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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
第二部 辺境伯に続く物語  サナリア辺境伯には裏の顔がある

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第148話 帝国の運命が決まる王家の話し合い

 帝国歴520年5月14日。


 この日。

 帝国にとって運命の分かれ道となる戦いが起きた。

 それが・・・。


 「私が……情報を売った? 何の話でしょうか」


 ヌロの一言から始まる戦いだった。


 「そうだ。そのような結果が諜報部から出ている」


 感情の揺らぎがないウィルベルが聞いた。


 「あ、ありえないですぞ。どこに売ったというのですか。この事態で? イーナミアにですか? そんなのありえない」

 「いいやそうではない。話によれば。お前がサナリアへ情報を売りさばいたと聞いている。だからサナリアが攻撃を仕掛けてきたと」

 「サナリアですと? なぜあんな辺境の地に・・・わ、私がやらねばならないのですか」


 ヌロが狼狽えているのを、黙って見ているのは遠巻きにいるフュン。

 各王家の者たちは、席に座っている。

 だが、フュンだけはダーレーの裏の位置で立っていた。

 彼も一応これから王家の一員となるために、見物者のような立ち位置からの会議参戦であったのだ。

 フュンはヌロだけじゃなく、王家全員の姿を目に焼き付けていた。


 「お前……はぁ。それじゃあ、俺を殺そうとしたのか!」


 怒ったスクナロが、机を叩いて立ち上がった。

 彼がそう思うのも無理もない。

 あの戦。ミランダがいなければ死は確定であったからだ。


 「兄上を!? ありえない。私と兄上は同じターク家の兄弟!」

 「そうだ。なのに貴様がサナリアを焚きつけて、帝都を襲うということを画策したとは・・・それにより俺たちタークはビスタを失う所だったのだぞ。そうなれば、俺の死よりも家に迷惑をかけることになるではないか!」

 「・・あ・・・兄上。だから私は」


 スクナロの怒りはごもっともなのだ。

 家を大切に思っていれば、そんな事は出来ないのが当たり前である。


 「まあまあ。そんなにお責めにならずとも。スクナロ兄上。ここはヌロ兄上に話してもらった方が良いかと思いますよ。思いの丈も込めてです」


 珍しくヌロに対して助け舟を出すのはジーク。

 真顔に見えて、目の奥が笑っている。


 「じ・・・ジーク!」

 「あれ? お邪魔でしたか? せっかく落ち着いて話せる雰囲気を作ろうと思ったのですがね。兄上には余計な事だと」


 嫌味も忘れずに、ジークはヌロを責めた。

 それに対してヌロは焦りの表情が見られる。

 そしてもう一人も様子がおかしくなっていた。

 全体をじっくり見て、落ち着いた精神状態のフュンだけが、彼女の全てを捉えていた。

 

 「・・・・・・」


 リナが無言のまま下を向き、手が震えているのを止めるために、右手で左手の甲を押さえつけていた。

 それでも、震えは止まらない。

 肩が細かく震えていた。


 「兄上……白状した方が良いですぞ。そちらの方が無罪放免まではいかずとも、罪は軽くなります。誰からお聞きしたのですか。その情報は! 兄上は情報部じゃありません。その情報をいち早く入手することは困難。なのでその情報の入手経路が重要な話なんですよ」


 ジークは問い詰める。


 「し・・知らん。私はそんなことはしていない! サナリアなんかとつながりなどないわ!」

 「はぁ・・・そうですか。残念ですね。ねぇ。ウィルベル兄上」

 「・・・そうだな。残念だ」


 ウィルベルとジークは相手を追い詰める手を持っているようだ。

 あえてここで責め続けないのがそういうことだろう。

 

 「きなさい!」

 

 ウィルベルが呼ぶと、部屋の扉からアルルースが出てきた。

 申し訳なさそうな顔に、小さく丸まった背中をしていた。


 「だ、誰だ?」

 

 ヌロが言った。


 「知らんのか?」

 「ええ。知りませんよ。ウィル兄上」


 当然、ヌロはアルルースの顔を知らない。サナリアに行ったことがないからだ。


 「では、アルルースという名は?」

 「・・ん? し、知りませんな」


 だがその名は知っている。なぜなら・・・。


 「兄上。ほら、こちらですよ」


 ジークのポケットから手紙が数枚出てきた。

 机の上に広がる。


 「なんだそれは?」

 「ほらほら、白状しましょうよ。兄上。こちらが兄上からの手紙だそうですよ」

 「は? 私が手紙を書いただと、そんなわけない」

 「ですが・・・こちら、兄上の名と。印が・・・」


 ジークの手にある手紙の裏面には、ヌロの名とターク家の家紋の印があった。

 

