第146話 暗躍へ
「何故遅かった。フュン・メイダルフィア!」
第二王子ウィルベルの声が玉座の間に響く。
「申し訳ありません。道に迷いました」
第二皇子を前にしても、フュンはふてぶてしい態度を貫く。
あのサナリアの経験を経たフュンは、何が起きても怖くないのだ。
「なぜ迷う!? 案内を受けているだろう?」
「いえ、一人で勝手に部屋から飛び出しました。申し訳ないです。僕のせいです」
逆に堂々と言い切ることでそれ以上の叱責が出来ないウィルベル。
この場に集まる。
王族。貴族らは、到着時間ギリギリのフュンの登場に不満があった。
彼が遅刻寸前であったのは、先程のやり取りのせいではなく。
そもそも、勝手に一人で着替え部屋から進んでいったからで。
本当に道に迷い込んでしまっていたのだ。
玉座の間は三階にあり、二階の渡り廊下からの道を間違えたフュンは、下に降りるしかない階段の方に行ってしまったりと、辿り着けない道のりを歩んでいるところで、近くにいた兵士らに案内されてやっと辿り着いたわけである。
実際遅いと言われても、ギリギリ間に合っているわけだが、ここは貴族が多い。
自分たちの時間を勝手に下々の者に奪われることを何よりも嫌うのである。
しかしフュンは今。この貴族らよりも立場は上。
だから文句が言えずに睨むだけに留まっている。
そして、そんな些細な事はどうでもいいと皇帝陛下が話し出した。
「よい。任命式だ。お祝いに近いのだから、皆。そうカリカリするな」
続けて。
「フュン・メイダルフィアよ。あとで、案内しようとした兵士には謝るのだぞ。肝を冷やしたはずだからな。ハハハハ」
「もちろんでございます陛下」
この場でフュンは動じていない。
眉一つも動かさないのである。
陛下は、フュンのその胆力を気に入っているのだ。
「ふっ。余のそばに来い」
「はっ。陛下」
皇帝陛下は目で合図を出していた。
あの一件以来、親しくなった義父と婿は、目で会話するに至っている。
ここからは余が婿殿を帝国の一角として押していくと・・・。
「これより。余。自らが宣言しよう」
普段はウィルベルに全てを任せている皇帝が、フュンを隣に置いて直々に話し出した。
その事に玉座の間にいる全員が驚く。
「ここにいる。フュン・メイダルフィアは、サナリアを治める領主となる。ここから、かの地。サナリアは辺境伯が治める地域として独立した区域となる。余はそこの自治権をフュン・メイダルフィアに与えるとする。かの地の税は、余が直接もらうとしよう。属国とは扱いが違う辺境伯である。王家には分配せずに、余に分配することをここに誓わせる。よいか」
ウィルベルでも想像できなかった好待遇。
冷静な彼の目を丸くさせたくらいに衝撃が走る。
内政系の大臣も、この展開を予想しておらず、驚きで一斉に皇帝陛下に顔を向けていた。
「そして、辺境伯の地位は、王家とは独立したものとし。王家の命令とは別系統のものとする。よって、どこの王家もこのフュン・メイダルフィアが治めるサナリアを編入させることは許さん! かの地は、帝国で独立した地である! よいな。皆の者!」
「・・・は、はっ・・・」
実質、皇帝陛下直轄地と呼んでもおかしくない。
これにより、フュンの地位が守られ、フュンの立場が強くなったと言えるのだ。
そして・・・。
「よって。フュン・メイダルフィアは。余の娘。シルヴィア・ダーレーと結婚できよう。だが、シルヴィアよ。サナリアはお前の家の土地ではない。独立した地域だぞ。よいな」
「・・・はい。わかりました。陛下」
「うむ。シルヴィア。婚約者に協力はしてもよいが。その際は父に連絡せよ。フュンは、我が領土の領主であるからな。よいな」
「……はい」
シルヴィアが深くお辞儀したことで、皇帝陛下は満足げに頷いた。
