第128話 宣言と伝言
ジークの戦いが終わった後。
「凄まじい炎の渦・・・恐ろしいですね。相手の兵士たちはどれくらいの数でしたでしょうか。あれは大火災。いえ、厄災と言っていいですね」
「うむ。そうだな。敵兵は少数であろうが心配ではあるな。生きたまま焼かれるのは辛いぞ」
勝手に戦いに行ってしまった兄の無事を確かめるためにしては、やけに落ち着いているシルヴィアと小さな老紳士ルイスは、椅子を並べて優雅に城壁の上でお茶をしていた。
二人ともジークよりも火の勢いの方を心配している。
こちらのハスラの都市まで、火の粉が舞ってきそうなくらいの猛火で、目の前の川が火の川となっているからだ。
見た目はもう地獄そのものだ。
「シルヴィア! オレンジの姫君はいずこへ」
辺りをキョロキョロするヒザルスは、シルヴィアの左側に急に現れた。
オレンジ頭の女性を探している模様。
「あら、ヒザルスさんもいらしていたのですね。今まで、ルイス様のそばにいなくてもよかったのですか。あなたは従者ですよね。ルイス様の!」
シルヴィアは、左を向きながら右隣にいるルイスを手の平で紹介した。
ルイスに聞こえないように、ヒザルスはシルヴィアの左耳に顔を近づけて小声で話す。
「いいかい。シルヴィア! このジジイはさ。たとえ、火の中、水の中。それに地獄の中にいてもね。あ、そうだ。あそこにいてもだね。たった一人でも生きていけるのよ。バケモノなの。絶対死なないのさ。だから、ほっといても大丈夫なの。それよりもオレンジの姫ぎ・・・・」
「おい。ヒザルス。誰が化け物だと」
「げ! 何のことでしょうか。誰がルイス様を化け物など。不届きものですな。ほほほ」
何でジジイの癖に聞こえるんだと思いながらヒザルスは表情を隠す。
今の話を聞いていたルイスがコンコンとヒザルスを怒っている間に、シルヴィアはお茶を一口飲んでから話しだす。
「ふふふ。ヒザルスさん。駄目ですよ。ルイス様はとってもお耳が良いのですからね。まあ、怒るのはこれくらいにして。ルイス様。なぜこちらに?」
「うむ。私も此度の戦争が心配になってな。さすがに今回の同時攻撃は大規模だ。守るには帝国の力を合わせねばな・・・だが、まだまだそれは無理であろう。この帝国の御三家の制度が残っている限りな」
「そうですね。我らはいずれは一つになりたいと思いますよね。しかし、我がダーレーは弱い。地盤も戦力も・・・です」
「そうだな。だがしかし、その地盤も戦力もきっと整うぞ。なにせ、お主の旦那がいるだろう? フュン様が、ダーレー家の最後のピースとなるだろう」
「だだだだだだ・・・だだだ・だだんな!?」
「何をそんなに慌てておる。いずれ夫婦になるんだろ? 結婚するんじゃないのか?」
「たたたたたしかに・・・フュン・・・は・・・旦那様に・・・んいにににになおえあうお」
顔が真っ赤になり呂律も回らなくなったシルヴィアは思考が停止した。
想像の世界に旅立たれた。
いい加減夫婦になることくらい覚悟しておけよと思うルイスとヒザルスの二人は、白い眼でシルヴィアを見ていた。
◇
そして・・・。
戦い終わったジークがナシュアを連れてこちらにやってきた。
ジークの後ろをピタッとくっついている彼女が、この場面で表に出ているのは珍しい。
普段ならば影に隠れていることが多いのだ。
「よお。ヒザルス!」
「げ!? ジーク」
「なにが。げっだよ。いっつも俺と会うと、お前は嫌そうな顔をするな。嬉しいくせによ」
「ふざけるな。俺はずっとお前に辛い思いをさせられて……ああ、疲れるぜ。俺とお前は絶対に合わないんだよ。性格も何もかもがな」
「それは嘘でしょう。ヒザルス。あなたはジーク様とそっくりですからね。似た者同士であるが故にあなたが一方的に嫌がっているだけですよ」
ジークの後ろからナシュアがひょっこり顔を出す。
彼の右隣をキープしながらヒザルスに微笑んだ。
「な!? 来てたのか。ナシュア。珍しいな」
「ええ。あなたもなぜこちらに来て・・・」
ヒザルスの奥にいたのがルイスであった。
彼の主であるルイスがいたのなら、ここに居ても当然である。
「ああ、ルイス様がいらっしゃってるのですね・・・ルイス様。ナシュアです。お久しぶりであります」
ナシュアはヒザルスを軽くいなして、ルイスに丁寧に挨拶する。
その姿は令嬢である。
一介のメイドには見えない。
「うむ。ナシュアか……久しぶりだ。お前さんは相変わらず美人だな」
「いえいえ。それ程でもありませんよ。いつもそうおっしゃってくださいますが、私はさほど美人ではありません」
「ハハハハ。自慢しても良いのにな。控えめな性格も。幼い頃のままだな」
ルイスとナシュアが談笑すると、シルヴィアが首をひねる。
「んんんん? ナシュアさんとルイス様はお知り合いなのですか」
「ん? 何を言っておるシルヴィア。知り合いも何も……ん? お前、こやつのこと知らんのか。教えてらんのか。ジーク?」
ルイスの問いかけにジークは微笑むだけで返事をしない。
