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『第2話 激闘!イマジワールド』 前編

「う……。この時間はまだまだ寒いな……」


 カランと小さな音を立てて扉が開き、中から出てきた男が開口一番に言う。

 東の空から太陽が顔を出したばかりの時間帯だ。いくら桜前線がニポン列島の半分以上を北上した春の中頃とはいえ、夜間に冷やされた空気は肌を刺すようだった。


「ふむ。天気が崩れる心配はなさそうですね」


 その背後からもう一人男性が現れる。灰色じみてはいるが黒髪で黒目と言える先の男とは異なり、赤毛で茶色の瞳とこちらは明らかにニポン人とは異なる容姿である。


「ロイの天気予報なら間違いはないな」

「銀河連邦で稼働しているアンドロイドの中でも最高峰(ハイエンドクラス)な躯体のコピー体ですからね。これくらいは造作もないことです」


 ロイと呼ばれた赤紙の男性がふわりと笑顔を浮かべながら言う。

 実はこの二人、余人には決して話すことができない特大の秘密を抱えていた。黒髪の男こと河瀬銀(かわせ ぎん)と赤髪の男性こと安藤(あんどう)ロイの二人はチキュー人ではない。ロイに至ってはアンドロイドと人間ですらない。


 宇宙人な彼らだがチキュー人をアブダクトするとか謎の機械をインプラントするといった犯罪に手を染めている訳ではない。むしろその逆でチキュー人を宇宙犯罪者たちから守る立場にあった。

 チキュー人、とりわけニポン人は宇宙で使用されているエコでクリーンなエネルギー、イマジパワーを大量に生み出すことができる稀有な存在だった。そのため宇宙犯罪者たちから絶好のターゲットにされてしまっているのだ。


 しかし、現在のチキューは第三種発展途上惑星に指定されているため、大手を振って大軍を駐留させることはできない。そこで銀河連邦は逮捕拘束に始まり強い独自裁量権を持つ特任警官を宇宙警察(スペースポリス)から派遣することで宇宙犯罪者たちに対抗することにしたのである。


 ここまで言えばもうお分かりだろう。銀こそその特任警官であり、ロイは彼のサポート全般を務めるサポートロボットなのだ。


 そんな彼らだが、普段はひょんなことから知り合った老夫婦から借り受けることになった喫茶店『うにばす』で臨時の雇われマスターと店員をしている。

 もっとも常駐しているのはマスターのロイの方であり、銀の場合は暇ができれば近くの商店街に赴いて手伝いをするという、いわば何でも屋的な活動をしていたのだった。これは別に銀が飽きっぽい性格をしているという訳ではなく、宇宙犯罪者が現れた時に備えてどこに居ても不審がられないようにするための言わば本業のための下地作りも兼ねていた。


「それでは、朝のパトロールをよろしくお願いします」


 言いながらロイが差し出してきたのは、何本もの魔法瓶の水筒の入ったリュックサックだった。なお、水筒の中身はロイの入れたコーヒーだ。


「最近はこの配達業務の方がメインになっている気もするけどな……。で、今日は何軒だ?」

「いつもの『フーズランド田淵』と『花丸ベーカリー』に加えて、『水戸精肉店』と『ガーデンテラス向井』の四件ですね」


 前三つは『うにばす』から直線距離で二百メートルほど離れた駅前から続く商店街の通り沿いに店を構えているのだが、『ガーデンテラス向井』だけは商店街を挟んでその向こう側の住宅地に位置している。

