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『第4話 カワイイでも悪は悪』 前編

 ニンジャガールことカゲニン・シノブの正体や目的を探る作業は予想外にも難航していた。いやまあ、彼女が喫茶店『うにばす』の常連客な女子大生の篠であることは判明しているのだが、カゲニンなる存在のこととなると途端に暗礁に乗り上げてしまうのである。


 危険を承知で潜入したニポン国のデータベースも同様で、ロイにしては珍しく何の成果も得られずに空振りとなっていた。

 もっとも、よりセキュリティレベルの高いそれこそ極秘事項として取り扱われているのではないか?と推測しては情報が収められている場所を探り始めたのだから、転んでもただでは起きないしぶとさを持ち合わせていたようではあるが。


 そしてこちらである程度の情報が得られるまでは、篠に直接尋ねることはしないという方針となった。下手に鎌をかけることで怪しまれてしまっては元も子もないためである。

 チキューという銀河系辺境の発展途上惑星で孤軍奮闘しなくてはならない都合上、余計な敵を増やすことはなるべく避けるべきである。相手がチキュー人ならなおさらだ。


 一方で、銀とロイは本来の仕事である宇宙犯罪者の捕縛や取り締まりも精力的に行っていた。宇宙警察や銀河連邦軍ギャラクシー・フォースも摘発や防衛を行っているが、全てをカバーしきるには宇宙は広過ぎる。

 そうした網の目をかいくぐり、宇宙犯罪者たちがチキューへと降り立っていたのだった。


「逮捕、完了!」


 ある時は商店街で人ごみに紛れていた時に、またある時は畑で野菜を盗み食いしていた時に、そしてある時は宇宙船が着陸した直後に宇宙犯罪者たちを捕らえていった。


「な、なぜバレたんだ!?」

「あれだけ派手に現れたら嫌でも気付くわ!」

『ネットやらメディアではUFO騒ぎで祭り状態になっていましたからね。やれやれ。後始末をどうするべきか……』


 宇宙犯罪者などをやっているだけあって彼らは自己中心的で身勝手なことが多い。それこそイマジパワーを手に入れられさえすれば、後のことはどうでもいいと考えている奴がほとんどである。

 が、逆に言えばイマジパワーを入手するまでは接触を容易にするため、チキュー人に怪しまれないよう密かに立ち回る者が多いということでもあった。チキューへの入星時から目立つおバカはほんの一握りに過ぎない。


 ちなみに、畑で野菜を盗み食いをしていた宇宙犯罪者はその美味さに感動して改心することに。そして罪を(つぐな)った後は独学で野菜の勉強を始め、やがては『ベジタブルマスター』の名で呼ばれるようになったりもするのだが、これはまた別の話である。


「それにしても最近は特に宇宙犯罪者どもがやって来る頻度が高いな」


 ある日、閉店作業を行いながら銀が独り()ちる。


「どこかの犯罪組織が数撃てば当たる方式で送り込んできているのかもしれません。もしかすると複数の組織が共謀している可能性もありそうです」

「……言われてみれば納得というか腑に落ちることが多いな。」


 入星の時分から目立つおバカは論外としても、ここのところ彼らが続けざまに逮捕してきたのは揃って犯罪歴が軽微な者たちばかりであり、宇宙の裏社会界隈では小者とすら呼べない連中だったのだ。


「スラム惑星に入り込んでいる組織なら、人手を集めるのは大した労力でもないだろうしなあ」


 残念ながら銀河連邦にも貧富の差は存在しており、スラム化している惑星も少なくない数が存在している。「手に入れたイマジパワーは高く買い取ってやる」とか「成功すれば組織の幹部にしてやる」とか言えば、食い詰め者や跳ねっ返りの若者がいくらでももろ手を挙げて飛びついてくるだろう。


「報告書に挙げてその線から宇宙での捜査や防衛にあたってもらうべきだろうな。さすがにこれ以上増えると俺たちだけでは対処しきれなくなりそうだ」

「了解しました。……しかしこうなると景宮さん、いえ、ニンジャガールにも協力してもらいたいと思ってしまいますね」

「いくら俺が独自裁量権を持たされているとはいっても、チキューは発展途上惑星にカテゴライズされているからなあ……。上の承諾もなしに現場の判断で協力を申し込むことはできないだろ」


 実は先日の一件以降も、宇宙犯罪者を捕らえる際に度々(たびたび)彼女と遭遇しそうになっていたのだ。幸いにも光学迷彩などのお陰で鉢合わせをすることはなかったが、銀はこれまで以上に気を張り神経を使うことになっていた。


