相手の陣形。

 不思議な縦長の列になっている騎馬隊が目につく。

 今までのオーソドックスの形ではないスタイルに、指揮官が別人になったように感じていた。


 「おかしい。形が違うな」


 なんとなく変。

 なんとなくで確信がない。

 でも敵が違うと思う。

 こう感じられるアステルは、修羅場を経験してきた人間である。


 「動かないのも逆に不気味・・・なんなのだ。この軍は、顔が変わっていくのか。戦場ごとに」


 ◇


 サナリア軍本陣。

 ミランダは敵の様子を眺めながら悪態をついていた。


 「さて、後出しで混沌に入りたいのだが・・・どうすればいいのさ。奴らから来てほしいのに。かなり慎重になったのさ。数が多いくせによ」

 

 待機していたミランダの元にフュンが来た。

 女性を見ると高貴な衣装に身を包んでいるので、これは姫様だなとミランダは思った。

 やりたいことは、それだったかと若干笑っていた。


 フュンが、ヒルダを隣に置いて話し出す。

 

 「先生。混沌がしたいのでしょ」

 「ああ。そうだ」

 「入り口を作ります」 

 「なに!? どうやって、あいつ。急に縮こまったぞ」

 「大丈夫。動きを作ります。どっちかになると思います。動くか。動かないかです」

 「は?」

 「彼女で、その流れを作ってみせます!」


 フュンは、手を使ってヒルダを紹介する。

 『こちらですよ』とヒルダを前に出した。


 「そいつは・・・シンドラの姫か?」

 「ええ。そうです」


 フュンは、体の向きをミランダからヒルダに向き直す。


 「ヒルダさん。大丈夫ですか。出来ますか」

 「や、やってみます。シンドラを救いたいです」

 「ええ。わかっていますよ。ですから、ヒルダさん、取り繕わないでください。あなたの場合は正直に相手の兵に、話しかけてください。王でもアステルでもなく、兵にです。いいですね」

 「わかりました」

 「どう動くかはわかりません。でもあなたの声がここでは重要です」

 

 自分の心を相手にぶつける。

 彼女の本音がこの戦場を動かす。

 フュンの直感から来る戦略である。


 「ミラ先生。本部隊の指揮をお願いします。総大将をこのままお願いしますね。僕は彼女と二人で前に出ていきます。頼みますね」

 「おう。やって来いなのさ。タイミングはこっちで見てる」

 「ええ。お願いします。ではいってきます」


 フュンとヒルダは、サナリア軍の先頭に出て、シンドラ軍に姿をさらした。


 ◇


 「シンドラの皆さん。私は、シンドラの第二王女ヒルダ・シンドラです。兵の皆さん。先日フュン様がおっしゃったことは本当なのです。この戦争を続ければ、帝国は地図上からシンドラを消す気なのです。だから皆さん、戦争はおやめになってください」

 

 相手の兵の動揺は、相当なものだった。

 ヒルダが目の前にいることで、攻撃の意欲が若干下がる。

 でも将軍や王がいるから、完全には下がらない。

 それがこの間の休息の効果と、為政者がそばにいる効果である。


 「奴は偽物だ。動揺するな!」

 

 王からの声により、士気の低下を防いだ。


 「皆さん、間違いは間違いだと認めて帰りましょう。ここで戦ってはいけません。私は聞いております。今、あなたたちが、帝都の城壁に到達したら、シンドラが燃えると。跡形もなく燃えてしまうと聞かされているのです。これはサナリア辺境伯フュン様も一緒に聞いております。私もその場にいたのです」


 兵士たちの頭の中に、初日のフュンが思い出される。


 「フュン様はシンドラの為に戦ってくださっているのです。ここで食い止めていれば。このマールダ平原にシンドラ軍がいれば、シンドラは消されずに済むのです。彼はシンドラの為にここで戦っているのですよ。分かっていますか。あなたたち。私たちは守られているのです。彼に! 戦っているんじゃありません。守られているのです」


 兵たちは顔を見合わせていた。

 敵が自分たちを守る?

