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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第二部 辺境伯に続く物語  サナリア辺境伯には裏の顔がある

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第150話 辺境伯就任パーティー 義兄弟の誓い

 帝国歴520年5月24日の夜。


 帝都城の西の外れ。

 パーソロンと呼ばれる式典会場で、フュンの就任祝いのパーティーが開催された。

 ここにウォーカー隊の幹部が参加できたのは、皇帝陛下の配慮のおかげであって、彼らはどこか遠慮がちで参加していた。

 だけど貴族たちは、当然の如く我が物顔でこの場にやって来ている。

 彼らの面はぶ厚い様なのだ。

 ちなみに王族は自由参加となっていた。

 しかし、ここで何とあのルイスまでもが参加していたのである。

 パーティーに参加した一同は、この場に彼がいることに驚愕していた。

 こういう場には一切出てこない元大貴族。

 あの伝説の男が、たった一人の男の為に重い腰を上げてやってきたことに、彼らは驚くことしか出来なかったのだ。

 貴族集会時のあの宣言があった事を皆が知っていたとしても、本当にフュン・メイダルフィアの背中には、伝説の大貴族ルイスがいるのだと思い知らされた場面となったのである。



 「皆様。ありがとうございます。ここで長らく話し続けるよりも端的に挨拶を切り上げてですね。僕は集まってくれた方々と直接お話したいと思いますので、いきなりですけど挨拶を閉めます! 今日は……ありがとうございます。それでは、乾杯!」

 「「「「乾杯」」」」


 非常にシンプルな挨拶。

 長々と話さないフュンに、周りの人間たちは助かっていた。

 こういう場面で話す人物たちは、大体にして長い話が多い。

 そうなると食べ物も鮮度が落ちるし、飲み物だって美味しい状態じゃなくなるのだ。


 

 ◇


 三十分後。

 立食形式の会場で、自分の食べ物を選んでいるオレンジの髪の女は、目の前の食べ物を睨むくらいに不機嫌だった。

 その様子を心配したアイネがそばにいく。

 

 「ミランダさん、どうしました? そんな顔してぇ」

 「アイネぇ・・・ここのメシってお前のじゃないんだな」

 「え? ミランダさん、なにを。当たり前な事を。変なこと聞かないでくださいよ。私の料理がここに並ぶわけないじゃないですか! 今日はお祝いですよ。家庭料理が出るわけがないですよぉ」

 「え。そうなの。あたしさぁ。こういう料理好きじゃねえのよ。あたしはさ。お前の料理が一番好きなのさ」

 「え、そうですか。じゃあ、あとでなにか作ってあげますよ」


 ちょっと嬉しそうなアイネは、ミランダに微笑んだ。


 「ほんとか。ありがとなのさ。お酒もお願いします」

 「それはご自身で買ってください!」

 「ええ。ケチ~~~」

 「ケチじゃありません。ちゃんとお給金もらってるんでしょ。ミランダさんも!」

 「そうだけどさ・・・まあ、今から買いに行くかな」

 「え?・・・まだパーティーは終わりませんよ。駄目ですよ」

 「いいの。腹減ってるし、それにアイネが作ってくれた料理の時に酒がねえのは嫌だから。あたし、ちょっくら市場で買い物に行ってくるわ」


 ミランダはここから離れようとしていた。 

 弟子の晴れ舞台なのに、酒を理由に帰ろうとする・・・。

 何ともまあ酷い師匠である。


 「ミランダさん! ちょっと。駄目ですよ!」

 「ああ、アイネ。あたしの事。誰かに聞かれたら、酒買いに行ったって言っておいてくれ。じゃあ、フュンの屋敷で酒を持って、飯を待ってるよ!」

 「あ。もう・・・行っちゃった!?」


 ミランダは、夜の闇に消えていった。

 姿が見えなくなるのがやけに早いなと思ったアイネは、彼女に作ってあげる料理を何にしようかと悩みながらパーティーの残り時間を過ごしたのである。



 ◇


 「堅苦しいのが……嫌なんだが」


 スーツの肩あたりが窮屈なザイオンが不機嫌に言った。


 「うっさいぞい。おいらだって我慢しとるのぞ」


 サブロウも同様、スーツが動きにくいと思っている。


 「ハハハハ。似合わねえぇ」


 二人を指差して笑うエリナは、意外にもドレス姿が良く似合う。

 でも、二人と一緒で動きずらいとは思っている。


 「うっさいぞい。エリナ!」

 「サブロウ。普段は楽そうな服着てるもんな」

 「ああ。あれぞな。あれはおいらの故郷の服ぞ」

 「へえ。そうなのか」

 

