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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
大戦の裏側 太陽の奔走

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第215話 マールダ野戦 『不動のシガー』

 「四方の兵が盾を持ち、全軍前進。帝都を目指せ!」


 アステルの指示が、シンドラ軍に伝わる。

 全軍がゆっくり前進し始めた。


 

 ◇


 「これを選択するのか……アステル!」


 目の前の軍内部の移動をつぶさに観察するフュンが呟いた。


 「まだお昼だ・・・・中断までは五時間以上ある。もう少し粘りたかったな」

 「領主様? どうなされたんですか?」


 戦場の変化にいち早く気付いたフュンは、本部隊の中心で馬に乗りながらパースと話す。


 「ええ。これは難しい局面です。今の流れ。実は相手の足止めがメインだったのですが・・・アステルがここで、僕らの攻撃の意図に気づきました。彼は非常に優秀だ。僕らにとって一番嫌な手を使ってきましたよ。これが僕らには一番痛い!」


 盾持ちが先頭を歩く。

 そんなことをすれば、進軍が遅くなるに決まっているのに、それでも前へ進むということは、何が何でも前進しようとする現れだ。

 帝都まで、シンドラ軍はこの方法で前進していくつもりなのだ。


 今までのフュンは、この軍を帝都に近づけさせたくないという動きをしていた。

 その理由はもちろん。

 友人のヒルダの為である。

 シンドラ軍が帝都の壁に到着したその時。

 この軍どころか国の消滅が確定してしまうのだ。

 だからフュンはハンデを抱えながら、マールダ野戦をしていたのである。


 実際。

 シンドラの兵士らには、帝都の城にでも張り付いてもらえれば、あとは簡単に対処ができるのだ。

 フュンたちが、張り付いている兵士らの後ろから、壁に押し込むように挟撃すれば終了するからである。

 これがもっとも簡単で楽な策なのに、彼女の為にフュンはこの戦術を利用してはならない。

 この楽な道を選んでは、ヒルダのシンドラを救いたい気持ちを無下にしてしまう。 

 

 相手の足が止まれば時間が稼げる。

 時間がかかれば、退却の方に戦争の動きが傾く。

 日が沈むまで戦争ができれば、翌日へと戦いが延びていくのだ。

 戦うべき日数を引き伸ばさないといけない理由があって、この消極的な戦いをしていた。 

 相手の騎馬部隊を殲滅したり、相手が攻撃的になったら、ひらりと躱して反撃してみせたりと、一見すれば積極的に見える攻撃の形も、実はこの消極的戦略を隠すために起こしていた戦術だった。


 しかし、そこの理由も知らないのに、アステルはフュンの考えを見抜いてきた。

 フュンの戦略上の消極的な理由を分からずとも、戦い方だけは気付いたのだ。

 

 だから、アステルはどんなことがあっても、前進を止めないのである。

 防御をしながらでもゆっくり前へと進んでいく。


 「この速度。夕方前には、帝都に着いてしまう。どうすれば・・・しかし、一万五千の騎馬軍では、相手の六万を受け止めることが出来ない」


 フュンは馬に乗りながら、相手の進軍を停止させる方法を考えていた。

 一番良き策が失敗に終わる。

 でも、そこで思考を停止しないのがフュンである。

 切り替えて、次の策を考え直している。

 という前向きな気持ちでもあるのだが、やはりここは難しい。

 守る条件。騎馬特有の条件。兵数の条件。

 この三つが上手く噛み合って、相手が有利なのだ。

 

 解決策がなく万事休す。

 頭にその言葉が浮かんできて、時折諦めそうにもなるが、ヒルダを守るためにはここが正念場。

 最終的には混沌でも使用して戦うしかないと考えるが、これまたサナリア軍が圧倒的に少なすぎるために、戦術的効果が薄い。

 相手の分厚い盾を馬だけで破るには、もう少し数が欲しい所なのだ。


 「まずいな。弓か・・・いや、それでも前への進軍は止まらないだろう。側面を。いやそれでもだめだな。正面も背後も駄目だろう。意味がない。前進に対して一万五千じゃ、どこも受け止めれない」


 珍しく焦るフュンは、帝都が徐々に大きくなっていくように見えていた。

 実際はそんなに近づいているわけじゃないのだが焦りからそのような現象になっていた。

 

 「このままではシンドラが、地図上から消滅する! それだけは駄目だ。まずい・・・まずいな」


 フュンたちは現在。

 シンドラ軍の左翼後方を走っていた。先頭を走るミランダ隊は後ろから右翼の後方に入るところ。

 彼女らが、そこから右翼側面へと移動しかけている。

 その時、ミランダ部隊の先頭から信号弾が飛び出た。

 紫。

 それは緊急信号弾の一つである。

 『よく見ろ』これが紫の信号弾の意味である。


 「ミラ先生! 何かがあったんだな。でも動きが変わっていないぞ。ん?」


 ミランダ隊の動きが変わる。

 敵の右側面をこのまま走るのかと思いきや、急速に速度を上げて、右の方に外れていった。

 そこから大きく膨らませて、弧を描いて、敵の前を塞ぐようにして帝都へと走っていく。

 

