第133話 サナリア平原の戦い 太陽は最期の時まで信念を貫く覚悟を持っている
サナリア軍は、フィアーナによって連れ出された四千の兵と、一段目のロイマン軍とのやりとりでも失った二千の兵によって、数の有利さを失いつつあった。
戦いが始まって半日も経っておらず、苦境に立たされるのが早かった。
しかしこれが苦境だと思っていないのがズィーベとラルハンである。
まだ兵数が有利であるからだ。
現在。
サナリア軍は、二段目の馬防柵の前で進軍が止まっている。
ロイマン軍による華麗な防御により、攻撃をいなされているのも要因であるのだが、実は二段目の馬防柵の作りが、一段目よりも遥かに固く頑丈に作られているのが、進軍停止の最大の要因である。
これは敵を深くこちらに誘い込むための罠。
一段目の脆さを基準に考えていたサナリア軍は。
『さっきのも軽く壊せたんだから、今回の二段目だって簡単なはずだ!』
と単純に思ってしまっていた。
いや、そう思わせたこと自体が、フュンの頭の良さが出ている証拠である。
今回もたやすく押し壊せるだろうという人間の心理を突いていたのだ。
彼の手の平の上で踊らされているとも知らずに、サナリア軍はまだ前進しようとしていた。
その中で先頭を進む兵士の中には、狼狽えている者たちもいた。
これはどうしたらいいか分からないと。
混乱状態に陥っていても、後ろから来る味方のせいで、立ち往生のような形でその場に留まっている。
彼らの残りの兵数が、最初の攻撃とフィアーナにしてやられた分で、一万二千程になってしまい、数が減ったことで、焦りにも繋がったのだろう。
前方の軍の勢いが消えた事に気づいたラルハンは、ズィーベに進言する。
「王。俺が直接指揮を執って、奴らを殺してみせます。関所を突破してみせましょう。お任せください」
「よし。わかった。前方軍全てを使って粉砕しろ。あんな柵などあっという間に潰せる」
「了解しました」
ラルハンは前方軍八千をフルに使って敵を粉砕しようと指示を出す。
「今より最大攻撃力を出すぞ。我が軍最高の攻撃を見せる。突進だ。全てが前に出て相手を押し殺せ」
「「「わあああああああああああああああ」」」
檄による歓声。
この勢いをもってして、サナリア軍が全力で関所に襲い掛かった。
その判断は別に悪くない。
フュンはそう思いながら上から戦場を見極めていた。
◇
最初の勢いを超える勢いを持って前進してきたサナリア軍の圧力に、後手に回り始める第二馬防柵の裏にいるロイマン軍。
頑強な馬防柵の内側にいても押され始めた。
今までの少しずつの攻撃じゃなくなったことで、敵軍の勢いに飲み込まれはじめたのだ。
馬防柵もまた少しずつ削れていき、壊れていった。
「ここまでだな……もうもたないはずだ・・・・よし、ここで下がるぞ。少しずつ下がれ。おびき寄せるようにだ」
ロイマン軍は、後衛からの弓で援護射撃しつつ、最低限の盾兵で、戦線ラインを維持。
第三の馬防柵にまで慎重に下がり始めた。
相手の剣や槍を盾で防ぎながら下がる。
この高度な訓練を受けていたフーナ村の人間たちは、常日頃からいかに敵と戦うことを想定したのかがよく分かる。
連結した盾の効果は、まさに鉄壁。
彼らの連携は素晴らしいものだった。
そして、第一と第二の馬防柵の間は距離が長かったのに対して、第二と第三の柵の間はなぜか距離が短い。
見事な退却をするのに、その距離感は楽であった。
ロイマン軍の兵が第三の馬防柵に納まっていくと、ロイマンは軍を特殊な形の列へと変えていった。
それは関所から真っ直ぐの道をぽっかりと開けたのだ。
真ん中を守らない変な位置取りに、首を傾げるのはサナリア軍。
彼らの戸惑う姿を見て、ロイマンは微笑み。
関所にいるフュンを見る為に振り返った。
◇
「ここです! いきます! 巻き込まれないでください。皆さん! 危ないですからね!」
フュンが前方に大声を出した後。
関所の中から大玉の岩が出てきた。
「ゼファー! お願いします」
「はっ。殿下!」
ゼファーと数名の兵士が岩を押していく。
サナリア平原よりも若干だけ高台になっている関所から大岩が発進!
