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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
帝国の使者 フュン・メイダルフィア

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第109話 選べない究極の二択

 異常な事態なのに、全く動じていないサナリアの幹部たち。

 こうなることは初めから分かっていたことだったのだ。

 この事態を分かっていなかったのは使者の二人とゼクスとシガーだけだった。


 「ズィーベ。お前はいつからそんな卑怯者に・・・」


 ゼクスに突きつけられた刃に、流石のフュンも焦る。

 敵の攻撃は自分の師への攻撃がメインだった。


 「兄上。動いたらゼクスを殺しますよ」

 

 フュンの最大の弱点。

 それが師であると分かっていたズィーベは、ゼクスの背後に配置していた近衛兵ズィダというサナリアの特殊兵を使ってゼクスを捕らえた。

 サナリアの四天王ゼクスにしては、背後を警戒していないのは珍しい失態である。 

 しかし、自国において、しかも宗主国の使者がいる場面で、味方のはずのズィーベから罠を仕掛けられているとは、さすがのゼクスだってそんなことになるとは思わないだろう。

 油断や慢心があったとは言えない。

 そしてそれは、フュンとゼファーにとっても想定外のこと。

 正直者である彼らには、卑怯者が理解できなかった。

 

 「お、王子。わ、我に・・・構わず・・・」

 「黙らせよ」


 ズィダが、ゼクスの顔を強く地面にたたきつける。

 血を吐くゼクスを心配するゼファーが叫ぶ。


 「お。叔父上!」

 「ゼファー。止まっていなさい」

 「で、殿下?」


 ズィーベが次に何をしてくるのか分からない。

 フュンは、ゼクスの命を守るために動き出そうとしたゼファーを止めた。


 「なにが望みだ。ズィーベ」

 「・・・はははは。あなたがよくお分かりなのでは兄上・・・そうですね。大人しくついてきてほしいものですね。そうでしょう母上」

 「ええ。そうね。でも私はここまでにするわ。後はお任せするわ」


 母と結託しているズィーベは、フュンたちを拘束しながら王宮の裏庭に連れて行く。

 庭の広場の部分は、以前には存在していた花畑がなくなっていて、その優しさあふれる庭園からは想像できない処刑台が置いてあった。

 しかもこの建築物は綺麗に掃除しているように見えて、黒くなっている個所がいくつかある。

 その汚れがフュンを不安にさせた。


 「まさか・・・ズィーベ・・・お前は」


 フュンの予想は正しい。

 ここはすでに処刑場として機能している。

 傲慢な王ズィーベは、自分の命令を聞かない者たちをここで処断してきたのだ。

 サナリアの民や兵士を奴隷のように扱う政策ばかりを行ってきているのは確かだ。

 特に民たちは、見張りの兵たちに監視され続けている生活を送っている。

 重税と徴兵のダブルパンチで、苦しくなってここから逃げ出そうとしても、その厳重に監視している兵士たちに捕らえられては、民たちを見せしめのように殺す場所。

 

 これで皆に恐怖を植え付けることで、民だけじゃなく、兵士や内政官、そう言った身内すらも縛り、誰もがズィーベに逆らえないようにしていったのだろう。

 なんとも恐ろしい男だ。

 我が弟ながら、非道で外道なもはや人間ではない。

 とフュンは唇を噛みしめた。



 ◇


 ズィーベは三人を処刑台に設置して偉そうに話し出す。


 「兄上。私は恥ずかしいのです。あなたのような何もできない。出来損ないの兄を持つのは、うんざりします。ですからここで死んでもらいましょう。アルルース、罪状を」 

 「罪状?」


 フュンには身に覚えのない罪があるらしい。

 王宮兵の顔を一人一人覚えているフュンでも、見たことがない男がそばに来て紙を読む。


 「罪人フュン・メイダルフィアは、我が国の王。先代アハト王に毒を盛った。それにより、王は長きに渡り意識不明となり、後に亡くなったのである。よって、その罪は万死に値するので、これにて処刑致す」