「まあ、ロイの気持ちも分からんではないぜ。ニンジャガールと出くわすのは決まってイマジパワーの異常値が検出された辺りだからな」

「そうなのですよ。いったいぜんたいどういう仕組みなのやら」

「あの時イマジワールドに取り込まれてしまったことで、イマジパワーの異常値を感知できるようにでもなったとか?」

「……ふむ。あり得なくはないですね。チキューでは霊感といった超常的なものを察知する力があるとされていますから。イマジワールドが展開されるほどの強力なイマジパワーに触れたことによって、それを感じ取る能力が強化されたというのは十分考えられます」


 強力な磁石に吸着させたままの釘などの鉄製品が、やがて磁力を帯びて磁石へと変化することを思い浮かべてもらえれば、イメージがしやすいだろうか。

 現段階ではあくまで彼らの仮定に過ぎないが、銀河連邦が極秘に調査したところによるとチキューで発生している神秘現象や怪奇現象の多くがイマジパワーによって引き起こされているという結果もあるので、全くの的外れではないと思われるのだった。


「推定ですが彼女の感知能力は、銀河連邦がその技術力を集約して作り上げた『イマジパワー検出装置』と同じくらいの精度がありそうですね」

「そいつは凄まじいな!とはいえ、彼女を引き込むのはリスクが大き過ぎる。当面は俺たちだけでやっていくしかないさ」

「ないもの強請(ねだ)りをしていても仕方がない、ということですね」


 しかしそのわずか数日後、彼らは前言を撤回したくなる事態に直面していた。


「ちっ!ダメだ。宇宙犯罪者らしい奴はどこにもいない」


 続々と集まってくる野次馬たちを避けながら、銀は吐き捨てるように呟いた。光学迷彩を展開しているので気が付かずに突進してくるためだ。その間も周囲へと視線を飛ばし続けているのだが、こちらも(かんば)しくはない。

 この数日間、イマジパワーの異常値を検出して現場へと急行するも、到着した時にはイマジパワーを奪われた被害者が倒れているばかりで、犯人はおろかその足取りすらまったく掴めずにいた。


『共有した視界データを洗ってみましたが、周辺に居るのは全てチキュー人ばかりです』

「近くの物や壁に擬態していることはないか?」

『いいえ。残念ながら熱量に質量ともに平常値でした。恐らくはもう、遠くに離れてしまったのではないでしょうか』


 最初は深夜の更に人目のつかない場所だったのだが、味を占めたのか徐々に大胆な行動をとるようになってきており、今回に至ってはついに白昼の大通りでの犯行だった。

 ちなみに、ニンジャガールこと篠は大学の講義の最中だったため現場には来ていない。それでもイマジパワーの変化は感じ取っていたようで、挙動不審となって友人たちから心配されていたらしい。


「逃げた、か……」


 少し離れた場所で壁に背を預けると、銀は事件が起きた場所へと鋭い視線を向ける。ようやく到着した救急隊員が被害者の診断を始めたところだった。


『何か気になる点でもありましたか?』

「俺たちだけじゃなく集まってきたチキュー人たちからも怪しまれずに、どうやってこの場から離れたのかと考えていたんだ」


 まず予想できるのは人々の動きに紛れることだが、少なくとも銀が到着して以降は野次馬たちが集まってくるばかりで離れる者は誰一人としていなかった。

 更に言えば白昼の街中で人が倒れるという事件が発生したのだ。当然注目度は高くなり、逃げ出す者がいれば目立ったはずだ。しかしながら、それらしい噂や目撃情報は一つとして聞こえていない。


『それでは何かに擬態して逃げた、ということでしょうか?』

「いや。擬態は隠れ潜むための能力だ。その場でやり過ごすならともかく、素早く移動することには向いていない」

『ですが先程探った時には該当する人物(・・)は発見できませんでしたね』

「ああ。だからこれも見当違いというやつなんだろうさ」


 今更ながらではあるがここで説明を入れておこう。宇宙には銀のようなヒューマン種の宇宙人以外に、これまで彼が逮捕してきたテンタクル種やスライム種といったチキュー人から見ればモンスターじみた外見の者たちも多数存在している。

 銀河連邦の場合、こうした見た目の違いに左右されることなく、知性を持ち友好的な関係を築ける者であれば同胞とするという規定を定めていることもあって、どんな外見であろうとも『人』として扱わなくてはならないとされていた。