シルヴィアは兄を見てナシュアを見た。
「兄様のメイドさん・・・ですよね?・・・ナシュアさんは?」
「いいや、違うぞシルヴィア。そやつはニアーク家の当主であるぞ。貴族だ」
「は!?」
フュンとの夫婦生活を想像して、理想の世界からやっと現実の世界に戻ってきたシルヴィアはこれまた衝撃の事実のせいで別世界へと移動した。
固まった彼女を見て。
「「ジーク!」」
ルイスとヒザルスが同時に怒鳴る。
「これこれ、教えておきなさい。妹に悪いであろう」
「そうだぞ。こんなんばっかするから、お前はムカつく野郎なんだ。せめてシルヴィアには教えてやらんと、ナシュアは貴族だとな。それにお前の切り札だろうが」
二人が叱責し始めようとすると、全員の後ろから優しげな声が聞こえる。
「まあまあ。お二人とも・・・そんな風にジークを怒っても無駄ですよ。この子は、話を聞こうたって話半分でしか聞きませんよ。誰かが忠告したって、耳が閉ざされてますからね。聞き入れません。あははは」
「「「ピカナ!?」」」
笑顔が崩れない男ピカナがやって来た。
ニコニコの顔のままジークの隣に立つ。
「いやいや、それにしても、僕にまで声を掛けるなんて・・・何用なのかな。ジーク。珍しいですね」
「ああ、ピカナさん。やっぱりさ。ピカナさんには重要な時にはいてもらいたくてさ」
「そうかい、そうかい」
ジークが自分の問いの答えを言ってないのに、ピカナは満足げに頷いて彼の肩を叩いた。
だいたいこういう時のジークがどういう事をするのかを知っているのだ。
ピカナの対応が嬉しいジークは、皆の注目を浴びてから話し出す。
「それじゃあ、全員が集まったな。俺たち。ダーレーが二家に対抗するために、ここで皆に集まってもらった。皆ならばな。俺が言いたいことが分かるはずだ。だから、何もペラペラと喋らん。一言だけ言おう・・・ごほん」
咳払いしてからの表情がいつもと違う。
その真剣な眼差しは、今まで一緒にジークと共に過ごしてきた者たちでも見たことがない。
ジークは王国に背を向けて帝都を指さした。
これからの敵はこいつらだけじゃない。
まだ内部に敵がいるのだ。
ダーレーの敵は内に潜む闇。
「準備は整い始めている。そろそろ俺たちも戦うとしようか。この帝国を取りに行く。皇帝の座を我がダーレー家の席とする」
怪しく微笑んだジークの国盗り合戦の宣言だった。
◇
「今から軍が来ます。ここの関所を通らせてもらってもよろしいでしょうか。こちらがその許可の文面です。ギリダートの責任者。クローズ閣下の印があります」
アージス平原。イーナミア王国側の関所にて。
王国の兵士に扮したタイムが、王国の兵に向かって言った。
「どれどれ・・・ふむふむ」
関所の兵士は、タイムから渡された紙を読んだ。
実はこの紙。
サブロウが盗んだ文書を偽造したものである。
文面の内容を書き換えて、見事な偽造文書を作成したのがサブロウである。
彼の技術の中に、筆跡鑑定という技術がある。
彼が持つ偽装術の技の一つだ。
サブロウは少々特殊で、こういう敵を騙すための姑息な技を持っている。
「そうか。援軍が今から来るのか」
「はい。追加の兵と、大砲三門を用意しました」
「わかった。ここにどれくらいで到着する予定なのだ?」
「あと、三十分ほどです。私が先行してお知らせに来た次第です」
「ふむ。わかった。ご苦労。ここで休まれるか?」
「いえ。軍に戻り、調整をします。戻って合流してもよろしいでしょうか」
「わかった。これまたご苦労だな。わざわざ先行して知らせてくれてすまないな」
「いいえ。これも仕事であります。では、失礼します」
タイムが華麗な敬礼を披露すると、関所の責任者も敬礼をした。
見事王国兵になりきったタイムは、何も怪しまれずにミッションを成し遂げたのである。
なぜ、伝令兵をタイムにしたのかと言うと、タイムしか出来なかったからである。
ウォーカー隊の連中では、兵士になりきれない。
拭いきれない賊の匂いがどうしても出てしまうのである。
黙っていれば、もしかしたら騙せるかもしれないが、話し出したらやはり賊。
だから関所の者と話すには、タイム以外に適した者がいないということだ。
それにタイムは器用な上に一般人に近しい感覚を持ち合わせているために、普通の兵として敵にも認識されたのである。
「ちょっと待て」
「はい?」
「お前、見たことがないな。新兵か?」
「はい。ギリダートで訓練したばかりの兵です。今こちらに来る兵も、新兵が多いです。なので、顔を知らない者たちばかりかと。大砲の運搬と後詰くらいの仕事なので。新兵で構成されました。届けたらすぐにギリダートまで戻る部隊と、兵としてアージスに残り、後衛部隊として待機します。なのであちらで二つに部隊が別れます」
「そうか・・・わかった。ありがとう。それじゃあ、三十分後だな」
「はい。お願いします」
タイムの巧みな会話により、敵に怪しまれることもなくウォーカー隊は、英雄の背後を突く準備を完成させていくのだった。




