第210話 サナリアの騎馬隊到着
帝国歴 524年6月8日。
帝都の東の入り口にて。
フュンたちは遠くに見える騎馬隊があっという間に移動してきたことに満足げであった。
自分たちの騎馬が、この泥のように重たい土をものともせずに走っていたからだ。
脚力が通常の騎馬を上回っているのが確実に分かった。
「素晴らしいですね。これほどですか」
「そうみたいなのさ。立派に育てたようなのさ。パースがな」
「ええ。彼のおかげです」
フュンとミランダが話していると、そこに先頭のフィアーナが到着した。
「大将! 連れてきたぞ」
「ええ。フィアーナありがとうございますね。お疲れでしょうから、皆を休ませてくださいね」
「おう」
フィアーナにお礼を言った後、フュンは人を探した。
「パース、パースはいますか?」
「はい! 領主様」
馬群の中央からパースが出てきた。
「パース。馬全体の疲労はどうですか」
「この程度は大丈夫だと思います。普段からもっと強めの訓練をしてますからね。裏山なんてこの三倍くらい重い土ですから・・・これくらいは準備運動ぐらいじゃないでしょうか」
「素晴らしい。パース。このまま従軍してください。体調を見極めてほしいです。具合の悪そうな馬は、あなたが管理して欲しいです」
「わかりました。そのようにします」
パースへの指示を展開した後。
「ええ。フィアーナ。戦いますからね。時間がありません。おそらく。明日くらいに敵が来ます」
「敵か。あたしらが暴れていいんだな」
フィアーナが馬から降りた。
「はい。それも騎馬で暴れます。よいですね」
「もちろんだ。大将!」
「では、天幕をお借りしたので、帝都城南に陣を作ります。皆への指示を出した後、フィアーナはそちらに来てください」
「了解だ」
フュンの指示を得たフィアーナの狩人部隊とゼファーの部隊の一部が、協力しながら陣を作成し始めた。
この手際の良さも帝国の中でもトップクラスかもしれない。
◇
陣完成後。
幹部会。
フュン。ミランダ。フィアーナ。パース。レヴィの五人が集まった。
「レヴィさん。まず第一にどうでした?」
満を持して影から出現したレヴィが報告する。
「ええ、帝都城。帝都に影の気配なし。これは予想通りです。太陽の戦士らでも探しましたが、気配はなしです」
「そうですか。なしですか」
「はい。ですが、これは偽装術ではないかと思います」
「偽装術?」
「そうです。帝都にいるナボルは、もはや傭兵集団ヤマトの戦い方をしていると見ていい。私どものドラウドとは違うかもしれませんよ。あれは本格的なワルベント大陸のヤマトの忍びに似ているかもしれません」
レヴィの予想は、忍びの技のひとつ。
『なりきる』である。
別人になりきるというあいまいな表現だが、中々優秀な技だ。
性格や役職などを自分で設定して演じるのだ。
役者になって、他人を演じると言ってもいい。
「・・・そうですか。なるほど。人になりきる。ということですね。例えば、メイドや執事など。兵や将などですね。役職などに?」
「そういうことです。奴らの中に、一般人と溶け込んでいる者たちがいて、闇の雰囲気を出していない。これらは見つけにくいです。ええ、影から見つけ出すよりも難しいですね。動きで発見していくしかない。サブロウらと似たような動きをするかどうかの確認をするしかないですね。例えば、この歩行などで」
「ああ。なるほど。移動方法ですね。わかりました。レヴィさん。ありがとう。こちらも気を付けます。あなたはまだ調べを続けてください」
「はい。わかりました」
レヴィの報告が終わると、次にフィアーナが発言する。
「おい。大将。あたしはどうすんだ」
「ええ。それは今から言いますよ。少し待ってください。今サブロウが来ます」
フュンは太陽の戦士として成長していた。
この三年。
黙ってサナリアに引っ込んでいた間に、レヴィからの指導をもらっていたのだ。
フュンは太陽の人であるが、太陽の戦士にもなろうと努力した結果。
