第131話 サナリア平原の戦い ロイマンの奮闘
兄弟対決の初戦は、サナリア軍の前衛にいた騎馬隊による突撃から始まった。
ここで見られたのは、騎馬民族らしさである。
それは平地戦最強の機動力を誇る馬ならではの突撃の華麗さがあるのだ。
並列移動に突進力、それと速度がかなり出ていて、開始から一分も経たないうちに最初の一撃が加えられようとしていた。
これに対して、冷静に対処しようとするロイマン軍は、相手の攻撃を封鎖しようと馬防柵の裏側で待機している。
軍と呼ぶには少々数が頼りないかもしれないが、彼らはこの一か月近くの間で訓練を重ねてだいぶ動きが良くなった。
それは、ロイマンが元々彼らを鍛え上げていたこともあり、すでに基礎の力は持っていて、それに合わせてフュンとゼファーの指導も生きている。
それにこの軍は、ロイマンの堅実さが、乗り移っているようで、帝国軍の規律性と変わりがなかったのだ。
彼らの軍は、総勢五千だが、現在ロイマンが指揮する軍は三千。
関所の第一段階の馬防柵にて、敵の侵入を防ぐ。
ロイマンは、猛烈な勢いで迫ってくる騎馬を前にしても焦らずにいた。
帝国での戦い、御三家戦乱を経験している彼がここにいることが、フュンにとっても大きな意味を持っていた。
この心もとない人数で、万を超える軍を相手にすれば、さすがの歴戦の猛者でも不安に思うだろう。
だがしかし、殊の外緊張せずにいたのがロイマンだった。
彼が落ち着いている事。それが他の兵の気持ちに落ち着きを与える。
そこでの話だが、実は彼自身もやけに自分が落ち着いていることに驚いていた。
「王子がそばにいるからなのか……不安がない。焦りがない。まあ、あの人の頑張ってください。あなたなら出来ますよ……ってのは魔法の言葉だったんだな……ふふふ、本当に不思議な人だ。俺たちにどんどん力を授けてくれる。神様みたいな気がしてくるな」
独り言に喜びと嬉しさが混じる。
ロイマンにとって歓喜の時がついに訪れた。
なんて言ったって、恩を返せるときがやってきたのだ。
敬愛する。崇拝する王子。
でもそれを思うのは何もロイマンだけじゃない。
「ロイマンさん。指示出した方がいいんじゃ」
「おう。ジャイキ。声を通すぞ。よく聞けよ!」
ロイマンは皆を鼓舞する。
「皆! 俺たちの役割。分かってんな! ここを死守するんだぞ! 王子がいる三列目に矢なんて届かせるなよ!」
「「「おう!」」」
「皆! 聞け。俺たちはこの日の為に……この時の為に、今まで頑張って来たと言っても過言じゃない。ついに夢が叶った日と言ってもいい。そんな時にだ。王子の正念場の戦場。ここを負けにするなんてあり得ないぞ! いいか。俺たちが王子の為に役に立つ時が来たんだ! 気張れよ。何としてでも、俺たちが王子を勝たせるんだ! 俺たちの信じる王子に、恩を返すぞ。勝つぞ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
ロイマンが指揮する兵士三千の士気は最高潮になった。
村人編成チームで、急造でもあるこの軍。
狩り程度の経験しかない兵がちらほらといる。
だが、そこは上手くベテランの兵と混ぜることでカバーする。
そこはロイマンだ。
抜け目のなさを持っている。
それにロイマンが育て上げた兵士たちは、目の前のサナリア軍と比較しても劣る所がなかった。
さらに言えば、彼は元帝国人であるので、兵の隊列を組ませるのが上手く、その点はサナリア軍を圧倒していた。
馬防柵の内側にいる兵士たちの横の列、縦の列に一切の乱れがない。
◇
ロイマンが率いる軍はまず一段目の馬防柵の内側で戦うこととなる。
「来たぞ。敵の侵入を防ぐぞ。槍や弓で対抗するぞ」
サナリア軍は何の策もなく騎馬で突進してきた。
馬防柵を見たことがないサナリア軍。
ひとまずは先遣隊のような形で前列だけが突進すればいいものの。
ズィーベとラルハンの指示は力押しであった。
「いけ、あんなものは騎馬で上から粉砕せよ」
ラルハンは何も考えずに兵を送り出す。
それはとてもよくない事であった。