 ちなみに、この商店街が銀の何でも屋の主な活動先となっている。


「向井さん、同業者なのにうちのコーヒー好きだよな……」

「それだけ先代の腕が良かったということでしょう」

「だな。俺たちが認められたのもお前が先代の味をほとんどそのまま引き継いだから、っていうのが大きいもんな」

「こういう時はアンドロイドで良かったと思いますよ」


 その一方で人間のように経験と勘で微調整することは苦手としている。常連客たちから「完全再現まであと一歩なんだけどなあ」と言われる所以(ゆえん)である。


「『花丸ベーカリー』で引き取ってくるのはモーニング用の食パンだけでいいのか?」

「はい。……潰さないようにお願いしますよ?」

「それをやらかしたのは最初の一日だけなんだが?」


 できたて焼きたてのパンの柔らかさを甘くみていたために起きた悲劇である。その日の(スタッフ)の食事は、潰れた食パンだけだったことも合わせて記しておく。

 憮然とした顔で走り始める銀。この日の朝のコーヒー配達兼ランニング兼パトロールは、『水戸精肉店』で店長の雑談に付き合わされたこと以外は何事もなく終わったのだった。




  〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆




 そんなある種平穏な朝とは打って変わって、その日の夕暮れは不穏と共にやってきた。


『銀、イマジパワーの異常数値を検出しました』


 夕方のパトロール兼水筒回収のために商店街付近を歩いていた銀の耳にロイの声が飛び込んでくる。


「場所は?」

『駅です。恐らく数名から強制的にイマジパワーを奪い取ったのだと推測されます』


 余人に聞かれることのない極々小さな声でほとんど口も動かさずに尋ねると、即座に返ってきた内容に顔をしかめることになってしまう。夕闇迫る黄昏刻(たそがれどき)逢魔が刻(おうまがとき)でもあるが、被害にあってしまった人々は不幸にも宇宙犯罪者という魔物に出くわしてしまったようだ。


「発展途上惑星の人間相手なら派手に動いても捕まらないとでも考えたのか。了解。すぐに現場に向かう。被害者の様態も気になるからな」

『その間にこちらは犯人の足取りを追っておきます。あれだけのイマジパワーですから完全に痕跡を消すことは難しいでしょう』


 そして二人は各々の仕事を始める。まあロイの場合は並行して喫茶店の業務も行っていたのだが。現在『うにばす』には常連と新規を合わせて七名ものお客が居たもので。


 一方の銀であるが、特任警官秘密道具の一つ光学迷彩を展開した上で持ち前のチキュー人離れした身体能力を発揮して、あっという間に駅へと到着していた。そこで彼が見たのは、被害者と思われるベンチに寝かされた数人の若い男性――中学生もしくは高校生のようだ――と、それを取り巻くようにしているやじ馬たちだった。


 漏れ聞こえてくる話を整理してみると、改札を抜けたあたりで突然男性たちが倒れてしまったらしい。犯人に関しては「直後に怪しい人影が離れていった」程度でしかなく、詳しい外見は一切不明とのこと。

 そもそも倒れたのが突然過ぎて、事件なのか事故なのかの判断すらついていないというのが本当のところのようである。


 光学迷彩を展開したまま、銀は胸元から取り出したサングラスをかける。これも秘密道具の一つであり、内包しているイマジパワーの量を大まかに知ることができるという代物だ。

 それによると、被害者たちは周囲の人々に比べて明らかにイマジパワーの量が減少していた。


「ロイが検出したイマジパワーは彼らから奪われたもので間違いなさそうだ。その時のショックで一時的に気絶しているだけだとは思うが、倒れた時に怪我をしているかもしれない。念のために被害者たちの人体情報を送るからスキャンしておいてくれ」

「了解しました」


 イマジパワーを奪われても基本的には命に別状はない。しかし不意に倒れてしまえば外傷を負う可能性がある上、数日間は肉体的にも精神的も疲弊した状態となり、人によっては症状が一週間以上続く場合もある。

 つまり、死ぬことはないからと楽観視して放置できる問題ではないのだ。

 余談だが、奪われたイマジパワーを持ち主に返すことで心身の疲弊期間を短縮することができるのだが、今回のように複数人からまとめてだと奪われた際に混じりあってしまい返却できなくなってしまうのである。


「それを織り込み済みでやったのだとすると、犯人は相当性質の悪い奴だということだな」

『ええ。そして残念ながらその予想が当たっている確率は高そうです。……被害者のスキャン結果がでました。全員軽い打ち身程度はありますが、それ以上の怪我は見当たりません』

「それだけが不幸中の幸いか。後は疲弊が続くようなら混じっていてもイマジパワーの返却を考えないといけないな」


 光学迷彩を利用すれば潜入と接触は難しくはないだろう。が、混じりあったイマジパワーがどのような影響を及ぼすのか未知数のため、できることなら回避したいところである。


『ですが、それも無事にイマジパワーを取り戻すことができてからの話です』

「分かっているよ。それで、犯人の逃亡先は突き止められたのか?」

『それなのですが、外部へと移動した形跡がありません』

「なんだと?まだこの建物の中に居るということか?」

『いいえ。中だけとは限りませんよ。ほら、ニポンのあの格言にあるでしょう』

「……あれか。そうだな故事に倣ってみるのも悪くはないか。俺はこのまま犯人が潜んでいるだろう場所へ向かう。ロイはそのまま警戒を続けてくれ。これだけ派手にやったんだ、もしかすると実行犯以外に運び屋などが潜んでいるのかもしれない」


