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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
新たな英雄の誕生 第七次アージス大戦

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第202話 軍師クリスの言葉は、フュンの言葉である

 11日目の夜。

 ダーレー軍本陣にて。

 

 捕まえた敵二人を檻に入れて、会議が始まった。 

 ここでの話を敵にも聞かせると言い出したのはクリスで、その進言を受けたシルヴィアは、あなたの意図が分かりませんが、そのように考えるのには理由があるのでしょうと言って、許可したのである。

 

 

 最初から暗くどんよりとした雰囲気がある会議。

 皆は戦いの勝利よりもザイオンの死を悲しんでいた。

 全員にとっての兄貴分。

 なんでも任せろと言ってくれる頼りがいのある酒好きの男だ。

 ゼファーの隣にいるミシェルの意気消沈具合は凄まじく、今の体の傷の状態からいっても、あまりよくない事である。

 でも彼女はこの場にいたかった。

 皆と一緒にいて、少しでもザイオンを感じていたかったのだ。

 だから無理をしてまで会議に参加している。


 本当は休んでほしいと思うゼファーは、時折フラフラになる彼女の体を隣で支えていた。


 「では、私がこれからのダーレーの動きを言います。その前に、この二人を捕えた経緯を一から説明します」

 「殺さないのかよ。クリス! あたしは今、撃ち抜いてもいいんだ。気が済まない」


 リアリスが立ち上がった。


 「やめなさい。リアリス殿」

 「うるさい! あたしはやる!!」

 「リアリス殿! 私の命令に従えませんか!」


 クリスが珍しく強い言葉を使っても、リアリスは弓を構え始めた。

 止まらない行動には思いがある。

 ザイオンの死を間近で見たのだ。

 自分の中にある怒りを抑えられないに決まっていた。


 「ザイオンが死んだんだ! あたしは許せない。こっちの男だけは絶対。絶対! 殺す!!」 


 ここしかないと、シルヴィアが割って入った。


 「待ちなさいリアリス。止まりなさい」

 「お、お嬢」

 「あなたの気持ちは痛いほどわかります。私だって同じです。皆も同じです・・・ですがあの時。ザイオンは死を覚悟していました。ザイオンは覚悟してもなお戦ったのです!」

 「お嬢!・・・ですが! こいつが!」


 矢を射る寸前までリアリスが動く。


 「やめなさい! あなたはザイオンに託されたでしょう。私も彼から皆を託されています。特にミシェルは直接頼まれました! 彼の皆を守ろうとする思い。そこを大切にしなさい! そして、この二人を捕らえることが、皆を守ることに繋がるのです。ここで、この二人を殺せば、ザイオンが死んだ意味が無くなるのですよ。リアリス!!」


 シルヴィアの言葉に真っ先に反応したのは。


 「そ・・そんなザイオン様・・・私を・・・最後の時まで・・・そんな・・なんで・・・生きてくれなかったの・・・私のせいだ・・・私の方にお嬢が来たから・・・」


 責任を感じているミシェルだった。

 自分が罠に嵌められて、それを助け出すシルヴィアがこちらに来たからザイオンが死んだと思っている。 

 彼女は泣き崩れてゼファーにさらに支えられていた。


 「で、でも・・・だ・・だって」


 リアリスはそんな二人を見たことで、だからこそ許せぬと構えている弓を解かなかった。

 

 「リアリス! 聞きなさい」


 シルヴィアの凄みのある声でリアリスを言い聞かせる。

 首が項垂れて、弓は下に降りていった。


 「私もあなたと同じ。本当ならば今すぐにでも首を刎ねたい。ですが、ザイオンがあの時。私たちに思いを伝えたはずです。私はミシェルを任されました。あなたは! あなたは最後の言葉を思い出せますか! あなたがザイオンの最後を見た人です!」

 「・・・私には、皆を頼むって・・・。ミシェルも、ゼファーも。ミラも。お嬢も・・・」

 

 皆が目を伏せた。

 最後の言葉の重みが、全員に等しくのしかかった気がした。


 「・・・そして、殿下についていけと・・・あの漢こそが、俺たちを導いてくれると・・・希望だと言ってました。殿下に全てを。シゲマサがしたようにと・・・ザイオンがぁ・・・あたしたちにぃ・・・」


 リアリスが最後に泣きじゃくりながら言うと、全員の目から涙が出る。

 シゲマサと同じように思いを繋ごうとしたザイオン。

 彼の熱い思いが、この会議にいる皆に伝わった。

 

