第207話 お留守番から始まる物語
帝国歴524年 6月5日。
サナリアの新都市ローズフィアにて。
「だ・・だぁ・・だだだだだ」
「イテテテテ」
子守りをしているフュン。
抱っこしている彼の腕に納まっているのは娘であるレベッカ。
フュンの顔をバシバシ叩いて喜んでいた。
父がそばにいるだけで、上機嫌な赤ちゃんなのである。
「あの! やめてくれますか。レベッカさん」
「だ!」
一言返事が返って来た。
今ので言う事を聞いたらしい。
小さな手の連続張り手が止んだ。
「はぁ。この子は、なんでこんなに僕に懐いているんでしょうか。シルヴィアにも少しは懐いてほしいですよ。悲しそうでしたからねえ。母親ですよ。彼女は! そこんところどうなんですか。レベッカ」
フュンがたかいたかいをすると、「む!」と言った。
母は駄目らしい。
なぜだ!
と思ったフュンの隣に、双子がやってきた。
「殿下!」「それ無理」
「「レベッカは殿下が大好き!!」」
ニールとルージュが突然現れる。
すると、レベッカが喜ぶ。
レベッカはフュンの次に双子が好きなのだ。
「んんん。そうなんですか。まったく、お母さんも大好きでいてくださいよ。はぁ。じゃあニール。お願いします」
「任された」
「だ!」
レベッカは気に入った人間以外に触られると泣く。
フュン。双子。レヴィ。フィアーナ。ゼファー。アン。
この七人だけが触ってもいい人間である。
それ以外だと拒否反応を示すのだ。
「さてと。どうなるのでしょうかね・・・敵に動きがあるはずなんですがね。なにもありませんね」
フュンは、赤ちゃんベッドの脇に座った。
双子にあやされているレベッカを見て、考え事をしていた。
敵が動くのは、今なはず。
遂に王国との大戦が始まったのだ。
ここが、最大のチャンスのはずなのだ。
では、どこのタイミングで、自分を殺す?
サナリアに引っ込んでいる自分を殺す手は、早々にないだろう。
自分たちは、情報も封鎖して、人の移動も見張っている。
そんな中で、敵はどんな手で来るのか。
こちらの情報も与えていないが、フュンたちは、あちらの情報も細部まで手に入れていなかった。
各都市に影を配置している現状で、帝国の都市自体の動きだけは分かるのだが、それ以外が中々分からない。
敵の影も優秀で、動きに無駄がないのか。
もしかしたら、アジトだと思った場所以外もアジトなのかもしれないのか。
フュンは、敵に関して悩んでいた。
「歯がゆさがある。今から本拠地にいっても、人がいないでしょう。やはり大元を締めていかねば、僕らはただの尻尾だけを追いかけることになる」
双子が影に隠れては出現するを繰り返していると、レベッカがキャッキャと喜んでいた。
レベッカはこの遊びが大好きなようだ。
これは、高度な『いないいないばあ』である。
「楽しそうですね。この子は・・・そうですね。この子の為にも。僕は敵を殲滅しないと・・・僕は守らないと、家族を・・・」
子守りで疲れたフュンが一つ仮眠をしていると、急に扉が開いた。
影から出てきたサブロウが珍しくも慌てていた。
「ん!?」
「フュンぞ。緊急だぞ」
「サブロウ。内容は?」
寝起きでも瞬時に頭を回転させたフュンが聞いた。
「救援ぞ」
「救援?」
「皇帝のドラウドが、こちらに接触してきたぞ。関所の影に連絡が入ったのぞ」
「どんな連絡ですか?」
「帝都が攻められる恐れあり。だそうだぞ」
「わかりました。それは緊急だ。幹部を会議室に。今いる全員です」
「おうぞ。まかせろ」
サブロウが全員に招集をかけた。
すぐに集められない人間は後での連絡となる。
◇
新都市ローズフィア。
サナリア平原の中心地にある大都市は、急速に発展した都市。
フュンのお屋敷と市役所が、都市の中心にある。
そこから商業エリア。工房エリア。研究エリア。住宅エリア。
様々なエリアを生み出して、人々が暮らしやすい形にしようと必死に努力している都市である。
成長著しい、まだ未完の都市である。
それと第二都市アーベン。
王都というシンプルな名称から変更したのが昨年。
フュンは、都市の名前に父と弟と自分の名前を混ぜた。
第二都市であるからいいだろうと、隠し名的に名称を決めたのである。
彼は家族思いなのだ。