「では、よいな。皆の者。これより、このフュン・メイダルフィアは。シルヴィア・ダーレーの婚約者となり。そして、サナリア辺境伯となる! これに異論はないな!」
異論はないな・・・。
つまり、異論は言うなである。
皇帝陛下の威圧にも近い物言いのおかげで、皆にはそう感じる出来事となった。
「「「はっ。皇帝陛下の仰せのままに・・・」」」
この場の皆から、この言葉を引き出したことで、皇帝は満足げに笑った。
「では、解散だ。皆の者。下がってよし! フュン・メイダルフィア以外。この場から立ち去ってよい」
ぞろぞろと帰る者の中には、不満を漏らす者もいた。
破格の待遇には、何か裏があるのではと、勘ぐる者もいたのである。
でも実際に裏がある。
二人の間には、帝国の為の盟約があるのだ。
◇
他に誰もいなくなった玉座の間にて。
「さて。婿殿。これからどうするのかな」
「はい陛下。話の前にですが・・・あのジーク様が驚いていましたよね。あんな顔初めて見ましたよ」
ジークの驚きは、かつてないほどであった。
その衝撃で、立ち眩みが起きていたらしい。
「そうだな。あ奴が驚くのは、面白いな。あそこでからかってやりたかったわ。ははは」
「陛下もお人が悪いですよ。でも、これで。僕が誰にも言っていないのがお分かりになられましたか。ジーク様にもシルヴィアにも言っておりませんでしょ」
「うむ。それは助かった。これは誰にも知られるべきではないからな」
「ええ。そうです」
二人は談笑するにまで仲が良くなっていた。
さすがはフュン。
相手が心を開いてくれさえすれば、彼は誰の懐にでも入り込める人間である。
「では陛下。これより。王家会議を開きましょう」
「王家会議?」
「はい。王家だけで話し合うのです。話し合うべき事柄は、ジーク様が持っていますので。直々にジーク様からお話させた方がよろしいかと思います。しかし、それをする際に、僕も参加してもよろしいでしょうか」
「そうだな。許可しよう。すでにお主は余の家族に近い。結婚してくれれば正式な家族であるしな」
「はい。ありがとうございます。おそらく、今日か明日。ジーク様が陛下に連絡を入れてくると思います」
「わかった。二日後。各王家を招集させる……これでよいか」
「はい。ありがとうございます。そしてあらかじめこちらを」
フュンはメモの紙を皇帝に手渡した。
皇帝が読むと、すぐに紙をしまった。
「なるほど。こうやって、あ奴らを誘導するのか・・・随分大胆な計画だな。こんなこと出来るのか?」
「ええ。おそらく出来ます。これを実行すると、敵は消しにかかるはずなんです。たぶん口封じのような事をしてくるはずです。それがどこであるかを見極めるために、このように僕が誘導します。こうなると、おそらくジーク様が予定している事とは違う結果になりますね。やっぱり怒るかな・・・ジーク様」
ジークとは考えが違う。
フュンは近い未来を憂いていた。
「ふっ。あ奴に怒られても。それでもお主はやるのだろう・・・わかった。これは燃やしておこう」
「ええ。もちろんです。ジーク様と動きが違っても、僕の策は、彼を守るための策でもありますからね。では、失礼しますね。皇帝陛下」
「待て」
「はい?」
フュンが帰ろうとすると、皇帝陛下が声を掛けた。
「ここから、お主の就任パーティーがある」
「え? 僕のですか。そんなのいらないですよ」
「駄目だ。当り前のことはやらねばならんのだ。そこで、身内のみとはいかんから、多少の貴族共は招くことにする。それで、婿殿の仲間のウォーカー隊たちもだ。オレンジの小娘は特にな。それにせっかくの晴れ舞台。皆に見せてあげなさい。あ奴らも嬉しいだろうからな」
「・・そ、そうですね。隊の隊長クラスは呼んでおきます。陛下、それはいつごろでしょうか?」
「そうだな。皆が余裕をもって到着できた方が良いだろうから、10日後から20日後あたりであろうな。前後はするだろうが、それまでにはこちらに来ておきなさいと伝えておけ。よいな」