 グラスじゃ小さいから、器で酒を飲むザイオンは十杯目の酒を飲んだ。


 「ああ、おいら。ここの出身じゃないからぞ。まあ正確にはおいらじゃなくて、ジジの時代だけどぞ」

 「・・もごもご・・・そうだったのかよ。知らなかったな」

 

 口の中一杯に食べ物があるエリナは、煙草を吸いたくて口が寂しがっていたから、食べ物を詰め込んでいる。


 「おうぞ。おいらと、影部隊の数名は同じ出身だぞ。シゲマサとかぞな」

 「そうだったか。ここらじゃ聞いたことがない名前だったしな。まあ、別にそんなのどうでもいいけど」


 ザイオンはサブロウが別なところから来た人間でも気にしない。


 「まあ、お前らに気にされたら嫌だぞ。賊なくせに」

 「ははは。たしかに。あたいらに気にされたら嫌だわな・・もごもご・・」


 エリナの口にはまだ食べ物がある。


 「まあそうだな。別にサブロウはサブロウだしな。んで、お前、さっきからどこ見てんだよ」


 サブロウは銀髪の男を見ていた。

 会場の端に移動していく背と、その影にいる男の姿を見た。


 「ん? おいらは、ちょいと用事が出来たぞ。出て行くぞ」

 「は? お前。あたいらがいなかったら、フュンが寂しがるだろうが」


 食べ物が消えたので、エリナはサブロウを流暢に叱りだした。


 「別に大丈夫ぞ。フュンならばおいらがいなくとも、気にしないぞ。そうぞ。フュンにあったら、おいらは用事が出来たと言っておいてくれぞ」


 サブロウが二人に背を向けて移動を開始。

 その背に向かって二人が言う。


 「わかった。伝えておくぞ。お前の分の酒も飲んでおくぜ」

 「じゃ。あたいもお前の分の煙草、吸っておくわ」


 意味のない意見表明に、サブロウが後ろを振りかえる。


 「おい。それぞ。お前らがしたい事だぞ! おいらにゃ関係ないぞ! それにおいら、煙草吸わねえのぞ!」


 当然のことを言ってもこいつらには響かない。

 こう言っておきながら、サブロウは最初から説得を諦めていた。


 「まあ、別にいいぞな。いってくるぞ。ザイオン。エリナ」

 「「お~~う。いってらっしゃ~~~い」」


 暢気な二人を置いて、サブロウは影へと消えていった。

 

 

 ◇


 シルヴィアとフュンの前に、大柄の男がやってきた。

 分厚く鍛え上げられた肉体は、鋼の鎧のようだ。

 

 「シルヴィア。借りるぞ。いいか」

 「あ、はい。スクナロ兄様。どうぞ」


 シルヴィアに一礼してからスクナロは、フュンの方に体を向けた。

 スクナロは、礼儀正しさがある武人なのだ。

 

 「フュン。おめでとう。そして、感謝する。数々の窮地を救ってもらったのに、こうして面と向かって感謝を述べるのは初めてなのがスマン。失礼を働いていたぞ。申し訳ない」

 「え・・・・別に失礼だなんて、気にしなくていいのですよ。僕は末席の王族なんですから。それに数々の窮地って・・僕は一度だけ、スクナロ様と一緒に戦っただけですが?」

 「ああ。そうなのだが。先のアージス平原での戦いのときに、袴姿の男が言っていたのだ。お前ならば、助けるだろうから。ここに援軍に来たとな」

 「サブロウが、そんなことを!?」


 その特徴はサブロウだなと思ったフュンは、自分にずいぶん高い評価をくれているのだと笑った。


 「そして俺は尊敬する!」

 「え!? 尊敬?」

 「ああ、お前は弟を成敗できた。なのに、俺ときたら、弟を殺す決意も生まれず。あの時。お前の進言があった時にほっとした部分があった。非情になれなかった。だから尊敬する」

