第113話 従者ゼファーの成長は、進化に等しい
ゼファーのいる地下牢に、二人の男が訪問しに来た。
そのうちの一人、恰幅の良い人物が、ゼファーを収監している檻の前に来た途端。
胡坐をかいて頭を深く下げた。
「ゼファーよ。すまなかった。私は、お前の大切な叔父を死なせてしまった。そして私にとっても……大切な友だったゼクスをすまない。本当にすまない。ゼファーよ」
「シ、シガ―様!?」
ゼクスの死を無念に思っていたシガーは、ゼファーにただひたすらに謝り、許しを乞おうとする。
でもこれはその意味ともう一つ。
自分の気持ちに区切りをつけて、前を向くための行為だった。
ゼクスの遺志を継ぐ。
それは何も弟子だけではなかったのだ。
友も継ごうと思っていたのだ。
「ゼクスの事。私が救えればよかったのだ。ゼクスはあんな死に方をしていい人間じゃない。非道な王に殺されるような・・・・無念さが残るような死に方など、絶対に許されるべきじゃないんだ」
感情の起伏が少ないシガーが憤りを見せていた。
そんな激しい感情の彼を前にしても、意外に冷静なゼファーが諭すようにして言う。
「シガー様。叔父上はあれでいいのですよ。シガー様、あの顔を見ましたか。かなり満足そうな顔でしたよ。私もなんですが。ああやって王子の為に死ぬのです。しかし、これは王子には内緒ですよ。王子はこんなことを言うと絶対に怒りますからね。この覚悟は、秘密にしておかなけらばなりません。はははは」
ゼファーの晴れやかな顔に救われる。
シガーの心は少しだけ晴れていった。
「そうか・・・お前はとても良き成長をしたのだな。素晴らしい武人。素晴らしい従者となったのだな。こんな情けない四天王とは比べ物にならないほど立派だ」
「いえ。あなた様が情けないわけがない。私は今でも尊敬しております。シガー様に修行をつけて頂いた幼い頃からですよ。はははは」
「はははは。そうか。そうか。お前にそう言われると嬉しいな」
シガーは久しぶりに笑顔になった。
この苦痛な日々の中に笑顔は一つもなかったのに、ゼファーと話したら不思議と笑えたのだ。
一通り笑い終えたら、シガーは提案する。
「ゼファーよ、よく聞いてくれ。私はここで反旗を翻そうと思うのだ。しかし今はまだできない。勝つ要素がない。これは必ず勝たなければ王子に迷惑がかかる。そこでだ。ここぞというタイミングで、私は動こうと思う。だから今は、その前段階の一つとして、二人を逃がす。それが私の最初の仕事だ。我が息子シュガと共に王子を助けた後に、フィアーナの元に行ってくれ。さすれば何とか兵士を確保できるかもしれん。そこから何か好機が作れるかもしれんからな。私が内部に潜伏して、フィアーナが外から何らかの・・・まあ、ここは王子と私が連携して・・・」
シガーはかつての仲間フィアーナに賭けてみた。
彼女ならばこの悲惨なサナリアを見過ごすことはない。
粗暴ではあるが、サナリアを思う気持ちは自分と変わらないだろうとシガーは思っていた。
「フィアーナ様の元に? ということは、フィアーナ様。今はサナリアにいないのですか?」
「そうだ。あいつはいなくなったのだ。でもあれが一番いい方法でもあったような気がするな。今にして思えばだが・・・私もそうしていれば・・・」
自分もこんな国を見限ればよかったかもしれないと遠くを見つめて物思いに一瞬だけふけった。
「まあ、後悔しても遅いな。よし、ここからお前を出すぞ。お前の槍もくすねてきた。というよりもあいつら武器を捨てていたわ。だから、持っていけ。そしてシュガと共に王子の場所に行き、ここから逃げろ。出来るだけ遠くに逃げてから、フィアーナを探せ」