気配感知が鋭くなったのである。
サブロウが陣の中に来たことを、彼を見ないで感知した。
そして、そのまますぐに彼が本陣に到着してくることが分かっている。
「サブロウ」
「おうぞ。見てきたぞ」
フュンがサブロウの入室と同時に声を掛けた。
「ありがとうございます。どうでした」
「敵、六万。内騎馬は五千だぞ。進軍速度からいって明日ぞ」
「なるほど明日ですね・・・それと五千ですか。まあまあいますね」
「ああ。あと。馬のコンディションが良さそうに見えなかったのだぞ」
ここでパースが質問する。
「サブロウさん。それは汗? それとも歩行がズレている?」
「ん。そうぞな。汗ぞな。一部の馬が異様に発汗していたぞ」
サブロウは、軍偵察時にいた騎馬部隊の馬の体調を見ていた。
歩行はいいが、発汗があったのだ。
「なるほど。発汗ですね。どれくらいの発汗かによってですが。おそらくは体調が悪いと考えてもいいかもしれない。領主様。騎馬を先に倒しますか」
「ん? 先にですか」
「はい、サナリアの軍馬は、現在体調がいいです。それに加えて、強靭な足腰をしています。俺はここに力を入れて育てましたからね。おそらくシンドラの軍馬とは速度もスタミナも違うはずです」
「パース?」
フュンを見つめるパースの目が光り輝いていた。
馬の事になると他に目が映らないらしい。視線が離れない。
「それで、サナリアの通常の軍馬よりも、早く走れる馬を三千用意しました。俺はこれをサナリア最速騎馬隊としています。俺は、これが帝国一の最速の騎馬隊だと、自信を持っています。速いですよ。たぶん、領主様でも乗れないかもしれないです。サナリアの民でも選ばれた者しか乗れない」
パースの誇り。
それは馬である。彼は大好きなのだ。
馬を強く育てることも愛でることも両方を大切にしている。
「なるほど。相手が五千。それでいてこちらは三千の騎馬ですね・・・」
「領主様。数の差が二倍近くあっても、その速度の差が二倍以上だと思っています。ただ、それに乗るのは、じゃじゃ馬に乗るのと同じなんです。そこで、フィアーナさんの狩人部隊であれば乗りこなせます。全力解放してもらいましょう。今彼女の精鋭部隊に乗ってもらってるので、それの全力を出してもらえれば、相手の機動力を奪えるはずです。しかも相手の馬の調子が悪いのなら、ここがチャンスじゃないでしょうか。初戦で足を奪うのですよ」
「なるほど。ここはパースの提案に乗りましょう。フィアーナ。暴れ馬に乗ってる部隊・・・全力を出せますか?」
フュンはフィアーナに指示を出した。
「おっしゃ。いいぜ。んで、その先頭はあたしでいいんだな」
「ふっ。当然ですよ。あなたじゃなければ、誰が狩人部隊を指揮できますか?」
「ああ。あたしに任せろ」
フィアーナとフュンは同時に笑った。
「そうですね。こうなると・・・フィアーナに三千ですね。そして、ミラ先生に五千。僕が七千を指揮しましょう。僕が真ん中です。フィアーナかミラ先生は当日の敵の配置によって変えましょう。フィアーナは、相手の騎馬部隊の正面に置きます」
「わかった。それでいくか。まかせろ大将」
「ええ。お願いします。今回は、フィアーナが先陣を切ります。そして次にミラ先生が彼女の支援。そして僕がその支援の支援です。全体で移動しながら敵を攻撃します。騎馬特有の戦法で相手を混乱させていきますよ。相手が引けば、それで僕らの勝ちです。初戦の目的は敵の後退です」
「「了解だ」」
二人の将が、納得したことで作戦会議は終了した。
その後すぐに、別な会議が開かれた。
「サブロウ。大陸全体はどうなっています。影の報告は・・・」
「そうぞな。各都市の影からの連絡は、かわりないだったぞ」
サブロウに集まった影の情報は、変化無しだった。
戦争状態に入ったと同時に反乱状態に入った帝国。
何かしらの異変が起きるかと思われたが変化がないのである。
「変化なしですか。これはレヴィさん」