『光学迷彩も見た目を誤魔化すだけの代物で、質量を偽ることはできませんからこちらも除外して構わないでしょう』

「そうなると残る可能性は……」

『体の不定形なスライム種であれば、側溝などに入り込んで逃げることもできたと考えられます』

「スラム惑星出身であれば多少の不衛生さには頓着しないか……。よし。潜り込んで逃げるのに使えそうなルートをピックアップしてくれ。そこから居場所を突き止められるかもしれない」

「了解しました。すぐに開始します」


 ようやく犯人に一歩近づくことができたかと思われたのだが、この捜査は空振りに終わることとなる。

 犯行現場の近くにあった側溝や排水のための管などはどれも小さく、いくら不定形の身体だとしても潜り込むのは難しいという結論に達したからである。ましてや人の目をかいくぐりながらとなると、至難の業とすら言えるほどだった。


「悪くない目の付け所だと思ったんだがなあ……」


 被害者も病院に搬送されたことで現場に居残る意味がなくなった銀は、早々に帰還するとカウンター席で大きくため息を吐いていた。


「正直私もここまでしてやられることになるとは思いませんでした」


 失敗続きの現状に、ロイも少々凹み気味になっているようだ。彼の中身は銀河連邦中枢電脳のコピーだ。宇宙でも有数の知性と知識を併せ持っていると自負していただけに、ショックも大きいのかもしれない。


「こんにちは。ってなんだか暗くない!?」


 と、そこに扉のベルの音を響かせながら篠がやって来る。


「いらっしゃい、景宮さん。お好きな席へどうぞ」


 接客モードへと切り替えたロイの言葉に笑顔を返すと、いつものカウンター隅の席へと向かっていく。が、その日は珍しく途中でその足を止めることになった。

 原因となったのはつけっ放しになっていたテレビだ。『うにばす』では――主に常連客たちの要望で――音楽を流したりテレビを付けたりしているので、これ自体は早々珍しい光景ではない。しかしこの時は取り上げられている内容が問題だった。


「あ、なるほど。連続昏睡事件のことを見てたのね。そりゃ暗くもなるかあ」

「知っているのか、篠ちゃん?」

「当たり前だよ。今一番の物騒な話題だもん。今日の事件で四日連続の四件目だっけ?そろそろローカルだけじゃなくて全国ニュースでも取り上げられることになるんじゃないかな」


 特に今日の物は多くの人が目撃している中での突然の昏睡だ。動画を撮影していた者も多いに違いない。それらがネットやメディアを通して大々的に拡散されるのも時間の問題だろう。


「あら?あんな所に猫ちゃんがいる」


 篠の言う猫とはもちろんテレビの中のことだ。ちょうど現場の近くで目撃者へのインタビューを行っていたらしく、そこに一匹の黒猫が映り込んでいたのだった。


「これだけザワザワしてるのに逃げようともしないなんて、おおらかと言うか肝の太い猫ちゃんだね」


 にこやかに笑う篠とは対照的に、銀とロイの目は鋭くなっていた。


「ロイ、ちょっと出てくるから後は頼んだ」

「うん?銀さんどこか行くの?」

「ああ。ちょっと野暮用ってやつさ。篠ちゃんはゆっくりくつろいで行ってくれ」


 それだけ言い残すと店の奥から続く居住部分を抜け、建物の裏へと向かう。愛用の原付バイクを引っ張り出すと、ヘルメットをかぶりエンジンをかけて道路へと飛び出し、たりはせずに左右の確認を行ってから発進。


「ロイ、聞こえるか?」


 法定速度を守った安全運転を行いながら、ヘルメットに内蔵された通信装置を起動させる。


『問題ありません』

「場所の特定はできたか?」

『既に終わっていますよ。被害者が倒れていた場所から五十メートルほど離れた地点です。それと念のため過去の視界共有された映像データを確認してみましたが、やはりどの現場にも現れていました』

「まさか篠ちゃんからヒントをもらうことになるとはなあ……」


 思わず苦笑じみた表情にもなってしまうというものだ。


「ええ。やはりできることなら仲間に引き込みたいところです」

「それはまた改めて考えようぜ。今はあいつを確実に捕まえることが最優先だ」


 ロイからのナビゲーションを受けながら、銀はテレビに映っていた場所へと急ぐのだった。法定速度で。


最後のあれはオチを付けるというのが一番なのですが、それ以外にも光学迷彩を展開すると他の人から完治されなくなって帰って危険になるため、という真っ当な理由も考えていたりします。


急がば回れ、時に正攻法が一番の近道だったりすることもあるのです。多分。

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[一言] >それ以外にも香華区明細を展開すると他の人から完治されなくなって  申し訳無い。  申し訳無いっすけど、あとがきの誤変換があまりにも面白くてですね。  香華区明細って香華区って地区で使…
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