「は、はい。ですが、フィアーナ様は一体どこに・・・」
「前と同じなら、サナリアの北東から北のどこかにいるはずだろう。サナリア山脈の山中深くの村だ。あの村は移動式なのでな」
「わかりました。シガー様。お気をつけてください。シガー様が私を逃がしたと知られた場合危険では……」
「大丈夫だ。今の見張り共は私の兵の者。次の交代のタイミングでお前が兵を倒せ。次の兵士たちは今の王の兵だ。そうなれば、あとはなんとかごまかせるだろう。まあ、お前が私の事を気にするな。私は自分の事はなんとかする!」
「・・・なるほど。ではシュガ殿。よろしくおねがいします」
「はい、ゼファー殿。あなたの役に立てるように頑張ります」
シガーの後押しを受けて、ゼファーは脱獄し、フュンの元へと向かうのだった。
◇
見張り交代の時間。
地下牢の入り口から声が聞こえた。
「おい。サヌ。交代だぞ」
「ほ~い・・・じゃあな。バルグルズ。あ、そうだ。最初は捕虜がいるかどうかを確認しておいた方がいいぞ。まあ、ここから脱出なんて無理だろうけどさ。念のためにだな。それに、ハイトルナもいっとけよ。二人で行った方が楽だと思うぜ。あとで確認しなかっただろってさ。言われるのもめんどいだろぉ」
「それもそうだな。いくか?」
「わかった」
「じゃあなぁ。お二人さん!」
サヌに促されるように王派の二人の兵士は独房に向かった。
土の螺旋階段を降りて、地下牢の奥にあるゼファーの独房に辿り着く。
すると、檻の中には誰もいなかった。
檻の隙間なんて、子供でも通り抜けることが出来ないのに。
二人の兵は慌てて檻の鍵を開けて入る。
中に入ろうがやはり人の気配がなく、完全にゼファーがどこにもいない。
二人の兵士が声を上げて知らせようとして、息を深く吸い込んだ瞬間。
独房の天井に貼り付いていたゼファーが、飛び降りて二人を一挙に暗殺のような形で気絶させた。
ゼファーはそのまま敵の体を地下牢の隅に隠す。
完璧な気配断ちを披露したのだ。
「ぜ、ゼファー殿はこんなことも出来るのですか」
シュガはゼファーのいる独房とは違う別の部屋から近づいてきた。
「え。ああ。これはサブロウという男の技であります。私は帝国で様々な戦闘技術を学んだのです。殿下をお守りするには、ありとあらゆることを学ばなくてはいけなかったのですよ」
「…な、なるほど」
「では、殿下のいる場所まで行きましょう。道案内をお願いします。私は王宮の道がよく分かりません」
「わかりました。私についてきてください」
二人は地下牢から特別独居房へと向かったのだった。
◇
王宮の道をゼファーは知らないために、シュガの道案内を受ける。
でも、先を走るのはゼファーの方で、それは王宮内にいる兵士らを秘密裏に片付けるためである。
ゼファーは事細かく兵士らの様子を観察していく。
結果、王国の兵士の警備がざるであると感じてくる。
里ラメンテでやってきた訓練。
ミランダとサブロウが設定した戦場の方が異常に難しく思うのだ。
それは兵士の視野が重なることがない位置に、兵が等間隔で配備されているからである。
それに対して、王国の警備は視野が重なって無駄が多い。
死角になる範囲が多く出来ていたのだ。
ゼファーは気配を消しながら、王子への道の邪魔になる兵士を見極める。
進行方向の中で邪魔な位置にいる兵を発見する度に、シュガに聞く。
「あれは、シガー様の?」
「いえ。ラルハン派です」
「わかりました」
別場面。
王宮の離れ前の廊下では。
「あれは?」
「自分らの兵です」
「そうですか。しかし、なるべく気付かれないようにいきますよ。こちらです」
シュガの言う倒してもよい王の兵だけを倒し、シガーが集めた友軍の兵は倒さずに王宮を移動したのだ。