「皆、いなすぞ。ジャイキ! ハイス! 左と右の部隊を頼んだぞ」
「「はい」」
ロイマン軍がサナリア軍の騎馬の動きを封じる。
サナリア軍の騎馬兵は、柵の鋭い棘に突進を憚られ、馬がその棘に刺さり、馬上にいる人が勢いよく放り出される形で、ロイマン軍の方へと次々と飛んでいった。
柵よりもこちらに倒れてしまった兵たちは、ロイマン軍の兵のトドメの攻撃ですぐに倒される。
その悲惨な状態の仲間を目にした四列目あたりの騎馬兵たちは、そう易々とやられるわけにはいかんと、柵の脇に回り込んでから、突撃をかまそうとしたのだが、そこはロイマンの兵士の槍が伸びてくる。
実は馬防柵と馬防柵の間には隙間があり、馬が一頭だけ通れるような細い道があったのだ。
敵は、ここが陣の中に入り込めるからチャンスだと思っていた。
しかしこれこそ罠。
ついついそこに入り込みたいと思わせたフュンのいやらしい考えの元に作られたものだ。
ここを上手く利用して、ロイマンの軍は、馬防柵の内側で完璧な布陣を敷き、しばらく守り続ける。
すると、八列目当たりの敵たちは、ここでは何も出来ないとして、馬防柵の前で馬を止めた。
だがこれも想定内であった。
この軍はロイマンの軍なのだ。
槍での攻撃や内側で防御が出来る軍。
それだけが彼の軍なわけがない。
なぜなら、ロイマンの最も得意とする武器は。
「放て! 止まった騎馬兵など、的当てにしてはデカ過ぎる。野生の猪よりもイージーだぞ! 皆! 一斉斉射だ」
彼の指揮の元。雨のように敵に矢を浴び続ける。
この一方的なロイマン軍の攻撃で、サナリア軍は次々と倒されていくことになった。
「よし。いけるぞ。まだまだだ。ここで粘る」
ロイマンの統率は見事で、最初の敵の攻撃を完封して見せたのである。
それを関所に近い三段目の馬防柵で見ていたフュンは。
「さあ。どう考える。ズィーベ。知らないでしょう。戦争というものをね」
弟の対策を見守る。
◇
「あ、あれは・・・・・歩兵の盾を前にだせ。あそこまで盾で矢を防ぎ、歩兵の槍や剣で柵を壊せ。馬は駄目だ。馬はこちらまで引け。左右に待機させろ。ここから全軍を少しだけ進めて、距離を確保したら弓を放ち盾を援護せよ」
ズィーベの指示が飛び、サナリア軍は全体が前進した。
戦場の最前線に近づく。
ロイマン軍を、弓の射程範囲に入れるようにするため、自軍の位置を微調整し始めた。
◇
その様子を見守るフュン。
ズィーベの考えを読み切り、感想を述べる。
「はぁ。なるほど。まあ、無難……60点。及第点ですよ」
サナリア軍は数で押し込んだ。
兵数の違いを見せつけるように、圧倒的圧力でロイマン軍の攻撃を鈍らせ始めると、一段目の馬防柵を破壊した。
この勢いにはたまらずロイマン軍も退却する。
だが、この時の退却も見事で、ロイマン軍は二段目の馬防柵に兵三千そのままで待機となった。
「あれは……いい手であったと自慢げになりそうですね。傲慢で自尊心だけは超一流ですからね。ズィーベは」
フュンの予想通り。
「ふはははは。雑魚だ雑魚。柵など用意しても、あっさりと壊されているではないか。やはり兄上は私の足元にも及ばない」
とまあ、自分の軍の動きに満足していた。
これも織り込み済みのフュンは頭の整理がしっかりできていた。
ブツブツと呟きながら戦況を見極める。
「ああ、お前の軍は、駄目だな。全軍が前のめり過ぎる。それに、あの程度の弓ではいけませんね。こちらの盾部隊を打ち破れていないじゃないか……はぁ。お前は大事な人を失ったと思っていないな・・・そこに彼女がいれば、僕が勝つ可能性なんて一つも無かったんだぞ。お前の敗因。その最大の原因は、人を大事に……人を大切にしなかったことだ」
この言い方。
どこかに無念さがある。
フュンはサブロウ丸一号を使う。
「思い知れ! ズィーベ! 何においても、人こそが重要なのだということをだ!」
フュンは不敵に笑い。そして。
「いきますよ。フィアーナ! ここで一手を頼みます」
青空のサナリアに、真っ赤な狼煙が二本上がった。