 「いや、それが普通ですよ。血を分けた兄弟です。殺そうと思うこと自体が異常です。僕が恐ろしいほど冷酷なだけで、スクナロ様がお優しいだけですよ。ええ、そうですよ」

 「ふっ。いや、お前の方こそ……優しいのだろう。あいつは王族だからな。もし殺されてもあっさりと殺されるだろうが。お前の弟は、そうはいかん。帝都で拷問されるか、もしくは広場などで処刑かもしれん。大罪人だろうからな」

 「ええ。そうですね。僕もそう思います。弟は人としては死ねなかったでしょう・・・」


 悲し気な目をさせて悪いと思ったスクナロは、盃を差し出してきた。


 「これで一杯飲んでくれ。俺と杯を交わそう」

 「え?」

 「これから、俺が約束を果たすための盃だ」

 「スクナロ様が約束ですか?」

 「ああ。そうだ。俺はこの先。何かお前が困ったら助けに行くことを誓う。その約束だ」

 「え? なぜ?」

 「だから、俺は感謝しているのだ。窮地を救ってもらったな」

 「いや、別に何もしてないのですよ。それにあれらが感謝されるような事じゃないと思いますよ。軍の将として当たり前の事ですって」

 「はははは。お前は良い奴だな! その気持ちが良い! 武人だ! 俺の好きな部類の人間だぞ! フュン」

 「そうですか。僕もスクナロ様が好きですよ。スパンと竹を割ったような性格が好きですね」


 フュンはスクナロの事をじっくり見ることが出来て理解した。

 彼の心が純粋な武人の魂で大半を占めている事に気付いた。

 それはシルヴィアにも近いが、彼女よりもより強く武人である。

 強さを基準に、その上で王族としての役割をよく分かっている。

 バランスの取れた男だ。

 本来、この男のようになるべきだったのがサナリアの王族であると、フュンはスクナロを高く評価した。


 「そうですね。飲みましょう。あ、僕からもいいですか」

 「ん? なんだ?」

 「条件を一つ加えてもらってもいいですか?」

 「条件? なんのだ?」

 「スクナロ様がお困りになられた場合。僕もあなた様を助けに行ってもよろしいですか? これを加えてください。相互協力です」

 「・・・ふっ・・ハハハハハ」


 スクナロは会場中に響く笑いを披露した。


 「お。面白い! 良いぞ。フュン。俺もお前を助け。お前も俺を助けてくれると。そういうことか!」

 「ええ。そうです。共に協力しましょう。もうすぐ僕らは、家族となりますからね」

 「・・・わかったぞ。義弟よ。その約定。義兄弟の約束としよう」

 「ええ。いいですよ。それでは、飲みましょう」


 フュンとスクナロは、酒を用意した。


 「では、兄である俺からだ。ガルナズン帝国第三皇子スクナロ・タークが誓う。我が義弟。フュン・メイダルフィアが助けを求めた時に必ず駆けつけると」


 スクナロが盃を掲げると。続けて。


 「はい。では僕も。ガルナズン帝国サナリア辺境伯フュン・メイダルフィアが誓う。我が義兄。スクナロ・タークが窮地になった場合に必ず助け出しますと」


 フュンも盃を掲げて。


 「よし。乾杯だ。義兄弟のな」

 「はい。お義兄さん。お願いしますね」

 「おう。守ってやろう義弟よ」

 「ええ。ありがたいですね。とても」

 「そうか。そうか。ガハハハ」


 二つの杯は交わり、ここに義兄弟の契りが執り行われた。


 フュンとスクナロ。

 二人は、帝国の王族であるが、帝国の軍人でもある。

 この誓いが、ガルナズン帝国に置いて何をもたらすことになるのか。

 それはまだ、今のこの二人でも分からない事だ。

 だがしかし、今のこの二人に絆が生まれたのは確かな事だった。

 義兄弟となった二人はこれから先で協力することになるのだろう。

 二人の所属先が、タークとダーレーであったとしても、フュンであればその垣根を超えることができるはずだ。


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