どんなに父から辛いことをされても、どんなに弟と仲が悪くても、あの二人の事を思っている。
家族思いのお人好しな男なのである。
そして現在。アーベンにいるのはフィアーナとパース。
彼らは狩人部隊と騎馬監督官として、近くの山と厩舎を守らないといけないからだ。
なのでそれ以外と、戦いに出て行ったメンバー以外に召集が掛かったのである。
ローズフィアの会議室は、フュンのお屋敷の中にある。
機密性が一番あるのが彼の屋敷なのだ。
至る所に影。いいえ、太陽の戦士がいるのである。
それは、レヴィが指導した新兵たち。
太陽の戦士は、太陽の人を思うことで生まれる。
これが第一段階で、次に太陽の技が学べるかどうかで、その先へと行ける。
なので、幹部たち以外で修練を重ねたエリートが8名。
フュンのお屋敷周りにいるのだ。
太陽の戦士試験は極秘に行われて、素質があると思われる400名以上の人間が挑戦して、習得できたのがたったの8名。
倍率はとんでもない。
ここに就職するのは至難の業なのだ。
◇
フュンのお屋敷にある会議室に全員が集まった。
「緊急ですから挨拶はしません。サブロウ。報告を」
「おうぞ。おいらに来た連絡はこうぞ・・・・」
皆に先程の事を伝えるといよいよ来たかと気合の入った顔をした。
「では。ここから動きます。第一段階として、帝都への軍移動をします」
「ん? フュン様。内容が詳しく分からずともサナリア軍を動かすのですか」
シガーが聞いた。
「はい。そうです。まずは僕が先に単独で帝都に入って事態を把握してから、緊急連絡を出しますね。なので、ここに待機することになるのがシガーです。僕の合図とともにサナリア軍を進軍させてください」
「・・・はい。わかりました。全軍ですね」
「そうです。全軍です。ですから、フィアーナとパースもです。二人には馬を全馬つれて、こちらに来てくださいとすでに言っています」
「そうですか。わかりました」
今の会話で頷いたシガーは、軍を編成して進軍させるのが自分の役割だと理解した。
「フュン。ここの防衛はどうする。ここには、サティ。アン。ルイスのジジイ。他にも戦えないのがいるぞ。守り切れるか。お前も出てしまえば・・・どうするのさ」
指名した人間を指差しながらミランダが聞いてきた。
「はい。僕の考えはですね。三人には僕のお屋敷に入って欲しいです。ここにニールとルージュ。そして太陽の戦士を二人おきます。戦闘寄りのジスターとエマンドです。この四人で、お三方を守ります。あといざ戦いになったら僕の家に逃げてくださいと、内政の人たちにも言っておいてください。マルフェンさん。あなたの采配。お願いします」
「わかりました。フュン様」
お屋敷の管理をしているのがマルフェンである。
彼はフュンの執事長に戻っていた。
「サティ様。アン様。ルイス様。それでよろしいでしょうか。少しの間ご不便をおかけしますが、僕の屋敷にいてください。皆さんの命を守りたいです」
「わかっていますわ。フュン様。なにもそんなに・・心配そうな顔をせずとも」
「うん! いいよ。お屋敷にいる。レベッカちゃんもいるしね。楽しいよ」
「私もそれでよいです。いざとなれば、私もこちらを切り盛りしましょう」
三人の了承で、フュンは一安心した。
「フュンぞ。お前、レベッカはどうするぞ」
「置いていくしかありません。ですから、ニールとルージュをここに置きます。僕の大切な二人の影が、この子に入ります。二人とも守ってくれますよね?」
「殿下」「当り前である」
「レベッカは」「我らの」
「「妹だ!!!」」
『あれ? いつから君たちは僕の子供になったんだい』
と思ったフュンだったが、まあ家族同然だからいいかと気を取り直して話し出した。
「まあ、いいでしょう。では、僕は移動を開始したいです。ついてきてほしいのは、太陽の戦士の六名と、ミラ先生!」
フュンが名前を呼ぶと共にその人を見る。
「ああ。当然なのさ」
「サブロウ」
「おうぞ!」
「レヴィさん」
「はい。フュン様」
最強の影二人と太陽の戦士らがフュンの護衛となった。
「太陽の戦士以外は、この三人です。僕と合わせて四人で、一気に帝都までいきます。僕らが内側に入り、陛下と連携を取ります。よろしいですね」
「おう」「おうぞ」「はい」
三人が返事をした。