「はい。そのようにします。サナリアにも連絡を入れて、領土安定だけを目指して動いていきます」
「うむ。では諸々頼んだぞ。婿殿」
「はい。お任せを。陛下」
フュン・メイダルフィアには裏がある。
表の顔が光り輝いている分、裏の顔を誰も知ることがない。
サナリア辺境伯は、二つの顔を持つ大貴族であるのだ。
◇
フュンのお屋敷にて。
「イハルムさん。サナリアに行って来てもらってもいいですか?」
「え? サナリアにですか。なぜ?」
イハルムと対面で話すフュンは穏やかに指示を出した。
「ええ。ミラ先生と、サブロウを、ここに呼んでもらいたいのです。その際、サナリアでの訓練などは一時中断でよいので、こちらを優先してくれと連絡をお願いします」
「・・そういうことですか。わかりました。馬で行って参ります」
「ええ。そうですね。馬車で行くよりも速いですからね。今のサナリアはたぶん賊はいないでしょうから、安全でしょう」
フュンのお触れが発動していれば、賊たちはむやみやたらと誰かを襲ったりしないはずなのだ。
自分たちの心証が悪くなるようなことはしないであろう。
なので安全圏が確保された状態での馬での移動となり、移動が楽となるのだ。
通常、王都まで行くには馬車で六日間の道のり。
だが、馬の扱いに長けているイハルムであれば、馬のみで移動が出来れば、その半分以下でいけるだろう。
「イハルムさん。ここから出る前に、ジーク様のお屋敷にも寄ってください。『ザイオンとエリナを呼んでおいてください』とジーク様かシルヴィアに言伝してもらってもいいですか?」
「はい。そのようにしますね。行って参ります」
「はい。お願いします・・あ、あと。何回もすみませんね。あとはですね。ミラ先生とサブロウには、一番に僕に会いにきて下さいと伝えてください。ジーク様やシルヴィアよりも先にです。そこを強調しておいてください」
「わかりました。いってきます」
いつもの調子の主を置いて、イハルムは仕事に向かって行った。
◇
ダーレーのお屋敷にて。
銀髪の兄妹は、執務室にいた。
「何を考えているんだ?」
「どうしました? 兄様」
「シルヴィ。フュン君は。どこか変わってないか?」
「え。フュンがですか? 何も変わりはありませんが」
「そうか。何をする気なんだろうか。あの父上が、あれほどの破格の待遇を許可するとは・・俺の想像を超える待遇だぞ」
「そうでしょうか。別に普通かと。それくらいの偉業の功績だと思いますけどね。身一つでサナリアを収めた手腕は見事かと。はい兄様」
シルヴィアの入れたお茶を二人で飲む。
シルヴィアもフュンのおかげでお茶の入れ方を学んだのだ。
「ああ。ありがとう。でもな、あれはたぶん。父上と何かの話をしたと思うな」
「そうでしょうか」
「ああ。お呼ばれの際。たぶん、お前との結婚話以外の話もしたな」
「そうでしょうかね。でも兄様。フュンですよ。あのフュンですよ」
「ん?」
「それが本当だとしたら。私たちに嘘がつけると思います? 私たちに隠し事が出来ると思います? 無理ですよ。だって先に顔に出ますよ」
「たしかに・・・それもそうだな。あの子が隠し事なんてするわけないか・・・なんて言ったってフュン君だもんな」
「ええ。そうですよ。たとえ、サナリアが辺境伯の地となり、独立した存在になったとしても。フュンならば、私たちに協力してくれますから。大丈夫ですよ」
「そうか・・・そうだよな。フュン君だもんな」
「ええ。そうです。あのフュンですよ。なんでも笑って、私たちに協力してくれますよ。兄様」
事態は変わっていっても、兄妹はフュンを信頼していたのだった。
裏で動き出すのは別に闇の組織や、御三家だけではない。
フュンも動き出しているのである。




