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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
大戦の裏側 太陽の奔走

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第214話 回るサナリア軍

 初撃に成功したサナリア軍。

 フィアーナ以外の部隊は敵に対してゆっくり進軍していた。

 ほぼ歩兵の速度である。


 「倒しましたね。素晴らしい。では、ミラ先生に伝えている通りに行きます。パース! 信号弾青!」

 「はい」


 パースは青い信号弾を放った。


 前方に放たれた青の光の後に出る青い煙が、ミランダたちのいる前方に到達すると、ミランダ部隊の動きが変わる。

 ゆっくりした進軍から、一転して走り始めた。

 敵の左翼へ向かう。

 それに続いて、フュンはミランダ部隊の背後についていった。


 「ミラ先生ならば、まあ余裕でしょう……作戦よりも上手く動くはずです」


 

 ◇


 部隊の先頭集団に入っているミランダが叫ぶ。


 「いくぞ野郎ども。敵の左翼の側面を悠々と進んで後ろに行ってから、ぐるりと回るぞ。背後。右翼。そして前方。んでまた左翼だ。一周するぞ」

 「おおおおおおおおおお」


 ミランダ部隊は、敵の左翼側面に入ると、そのまま一筆書きのように敵の横陣をなぞっていった。

 意味があるとは思えないその行動。

 なにせ敵の一列目だけにしか攻撃ができない位置を走っているのだ。

 大きな被害の出ない攻撃で、シンドラ軍としては疑問符ばかりが頭の中に浮かぶ。

 長い列が、いつまでも自分たちの周りにいる状態は不思議な状態だった。

 そして、ミランダ部隊の後ろを走るフュンの部隊も同じような行動をしていたので、列は更に長くなる。


 一万二千の兵が、五万五千の兵の周りを走っている。

 包囲もせず、ただグルグルと回って、列の一番手前に敵に攻撃しているだけだ。


 「さあさあ。どうすんだ。アステルって爺さん。あんたは優秀かな」


 ミランダは、相手の様子を観察していた。



 ◇


 シンドラ軍本隊にいるアステルと王の位置は、軍のど真ん中。

 最も安全と言える位置に二人がいた。


 「左右を広げて・・・後方には回さないように・・・いや、違うか。くっ。奴らめ。このために騎馬を先に消したのか。こちらにも騎馬さえあれば、足止めが・・・」


 アステルは、敵の狙いがただの嫌がらせだと思った。

 シンドラ側がどうやっても攻撃が届かない位置での、微妙な距離感でいるだけのサナリア軍は、嫌がらせ以外の何物でもない。

 騎馬に追いつくための足を消されたシンドラ軍は、全部が騎馬部隊のサナリア軍を止める方法がない。

 サナリア軍の一部でもいいから足が止まってくれれば、あとは数の違いで囲んでいけるのだが、こちらの速度程度ではあちらの騎馬兵を止めることが出来ない。

 なぜなら、あちらの騎馬部隊は武装しているのだ。

 人馬共に強固な鎧を着用しているために、あの速度で走る敵に対して有効な攻撃がない。

 数年前までは属国だった癖に、今は良い装備をしているのかと、アステルはシンドラよりも遥かに良い装備をしているサナリア軍に苛立ちを隠せずにいた。


 だから一つ呼吸を整えて、狂った戦略を元に戻すために一度全体を見直す。

 相手の大将フュン・メイダルフィアの考えがいい。

 口も上手いがそれよりも戦略が良い。

 フュン・メイダルフィアという男は、ただの生意気なガキではなく、素晴らしい考えを持った将である。

 まずは、この認識に変えないといけない。

 アステルは、フュンが改めて厄介な相手であると、思考から感情まで、全ての認識を変更したのだ。

 ただの若造なんかじゃない。巧みな戦術家であると、老兵アステルは頷いて顔を上げた。



 敵を認める度量もある彼は決して愚将ではない。

 だから・・・・


 「進軍を停止。全方位。盾兵を前面に出せ。それで攻撃を止め、弓兵を中間の位置に配置せよ。弓でとりあえずの牽制をする。ひとまず。盾兵は急げ!」


 対処の指示が完璧である。 

 