 「な!? なに?」


 フュンとゼファー。そしてゼクスとシガーも驚いた。

 王子を殺すことに驚くのは当然のことだが、毒によって王が死んだなどの事実。

 これはどういう事なのだと。


 「証拠はあるのか、と兄上は言うと思う。だからこれを!」


 スラスラと言葉が出てくるズィーベが、理由を提示。

 彼が指し示したのは、隣に立つ兵士の手に納まっている小さな小瓶。

 禍々しい黒と緑が、瓶の中で混じり合わずにある液体である。


 「これが、何なのかわかりますか? 兄上」

 「…それは、アレアの花とシカラマの液体。猛毒じゃないか!?」

 「そうです。その通りです。さすがは毒の扱いに慣れていらっしゃる王子だ。一瞬でお分かりになられる・・・まあ兄上が父上を殺したのですから、当然でありますね」


 フュンはあらゆる薬物に詳しい。

 それは人を治すため、人の笑顔を守るためにである。

 決して人を死に追いやるためではない。

 だから帝国にしかない物にも詳しくなっていたのである。

 アレアの花。それは毒として作り上げると呼吸器に異常をきたす花。

 シカラマの液体は、帝国領土の沼地にある土の成分を煮出したもので、体の自由を奪う毒である。

 両者は混ざり合わない。

 だから禍々しい色を解き放っているのだ。

 

 「父上を殺すなど、いくらなんでも物理的に無理があるぞ。僕は一度もこっちに来ていない。それにこちらに来るどころか。僕はサナリアと連絡を取る手段すらなかったんだぞ」

 「あれ、そうでしたっけ。くくく。兄上とは連絡していたはずですけどね。金だって送ってましたし」

 「どこがだ。お前が王になってから王都とは連絡をしていないぞ」

 「まあそんなことはどうでもよい。この毒物が出た場所がよくないのですよ兄上。これはあなたの部屋から出たんですよ。そうでしょう。そこの女」


 フュンたちの目の前に連れて来られたのは、ハーシェだった。

 アイナの上司だったメイドでフュン付きのメイドのリーダーの女性だ。


 「…ハーシェさん!?」

 「わ、私はそれをフュン様のお部屋を掃除している時に見つけました」


 いつもの彼女じゃない。決意のある目。

 無機質で平坦な声は普段と変わらないが、何かを決心している。

 誰にも気持ちを悟られないように動くのが得意な彼女の微妙な変化。

 それがフュンだけには分かった。


 「・・・・・・でも」

 「黙らせろ」


 余計な一言があったらしい。

 ズィーベが「でも」の続きを言わせない。

 兵士が拳で彼女の顔を殴りつけた。

  

 「な。何をするんだ。ズィーベ! ハーシェさんに手を出すな!」

 「兄上は黙ってろ。さもなければ」


 今度はズィーベが、自分が持つ鞭でハーシェを叩く。

 わざと顔に一撃当てて、彼女の顔が真っ赤になると痛々しく腫れていく。

 そこでフュンの理性は吹き飛びそうになった。

 「く、ぐっ。ズィーベ」

 激怒を一言では言い表せない。

 その激しい怒りをなんとかして内側に抑え込む。


 「兄上。あなたの部屋からこれが出たのです。兄上が父上を殺そうとした証拠ですよ。これほどの大罪。やはりあなたには地獄を与えないといけないようですよ・・・それで・・・」


 勝利を確信しているズィーベは自慢げに毒物を見せていた。

 だが、今度は、その言葉の続きを言わせないように、ハーシェが決死の覚悟で発言する。


 「フュン様! それは急に見つかったのです。アハト王が亡くなる一カ月ほど前です。それまで王子のお部屋には何もなかったのに、机の上にポツンと置いてあったのです。私たちは王子が旅立たれてからお部屋を綺麗に掃除してきましたから・・・・・もし王子が帰ってこられた時に、部屋を綺麗にしてくれていて、『ありがとう』と、王子からその言葉を頂きたくて……笑顔になって欲しくて……私たちは王子がいなくなっても、丁寧に掃除をしてきたのです。だから、私たちは王子の部屋のいつもの様子を、この目で見なくても一つ一つ覚えています。物の配置だって。なんだって知ってます・・・・だ、だって、私たちは、王子が帰って来るかもしれないって、心のどこかでずっと思っていたかったんですよ。そこはもう掃除をしなくてもいい場所なんです。でもそれでも私たちは毎日掃除をしてました。あなたに会える気がするから・・・」


