第147話 帝国に新たな道を作る
帝国歴520年5月13日。
サティのお屋敷にて。
「お久しぶりです。サティ様。アン様」
「これはこれは。フュン様……でしょうか。なんと立派なお姿に・・・正直驚いています」
「ん?」
「いや、これほど凛々しくなられるとは……素敵な殿方になられて」
一年ぶりの直接対面。
サティは、フュンの成長ぶりに驚いていた。
顔立ちからは、甘さが抜けて雄々しさもあるほどに魅力ある雰囲気があるのだ。
「そうだね。カッコよくなったね」
アンもそのように感じたらしい。
あっけらかんとして褒めていた。
「そうですか・・中身は変わってないですよ。ハハハハ」
「あ、フュン様だ」「あ。フュンくんだ」
二人はその控えめな性格に安心感を覚えたのである。
◇
誰にも聞かれたくない話であると事前に連絡を受けたサティは、特別応接室を用意していた。
ここは、防音設備もあり、隣にも部屋がないのでベストな場所だとフュンは満足していた。
「サティ様。アン様。今日は、僕個人としてのお願いがあってきました」
「え。なんでしょう?」「なんだい! 君がお願いなんて珍しいね」
驚いたサティと嬉しそうなアンを前にして、フュンは最初に頭を下げた。
「ここから、お二人は僕と密約を交わしてくれませんか」
「「え???」」
「僕は、この先。御三家と戦います」
「そうですね」「そうだね」
「ええ。御三家と戦います!」
「「ん???」」
なぜか強調してきた。
二人は戸惑う。
「御三家と戦うのです。ダーレーともです」
「「え!?」」
「その際。お二人の力が欲しいのです。僕は、ダーレーの二人を・・・・帝国を守るために。僕は御三家と戦います」
「ど・・どういう事でしょう?」
サティは目の前が歪むほどに動揺していた。
自分の妻がいる家と戦う意味が理解できないからだ。
「この先を説明したいのですが・・・今からの話を、三人の秘密にしてもらえますか。もちろんシルヴィアにもですし。お二人のそばで働いている人や親しい人にもです。僕ら三人の秘密にしてもらえますか」
「・・・いいでしょう。私は、あなた様のおかげで今がありますからね。楽しい生活をしておりますよ。私たちの会社メイフィアの仕事のおかげでね」
「そうだね。ボクも楽しいね。フュン君のおかげでさ。だから約束するよ。黙ってる」
「ありがとうございます。では」
フュンは改めて二人の顔を見てから話し出した。
「僕は皇帝陛下と密約を交わしました。約定の中身は『皇帝の子らを守る』です。それにより、僕の権限は強化された状態になりました。サナリアは今。僕の完全支配下に入りました。他の王家が立ち入る事の出来ない独立国のような領地になったのです」
「なんと!? そのようなことが」
「ええ。そこで、僕は、お二人の力を借りたい。僕のサナリアに来てほしいのです。建設と技術大臣としてアン様。経済関係の内政大臣としてサティ様が加わって欲しいのです。ぜひお願いしたいのです」
フュンは深く頭を下げた。
「え!?」「ボクも!?!?!」
突然の事に二人は動揺した。
「はい。お二人はどの王家にも属していません。ですが僕の支配権の中に入ってもらえないでしょうか? 僕はお二人をお守りしたいのです。今から起きるであろう戦乱の世では、皇帝の子という肩書が大変危険だと思っています」
皇帝の子というだけで、王位継承権がある。
立場を捨てた二人だとしても、悪知恵の働いた貴族らが担ごうと勝手に動くかもしれない。
「それで、ここからは僕の予想なのですが。ターク家が皇帝となれば。サティ様もアン様も無事でしょう。スクナロ様なら、二人の事をないがしろにはしないと思います。ですが、ドルフィン家が御三家戦乱に勝つと。お二人は邪魔な存在となりえます。商売が上手いサティ様と、帝国の鍛冶師の頂点とも言うべきビクトニー工房は、彼らにとって非常に邪魔な存在となりえます。いくら民間人と言ったって無理があるでしょう。前皇帝の子とみなされますからね。スクナロ様に比べて、ウィルベル様はそこらへんが甘くない。冷静に冷酷に判断してくると思っています。そして、ダーレーであればお二人は無事でしょうが。ダーレーが必ずしも勝つとは限らない。だから、僕がお二人を保護します。今から、サナリアを帝国一の大都市にしたいと考えております。そこでお二人の力を貸して頂きたいのです。そして僕個人の事ですが……僕は、学んだんです」
『何を?』と二人は首を傾げた。