 そのまま走るのをやめれば、相手と衝突するが、それはせずに、相手の速度よりもやや速いくらいの速度で一緒になって帝都を目指した。

 どちらかというと、サナリア軍は逃げるというよりかは、相手の前方の視界を遮るように走っていた。

 先頭がそのような動きをするので、フュンもそれに付き従うのだが、敵の右翼側の横に出た時に、フュンが右前方を見たことで、彼女の意図に気付いた。

 フュンは、彼らが来てくれたことに感謝していた。


 「さすがだ。そういうことですか。ミラ先生。そして彼らも・・・・よくやってくれました。今日来るとは……感謝しますよ」


 フュンは全てを理解して、全体に指示を出した。

 彼の部隊は、馬で走っていながらでも少し時間が掛かるが指示を通すことが出来る。



 ◇


 アステルは、サナリア軍の動きの変化に気付いた。


 「なんだ。前方に並びはじめた?・・・どういうことだ。敵が私らの周りを回らなくなったぞ」

 

 サナリア軍の騎馬たちが、前方を隠すようにして走っていた。

 特に正面。そして右前方側をである。

 敵の騎馬隊は、まるで自分たちを誘導するようにして並走している。


 「邪魔だ。前が見えない。でも進軍は出来ている。何がしたいのだ。サナリア軍は? 今度は何を?」


 敵の騎馬部隊の半分の位置から黒い煙が上がった。

 すると、その半分の位置から、騎馬隊が左右に別れる。

 前方が、左に流れていき、後方が右側に流れる。

 こうなると中央が開かれるような形となって、シンドラ軍の前が見えるようになる。

 

 視界良好。

 前方へと行くのにも、邪魔がなく気持ちがいい状態になる。

 だが、ここで衝撃的な光景が目の前に広がっていた。

 開かれた景色の中に、騎馬じゃない敵部隊がいたのだ。

 

 進軍停止命令を出していないのに、シンドラの兵士たちが勝手に止まりだした。

 でもその気持ちがアステルにも分かる。


 なぜなら。


 「なぜだ。なぜ兵が目の前に・・・・」


 さっきまではいなかった完全武装の歩兵部隊が目の前にいたのだ。


 ◇


 「前方! 構え。重装盾だ。ここで勝負をする。私たちは受け止めるのだ!」


 満を持してのシガー部隊の到着である。


 「間に合ったぞ。ギリギリだがな!」


 シガーたち歩兵部隊は全速力で帝都へ向かっていた。

 騎馬よりも行軍速度は遅いに決まっている。

 しかし、何としてでも到着しないと、この部隊がいなければフュンが困る。

 シガーはそこを良く知っているからこそ急いでこちらに来たのだ。

 フュンからの指示は、最初の信号弾の指示と、もう一つ、三日前の指示である。

 それも三日前の指示は直接影部隊から来ていた。


 『至急帝都へ。急げるのであれば、一日でも早く』


 この指示をフュンからもらえば、あとはもうシガーとしては急ぐしかない。

 全速力の指示を皆に出して、兵の疲労も考慮せずに走り切った。

 でもこの程度の走破。

 サナリア軍の訓練に比べれば大したことがないのだ。

 それほど、普段の訓練でサナリア軍は地獄を見ている。

 兵士らは息が上がってはいるが、疲れ切ってはいない。


 「急げという言葉。裏を返せば、フュン様が必ず我らを必要としている証拠。皆、我らの領主。フュン様に見せるぞ。受け止めよ。敵の攻撃を!!!」

 「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 サナリア軍の近衛軍。シガー部隊。

 一万五千の内の一万。それが彼の部隊である。

 シガー部隊の得意分野。それが防御だ。

 重装の装備をして、重装盾と呼ばれる巨大盾を持つ兵士が、横一列に並ぶ。


 その姿は、まさに壁。

 城壁にも類似するような巨大な壁にも見えるのだ。

 それが今シンドラ軍の前に聳え立った。


 ◇


 「な、なんだ。これは、壁!? 帝都城に到達したわけでもないのに・・・」


 アステルの思考が一瞬止まった。

 有利だった状況から、意味の分からない状況に陥ったことで、事態の把握に遅れる。

 しかし、よく考えてみたらわかる。

 相手がいくら素晴らしい盾を持っていたとしても、数が少ない。

 自分たちが六万。相手は、騎馬部隊と同数のように見える為に、一万五千。

 だとすれば、正面からぶつかれば勝つのはこちらだと、単純に考えればそう思う。

 だから迷いなくここからはいけた。


 アステルは進軍を指示する。


 「ぶつかれ。このまま数の力を利用する。進め。シンドラ軍」


 シンドラはそのまま勢いを持って、サナリア軍に向かって行った。


 ◇

 

 「来た! 受け止めよ。サナリアの兵士たちよ。フュン様がそばにいるぞ。ここで魅せろ! 我らの鉄壁を、我らの主にだ!」


 盾と盾がぶつかる。

 数の少ない方が受け止める。それは圧倒的に不利である。

 でも、ピタッと両軍の動きが止まった。


 盾と盾のぶつかる音が、マールダ平原に響いてる。

 ギシギシという音も合わせて、激しい金属音を鳴り響かせても、敵の進軍はピタリッと止まったままだった。


 「いいぞ。サナリアの盾は動かない! 敵の攻撃も止めて。敵の進軍すらも止めるのだ!」

 「「「おおおおおおおおおおおお」」」



 これが、サナリアの三大将『不動のシガー』の誕生の瞬間である。


 動かない!

 何があろうともそこを動かない!

 主に託された場所から一歩も動かない!


 その気迫。その気持ちが、不動のシガーと呼ばれる所以である。

 彼が指揮する部隊は鉄壁となり誰も通さない壁となる。

 

 このマールダ野戦で、サナリアの領主代理シガーは、不動となったのだ。




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