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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
大戦の裏側 太陽の奔走

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第209話 自慢の婿殿だと言わせてみせよう

 エイナルフの自室に来たのは、フュン。ミランダ。サブロウの三人である。

 レヴィはフュンの影に入り、この場にはいるが出現することはない。


 「陛下。お久しぶりであります」

 「婿殿。もう少しこちらに来ても良いだろう。サナリアに居すぎではないか」


 フュンの挨拶にエイナルフは軽いジャブを当てる。

 なかなか帝都にやってこないフュンに対する嫌味である。

 たまには顔を見せろ攻撃だ。


 「たしかにそうですね。ですが、子守りで・・・」 

 「わかっている。シルヴィアではな。おそらく無理だろうな」


 皇帝の言葉の後に発言したのは、ミランダだった。


 「ああ。そうなのさ。エイナルフのおっさん。お嬢には無理無理」

 「ふっ。相変わらずだな。オレンジの娘。余の前でもそれを貫くか」

 「ああ。もちろんなのさ。あんたからは別に金しかもらってねえしな。こっちはやることやってんのによ」

 「そうだな・・・それで、こっちのが例のサブロウだな。優秀だと聞いているぞ」


 ミランダの隣にいたサブロウを指差して、皇帝が質問した。


 「そうぞな。まあ、おいらがサブロウだぞ」

 「ふっ。さすがはオレンジの娘の仲間。ウォーカー隊。余に会っても態度は変わらずか」

 「変えた方がいいのぞ?」

 「いや、余は別にいい。好きなようにしてよい」

 「ならこれでいくぞ」


 サブロウもミランダもいつも通りであった。

 やはり皇帝陛下の器が大きい。

 フュンは、エイナルフの心の広さを再認識した。

 

 「それで陛下。事情をお聞きしにこちらまで来ました」

 「うむ。だが、その前にだ。婿殿! やけに来るのが早くないか。こちらが関所に連絡を入れた日から婿殿が来たのは三日だぞ。計算がおかしくないか」

 「いえ。おかしくないですよ。僕らの関所。あそこから僕らのローズフィアまでの移動時間は一日もないんです。それに僕は軍じゃなく、少数で来ましたからね」

 「ん? そこの移動距離は、三日はかかるのではないか?」

 「はい。二日から三日かかるのが以前のサナリアです。ですが現在。関所からローズフィアまでの道は完成しているので、一日もかからずして関所まで行けます」

 「なに?」

 「陛下。そこの道路だけは作れたのですよ。安定した道です。人が歩く道以外にも整備された馬道もあるので速度が出せます」

 「四年でか」

 「ええ。作れました。ただし、まだ途中であります。第二都市。両村。こちらの三本の道がまだできていません。それに、余裕が出来れば、帝都から関所までの道も作りたいですね。だからまだまだですね。僕のサナリアはね。陛下の帝都に比べれば。本当にまだまだです」

 「ははははは。そ、そうか」


 どんな事があっても動じない皇帝であっても、さすがに乾いた笑いしか出来なかった。

 まだ発展させる気があるのかと。


 「それで、陛下。急な呼び出しはどのような内容で」 

 「うむ。それでだな・・・」


 たったの一言しか連絡を入れていないのに、全てを信頼して防衛に来てくれる男に、皇帝はつい嬉しくなり返事をしながら微笑んだ。

 ここで皇帝が、経緯の説明を入れた。


 「シンドラが!?」

 「そうなのだ。六万の軍で進軍中だ」

 「・・・ヒルダさんは!」

 「ハハハハ」

 「????」


 第一声がそれか。

 エイナルフは、まず人の心配をする婿殿に笑うしかなかった。


 「婿殿。心配はそこかな」

 「ええ。心配です。彼女は人質。そして僕の友達。お守りしたいですね・・・ですが、シンドラにいらっしゃるのですか? こちらに来ていなければ命は助かるかもしれませんが・・・もしこちらに来ているとなると、殺される恐れが・・・・」


