第211話 ミランダの弟子 フュンの口撃
前日。
六万ものシンドラの兵が帝都の南にある都市ククルにやってきた。
彼らは帝都を落とすために、まず背後の安全を確認する。
ククル付近に一時滞在して、兵が出撃してくるかを見極めた。
彼らの予想通り。
ククルにはシンドラの大軍と戦える数がおらず、何もして来なかったのだ。
だから、シンドラ軍は通告して、ここを通っていった。
『もしも、お前たちが戦うのだとしたら、我がシンドラは都市ごと攻撃する』
そう言い残したらしく、ここにシンドラの自信が垣間見えていた。
その後シンドラ軍は目標地点へ移動を開始。
帝都へ行くためのマールダ平原手前に到着すると同時に本陣を置いて、そこからさらに進軍を開始して、帝都までシンドラ軍は進もうとしていた。
しかし、その途中、帝都が見えるくらいの位置でシンドラ軍が突如として止まる。
帝都軍は籠城を選択すると思っていた。
なのに、目の前には兵がいる。野戦を仕掛けるつもりだ。
なぜか、帝都手前に謎の軍が陣を敷いているのだ。
戸惑うシンドラの兵たちは、帝都への歩みを止めた。
◇
「来ましたね・・・・」
本陣にいるフュンは、隣にいるパースに話しかける。
「パース。君が僕の副将です。ごめんなさいね。本当は監督官がいいでしょうが」
「いいえ。俺なんかでいいのか不安です。でも頑張ります! ですが、作戦立案などは・・・無理ですよ。お役に立てません」
「役に立てない? いいえ違います。僕の隣にいてくれればいいのです。僕には大切な仲間がいるんだという安心感から力が出ます。僕は、あなたがいれば勇気が出ますから!!」
「そ、そうなんですね。わかりました。それじゃあ俺は領主様の力になるためにそばにいます」
「ええ。ありがとう。では、戦いますよ。その前に相手の顔を見ないと、パース来てください」
「はい。お供します」
騎馬で前へと進んでいくフュンは、本陣から先頭に出た。
相手の様子を窺うためである。
「さて、シンドラの王はどのような方でしょうか」
◇
シンドラ本陣。
軍最後方にいるマーベントと、大将軍アステルの会話。
「マーベント王」
「なんだ」
「一人先頭に出てきました」
「ほう。大将か。それとあれは帝国軍か?」
「わかりません。帝都軍には見えません。戦闘服が違います」
「・・・じゃあなんだ?」
「見たことのない装備と、立派な軍馬を持つ軍であります」
「…どこの軍だ」
二人が悩んでいると、伝令兵がやって来る。
「王。大将軍。サナリア軍です。私たちの前を塞いでいるのは、サナリア軍であります」
「サナリア軍? あの属国もどきが軍を持っていただと」
シンドラの王は答えた。
帝国の新たな領土となったサナリアの情報は、帝国全土にも情報がない。
実は、サナリアから一番近い都市の帝都の人々にもあまり知られていないのだ。
帝都民が知っているサナリアの情報は、領主がフュンである事と、そこに『ローズフィア』と『アーベン』という二つの都市があるくらいしか知らないのである。
それに合わせて、帝都ではたまにそこに住みませんかの募集があったりするわけなのだが、未知なる場所へ行きませんかみたいなふわっとした就職先案内みたいな募集方法であるので、皆が躊躇する点があるのは、フュンには内緒だ。
こんな風な情報だけなので、当然御三家の領土の者たちも詳しくサナリアを知らない。
だから、帝都の民すら知らないのに、属国であるシンドラが知るわけがないのである。
皇帝との詳しい連携をしていない連携によって、情報は帝国全土には知られていないのであった。
「慌てる必要はない。奴らは、賊のよう輩だ。それに元属国でそれほど兵はいないはずだ? 奴らはたしか二万が限度だったはず」
前回のズィーベの軍量の事である。
昔のサナリアの情報はさすがに属国であっても知っている。
「どれくらいだ。今、目の前にいるのは」
アステルが伝令兵に聞いた。
「一万五千です。全軍騎馬部隊です」
「ほう。騎馬か。あそこは確かに馬の話は聞いたことがあるな」
シンドラの王は、頷いた。
「マーベント王。我々の半分以下です。油断をしなければ、勝ちます」
「そうだな。アステル。頼んだ。前線に行きなさい。挨拶をしてくるといい」
「はい。おまかせを」
アステルはフュンと同様、軍の最前列へと向かった。
◇
「そこを通したまえ。そちらの軍。数が少ないようだが」
シンドラ軍の先頭に立ったアステルが、サナリア軍に向けて発言した。
道を塞ぐように布陣しているサナリア軍に、遠回しにどけろと嫌味付きで勧告した。
「そちらこそ。こちらを通るのに数が少ないようですが? 通行するにはもう少し必要かと思いますよ」
フュンは返事を返した。嫌味をそっくりそのまま返す。
六万の軍に対して使う言葉じゃないだろう。
それがシンドラ軍の人たちの思いだが。
サナリア軍は違った。