 涙をにじませても決意のある目は変わらない。

 ハーシェは覚悟していた。


 「ですから、私たち以外の誰かがそこに毒を置いたんです。王子に罪を着せる口実を作ろうとしたんです・・・・この人たちは悪魔。人じゃないんです。王子・・・ここは」

 「黙らせろ!」

 「ぐ。ごはっ」

 

 彼女の胸にダガーが突き刺さる。

 でも彼女は諦めない。王子に全てを託すために。


 「じ・・地獄です・・・お。王子・・どうかいき・・て・・・わたし・・・はいつでも一緒ですから」


 血が飛び散る中でも、懸命に王子に向かって話すハーシェ。

 最後まで彼女は王子の為に生きた女性であった。


 「は、ハーシェさん! き。貴様らああああああああああああああ。ぐあ」

 「兄上……叫んでも無駄ですよ。ほら拘束が激しくなるだけだ。無駄だ。無駄」


 フュンの顔は後ろにいる兵士によって、顔を地面に強く叩きつけられた。


 「今からあなたを処刑します。ですが・・・普通では面白くないんですよねぇ」


 怒りの表情のフュンを無視してズィーベはゼファーの前に歩いていく。

 ゼファーの顔をじっと見つめ、残酷な指令を出した。


 「ゼファー。この罪人を殺しなさい。罪人フュンを殺せ」

 「は?」


 突然のことにフュンの隣にいたゼファーは疑問で返した。


 「そうか。それじゃあ、こうしよう」


 ズィーベの指示の元。

 ゼクスだけが、ズィーベがいる所まで連れて来られた。

 そして、そのズィーベが己の剣を隣にいるラルハンに託すと。

 ラルハンは、鞘から剣を抜いて、ゼクスの背後から喉に刃先を当てた。


 「ほら。こうするぞ。ゼクスを殺されたくなければ……ゼファーよ。兄上を殺せ」

 「わ。私が・・・・殿下を・・・・殺す!?」

 「そうだ。だからお前には槍を与えよう。おい兵よ、こやつの縄を解け。ただしそこで暴れた瞬間、両方を斬る」


 近衛兵ズィダがフュンの背後に立った。

 これにて、フュンとゼクスの両者を背後から惨殺しようとした。

 悪魔の王はゼファーにとって究極の二択を選ばせようとしたのだ。

 主君をとるのか。家族をとるのか。

 選べない二択をズィーベが用意してきた。


 「ズィーベ。貴様。なぜ・・・なんで・・・こんな外道になったんだ・・・」

 「兄上もですよ。黙っていないと。ほら、ゼクスが死にますよ」


 ラルハンの剣がゼクスの服を少しだけ斬った。

 しかしゼクスは、その事に一つも恐れを抱いていない。

 堂々と話しだした。


 「ゼファーよ。お前は誰の主君であると考えているのだ。我はお前の主君ではないのだぞ。お前はフュン様の為に生きるのだ」


 自分の状態を顧みずゼクスは最後までフュンのそばにいろと言う。

 どちらを選んでいいのか分からないゼファーはフュンの前で動きを止めた。


 「ゼファー。僕をやるんだ。君が僕を見逃したとしても。ズィーベは僕を殺さないような男ではないんだよ。なら助かるかもしれないゼクス様を殺してはいけない。君の叔父だ。君は家族を大事にしなさい。ゼファー。僕だ。僕をやるんだ」

 「わ、私は・・・・殿下・・・・叔父上」


 ゼファーは、持っている槍を見つめた。

 どちらも自分を殺せと言い、どちらを選択すればいいのか。

 さらに分からなくなっていく。


 「ゼファーよ。そのまま何もしないと叔父が死ぬぞ。いいのか」

 

 ズィーベの最後通告を受けてゼファーは決心した。


 「わ・・私は・・・殿下・・・・」


 ゼファーはフュンの首を見つめる。


 「・・・殿下・・・・申し訳ありません。私は・・・・命令を・・・」


 ゼファーの持つ槍はフュンの首の真上で動いたのだった。

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