第149話 暗躍と協力。二つの道は重なっていく
帝国歴520年5月18日。
フュンの小さなお屋敷にて。
「どうしたのさ。フュン。あたしらに用ってなんだ?」
「そうぞ。珍しいのだぞ」
「ええ。お二人には僕に先に会ってほしくて、僕の屋敷に来てもらいましたよ」
フュンは、自室にミランダとサブロウの二人を呼んでいた。
アイネとゼファーには、下にいてもらって、この部屋に誰も入らせないようにする配慮までしていた。
「お二人には、僕の就任パーティーに来てもらいたかったのと・・・・あることをお願いしたくて、先に僕に会いに来てもらったのです」
フュンは二人にお茶を差し出した。
お菓子と共に出す話は、世間話のような切り口だった。
「ん? パーティ以外のことだと?」「おいらたちに願いぞ?」
「ええ。これから、お二人は僕の協力者になってくれませんか。ウォーカー隊はダーレーに帰順していてもいいです。ですが、お二人は僕の力になってくれませんか?」
「は?」「ん? 今更ぞ?」
『何を当たり前な事を言ってるんだ』
ミランダとサブロウは、互いの顔を見合わせた。
「ええ。今更です。ですが。今更、固く誓ってほしいのです。僕に! 協力してほしいのです。ダーレーにではなく、僕にです」
「「なに?」」
二人は驚きながらも、フュンの前だからお茶を飲む。
いつもの調子の彼だから、また突拍子もない事を考えているだけだろうと、逆に落ち着いていたのだ。
お前のお茶はいつも通りで美味いなと思う二人は、お茶を同時に机に置いた。
「ここから、帝国は激動の時代に入ると思います」
「そうさな。御三家の戦いだな」
「ええ。ですが、それ以上の闇が背後には迫ってきている。僕はそう思います。例の組織です。僕を殺そうとしてた組織ですね」
「そうぞな。あいつら、お前さんを狙っていたのぞ? なんでぞ? お前さんが邪魔だったのかぞ?」
「僕が狙われている理由は、僕にもよくわかりません。ですが二度。敵は僕を殺そうと動いています。一番初めの誘拐事件。あれも僕を攫ってから殺す気だったのでしょう。そして、サナリアの関所での戦いの時。例の組織はいずれも僕を殺しにかかってました。あの人たちは皆。同じ刺青に、似たような匂いと雰囲気を持ってます。だから僕としては見つけやすい。そういう恰好や雰囲気が似たような人たちはね。ですが帝国の中に居る人たちは上手く隠れていると思います。中々姿全体を見せてくれませんからね。だから、あれらと戦うには、尻尾を掴まなくてはならないと思うのです。そのためには、お二人の力と。御三家の戦乱を利用するしかないと思います。おそらく、彼らはこれに介入してきます」
「「ん?」」
御三家はこれから戦いに入る。
そして奴らの狙いの一つに、この戦いがあると思われる。
なぜなら前回の内乱時。
皇帝陛下の動きを邪魔するように動いてきたのが例の組織らしいのだ。
『夜を彷徨う蛇』
皇帝陛下は、二人の我が子を失った原因が、こいつらのせいではないかと予想していた。
『ヒストリア・ウインド』『エステロ・ターク』
両者は、共に天才的な人物だった。
二人が生きていればもっと早く、もしかしたらもっと強い帝国になっていたと言っても過言ではない。
それくらい失うのが惜しい人物だった。
「それで、お二人はどうしますか。ジーク様。シルヴィアに、このままついていきますか?」
「いや。何をいってんのさ? お前もダーレーじゃ」
「はい。僕もダーレーです。ですが、僕はここからダーレーの為に。ダーレーではない動きをします」
「ん? それはなんぞ? 面白そうぞな」
サブロウの目が輝いた。
フュンの考えが自分たちにはない考えなので、サブロウは面白くて仕方ないのである。
「先に説明したいのですが……ここは僕に協力してくれるという確約が先に欲しいです」
「・・・んんんん。何すんのかが先に知りてえな。さすがにお嬢たちを置いてはな」
「おいらはいいぞ。どうせ、お前さんがやる事なのぞ。きっとダーレーの為だろうぞ」
「・・まあ、そうさな。こいつがあの二人をないがしろにすることは考えられんのさ」
「もちろん。僕はお二人を守りますよ。それだけは信じてください。他の皇子らを守れなくても、二人だけは命懸けでお守りします! これだけは、絶対なのです。僕の大切な家族なんです!!」
