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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
帝国の使者 フュン・メイダルフィア

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第110話 英雄の師 ゼクス・ユースド

 「・・・殿下・・・・申し訳ありません。私は・・・・」


 槍を握りしめていたゼファー。

 こんなものを主に向けることなど出来んと言わんばかりに空に向かって、槍を投げ飛ばした。


 「叔父上! 私は殿下の従者だ。ここで叔父上を見殺しにする! かたじけない!」


 叔父の死を受け入れる。

 ゼファーはズィーベの命令を完全に拒絶した。

 右目からは涙が流れ……そして左目はゼクスの顔をしかと見る。

 感情を押し殺していても、目だけが悲しみを帯びていた。

 でもゼファーの声はとても力強かった。


 私に命令できる主は、ただ一人。

 主の命令以外は絶対に聞かない。

 その強い意思の表れがその涙に込められていた。


 ゼファーの主君は。


 『フュン・メイダルフィア』


 ただ一人である。


 この意志を貫き通し、ここで叔父が死んだとしても、これこそが叔父の望むことである。

 ここでもし叔父を選び、主君を殺せば。

 しかもこの手で殺したとなれば、それこそ叔父は一生涯自分を許さないだろう。

 そうゼファーは心から信じているのだ。


 二人の気持ちは常に王子と共にあるから、二人はこの選択に後悔などしない。


 「ふはははは。よい。良き選択をしたぞ。ゼファー! 我はお前を誇りに思うぞ。それでこそ我の弟子。我の愛する甥であるぞ」

 「・・・すまない。叔父上!」

 「気にするな。ゼファー!! それでよい! よいのだ!」

 「だ。駄目だ、ゼファー。僕を。僕をやるんだ・・・」


 満足そうな顔をする二人を説得したいフュン。

 しかし二人はすでに覚悟が決まっている。

 笑顔で二人は見つめ合った。


 「いいのです王子。これでいいのです。我から言えるのは、二人とも! こんなのに負けるでないぞ・・・・・ああ、間違えましたぞ・・・申し訳ない。こんなことを言わずとも、こんな屑と比べてはいけませんでしたわ。二人は一度たりとて負けていない。最初から勝っておったのです。ワハハハ」


 豪快に笑って、心配そうな顔をしているフュンを見る。

 ゼクスはそれで思い出した。


 ◇

 

 あの頃の顔が同じように重なる。

 王子が幼い頃だ。


 「ゼクス様。僕は強くなれるんでしょうか。頑張っても何にも強くなりませんよ。武器だって扱えませんし、勉学だって出来ません」

 「王子。あなたは決して弱くないのですよ」

 「本当ですか。でも弱いですよ。ズィーベにすら負けます」

 「ええ。それは腕力などの身体的特徴だけです。あなたは、心が強いのです。いつも努力なされています」

 「・・・んんん。いや、それじゃあ才能が無いと言っているのですね」


 王子の鋭い感性がゼクスの話を遮っていた。


 「いいえ。王子。我の考えを深読みしてはいけませんよ。我の言葉を素直に受け入れましょう。あなたは努力する才能があるのです。あなたは諦めません。どんなことがあっても。母を失っても生きることを諦めなかった。あなたはとても強い人なのです」 

 「そうですかね。僕、強いんでしょうかね」


 固定観念は多少あっても、人の話を素直に受け取るのが王子の良さだった。


 「ええ。あなたは強い。間違いありません。この槍のゼクスが。あなたの強さを保証しましょう」

 「・・そうですか。まあゼクス様がそう言うなら・・・そうですね。信じましょう」

 「はははは。と言ってもまだ半分くらいは疑ってますね。王子! あなたは顔に感情が出やすい」

 「え!?・・・んん。そうかもしれませんね」


 ここも素直だ。

 相手に感情を見破られても腹を立てたりしないで素直に聞き返すことが出来る。

 これがズィーベであれば、言い当てられた時点で癇癪を起こすだろう。


 「では。我が予言しましょう」

 「予言? ゼクス様が? 何をです??」

 「我は思います。あなたはこの我。槍のゼクスよりも、いえ。サナリアの四天王よりも。ズィーベ様よりも、それとアハト王よりも。必ず強くなられますよ。あなた様ならば、皆を越えていくはずです。サナリア一の男になるでしょう」

 「ええ。強くなるって言っても、ゼクス様ぁ。そんなに大きく出るんですか!? 無理ですよ」

 「ははは。そんなことはないです。我の見る目は間違いないのです。我は人の持つ強さだけは見間違えたことがないのです。あなたの父君の強さも、出会った時に見抜きました。その我が、あなた様が生まれてからずっとお世話をしてきて、アハト王以上に強さを感じていますよ。だからきっとお強くなります。諦めなければね。あなた様は大器晩成なのです。まだ体ができていないだけの事なのです」