 「そうですか・・・ザイオンはそのように・・・私たちに言ったのですね」


 表情を変えないシルヴィアが、天幕の白の天井を見た。

 ザイオンは自分と、そして最後の時までフュンの事を信じてくれていたのだと、嬉しくもなり悲しくもなった。

 もっと生きていて欲しかった。

 子供の頃から自分を気にかけてくれた漢で、強面の顔に大きな体の癖に、笑顔でお嬢と呼んでくれるザイオンは、シルヴィアにとって家族のような特別な存在であったのだ。

 

 「ええ。お嬢。そうです」

 「……そうですか。ならば、ここは最善の手を取りましょう。いいですか。クリスは、フュンです。だから今から。彼の言葉は、フュンの言葉です。皆、クリスの言葉を聞きなさい。いいですね。これはフュンの言葉であります」


 シルヴィアの言葉で顔を上げた皆は、クリスを見た。

 淡々とした表情の中に、僅かに漏れる怒り。

 冷静なクリスにだって、怒りや悲しみがあるのは当然。

 それでも、彼は前を向いて、この戦場を支配しようとしているのだと皆が気付いてくれた。


 「では・・・私の次の策は、舌戦です」 

 「ん? どういことですか。クリス」

 「交渉します。しかも相手の陣で!」

 「なに・・・え!? なんですって?」


 シルヴィアは、ありえない策に混乱するしかなかった。

 相手の陣での交渉をする気である。


 「私は途中。戦況に気付きました。それはゼファー殿に指示を出したあたりです。相手が中央軍を殲滅。そこからフラム閣下が捕虜になったと聞かされました。それで相手の中央軍がその場に待機となり動かなかった」

 「動かなかった? なんでですか。別な戦場に行けば、大規模挟撃を仕掛けられるはず」

 「そうです。ですが、ネアルは止まった。その理由は、こちらにあります」


 冷静なクリスは当時の分析を発表した。

 敵の思考をあの一瞬で読み取った化け物。

 それが、フュンの頭脳であるクリスなのだ。

 クリス自体は、フュンが考えるであろうことを考えているという。

 なぜか人が考えることをなぞるという行動で、自分の思考をまとめるのだ。 

 この男、見た目は普通にしているが、頭の中身は相当な変人である。


 「ネアルは、エクリプス軍の劣勢には気付いています。あちらには偵察兵が行けてますからね。ですがこちらの情報を知りません。それは私たちが相手の情報を封殺していたからです。あの瞬間のこちらの戦況を彼らは知りません。私たちがこのパールマン軍を殲滅した時です!」

 

 ここにアスターネとパールマンがいるから、クリスは偵察部隊の事を影とは言わなかった。

 あの11日目の、あの瞬間の。

 林から来る伝令兵だけを影部隊が殺していたのだ。

 今まではそういうことを一切しなかったので、相手が対応できなかったのだ。

 クリスは、偵察部隊の力をここぞのタイミングで活用したのである。


 「あちらの考えはですね。中央軍を壊滅させたので大規模挟撃したいとなります。それで、エクリプス軍が窮地な事にも気付いているので、そちらを優先して救うという流れが通常となります。こちらの情報も一時封鎖している最中ですから、そのような思考になるはずなんです。だから、ターク家の戦いを止める事が第一の目的になります。これが彼が中央で一時止まって考えていたことです。停戦さえ実現出来れば、あとはこちらに全軍を向けて大規模挟撃の開始がされます。だから動かないネアル軍の中で、少数だけを動かして、左の戦場で交渉するために移動したのです」


 クリスの考えは当たっていた。

 あの時のネアルは、少数のお供とヒスバーンだけを連れて隣の戦場に移動したのだ。


 「そこからのネアルは、停戦しろと交渉したはずです。しかしですね。私はスクナロ様なら攻撃を仕掛けると考えました。なぜならフラム閣下の覚悟を知るスクナロ様です。捕虜となっても命乞いなどしません。フラム閣下は立派な総大将です。死の覚悟をしているでしょう。ならば、スクナロ様はフラム閣下の思いを無駄にはしないと思います・・・本来ならば攻撃をするのです。スクナロ様なら」