 エイナルフは、わざとヒルダの事を抜きにして説明したので、フュンの考えは通常のものであった。

 人質として本国に帰っているのなら、無事で。

 帝都に滞在しているのなら、死だ。

 この二択だと思っているのである。


 「婿殿。少し待て」

 「え?」

 「来てくれ。姫」

 「はい」


 エイナルフの自室の仕切りの向こうからヒルダがやってきた。

 フュンの目が点になる。


 「……ひ、ヒルダさんがここに・・・なぜ?」

 「ハハハ。婿殿。驚いたかな」


 実は、エイナルフはイタズラ好きなのである。

 人の驚いた顔が好きなのだ。

 ここにジークと似ている部分がある。


 「ええ。とても驚きましたよ。なぜここに??」


 エイナルフが笑っている間に、ヒルダがフュンに話しかける。


 「フュン様。まだ私を友人だと・・おもって・・・くれ・・・」


 フュンがヒルダの話を遮った。


 「当り前ですよ。何を言おうとしているんですか。あなたは僕の友達だ。これからもずっとです。その先は言ったら駄目ですよ。あなたから突き放されたら諦めますが。僕からあなたを見捨てることはないんです。信じてください。何があっても僕たちはずっと友達です!」

 「あ・・・ありがとうございます・・フュン様」

 

 今、一番欲しい言葉をもらったヒルダは、涙をこぼした。

 味方のいない状況になって、帝国で一人ぼっちになったのだと心細さがあったのだ。

 そこに温かい言葉が心に刺さり、ヒルダの目からは勝手に涙が流れていた。


 「そ、それで、なぜ陛下が彼女をここに匿っているのです?」


 フュンは、彼女に静かに泣かせてあげようと話を展開する。


 「婿殿。情報源は彼女なのだ」

 「な、なに!? え。じゃあ、使者としてヒルダさんが来たんですか」

 「そうだ。あちらが送ってきたのが彼女だった」

 「なんだと・・・許せない・・・陛下。お話、少し待ってください」


 フュンの顔を見たら背筋が凍る。

 それは皇帝陛下も、ヒルダも、サブロウもミランダもだ。

 フュンから発せられる怒りのエネルギーを恐れたのだ。


 それは、とてつもない怒りだった。

 彼女にそんな重荷を背負わせて。さらに彼女の苦悩を考えない非道なやり方に、頭に血がのぼったどころじゃなかった。

 フュンの表情も冷たい表情になっていた。


 「壊滅させます」

 「ん?」

 「何もかも、全て壊す」

 「ど、どうした。婿殿」

 「ヒルダさんを苦しめたシンドラ。その王。その軍。全てを破壊して、帝都を守り切ります」

 「・・・ど、どうしたのだ」

 「僕は許せそうにない。僕は彼女と同じ人質だった人間。だから彼女の苦悩が分かる。この国と板挟みになって。そして母国を救いたいと思っても、救えない。悔しい気持ち。そして、見放されたのだという悲しくて悔しい気持ち。そんな思いをさせているのにだ。彼女を使者にしただと・・・ふざけるなよ。この国に仕える気持ちでこちらの人質としてきたのに、その国に母国の裏切りを伝えろだと・・・ありえない所業・・・許せん・・絶対に。許さない」


 最初はまだ怒りを抑えていたフュン。

 でも話していく内にどんどん怒りが湧いてきた。

 自分の事と重なっていることもあるが、何よりも友人のヒルダの気持ちを踏みにじる行為が彼の収まらない怒りに繋がっている。

 少し時間が経った後。

 若干心が落ち着いたフュンが話し出す。


 「僕の時よりもひどい。あまりにもひどい。だから壊します。ヒルダさん。よろしいですか」

 「え?」

 「僕はシンドラを破壊します。いいでしょうか」

 「そ、それは・・・どういう意味で」

 「僕の考えはですね。今のシンドラを破壊し、ヒルダさんをそこの領主に据えるのです。帝国に編入しましょう。シンドラ国じゃなく。シンドラという地方になりましょう」

 「はい?」


 ヒルダはあまりにも不思議な提案に混乱した。


 「陛下。どうでしょう。彼女を生かす道は、相手の軍。それと相手の王の破壊が重要です」

 「・・・どういうことだ。婿殿」

 「シンドラの王がこのままここに来ると、シンドラは消滅だ。そうなるとヒルダさんの心が死にます。物理的にも苦しいかもしれませんが、何より心が死にます。シンドラの消滅が決定したらそうなるでしょう」

 「・・・ん? 消滅?」

 「陛下。考えてみてください。これは、僕の時と同じようなもの。サナリアは一歩でも足を踏み入れたら死でした!」

 「そうだな。そういう約束だったな」

 「はい。そしてこの場合。シンドラには関所がありません。ということは、帝都に到達して初めて、シンドラの消滅が決定します」

 「・・そうだな。サナリアを基準にすればな」

 「はい。だから、帝都に来なければ、シンドラの消滅もなくなりますよね?」

 「そういうことか。ということはだ。婿殿。まさか」

 「そうです」


 フュンは全員の顔を見てから、答えを言った。


 「シンドラ軍を野戦で蹴散らします。完膚なきまでに破壊し、王を捕える! そして残念ですが、話してみて変わるかもしれませんが、基本は王を殺すしかありません。ごめんなさい。ヒルダさん。それでもよろしいですか」