「そうですね。やはり。変装いや。この場合は、本人というか別人格になっているということですね」
「そうでしょうね。普通の人として、変わりなく帝国に馴染んでいる。帝国人となっている。そう考えていいのですね」
「そういう事です。やはり太陽の戦士とは違い、別な戦いが上手いようです」
「はい。僕もそう思います。敵は頭を出さない・・・そういう風な可能性を感じますね」
敵は思った以上に表に潜んでいる。
影でコソコソしているのではなく、堂々と表にいる気がする。
フュンとしては、逆に表に出てきている敵にどう対処するか。
目の前の戦争と同時にナボルとの戦いを考えていたフュンであった。
見つけたアジトに行っても意味がないだろう。
あそこには実行部隊の影と黒幕の一人しかいないのだ。
それだけは知っているフュンは、ここで攻勢に出るわけにもいかなかった。
「仕方ありませんか。ここは目の前の事を対処して、事がどういう風に動くのかを見極めねばなりませんね。そこで僕も相手に対して・・・・」
「おい。フュン。あたしはこの戦争自体が怪しいと思うのさ」
ミランダが人差し指でテーブルを叩いた。
「ん? 先生。どういうことでしょう」
「サナリアの時みたいにタイミングが良すぎじゃないか? このタイミングはきつい。帝国にとってな」
「たしかに。そうですね」
「それになのさ、奴らの六万もの兵、これは急には集まらんよ。前もって用意しないといけない。しかも帝国に隠して兵を用意するという事は、どっかに隠し場所があるな。それに最初から王国の動向が分かっていないとな。今の状況を作れないぞ」
「・・・なるほど。そうか。ヌロ皇子の時と一緒ですね」
「そういうことなのさ。あの事件とほぼ似ている。誰かの連絡があったか。それとも・・・」
「それとも?」
「ナボル自体が、直接シンドラにいるかだ。さっきのレヴィの話でも、潜んでいる可能性があるならよ。中の大臣とかにいるのかもしれんのさ」
ミランダの予想に皆が驚いた。
だが驚いていても、それが正しい様な気がする。
「なるほど。そうか。国自体がナボルに操られている可能性がある、ということか。そうなるとナボルは属国を操って。そうだ。ラーゼだって……まずいな。なんだか嫌な予感がする……でもまあ、どちらにせよ。目の前の出来事に対応していかないと駄目ですね。まずは敵の軍を壊滅させてシンドラの解放を目指さないといけないですね」
「そういうこった。でも敵にナボルがいると思って、色々気をつけていこう。レヴィ! あんたは表では影になっておいた方がいい。もしかしたら、戦いの最中にフュンを狙ってくるかもしれない」
「ミランダ。あなたの言う通りだ。私は太陽の下にいます」
レヴィは天幕の中なのでまだ姿を残していた。
「そうしてくれ。あたしとサブロウは、あえて表に出てフュンを護衛する。でもレヴィが敵に見つかっては駄目だ。レヴィが切り札だからな」
「そうですね。レヴィさんは僕らの太陽の戦士の隊長ですからね。相手に気付かれない方がいい。仕留める時だけ、殺す時だけレヴィさんは出てきてください」
「はい」
フュンたちは全員で納得してから次へと進む。
「よし。まずやるべきことは、明日ですね。とにかくシンドラを何とかしないといけません。では、明日。皆さんで一度撃退しましょう」
「「「おおお」」」
フュンたちは明日。
野戦であるのにこちら側の数が少ない戦争をしなくてはならなかったのだ。
野戦で数の不利を覆す。
この戦いは、非常識であると言える戦いであった。
歴史の教科書にはこのように書いてある。
フュン・メイダルフィアの戦略は。
頭脳や腕力。武器の質や兵数。
それらだけを元にして組み立てられるものではない。
彼は口すらも武器であると言った。
あらゆる手段で敵と戦うフュンの最強の武器は、口である。
なにせ、彼はあの混沌の奇術師の弟子であるのだ・・・。
口下手なわけがないのだ。
戦いは、宣言から始まる。