 

 ◇

 

 ミランダは、現在一周半して敵の右翼側面を走っていた。

 

 「ほう。やっぱな。盾で固めたか。あたしらは頭領たちのように弓は使えない。だから外目に一つ二つの盾を置けば、困る! 攻撃を通せないからな。という事をいち早く気付いたか。やはりアステルはやるな。侮れんのさ」

 

 敵は亀のように固まって、盾で身を固める。

 頑固として動かなくなり、ミランダたちを困らせていた。


 「しかしだな。それでいいのかな。爺さん。そんじゃ、あたしらは離れろ。走るだけにするぞ」


 ミランダは敵から離れた。

 距離にして、百メートルは離れて、同じように敵陣の周りをグルグル回り始めた。


 「これがフュンの罠だぞ。気付くか。爺さん!」


 ミランダはニヤリと笑いながら、馬を走らせていた。


 ◇


 アステルが、いまだ馬が走っているだけの状況に戸惑う。

 シンドラ本陣で敵の意図を考えては、悩みを繰り返していた。

 攻撃もせずに包囲走りをする理由はなんだと。


 「これはなんだ。盾を解除すればいいのか。それともその解除した瞬間にこちらに迫って攻撃してくるのか。罠か。それともただ走っているだけか。なんなのだ、サナリア軍の考えは?」


 アステルは非常に良い部分で悩んでいた。

 この意味のない包囲のような騎馬での走りの意味。

 その深い意味を知ろうとよく考える。

 だから分かる。

 意味がないと!

 ずっとグルグル回っていれば、いずれは馬が疲弊するだけである。

 それは彼らの有利な部分、騎馬での速度を失うだけだ。


 「意味がない。馬の疲労も考えない気か。サナリア軍は」


 ◇


 フュンとパースは、敵の動きを注視しながら、敵の周りを走っていた。


 「と考えるでしょうからね。パース。全馬の疲弊具合は?」

 「大丈夫です。徐々に減速をかけて、今はサナリアの騎馬にとってはゆっくりなペースでの走りです。上手く調整していけばあと数時間は走れます」

 「さすがです。パース。ええ、僕らの馬は持久力もつけてきたのですよ。サナリア平原とサナリアの山で育った馬です。これくらいの泥も大丈夫。それに、パースが育てたんです。相手は舐めていますね。こちらの馬たちをね」


 フュンとパースは本隊から速度コントロールをしていた。 

 先頭を走るミランダたちではなく、真ん中を走るフュン部隊が、馬の管理をしていたのだ。

 パースは一頭一頭大切に馬を育てた。

 それこそ、一頭一頭の体調を見極めることが出来るくらいに深い愛情がある。

 他の帝国領土の馬どもに負けるはずがないと、確固たる自信があるのが、サナリアの騎馬監督官のパースである。

 元はただの田舎の族長の男が、フュンの幹部となったのだ。

 

 「ではこの罠の意味。理解してくれるでしょうか。アステル! あなたが、対策をするまでの間の時間を稼がせてもらいます」



 ◇


 一時間後。アステルは、言葉を吐き捨てる。


 「長い・・・攻撃もせず、ただ走り回るだけだ」


 馬の走る勢いが変わらない。

 ずっと同じ速度でグルグル自分たちの周りを回っている事にだんだん苛立ちを覚えてきた。

 しかも攻撃もせずに、一体何の意味がこれにあるのだろうか。


 「これは、こちらからやればいいのだな。やるか。右翼。次に敵が右翼に来たら盾部隊が伸びよ。少し押し出すようにいけ。それに追随するように全体が右に移動する。このまま横陣が横に移動する形とする」