 「わ。私のものではない。ありえない。私が手紙など書くわけが・・・それにもし私が書いたとしたら・・・その手紙を残すなどありえない。捨てさせる。だから私の手紙ではない」

 「ふふふ。兄上。こちらの方は、あなたからの手紙をもらったと言ってます。このアルルースがね。そうでしょう。アルルースさん」


 ジークはアルルースに聞いた。

 怯える彼は、たどたどしく話し出す。


 「・・そ、そうです・・・私は帝国のヌロ皇子から、王国が攻め込んでくる日にちを聞きました・・・・・ですから、私の王ズィーベ様が帝都を攻めることを決心したのです。帝国の連絡を待って、帝都ががら空きになる瞬間に攻撃をするのだと・・・」


 フュンはピクリと顔を動かした。

 あの状況を生み出したのは、こいつのせいでもあるのだなと、睨みつけた。

 でも悪い部分の大半は我が弟。

 こいつを恨むのはお門違いだと、フュンは頭を切り替えて、冷静にこの状況を判断していた。


 「し・・・知らん。私じゃない。信じてください。兄上」

 

 スクナロを見るヌロ。

 その顔はもう絶望していた。

 覚悟無き意思の元にあのような事をやったのだろうか。

 真偽は分からないが、その動揺は激しかった。


 「はぁ。ヌロ・・・・もう駄目だな。貴様は俺の弟じゃない! 俺を殺そうとするような奴はな」


 悲しそうなスクナロの顔を見るフュンは、自分の時と重ね合わせていた。

 弟を殺した時。

 自分もあのような顔じゃなかったのかと。


 「そうですか。ヌロ兄上は・・・最後まで、突っぱねると・・・仕方ありません。正直に言ってくれれば助けられたのに・・・そこまで強情だと死んでもらうしかないのですよね。残念ですよ。王家のお一人なのに・・・」

 「そのようだな」


 ジークとウィルベルは、ヌロを殺すことに意見が傾いていた。

 結託ではないが、これが御三家の戦いのようだ。

 ターク家の力を削ぐ。

 これがこの会議で一番重要な事であるようなのだ。


 「……ヌロを殺すのですか。あ、兄上」


 リナが恐る恐る聞いた。


 「そうだな。帝国の情報を簡単に、敵に渡すような輩を生かすわけにはいかないだろう」

 「…そ、そうですか」


 目が泳ぐ。

 高速で左右に揺れた瞬間をフュンは見逃さない。


 「私は・・・・もう一つ聞きたいです」


 シルヴィアが手をスッと挙げた。


 「なんだ。シルヴィア」

 「私のハスラで諜報活動をしていたのはヌロ兄様で間違いないでしょうか?」


 いつもの冷静な顔でシルヴィアは聞いた。


 「なんのことだ?」

 「私は、辺境伯について。一度しか外で話したことがないのです。それを、聞きつけたのは、ヌロ兄様でお間違いないでしょうか」

 「し、知らん」

 「ハスラには熟練の偵察兵がいたのでしょう。ヌロ兄様の兵だと、私どもは気付いています。でもその兵士の所属先が嘘だとしたら・・・では、リナ姉様でしょうか!」

 「?!!!?」


 リナは信じられない速度でシルヴィアを見た。

 見開いている目の動揺が消えていない。


 「な・・・なぜ。私が?」

 「あの時。フュンと私を叱責した会議の際。ヌロ兄様だけじゃなく。婚約しているのでしょう・・・と、姉様も言いました。と言う事はあの情報を手に入れているのは、姉様もですよね。これは、兄様と姉様が結託していたのですか? それとも別で情報を手に入れていた? よく分かりませんが、姉様はどういった状態なのでしょう? 姉様も帝国を裏切っているのでしょうか? よく分かりません」