「一人で何でもやるのではなく、誰かと共に力を合わせた方がより強い力を発揮することを言葉だけじゃなくて、実感したんです。あのサナリアでの兄弟対決でそれを深く理解しました。誰かと協力すればあれほどの困難でも乗り越えていけるのだと・・・だからですね。今の帝国は混迷の時代に入ります。その時。御三家がバラバラではいけません。もし、今のバラバラな状態であったら、僕の国のように無くなるでしょう。家族は力を合わせてこそ、国が成り立つのです。だって、家族が殺し合うような国に、誰がいたいと思いますか? それは嫌でしょう。家族をも殺すような国に忠義を示すなんて。出来ないでしょう。民だって」
「それは・・・たしかにそうですね」
「うん。そうだね。ボクも思う。ヒストリア姉さんが死んだ時……ウインド家が無くなった時に思ったことだよ。悲しかったな。あの時・・・姉さんが好きだったから」
ヒストリア・ウインド。
皇帝陛下の一番最初の娘。
覇気。英気。勇気。三気をを兼ね備えた女傑。
男として生まれてきたら、その辣腕ぶりをもっと発揮できたかもしれない女傑。
彼女が生きていれば、王位は確実に彼女が継ぎ、帝国史上初の女性の皇帝陛下であっただろう傑物だった者だ。
「……だから、お二人の力を僕に貸してください」
「フュン様。ダーレーにではなくて、フュン様のお力になればよいのですか?」
「そうです。ダーレーではなく僕にです。僕と共に新たな帝国を作るのです。僕が考えている帝国は、彼ら御三家が考えるような普通の帝国じゃありません。それを実現するために、お二人の力を借りたい。僕と一緒に帝国を変えましょう」
「・・・・お気持ちはわかりますが・・・ですが、私たちが加わったくらいで、果たして御三家に勝てるのでしょうか。戦力だって」
サティは現実的な人である。
力のない二人の皇帝の子を引き入れたからといって、何になるのだと思っている。
「勝ちます。なにも勝つ方法は戦争じゃなくてもよいのです。僕にはとある計画があります。その計画の為にお二人が必要なのです」
「ボクはいいよ。なんだか面白そうだしね。フュン君は色んなことを考える天才だしね。とりあえず、ボクはなんか作ればいいんでしょ」
「はい。アン様にはいろんな建築物を作って頂きたく・・・まあ、ここはサナリア再興の時にお話ししますね。楽しみにしてくださいよ」
「そうだね。ボクはその時を楽しみにしよう!」
何も考えない直感型のアンは協力を確約してくれた。
「私が・・・あなた様に協力ですか・・・。まあ、フュン様のサナリアが、国家運営に直接関係がないとなっているのであればいいのでしょう・・・・それも面白そうと思えば、面白いのかもしれませんね。国とか関係なく働けるということですものね」
「そうです。サティ様には自由な采配をしてほしいのです。サティ様の能力をいかんなく発揮してほしいのですよ。そしてその際の責任はすべて僕が取ります。なので本当に自由に腕を振るってほしいのです。それと必ずお守りします。身の危険からもですよ! お二人は今後危険になるはずですから」
「そうですか・・・・そうですね。私も協力しましょうか。フュン様の配下となりましょう」
サティは優雅にお辞儀をした。
「え。いやいや。配下なんて。僕の協力者になってもらうだけですよ。大臣って言っても名ばかりで、他の人に説明する時の肩書きみたいなもので、実際のお二人は自由ですからね。ハハハ」
「いえいえ。私は配下で構いませんよ」
「ボクもいいよぉ。どうせフュン君は配下の人にもフレンドリーだしさ」
「そんなぁ。お二人は皇帝陛下のお子さんですよ。無理ですよ。せめて友達で」
「うふふ。冗談ですよ。協力者になりましょう。あと友達じゃありませんよ。私たちは親族となりますよ。シルヴィの旦那様なのですからね」
「そうですね。僕らは家族になるんですもんね。よろしくお願いしますよ。サティ様、アン様」
「そうです」「そうだよぉ。ボクらをお義姉さんと呼んでもいいよぉ」
二人は笑顔で答えた。
「お義姉さんですか。確かに僕もお姉さん欲しかったからな。嬉しいですね。お二人がお義姉さんになってくれるなら」
「なりましょう」「うん。どんとこい。義弟よ」
二人は同じタイミングで胸を叩いた。
お義姉さんにまかせろという意気込みを感じる。
「そうですか。ではよろしくお願いします。アン義姉さん。サティ義姉さん」
「ええ。フュン様」「やった。ボクに可愛い弟が出来たね!」
「はい。それでは時が来ましたら、サナリアにお呼びしますよ」
「はい。ぜひ行かせていただきますわ」
「うん。楽しみだねぇ。面白そう。何やるんだろ。ボク!」
こうして生まれた義姉弟関係。
アン。サティ。フュンのトライアングルでの義姉弟の約束である。
これにより、フュンが治めるサナリアが、とてつもない速度で成長することが約束されたのだった。