 「え?」

 「あなたの父を殺さねば。あなたを救えない可能性がある。だから僕が倒してもよろしいでしょうか」

 「・・・そ、それは・・・」

 

 ヒルダは唇を噛んだ。

 ヒルダにとって、シンドラの王は父である。

 自分を裏切った王であっても父である。

 だから迷う。でも自分が生きるには死んでもらうしかない。

 そして、フュンの提案には可能性がある。

 自分が愛するシンドラが消滅しないで済む方法。

 それがフュンの提案である。

 帝都にさえ、シンドラ軍が来なければ、建て直す機会が得られるのだ。

 自分が領主になってしまう面があって不安もあるが、それでもシンドラは救われるかもしれないのだ。


 「僕は、あなたを守りたい。そして、あなたが愛するシンドラを守りたい。だって、ヒルダさん」

 「は、はい」

 「あなたは、僕とお話する時。いつもシンドラの自慢をしてましたよ。お魚とかね。色々な事を言っていましたね。僕はよく覚えてます。だからあなたは自分の国が大好きな人なんだって思ってましたよ。ええ、とても素晴らしい郷土愛です」


 フュンも自分の故郷が好きだから、彼女の気持ちに気付いていた。


 「・・はい・・恥ずかしながら・・・で、ですが」


 ヒルダが申し訳なさそうな顔になった。


 「ああ・・・あの時の田舎者発言ですね。まだ気にしてたのですね。大丈夫ですよ。僕は気にしてませんって」

 「ええ。ですが」

 「いいんですよ。実際に、あなた国よりも、遥かに劣っている。僕はかなりの田舎者なのですよ」


 昔のサナリアと、シンドラを比べてはいけない。

 シンドラは、大陸屈指の都市を持つのだ。


 「あの時のあなたは輝いていました。本当に故郷が好きな人なんだって・・・だから、守りましょう。このままではシンドラが地図上から無くなります。それは駄目です。悲しいかもしれませんが、あなたの父を王の座から引きずり降ろし。あなたに新たな領主になってもらいたい。申し訳ない。僕が倒すことになりますが、僕を信じてほしいです。あなたが領主になった時、僕が支援しますから。帝国だけじゃなくサナリアもあなたを支援します」

 「・・・わかりました。お願いします。シンドラを……私も守りたいのです」

 「ええ。まかせてください。僕に」

  

 ヒルダは決心した。

 自分の国を守るために、家族を捨てることを。

 ヒルダは可能性に賭けたのだ。

 自分が生き残るのではなく、自分の故郷が生き残ることを。


 「それで婿殿。どうやって勝つのだ。すでに進軍を開始しているらしいのだぞ」

 「大丈夫です。連絡弾を今出して、サナリア軍がこちらに到着するのが、騎馬隊で三日以内だと思います」


 すでにローズフィアに騎馬と軍が到着しているとフュンは考えていた。


 「なに。軍が。三日だと」


 エイナルフは計算が変だと驚いた。


 「大丈夫です。シガーなら、軍を二手にすでに分けている。騎馬一万五千をこちらに送り出す準備はしているはず。それに歩兵部隊はすでに走っているはずです。だから歩兵部隊も後から合流出来るでしょう」

 「・・・だが、婿殿。騎馬の一万五千が先に来てもだ。野戦を選択する気なのだろ?」

 「はい。帝都手前。ククルとの間のマールダ平原で、戦います。たぶん、帝都の城壁から見える範囲で戦うことになると思います」

 「・・・六万と。やり合う気なのか。一万五千の騎馬で。あの悪路でか?」

 「ええ、やりましょう。大丈夫。サナリアの騎馬は悪路も関係がないです。そこは、心配ご無用。僕のサナリアは、帝国一の騎馬を保有している。皇帝陛下の最強軍です。陛下、お見せしましょう。あなたの盾と矛である。このサナリア辺境伯フュン・メイダルフィアの力を。目の前でご覧になってください。婿殿は余の自慢だと! 僕は言わせてみせますよ。義父上!!!」


 立ち上がったフュンの顔を見上げるエイナルフは、今までの彼とは違う事に気付いた。

 絶対の自信があるのだと思い、妙に嬉しくなって笑った。

 頼もしい姿が、自分の二人の子と重なっていったのだ。


 


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