 シルヴィアの冷静な物言いが突き刺さる。

 リナの視界は暗闇に入りかけていた。


 「し、知らないわよ。そんなこと。た、たまたまよ」

 「そうでしょうか。リナ姉上!」


 ジークが前に出てきた。ここぞというタイミングでの攻撃。

 それはドルフィン家への攻撃だ。


 「まさか。リナ姉上も。敵と内通していると? 事情を教えていただきたいですな」

 「敵? 私が内通などするわけないでしょ。情報部ですよ。私の仕事は!」

 「ええ。ですから、あなたならば情報を操作できますよね。どうでしょう。そう思いませんか。ウィルベル兄上」

 「・・・そうだな。その可能性は少なからずある・・・と言えるだろうな」

 「でしょう。このまま、リナ姉上をほったらかしてもよろしいので? 兄上のお立場も危険では?」

 「……そうだな・・・」


 自分の兄妹が疑われているにしてはやけに落ち着いている。

 冷静に事態を対処するには、落ち着き過ぎだと思うフュンであった。


 「仕方ない。リナも・・・捕らえるしか・・・」


 ウィルベルがそう言いかけたその時、王家の話し合いを遮る様にしてフュンが手を挙げた。


 「よろしいでしょうか。王家の皆さま。私が発言したいと思います」


 度胸レベルが段違いになりつつあるフュンは、堂々と皆に宣言した。


 「なんだ。フュン辺境伯」


 ウィルベルがこう言えば、発言しても良い。

 そう判断したフュンは話を続ける。


 「ここの解決策の一つとして提案します。お二人はひとまず幽閉にしませんか? リナ様は、証拠がありません! なので自宅謹慎とし。残念ながら、ヌロ様はあそこのアルルースが持っていた証拠があります。なので牢獄での幽閉にしましょう。でも犯罪者としてではなく、一応王家の者として丁重に牢に入れるのです。ここは命を大切にしましょうよ。皆様。お二人は兄弟ですぞ。すぐに判断して、切り捨てるような形はよくありません。殺すのであれば、全ての事情が明るみになった時でありましょうに。よいですか、謎を残して殺すのはよくないのです。もう一度言いますが、()()()()()()()()()()()、その時に考えるべきなのです。なので、お二人は幽閉で、まだ生きてもらいましょうよ。殺してはなりませんよ。ええ、絶対に殺してはなりません。だって兄弟なんですからね」


 非常に理にかなった意見を口に出した瞬間。

 フュンは全体に目を通した。

 この時の目の動きは、フィアーナの目を越えていただろう。

 状況把握を一瞬でこなした。


 苦々しい顔をしたジーク。無表情のままのシルヴィア。

 冷静な顔を崩さないウィルベル。ほっとした顔をしたリナ。

 少しだけ緊張した顔を緩めたスクナロ。まさかの援軍がフュンだと思わなかったヌロ。


 六人がそれぞれの顔をしていたのを一瞬で判断したのだ。


 「この提案を受け入れてくれると、僕は嬉しいですね。やっぱり人を簡単に殺してはいけません。ましてや皇帝の子ですぞ。命を大切にしましょう。なのでどうでしょうか。ウィルベル様。ここは穏便かつ、今後に活きていくと思います」

 「……たしかに。それが一番ではあるな・・そうしようか。事情を後で問いただすとして、二人は幽閉にしよう」

 「ええ。それが良いでしょう」

 「わかった。辺境伯フュンの意見に私は賛成する。お前たちはどうする」

 

 ウィルベルは他の兄弟たちに聞いた。


 「俺は・・・それでいい。たしかに、ヌロにまだ聞くことがあるからな」


 スクナロも賛成。


 「私も……いいでしょう」


 珍しく引いたジーク。


 「それでよいです。兄様方におまかせします」


 シルヴィアは普段通りの調子で頷いた。


 「では、辺境伯フュンの意見を採用し、二人を幽閉とする。ヌロは監視をつけて幽閉。リナは軟禁にしよう」


 王家会議で決定したのは二人の幽閉。

 リナは自宅での軟禁。ヌロは牢での監禁となった。

 ジークが狙ったのは、両者の死であったが。

 事態はフュンの巧みな会話の流れにより、こちらの結果となったのだ。

 しかしこの結果でも、両家の力が削がれたことに変わりない。

 ターク。ドルフィン。

 両方の当主を支える人物を失ったのだから・・・・。

 帝国は徐々に変わり始めていた。

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