◇
最後の移動前。
「ぜ、ゼファー殿は、このようなことまで・・・」
「え? ああ、はい。これもサブロウの技であります。潜入するには気配断ち。それと、敵の索敵の範囲外からこちらが索敵するのですよ。あとはですね・・・・そうです。このサナリアの警備が脆弱なために、私でも上手く潜伏できているのもあります。私の実力だと、まだサブロウには届かないのですよ。それにサブロウが用意した戦場であれば、こんなにうまくいきません。すぐに発見されていますね。はははは」
「そ、そうなんですか・・・・そ、それにしても、ゼファー殿はご丁寧な方なのですね。自分のようなものにも丁寧に話すとは・・・」
「ああ。これはですね。殿下の影響であります。殿下は、人に対してとても丁寧な方なのです。シュガ殿も殿下に会ってしまえば、私がこうなったのもお分かりになりますよ。はははは。素晴らしいお方なのです。あのズィーベのような出来損ないの屑と比べてはいけません。殿下は最高の君主でありますからね」
「そうなんですね。それなら何としても助けねばなりませんね」
「ええ。急ぎましょう」
二人は、いくつかの難所を越えて、ついに特別独居房に到着する。
しかし、ここにいるはずの見張りの兵士たちがいなかった。
二人はその異様な事態に驚く。
建物内の二つの扉前に兵士がいなく、最後の三枚目の分厚い扉の前をゼファーが調べる
「こ、これは」
「ゼファー殿、どうしました?」
「戦った形跡があります! まさか・・・中に入りましょう」
二人が警戒しながら、独居房がある部屋の中に入る。
すると独居房までの道の鍵も開いていて、フュンがいたはずの牢も開いていた。
「殿下!?」
ゼファーが呼んでも返事はない。
フュンはすでにここにいないが、この独居房の中には見張りの兵士たちが倒れていた。
この8人は・・・。
おそらくそれぞれが分厚い扉前を警戒していた兵士であるだろう。
「王子は・・・。ゼファー殿」
「いませんね……しかし、殿下が一人でここを抜け出すのは不可能です。ならば手引きした者たちがいたはずだ」
ゼファーは建物から飛び出して何かを探す。
建物の周りをウロウロと歩きだした。
「ぜ、ゼファー殿? どうしましたか?」
「ええ。足跡を探しています。追跡を開始したいのです」
「追跡!?」
「はい、これは王宮内にいる方々が殿下を救ったと思います。これを見てください。この足跡、その数が多い」
ゼファーは複数の足跡に指を指していく。
「それに足跡の大きさと深さが違います。ということは体重も違いますからね。これは中に女性もいますね。ならば……これは色々な人が殿下の為に動いた。様々な職種の人たちとみて間違いない。そして、殿下は自分を救ってくれる者たちの命を、簡単に切り捨てるような事を絶対にしない。自分が生き残る道ではなく、全員が生き残る道を探すはずです。ならばすぐにでも、王都を飛び出すようなことはしません。殿下は王都の中のどこかに身を隠すはずです」
「な、なるほど」
シュガは王子の考えを読めるこの従者を尊敬した。
どんな時でも主君を信じているのだと。
「続きがありました。ここから先へ歩いている。薄い足跡ですね。殿下が消したのかもしれません。ですが、まだ殿下では足跡消しは上手くない。そうとなると、私たちはこれを消しながら追いかけます。ではシュガ殿。建物の中の兵らを完璧に片付けたら追跡を開始しますよ」
「は、はい」
特別独居房の中に雑に隠された兵士たちを、ゼファーが完璧に偽造工作し、誰にも見つからない場所へと隠した。
そして、ゼファーは、フュンを追いかけるために、サブロウ仕込みの索敵術を使用するのであった。