 「そうなんですか。んんん。でもまあ、そういうことにしましょうか! 前向きが一番ですもんね」

 「ええ。そうですよ。ですから、ここからの訓練。感覚訓練だけはみっちりと鍛えましょう。今後、必ずあなた様の役に立つはずですからね。それじゃあ。まずは、あの山に何があるのかを見ましょうか。木に鳥がいるかなどの遠くを見る。遠視の訓練ですよ」

 「わかりました! 見ます」


 素直な性格の王子が、自分の我が子のように可愛かったのだ。

 ゼクスにとって、フュンとは、もはや我が子であったのだ。


 ◇


 「殺れ! 耳障りだ。そ奴の口を塞げ。不愉快だ」


 ズィーベの命令でラルハンの剣がゼクスの背中から心臓に突き刺さる。

 その行為。

 ラルハンには武人たる矜持がない。

 武人の背を斬るなど、誇りも何もない男なのだ。


 ゼクスの背中から、胸から、大量の血が飛び散っていく。

 当然口からもだ。

 だがなんと、その状態からでも、血を吐いてでも、胸から血が噴き出しても。

 ゼクスは足に力を込めて立ち上がった。

 剣が刺さりながらも仁王立ちのような姿で、威風堂々と立つ。

 周りの視線がゼクスに集中する中、彼は最後の力を振り絞る。

 

 「ごっふ・・ごほ・・・負けていないのだ。我も。王子も、ゼファーもだ。どうか、王子、生きてください」

 「ゼクス様! あ、ゼクス様。ぼ、僕のせいで」


 ゼクスはフュンを見る。


 「これでよいのです。我はフュン様のために死ねるのならば本望であります・・・わ、我はゼファーと共にあなた様にだけ忠誠を誓っております。我の肉体がここで滅びようとも、我は、あなた様を・・・魂だけになってもお守りしますよ。どうかご無事で・・・・我が死んでも。前を向いて生きて・・・・ください」

 「ゼクス様! ゼクス様ああああああああああ」

 

 ゼクスはゼファーを見る。


 「ゼファー。後はお前に託す。従者の魂は、もうすでにわかっているようだ・・・だから余計なことは言わないぞ。信じてるからな」


 覚悟を決めているゼファーは叔父の満足そうな顔を見て頷いた。

 思いは話してもらわずとも受け取れる。そして思いを叔父に告げずとも、叔父は自分の気持ちを分かっているのだ。


 「そうだな。この世にゼファーがいれば、あの世でも我は安心なのだ・・・我は満足・・・我が愛しき弟子たちに・・・・最後に見送られるなんて、この上ない幸せである。我はもう・・・この世に未練なし!」

 「叔父上!」「ゼクス様!」


 ゼクスは二人の顔を見た後、微笑んだ。そして優しく声を掛ける。


 「うむ。あっぱれだったのだ。我が人生は! 楽しかったのだ二人とも。だから悲しまずとも良いのだ……さらばだ我が愛しき弟子たちよ!・・・」


 力強く言った後、ゼクスは最後の力でフュンを見て呼び掛ける。


 「ご武運を・・・お・・・うじ・・・」


 目の輝きが消え、全身からは力が抜けているはずだが、ゼクスは立ったまま絶命した。



 サナリア王国の四天王『槍のゼクス』

 優しく誠実な性格であったとされる。

 元は一人でサナリア平原を馬で駆けるほどの自由奔放な平原の青年であった。

 それがひょんなことから、サナリア王アハトに仕え、数々の戦場で功績をあげた男の最後は非常に呆気ないものであった。

 武人として戦場で死ねたのではなく、生涯を捧げて仕えた王の息子によって殺されるという悲惨な最期である。

 だが、その最期は非常に満足した顔で迎えることができた。

 それは二人の弟子に見守られながらであったからだった。

 サナリアの四天王として、第一王子フュンを育て上げて、その従者であるゼファーを立派に育てあげたゼクスの功績は、サナリアの地にとって計り知れないものであるはずなのだが、彼の名と功績は、残念ながらこのサナリアの歴史に残ることはない。

 だがしかし、彼の名と功績は帝国の歴史に・・・・。

 いいえ。

 この広いアーリア大陸の歴史に刻まれることになるのです。


 それは。

 

 のちに、アーリア大陸の英雄となる『フュン・メイダルフィア』と。


 その英雄の半身とまで呼ばれる『ゼファー・ヒューゼン』の。


 双方の資質を磨き上げた英雄の師『ゼクス・ユースド』として。


 大陸の歴史の重要人物の一人として、名が刻まれることになるのでした。

 

 サナリア如きの。

 

 サナリアの四天王などの。


 小さき名で終わるような人物ではなかったのでした。


 英雄の師ゼクス。

 彼の最期は非常に満足な最期であったとゼファーの証言がアーリア戦記には記されている・・・・。





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