最初のコロコロとした移動から、徐々に加速して敵軍へと向かう。
ロイマンが開けた真ん中の道を転がっていくのだ。
◇
「うわああああああああ」
「岩だ。岩」
「に、逃げろ!」
第二の馬防柵を破壊したサナリア軍は現在。
第二と第三の中腹辺りに先頭がいる。
目の前から降ってくるように転がってきた大岩。
あれから逃れたくても、逃げられない状況だった。
サナリア軍は隊列をしっかり組んで前進してきたわけではないから、背後の兵に突っ掛かったり、転んでしまったり、横の兵同士でぶつかったりと上手く退却出来ずにいた所に、大玉の大岩が通っていき数十名が下敷きとなった。
その恐怖の出来事に、物事を考えられなくなったサナリア軍は、混乱状態が続く。
時が止まったように、動きを止めてしまっていた。
そして、ここでフュンという男は、このチャンスを逃すような男ではなかった。
サナリア軍は彼をよく理解するべきだったのだ。
もう彼は愚鈍な王子じゃない。優しさだけが取り柄の取るに足らない王子じゃない。
帝国で大きく成長した戦う男になっていることを・・・。
フュンは無慈悲にもここでとっておきの秘策を発動させる。
絶望的な状況に足がすくんだままの敵兵士たちは、再度上を見上げる。
すると、前よりも巨大な岩が関所に用意されていた。
◇
「もう一本行きます。ここでこの戦はほぼ終了です!」
もう一つの大玉は、先程よりも一回り大きい。
その上で、今回は転がすのに変化がつけられていた。
実は、三段目の馬防柵の一つが、滑り台のように変化していて、最後の部分が上を向き、うねりあがっていた。
だから、そこに大玉が転がっていけば、あとは玉が浮き上がるような仕組みになっていたのである。
ゼファーとシュガ。
そして数名の男たちが、その大岩を押した。
先程よりも勢いをつけて、全力で押して大玉を大砲の射出のように加速させて転がしていく。
「さあ、サナリア軍の兵たちよ。これで終わりです。奈落の底へと落ちなさい。そこがあなたたちの敗北という名の落とし穴です!」
大玉は浮いた。
うねり上がった滑り台から少しだけ空を飛び、落下する。
一旦停止してしまっていたサナリア軍の真上から第二馬防柵付近に落ちた。
そこが目安のポイント。
第二馬防柵の地面の奥深くには、とある仕掛けがあるのだ。
『ドスン!』
強烈な音を立てて辺りに衝撃が響くと同時に、大岩が起こしたにしてはおかしい音が鳴った。
地面から爆発音が無数に起きたのだ。
『バババババババババ』
地面から小さな爆発音が鳴り響いていくと、抉れるようにして地面が崩れていく。
さっきまでそこにあった地面が、今の大玉の衝撃と小規模爆発の連続によって、大きな落とし穴が完成したのだ。
その大きさは第二馬防柵周辺である。
敵軍は、その馬防柵周辺に、大半がいたために落とし穴の範囲の中に落ちてしまったのだ。
これこそが、フュンが用意していた土木工事部隊による罠。
建築の人たちを大切にしなかったサナリア王ズィーベに対しての当てつけでもある罠なのだ。
彼はロイマンの協力を得たあの時から、最強の牢獄「落とし穴」を活用することを思いついていたのだ。
「サブロウ……上手くいきましたよ。そばにいなくても力になってくれますね……ですが。本当に上手くいくとは思いませんでしたよ。あれは二人で実験していた時はもう少し威力が弱かったですからね。落とし穴が出来て安心しましたよ。ふむふむ。でもあの大玉とサブロウ丸が無ければ出来ませんね。奥深くに埋め込んだ爆弾に衝撃を与えるのは、あれくらい大きな岩じゃないと駄目なんですね。まあ、あとでまたサブロウと実験しましょうか。それよりも、よかったですよ。落とし穴が完成してね。一安心ですね」
地面が一気に崩れ落ちていった原因は、サブロウ九号と大玉が連動した証。
サブロウ丸九号は超小型爆弾である。
フュンとサブロウが試行錯誤で考えた小爆発を起こす代物で、威力は人の身体を数センチずらすくらいの小規模なものである。
だから、地面にただ投げつけて楽しむ以外に、いつも通りの話だが使用用途がほぼない!
でもその爆弾を使って、あらかじめ掘っておいた地面の中に落とし穴を出現させる計画をフュンが練ったのだ。
無数に爆弾を設置したために、地面がえぐり取られた形となる。
この爆発を起こした原因は、衝撃。
大玉落下の衝撃がこの落とし穴を完成に導いたのだ。
これにて、敵軍のほぼ半分の兵が地面の底へと消えた。
生き残りも多少いるが、そこから這いあがることが出来ないサイズの深さであるために戦場からは離脱となる。
「ふぅ~。これで敵兵を捕縛しました。数はほぼ互角となったでしょう。ズィーベよ。気付きなさい。あなたの敗因は、四天王をないがしろにしただけではありません。職人さんたちも大切にしなかったことが良くないのですよ。ズィーベ。誰一人無駄な人などいないのです! この世には役立たずなど存在しないのです! むしろ、人のことをそういう風に決めつける、あなたこそが役立たずだ」
思いの中に信念が見える。
彼の信念。それは人である!
愛しているのです。信じているのです。
人の可能性のその先を・・・。
その先にある光は無限に広がっているのだと。
「この勝負・・・これほどの差がついたのは、人を信じる! これに尽きます。ズィーベ……重要なのはたくさんのお金や良い代物……それと強い力じゃない。全ては人なのですよ! 人の力こそがこの世で最も重要。人が協力すれば何でも出来るのです。だからあなたは何も出来ないのですよ。一人では何も出来ません。寂しいでしょ。この世にいるのに、一人っきりでいるのはね」
少しがっかりした後に、フュンはズィーベよりも後方の敵部隊を凝視した。
「さあ、こうなれば・・・あなたならば気付いてくれますよね。僕は、あなたを信じてますよ。勝負がここですよ」
フュンは敵軍の後方を見つめて、戦いの行く末を見守った。