意味が分からないことを言っていたとしても、出会った頃と何一つ変わらないフュンの顔。
だからミランダは思わず笑った。
こいつはどこまで出世しようともお人好しであるのだと・・・。
「わかったのさ。協力しよう。あと、これはあいつらには内緒ってことだろ」
「そうです。秘密にしてほしいです」
「よし。やってやろう。あたしの最高傑作の弟子よ! お前の師であるあたし自らが、協力してやるって言ってんだ。何するか知らねえけど、絶対成功させろよ。いいな」
「はい。必ず!」
弟子の決意ある良い表情にミランダは満足した。
「おいらも面白そうだから協力するぞ。そんで何すんぞ?」
「ええ、僕はこれからですね・・・・・・・」
フュンが直近の作戦から計画の大体の流れを二人に説明すると、二人は同時に大笑いした。
腹が捻じ切れるわと言うミランダに、けたけたと体を上下に揺らすほど笑うサブロウ。
両者はありえない策に笑っていたのだ。
「たしかにな・・・そんなことになれば、帝国は弱体化しないのさ」
「……おいらは、ほとんどが無理だと思うぞ。でも、フュンならば・・・やれるかもしれないぞな」
「ああ。たしかにな。こいつならやってのけるかもしれねえわ。これは、ジークには無理だわ。ましてやお嬢だったら、絶対に出来ないのさ。つうか、どの王家にもできねえし。あの親父にだって、できねえな」
ミランダはまだ笑っていた。
戦場で面白い場面に出くわした時の笑いと同じなので、よほどフュンの策が気に入ったのであろう。
彼女のそんな態度を見透かしながら、フュンは話を続ける。
「それで第一段階で、こちらが先手となる罠を仕掛けたいのです。会議に参戦した僕は、皇帝の子らの会話を誘導しました。あの二人を幽閉することに成功したのです。それで、おそらく敵はあの二人を殺しにかかると思います。ここで重要なのは誰が殺そうとするのか。どこが殺そうと動くかです。それで作戦の行く道が決まります」
「どこがだと?」
ミランダが聞いた。
「はい。王家なのか。夜を彷徨う蛇なのか。はたまた英雄ネアルなのか。これらにより、進むべき道が決まります。そこで僕らは、どの組織が狙ってくるのかが分かりませんが実行させます! 僕の予想としては夜を彷徨う蛇で十中八九決まっていますがね。奴らはここで介入するはずなんです」
フュンの第一段階の計画を発動するための前提が、敵の狙いを一つにする事だった。
だからフュンは今回の王家会議を利用することを思いついたのである。
会議を開きましょうと言ったジークに、フュンは乗っかったふりをして、自分が会議を支配していたのである。
フュンの話は続く。
「今回のヌロ様、リナ様の件。これらには奴らが裏で何かを仕掛けたのではないかと、僕は予想しています。ですから、奴らは些細なことから情報を漏らしたくないから、口封じを仕掛けてくるだろうと思いますので、ヌロ様、リナ様には、一度死んでもらいます。僕はこの前の王家会議でそのように敵が動くように仕向けました。おそらく、双方ともに殺しにくるはずです」
王家会議の時、フュンは二人の様子をじっくり観察していた。
どこか浮ついて、どこか変だった二人。
自分たちが仕掛けたであろう罠に、違和感を感じている節があったようにフュンは感じていた。
フュンは、あのサナリアの連絡の仕掛けの中に細工がされている雰囲気を感じ取った。
特に、ヌロの手紙。ターク家の家紋の事だ。
証拠隠滅を図らない意図がそもそもよく分からない。
ヌロが証拠を残すように指示を出すわけがない。
ヌロもリナも自分の弟ズィーベのような愚図じゃない。
王家の筆頭たちの片腕である。
計略を仕掛けるにも最低限の事を理解しているはずなのだ。
そもそもヌロは、家紋を入れて手紙を送ってないのかもしれない。
それとも、本当は手紙を燃やせとの指示を出しているかもしれない。
そのヌロとサナリアのやり取りに、横やりを入れたのがリナかもしれない。
燃やすなとアルルースが言われた指示書。
あれがリナの手紙かもしれない。
だが、それらすらも夜を彷徨う蛇によって、複雑化されたことかもしれない。
あの二人の動揺が、普通ではなかったからこそ、フュンは逆に冷静になっていた。
だから、あの会議後から色々な可能性で、色んなパターンを構築していたのだ。
起きてしまった結果から、本当の内容を推察するには、本人から話を聞かなくてはならない。