「では、再度シガーに指示を出します」
「はい」
「確認のような指示です。まず一つ。軍は全軍。このローズフィアとアーベンの兵を合わせて、そこからサナリアに残すのは千です。それと、ジャンダ。彼と彼の部下の腕っぷしがいい建築作業員を見回り組に入れてください。都市の治安を守るに兵がいなくなります。なので民間の見回り組を編成して、まあ、ここで犯罪のような事をする者はいないと思いますが、一応暴れるような人間を捕まえましょう。ジャンダは一旦建築の仕事を取りやめる。アン様が指示を」
「わかった。やっておくよ」
軍がいなくなる都市で暴れるような者がいるかもしれない。
フュンは念のためにジャンダを用意した。
彼の大柄な肉体が役に立つ。いてくれるだけで、緊張感が生まれるだろう。
「ええ。それで、次にお願いしたいのはパースです。全馬がこちらに来ますが、パースも従軍せよと伝えてください。彼がいなければ馬のコンディションが保てない可能性があります。数人の部下と共にこちらに来いと、シガーいいですね?」
「はい。わかりました」
サナリアの新たな仲間パースもまた、新しいサナリアにとって重要な人間になっていた。
「そして、サナリア軍は全速前進でこちらに来てください。僕が指示を出した時にです。シガーとフィアーナで、全軍を引っ張ってください。ゼファーがいませんが彼の軍は規律が高い。二人が預かっても問題はありません。そこもお願いします。シガー。それとですね。こちらにいる歩兵部隊をはっきりさせて、僕の指示無くして移動開始しても良いです。関所付近くらいまでなら自由に移動が可能ですからね。そこから先は陛下の許可がいりますが……まあ、出来るだけ兵を早く帝都に届けたい」
「わかりました。フュン様」
ゼファーがいなくとも、他の軍に編成されても問題のない兵士らに、彼が育て上げたのだ。
そういう律儀な兵を作り上げる感覚が、段々ゼクスに似てきたゼファーである。
「頼もしい。では、各自お願いします。僕らは移動します。領主が不在。そしてシガーに代理として権限が移り、そこからシガーもこちらから移動となると。権限はルイス様とアルザオに渡します。何かがあった場合。ルイス様。アルザオと共にお願いします」
「了解です。任されました。相談役の彼にも伝えておきましょう。今はあちらにいるようですしね」
「そうでしたか。来ないなって思ってましたよ。あっちにいたのですね」
ルイスの顔がアーベンの方角を向いていた。
アルザオは二つの都市を行ったり来たりして、民の声を聞いているのだ。
彼はもう賊たちの話を聞いていない。
サナリアの民の話を聞く重要な相談役となっているのだ。
もう三年前のような賊は、このサナリアには存在しないのである。
「皆さん。今の指示を守ってください。特にサティ様。アン様。お二人は危険です。敵は皇帝の子も狙うかもしれません。でも僕らはお二人を守ります。僕の影と太陽の戦士で、必ずお二人を守ってみせます」
フュンが二人に宣言すると、アンもサティも嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。安心してますわよ」
「もちろん。ボクも平気さ」
「はい。早く終わらせて、お二人に報告しに帰りますからね」
「ええ。お待ちしておりますよ」
「な~んにも心配してないよ。だって、フュン君が勝つもんね」
「はい。必ず勝ちます。お姉さん!」
「「はい。任せました。弟君!」」
二人がそう返事をすると、フュンは満面の笑みで答えた。
自分にはもう大切な家族がいる。
血は繋がらなくとも、この二人は家族なのだ。
妻の姉という家族なのである。
「では、僕らは出撃します。急いで帝都に向かいますよ。先生。サブロウ。レヴィさん」
立ち上がったフュンに三人が付き従った。
フュンは、帝都へと向かったのだ。
第五章。
テーマは友。
そして国!
激動の時代の始まりを告げる第七次アージス大戦の裏側では。
すでに帝国の闇との戦いが始まっていた。
太陽の人は、帝国を照らす太陽になれるのか。
人々を笑顔にする素質があるのか。
この章がその分岐点であります。
起承転結の転の章です。
イメージは、転、転、転ですね。
では第五章スタート。
よろしくお願いします