 不思議なことを言うもんだと。


 「皆さん。武器を捨てて投降してください。命を大切にしましょう。私が陛下に掛け合いますから、安心して引き返してください。陛下は慈悲深い方なのです。私を救うためにいろいろしてくださりました。私が生きていることが不思議だとは思わないのですか。皆さん、私は帝国に殺されてもおかしくないでしょ。あなたたちが反乱しているのだから殺されてもおかしくないんです! それくらいは分かってください。私を信じてください! 私の言葉は本当なのです」


 ヒルダの渾身の叫びは、兵たちの動揺を買った。

 彼らが動き出すことをやめようとしたその時。


 「あれは誰だ? 関係ない奴の声だぞ。兵たちよ。全軍前進だ。進め。あんなものは薙ぎ払うのだ」


 ヒルダの父の声が聞こえて、シンドラ軍が前進を開始。

 説得は無意味なものとなり、戦争は再開された。


 悲しみにうちひしがれるヒルダの元に、やって来たのはミランダだった。

 馬から降りてヒルダの隣に立って話しかける。


 「良い事を思いついた。シンドラの姫さん。ちょっといいかい。あの野郎のせいで、悲しいところ悪いけどな」

 「は、はい」


 彼女は自分の力が及ばず。父からの酷い言葉によって、涙が勝手に流れていた。

 でも諦めたくないから、ミランダの話を聞いていた。


 「あんたが言ってくれ! 後はあんたの思いで付け足してもらうとしてだ。あんたがあれと決着を着けるのさ。それが一番いい。そうなりゃ、フュンも喜ぶしな」


 ミランダは彼女に耳打ちをした。

 その言葉を聞いたヒルダは、涙を拭い決意を固める。

 そして、母国を救うために今日一番の声を上げた。


 「私はヒルダ・シンドラ。故郷を愛する一人の人間。母国シンドラを救うため。今日ここでシンドラ軍を討つ。私に力を貸してくれる。私の大切な友人。サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアと一緒に・・・・私はサナリア軍と共にシンドラ王国を倒す!!! 私は、皆を。故郷を。守りたいのです。何もお返しできない。力のない私に・・・どうか、サナリア軍の皆さん。お力を貸してください・・・サナリア軍の皆さん、お願いします・・・・・力のない私に・・・どうか、お願いします!!!」


 呼吸を整えたヒルダは、精一杯の言葉に願いを込めた。


 「全軍出撃だあああああああ」


 不慣れな戦場で響くヒルダの声。 

 出撃命令だとは到底思えない言葉の数々。

 不格好な言葉と共に添えられた最後の言葉。


 これは、別に誰も叶えなくてもいい。

 無視してもいい。

 ただの力のないお姫様の。

 故郷に捨てられたお姫様の。

 そして故郷を愛しているお姫様の。

 悲痛なお願いであった。


 しかし、それでもサナリア軍は・・・。


 「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」


 ヒルダの涙の大号令であっても、サナリア軍が返事を返した。

 フュンの友であるのならば、それは救わねばならない。

 絶対に力を貸さねばならない。

 それがサナリアに生きる人間の根底にある。

 フュンが第一の心構えである。

 主の友の願いならば、それは我らの主の願いと同等なのだ。


 ここからサナリア軍対シンドラ軍の戦いは最大の山場を迎える。



ヒルダの涙の大号令に呼応したサナリア軍。

ここからは、士気の違いを見せるでしょう。


勢いの出たサナリア軍に対して、少し勢いに陰りがでたシンドラ軍。

それは少なからず、ヒルダの言葉が彼らの心にまで届いていたからだ。

そして、それこそがフュンの狙いでもある。

彼女の素直な思いによる起こるシンドラ軍の士気の低下と。

彼女の言葉を真っ向から否定した王の言葉の非道さを感じてもらうためである。

それでもシンドラの兵も軍人なので、目の前に迫る敵と戦わないといけない。

ここに士気の差が生まれる。


サナリア対シンドラの戦いは、終盤に向かいます。

次回をお楽しみに~。




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