 皆がその意見が正しいと思い始めた。

 特にシルヴィアは兄の性格を理解してるので、そうなるはずだと深く頷いていた。


 「ですが、スクナロ様には、ナタリア殿とレイエフ殿がいます。彼らの情報分析からいって、おそらく停戦を提案してくれると思ったのです。私は彼らに先に情報を流しました。なので左は一旦。両軍が本陣に引く。兵を回復させてから、もう一度再戦すればいいだけ。兵の数が有利なのだから、回復に重点を置いても良いでしょうと。あの二人ならば、スクナロ様を説得してくれると思ったのです」


 クリスのこの考えも当たっていた。

 実際に二人の説得により、スクナロは軍を引いてくれたのだ。


 「そこからの計算は単純となります。あの時、シルヴィア様とゼファー殿の少数部隊がネアル軍まで行きました。あなたたちは停戦しなさい。こちらにはあなたたちの大切な将がいますと」

 「そうでした。そういう風に勧告しました」

 「はい。それで相手は混乱しました。それで混乱したとしても、相手の軍にいる将は、ブルーだと思ったのです。ネアル本人が左に移動したのなら、軍の指揮を取るのは彼女しかいない。冷静な彼女。戦況を深く読むことが出来る彼女ならば、少数の部隊で来た我々に攻撃することはない。これは逆に大軍で行ったのならば、我々をすぐに攻撃したでしょう。嘘をついているとして、騙し討ちにするつもりだとブルーが勘違いします。なので少数だからこそ、本当のように感じるのです。優秀なブルーだからこそ、あの時戦わないで構えるだけにしていたのです」


 クリスはブルーの性格すらも読んでいた。

 資料で読み込んだ相手の性格。

 王国の兄弟戦争の際のブルーの行動を分析していたのだ。

 

 「なるほど。そこまで考えていたのですね。クリス」

 「はい。そして、ネアルが戻ってくれば、判断をしてくれます。部分ごとの停戦ではなく、全体の停戦を受け入れるとね」

 「そうですか・・・なるほど」


 顎に手をやって頷いていたシルヴィアが、クリスの考えをここで理解した。


 「なので……あちらは素直に、こちらの提案を受け入れると思うので、私は明日の朝。そちらの本陣にお伺いするのでよろしいでしょうかと使者を出します」

 「だから、それが分かりません。なぜこちらじゃないのですか。クリス」

 

 シルヴィアが全員の疑問を聞いた。

 クリスは淡々と答える。


 「こちらじゃない理由はいくつかあります。第一の理由は、まず格です」

 「格?」

 「はい。フラム閣下がこの帝国の立場上総大将であります。それに対してアスターネは部隊長。パールマンは一軍の将です。そうなると二人を足したとしても格はあちらにある」

 「・・・なるほど」

 「ですが、ネアルはこの二人を見捨てないと思います。この二人は有能です。彼は見捨てないです。絶対に」

 「……本当でしょうか。この二人を・・」


 シルヴィアが檻の中の二人を見た。

 こちらを黙って見る二人は、そんなことは知らないと言いたげな顔をしていた。


 「見捨てませんよ。シルヴィア様。彼はこの二人の有能さを買ってます。一般人からの出世をさせるほどです。それと、他の者を一から鍛え上げて、これほどの力を持つ将にするなど難しいです。他の者に、この二人の才に並ぶまで教育するのも難しいと思っているでしょう。将を育てるとはかなり難しい事です。本人の努力と才が合致して成長しますからね。もう一度このクラスを育てるのには何年必要とするのかと、彼の頭ならばそういう計算をするはずです。だから、一時の勝利よりも将。こちらを取る男なはずです。個人的な考えで救うというよりは、国の利益として救い出すはずです」

 「なるほど」

 「そして、相手に向かう最大の理由は、私が彼の度量を試したいからです」

 「はい?」

 「私は、彼を試したい。圧倒的有利な話し合いの場において、彼はどのような選択をするのか。面白い・・・話してみて(戦ってみて)、見極めてみます」

 「そ・・・それは。まさか」

 「ええ。舌戦です。私がネアルの本陣で戦う。英雄ネアルと直接口で駆け引きしてきます。もちろん、負けるつもりはありませんよ」


 不敵に笑った漆黒の男は、会議にいる仲間たちの驚いた顔を引き出した。


 仕掛けた側なのに不利な状況。

 仕掛けられた側だけど圧倒的有利な状況。

 それは敵陣に向かう事になるクリスが一番よく分かっている。

 でも、クリスは戦うことを決意していた。

 

 英雄の頭脳。

 クリス・サイモンは、第七次アージス大戦において、名が通ることになる。

 化け物並みの思考力と度胸を持つ男なのだと、王国側に名が知られることになるのだ・・・。


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