 選択したのは陣で横に押し出して敵に近づいて攻撃してみるだった。

 現状の意味のない固まった状態から動いたらどうなるのだろうかという実験のような指示である。


 「やるぞ。次だ」


 ミランダの部隊がシンドラの後方から右翼後方に移動していったその時、シンドラの部隊が横に移動していった。

 サナリア軍に近づいていき、騎馬部隊に攻撃を仕掛けようとする。



 ◇


 一定距離でいたミランダ部隊に、突然として変化が起きた。

 軍が上下に一瞬だけ別れて、その隙間から高速騎馬部隊が現れたのだ。


 「ようこそ。狩人の部隊へ。くらいな。強弓だ。インディ。お前らは斉射だ」

 「うっス」


 たったの一言の返事からインディは速射した。

 インディは速射の名人である。

 フィアーナよりも矢を放つのが速い。

 さらに、次弾装填も早い。連射性能もよいのだ。

 

 狩人部隊三千から放たれる矢に、シンドラの盾部隊が盾を構えようとするが時すでに遅い。

 全速力で走る際に盾を疎かにした分、防御が間に合わなかったのだ。

 先頭を走る盾兵に矢が刺さっていく。

 その兵らに続いていた兵も、矢を回避しようとするが無駄だった。

 無数の矢は避けられない矢であった。

 だから、シンドラの兵は四番手ほどの位置の者たちだけが、前にいた兵が落とした盾を拾い上げて無数の矢から逃れようとした。

 大盾の裏に一塊になって、矢を防御する。

 だから、またシンドラの軍は停止状態となってしまったのである。

 亀のようになり、防御を固め始めた。


 「ちっ。結構早くに防御に出たな・・・よし、下がるか。インディ。離れるぞ」

 「おっス」

 

 フィアーナの部隊は、元居たミランダ部隊の右側面に入った。

 

 彼女たちがそこに入る理由は、フィアーナの部隊が隠れる為である。

 相手から見るとミランダの部隊の右側面は奥側になるために目隠しされた状態になるのだ。

 これにより、いつどこのタイミングで、フィアーナの部隊が出現するか分からなくするのだ。

 彼女の弓攻撃が脅威であることをシンドラが気付いてるからこそ取る戦術である。


 「さて、攻撃ポイントはどこだろうな。あたしらが飛ぶように走って攻撃しなきゃな」


 そうフィアーナは、攻撃できる瞬間に移動を速めて、即座に敵の近くに行って狩ってやろうとしていたのだ。

 さすがは飛翔と呼ばれるだけあって、その移動は本当に空を飛んでいるようなのだ。


 「頭領」

 「あ?」

 「長いっス」

 「ん?」

 「走ってるのっス」

 「まあな。たしかにな。かれこれ一時間以上はやってんのか。ゆっくり走ってるけどよ」

 「気付いてないっス」

 「ん?」

 「敵っス」

 「敵が気付いていない? ああ、こっちが微妙に減速し続けている事か」

 「そうっス」

 「そうか。こいつらの感覚では同じ速度で走ってると思ってんのか」

 「みたいっス」

 「そうか。お前、よく相手の事を気付いたな。インディ」 

 「うっス」


 褒めてくれてありがとうっすの、『うっス』であった。

 

 

 ◇


 「これは・・・・そうか。あの小僧。そういうことか」


 アステルは解決のための一本の糸口を発見した。

 でも見つけたのに、そこに気付いた瞬間アステルは苦虫を噛んだような顔をした。


 「奴らの行動。これは足止めが目的だ。我々が攻撃をしようとすると攻撃してきて、防御をし始めるとただ周りを回るだけ」


 アステルは怒りながら独り言を言っていた。


 「つまり。ここから動かなければ、奴らは攻撃をしない! 時間が経てばいいと思っているのだ。ならば逆をやって、相手を引き出す。こちらが先手を取ろう」


 ここでアステルはフュンの真の狙いに気付いたのだった。


 フュンの狙いは決して嫌がらせが目的ではなかった。

 敵の足を止める。

 それが目的であった。 

 その狙いに気付いただけでもアステルという将軍が非常に優秀な指揮官であることが分かる。


 ここから、戦いに変化が起きていく。

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