俺たちと戦いたかったら、あと四万は連れて来い。
ここに十万並べてから、こちらが少ないと言え。
という心がサナリアの兵士たちにあった。
「な、何を言ってる。この軍の数。違いを理解できぬのか。貴殿は」
「ええ。分かっておりますよ。こちらの軍とそちらの軍は同じです」
「わかっていないではないか!」
「いいえ。わかっておりますとも。そちらの六万。こちらの一万五千。同じであります」
「な、なに? 数が違うことをわかっているじゃないか。なら同じなわけがないだろ。それとも数が数えられないのか、貴様は!!!」
「はい。同じであります」
フュンはわざとらしい言い方で、次々と言葉を出していた。
こちらの思惑の方に誘導されている。
そこに気づかないアステルは、フュンの言葉に飲み込まれていた。
「我々、サナリア軍は、数が少なかろうとあなたの六万の軍と同じ強さであります。なので、あなたの軍がここを通ることはありません。同じ力でぶつかると。どうなるかは。あなた様の方がご存じでは? 名もなき方よ。あなたがどなたかを名乗って頂けていないので、私が話している方がどなたか知りません。さて、どなたなのでしょう・・・か?」
と言っているフュンは、すでに相手を知っている。
相手がアステル・リービンであることを知っているのだ。
でもあえて知らないとして挑発をする。
それはなぜか。
この男……非常に優秀な男であるが、唯一の弱点がある。
それが。
「ふざけるな。貴様。このアステルの名を知らないのか。シンドラの秘宝アステル・リービンであるぞ」
自尊心が高いのだ。プライドの塊である。
「・・・シンドラの秘宝・・・ほうほう。聞いたことがありませんな」
それもフュンはすでに知っている。でも馬鹿にする。
「それはどこにあるお宝なのでしょうか。川ですか? 海ですか? シンドラは、両方にいけますからね。もしかしたらお宝は流されてしまったのではないですか? 帝国には、その名が届いておりませんな! あ! 申し訳ない、秘宝ですからな。それは秘密であったのですね! これは失敬」
「あ、青二才が。減らず口を!? き、貴様こそ誰だ」
自分の半分以下の年齢のものに馬鹿にされる。
アステルは相当頭に血がのぼっている。
「そうですね。私をご存じないのはいけませんよね。川の秘宝とやら」
「知るか。たわけが」
フュンだと知っているだろうに。自分に対抗して返事を返さない男。
やはり確定である。
ズィーベほどじゃないにせよ。
自尊心が高く、煽りに弱いと見た。
フュンは更に攻勢に出る。
「海の秘宝とやら。それは属国の将としては、よろしくありませんぞ。ほら、私の名を言ってみなさい。まずいですぞ。宗主国である帝国の将の名を言えぬのは! ほら、たったの一人。私の名だけでいいのです。言ってみなさい」
「し、知らんわ。貴様のような男など。シンドラでは誰も知らん」
「は? それはまずいですぞ。シンドラの民よ。そちらの兵の諸君。この私を知らない? 本当の所どうなんです? 兵の皆さん。本当に私を知らないのですか。それは大変危険ですよ。知らねば、大変な目にあってしまいます。帝国の将の名を言えぬ属国の兵など。どうなってしまうのかをご存じないのですか」
フュンは兵に語り掛けた。
「この私はそれを良く知っておりますよ。ええ、もちろん。元は皆様と同じ属国の人間でしたからね。ですから、親切から忠告しているのです。あなた方。この帝国の将の名を言えぬのであるならば、皇帝陛下への侮辱となり、この世からその身が消滅してしまいますよ。私の名を言えぬのですか? 本当ですかな」
フュンの言葉の後。
『ガヤガヤ・・・ガヤガヤ・・・』
兵らが話し合っていた。知っている者や知らぬ者、一律に話し合う姿は、フュンの術中にはまっている証である。
なにせ、肝心のアステルが話している途中なのに、周りでは一兵卒が話しているのだ。
「貴様。その口を閉じろ。若造が」
「閉じたら名前を言って頂けると。それならば閉じておきましょう。はい、今から三十秒閉じてみせます・・・1・・2・・3・・」
閉じていなかった。閉じる気もなかった。数を数え始めたのだ。
「貴様ぁ。馬鹿にしおって。下がる! そこで待っていろ小僧! あとで必ず引きずり出してやる」
頭に来てもアステルは、突撃してこず、王に許可を求めに本陣に戻っていく。
「4・・・5・・・6・・・7」
フュンは、アステルが下がっても数を数えた。
「・・・28・・・29・・・30」
予定の時間になると。
「さて、返事を頂けますかな。あれ。アステル殿がいませんね」
居なくなったのを知っているのにまだ話す。
フュンの標的はここで変わったのだ。
「ではそちらの兵士の方々。私の名前を知りませんか? 言って頂けたら、陛下には、あなたたちが失礼な方たちではないと、お伝えしておきますよ。どうでしょう。私の名を知らねば、まずいのですよ」