二人から、この本当の部分を聞くことが出来れば、事件の芯の部分が明るみになる可能性が出て来る。
だからこそ、敵は二人を消す動きをするのではないかと、フュンは相手の動きを予想しているのだ。
「なるほどな。敵の手がかりを掴むために幽閉したのか。つまり、フュンはカウンターを仕掛けたんだな。たしかに、殺しに来るなら敵の姿が見えてくるってもんなのさ。つうことはあたしらに影移動で、敵の行動を見張れってことか」
ミランダもそのフュンの予想が合っていると見ている。
敵との繋がりがあるヌロは、口封じの可能性が大。
それにリナまもた何らかの原因でそこに関与しているのなら、彼女も同様に殺される可能性があるかもしれない。
両者は死の危険と隣り合わせとなっている。
「ええ。そうです。そこで、サブロウとミラ先生が重要になっていきます。お二人の影移動は、アーリアで一番。それは、ナシュアさんやフィックスさんでも見破れないはずです。だったら敵だって見破ることは難しいはずです。なにせ今までナシュアさんは敵方にバレずに行動してますからね。だからお二人が必要だと言ったのですよ。お二人で、僕のとある作戦を実行してもらいたい」
「まあ、そうなるぞな。あいつらの師がおいらだからな。当然。まだまだおいらの方が上だぞ!」
サブロウの方がまだ実力が上。
これは実際にそうである。
「ですよね。ですからサブロウ。僕の作戦通りに動いてもらってもよいですか。ミラ先生もです」
「わかったぞ。いいぞ」
「ああ。あたしもいい! やってみっか。ただ勝つよりも面白そうだからな」
二人の了承を得たことで、フュンは動き出す。
「では、それには下準備をします。サブロウと僕とで工作の開始です。たぶん、僕の辺境伯パーティーの時。この時が一番お二人を殺しやすい。なので時間がないので急いでやりますよ。元々僕らがお遊びで作っていた奴の改良版を作ります。陛下にも協力を仰いでいるので、完成次第急いで用意します」
「おうぞ。ミラもやるからには手伝えぞ」
「ええ。あたしは不器用なのさ。お前らだけで工作はしろなのさ」
「駄目です。ミラ先生がいなければ、出来ないことがありますからね」
「ちぇ・・・きついな。結構厳しいよな。フュンもよ」
「僕は厳しくありませんよ。出来ないことは言いませんもん!」
意外と厳しいフュンである。
苦笑いするミランダを置いて、話が続く。
「それで、今抱えている計画の中で、何も気にせずにどんどん進められるものがありまして。それが。サナリア大都市計画です。こちらの計画を実行しながら、ここにそれらのものを組み込んでいきます。ですから、お二人の指導も重要になっていきます」
「「指導?」」
「はい。今からサナリアの民は職業を選択することになるので。僕らは彼らの為の斡旋をします」
「「斡旋?」」
フュンの大都市計画はすでに頭の中にあるようなのだ。
それは、あの戦争終結時からずっと考え込んで出した答え。
サナリアの民への贖罪にも似た気持ちで、民を一気に活性化させる政策である。
「今からサナリアには、大量の賊と、サナリア平原と山脈周辺にあった細かい村にいた人たちが来ます。全体を集めるとだいぶ人が来ると思うのです。最終的な数がどのくらいになるのかはわかりませんが。かなりの数が来るかと思います」
「ああ、そういや。そんなことを言ってたのさ」
先程の緊迫感が取れたのでミランダは背伸びした。
「ええ。それで彼らは賊なので、当然職がないのです。他部族を攻撃するしかなかった彼らには、ちゃんとした新たな職を得てもらいます。なので、ここで面接とやる気を見せてもらおうと思います。僕とクリス。サティ様とアン様。そしてミラ先生とサブロウ。この六人で全体のパワーバランスとその人の適性を見ます。それにより経済。土木。兵士。影。等々。色々な職業に振り分けていきます。その人がやりたいことももちろん聞いていきますが、基本はやりたいことよりも出来る事。得意なことを伸ばしていってもらいます。そしてこれに追随して、山にある各所の村々も再編させます。あれらもロイマンと協力して戸籍を調べ上げて、大都市へ移住できる者たちは移住させていくつもりです。それと後の話ですが、帝国からも募集をかけます。特に、ここ。帝都でも複数名住民を頂いて、大都市を建設していきたいと思ってます」
壮大な計画を聞かされたミランダは悩む。
自分の想像の範疇を越えた策略だからだ。
サブロウも同じく。戦争ではない手に口を挟むことが出来ない。
だからこそ、逆にミランダは良きアドバイスが出来た。
「フュン」
「はい。先生」
「クソジジイも仲間にしろ」
「え? 誰ですか? 僕、そんな人知りませんよ」
「ルイスのジジイだ」
「駄目ですよ。ルイス様をクソジジイなんて呼んじゃ、失礼です! ミラ先生!」
「あのジジイはな。古狸なんだよ。クソジジイでいいの!」
話を円滑に進めたかったのに、余計な問答が加算されて、ミランダは少々不機嫌になった。
「それでミラ先生。なぜ、ルイス様を?」
「あのジジイはな。そういう事に長けている。お前の足りない部分を補ってくれるかもしれないからさ。っていうよりも、アイディアをくれるかもしれねえ。フュンはもう十分そういう力があると思うから、あのジジイは相談役みたいな感じで仲間にしておいた方がいい」
「……なるほど。ですが、ルイス様はもう・・誰かに帰順するのはないのでは?」
「そこは大丈夫だと思う。あのジジイは、お前に肩入れしているからな。二人には内緒で仲間になってくれると思うぞ」
「・・・そうですか。ならば、連絡を入れないといけませんね」
「ああ。でもそろそろこっちに来てんじゃないのか? お前の就任式にはさすがに来ると思うのさ」
「……え? 来てくれるんでしょうか? ルイス様は、帝国から一歩引いているところがありますから、ここは出てこないような・・・」
「いやいや、来るはずなのさ。あのクソジジイはさ。お前のお披露目には絶対来るのさ。草葉の陰からでも見守るわ。でもあのジジイ、なかなか死なねえけどな。ナハハハ」
ミランダという女は、大変失礼な女であります。
「酷い言い方ですね。失礼ですよ。先生」
「お前は、あのジジイの恐ろしさを知らんのよ。現役の頃のジジイは化け物だったんだぞ。お前いい加減に覚えろ」
「ルイス様が? 化け物?」
ミランダはあらたまって体を向けてきた。
「いいか、フュン。クソジジイと、エイナルフのおっさんは化け物なんだ」
「エイナルフのおっさんって……皇帝陛下ですよ! 失礼以上に危ないですよ。呼び捨てなんて」
「いいの。あたしは、両方から許可をもらってるからよ」
「へぇ。凄いですね。許可なんてあるんだぁ」
そんな許可あるわけがない。
フュンは、素直だから頷いた。
「いいか。前にも教えたけどな。クソジジイの盤面戦略は完璧なのさ。あの糞雑魚貴族共を操りながら、御三家を押しに押しまくった戦略は見事なのさ。ありゃあ、あたしには出来ねえ」
「へぇ。そうなんですね」
「結局は有象無象の貴族共。最初は良くても、実力が足りなくて敗北したのさ。もし、最後までジジイの言うとおりに動いていたら。もし、あいつらが普通クラスの実力者だったら。おそらくこっちは負けてんだろうさ。あのジジイによ。でもな」
「でも?」
ミランダはここでお茶を飲んだ。
なぜ飲んだかは彼女の気分次第である。
「全てはそういう流れを作るように仕向けた。エイナルフのおっさんがすげえのよ。あのおっさんがそういう風に動く貴族共だけを並べたことから始まってるからな……何も知らないのは相手方の貴族共だけ。勝てると思い込ませて、そこからこちらを押しに押してからの大敗北。その後の大粛清。あれらをやってのける胆力は化け物と言えるだろうな・・・あたしには無理なのさ。あんな判断は取れねえ」
「そうですか。さすがは皇帝陛下ですね」
「ああ。でも、その皇帝と、お前は盟約を結んじまったって事だろ。ならお前も、半分化け物に片足突っ込んでいるんだよな。というかな。これからお前は、あのおっさん並みの化け物にならねえといけねえぞ。おっさんとジジイから、経験を吸収して、ここからの戦いを乗り越えるしかねえ。んで、あたしらもそのための成長に必要な事を手伝ってやるのさ」
「そうぞな。おいらたちも力を貸そう。まかせろフュン。シゲマサの分もやっちゃるのぞ」
「はい。お願いします。お二人が僕の味方であれば、百人力以上ですよ。はははは」
こうして、ミランダとサブロウ。
そしてルイスも味方につけて、フュンは突き進む。
一体どこを目指して、何をしようとしているのか。
この時点でのフュンの計画は、謎に包まれていた。
フュン・メイダルフィアの計画の全容を知っているのは、フュンだけである。