兵に語り掛けた。
「フュンだ」「・・・メイダル」
ぼちぼちと兵士から声が聞こえる。
でも戦場でその声は小さい。しかしフュンの耳はとても良いので聞き取っていた。
「聞こえませんぞ。それはまずい。大変だ。ほらほら。もっと大きな声で」
聞こえているのにわざとらしく切り返す。
「フュン」「メイダルフィア」
だんだん聞こえるようになってきたがフュンは聞こえないふりをする。
「ああ。大変だ。皆さん。私はね。あなたたちの為に言葉を濁してきましたが、真実をお伝えしましょう。あなたたちは、属国の人間ですよ。この反乱。失敗すると何が起こるかご存じですか」
「・・・・・・・・・」
相手の兵が静かになった。何故か相手の兵はフュンの言葉を聞き始めたのである。
フュンが相手の兵をコントロールし始めた。
「ご存じないようで。教えましょう。消滅です。あなた方の国が。このアーリア大陸の地図から消滅するのです!」
『ガヤガヤ・・・』
兵たちが少しずつ慌て始めた。
でもその中でもフュンの言葉を信じないものは反論などしていたが、フュンはそんなこと構いもせずに話し続ける。
「ええ。信じられないでしょう。ですが、ここで私の経験から来る。金言を聞いていただきたい。私は、以前属国の王子でありました。サナリアが反乱した当時。私は陛下から言われたことがあるのです。もし、帝国に一歩でもサナリアの軍が足を踏み入れたのならば、サナリアを消すと。この世から消すと言われたのです」
「・・・・・・・」
「わかりますか。この世から消すのです。それも兵じゃないですよ。都市がですよ。国がですよ。お分かりになりますか?」
衝撃の言葉にまた静かになったシンドラの兵だった。
「だから皆さん。私に無礼を働くと、陛下の代理たる私を傷つけたと。この出来事は陛下の耳へと伝わるのです。ということはだ。あなた方。私の名を言えぬとなると、あなた方の国は滅ぶかもしれませんよ・・・いいえ。地図上から消滅してしまうかもしれません。そんなことは回避した方がいい。なので、皆さん。もう一度お聞きします。私の名は何でしょうか?」
一つの沈黙の後。シンドラの兵は必死になった。
「フュン!」「メイダルフィア!」
至る所から声は聞こえる。だが、バラバラに聞こえていた。
届いている声なのに、フュンはもう一度促す。
「ええ、それでは聞こえませんな。では、私が音頭を取ります。数字を数えますので準備をしてください。5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・はい。私の名前は」
「「「「フュン・メイダルフィア」」」」
敵の恐怖心を煽る。
敵の心を縛るこの男の名は、サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアである。
ミランダの最高傑作は、口でもまた誰にも負けないのだ。
「よろしい。では聞け! シンドラの兵よ」
フュンの声が優しいものから、凛々しい声に変わった。
「貴殿らは、この帝都を攻めるべく出撃した裏切りの国……シンドラ王国の兵たちである!」
裏切り者は貴様らだ。それを実感してもらわないといけない。
「そして、貴殿らの目の前に立つ。この私。フュン・メイダルフィアは!」
フュンはこれまでで一番の声を出した。
「ガルナズン帝国皇帝エイナルフ・ヘイロー・ヴィセニアに代わって、皇帝陛下直轄軍を指揮している。サナリア辺境伯である!!! 皇帝陛下の最高の盾にして、最強の矛である。この私に! 挑むのだな。シンドラの兵よ! 皇帝陛下そのものと戦う覚悟があるのだな。シンドラ王国よ!」
シンドラの兵は震えはじめた。
戦う相手が皇帝陛下そのものであり、その軍であることを実感し始めた・・・。
「返事がないようだな。ならば戦うという返事でよいな。では、私はいつでもシンドラの挑戦を待つ。さあ、かかって来るがよい! シンドラよ! 陛下の代わりを務める私を倒す勇気があるのならばいつでもよいぞ。かかってきなさい。そして、我がサナリア軍よ。目の前の兵たちは裏切り者である! 準備せよ。サナリア軍。我らは皇帝陛下の直轄軍。陛下を守護する! サナリア軍であるぞ!!!」
正当性はこちらにある。裏切り者は許さない。
フュン・メイダルフィアの言葉は、相手への威圧と自分たちの鼓舞である。
「「「「ああああああああああああああああ」」」」
大人しくなった敵兵に対して、威圧のような声を上げたサナリア軍。
数は三分の一以下でも、迫力のある声だった。
敵兵を巧みにコントロールして、相手の軍の士気を挫きながら、こちらの士気を爆発させた。
フュンの言葉は両軍の士気を明確にした。
フュン・メイダルフィアが育てた最強の軍。
サナリア軍の真の力を見られるのが、この524年に起きた出来事『シンドラの反乱』からだった。