 イマジパワーの有用性と価値を考えると、最終的に闇ルートに売りさばくことさえできれば複数人でも十分以上に儲けを出せてしまう。チキュー人から奪い取る実行犯だけでなく隠れ家へと運び込む者や、そこから更にチキュー外へと持ち出す者がいるかもしれない。


『了解しました。犯人が抵抗するケースも想定されますから対策は万全にしておいてください』

「もちろんだ。……というか抵抗しないケースなんてあるのかね?」

『さて、どうなのでしょう?』


 真面目な顔で間の抜けた会話を続けながらそっと野次馬の輪を抜けた銀は、目的地へと向かって足を動かすのだった。




  〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆ 〇 △ ◇ ☆




 駅舎の屋上は一部の関係者しか立ち入ることができない。そういった場所というのは得てして雑多になってしまうものだ。ここもその例にもれず、大型空調の室外機などが並び面積のわりに狭苦しい印象を与えていた。

 そんな所でコソコソしている影が一つ。


「へへっ。たったあれだけの時間でこれだけ大量のイマジパワーが手に入るなんて、笑いが止まらなくなっちまうぜ」


 ニタニタと締まりのない笑みを張り付けていたそれは、チキュー人類とはかけ離れた姿をしていた。あえて例えるならば茶色いロープの集合体だろうか。ウネウネ動くロープが複雑に絡み合っているような外見だ。その上にヒューマン種の頭部が乗っているのだから不気味なことこの上ない。

 テンタクル種の中でもワーム系に分類される宇宙人だ。なお、この頭部は他種族とのコミュニケーションを円滑に行うために使用される作り物である。宇宙にはテンタクル種を始めとして、他種族には表情を読み取ることが極めて困難な種族が多く存在しているのだ。


「こんなことならもっと早くチキューにやって来ておくんだったな」

「残念だが、その選択は大間違いだと言わざるを得ない」

「んなっ!?だ、誰だ!?出てきやがれ!?くそっ!何でこの場所がバレたんだ!?」


 独り言のつもりの言葉に合いの手が入れられて、ワーム宇宙人は慌てて周囲を見回す。が、声の主こと銀が姿を見せることはなかった。居場所が特定されていないというのは、交渉においても戦いにおいても大きなアドバンテージとなるのだから当然である。

 正義の味方っぽくない?確かにそうかもしれないが、この行動には理由があった。


 チキューでの活動は特別任務であると同時に極秘任務でもあった。宇宙犯罪者へのけん制と抑止のために噂こそ流されているが、事の真相は宇宙警察と銀河連邦の上層部にしか知らされることはない。

 こうした事情があるため、将来的にはともかく現状では代わりの人間がいない状態だった。つまり、殉職どころか怪我でもしようものなら、回復するまでの期宇宙犯罪者たちから間チキューを守る者が居なくなってしまうのである。


 加えて言えば身バレを防ぐという意味合いもある。宇宙犯罪者同士のネットワークというものもバカにできないもので、特に敵対関係にある宇宙警察については常時情報を集めてアップデートされていると言われている。

 チキュー在任の警官となれば喉から手が出るほど欲しがっているはずで、絶対に素顔を知られる訳にはいかないのだ。


「後の質問から答えてやろう。このニポンにはこんな格言があるのさ。「バカと煙は高いところが好き」ってな。誰にそそのかされたのかは知らないが、チキューにやって来るような大バカなら高いところに逃げているだろうと当たりを付けたということだ」

「お。おれが大バカだと!?」

「その通りだろう。今の時点でお前は発展途上惑星への未入星の現行犯であり、原住民への傷害とイマジパワーの不正取得の容疑が掛けられている。まあ、容疑の方も確定のようであるし、そんなことをやらかしている奴のことを世間一般では大バカと呼ぶんだ」

「お、おまえ宇宙警察か!?まさか噂の特任警官ってやつかよ!?」


 罪を羅列されたことでようやく思い至ったのか、ワーム宇宙人が隠れている銀の正体を叫ぶ。


「正解。さあ、大人しく投降しろ」

「くそがっ!上手くイマジパワーを手に入れたんだ。絶対に逃げ切ってやる!!」

「させるか!」


 逃げようと体をたわませるワーム宇宙人にスタンレーザーを撃ち込む。だが、それは犯罪者の狡猾な罠だった。


「へへっ。わざわざ居所を教えてくれてありがとよ。こいつはお返しだっ!……あれ?」


 数本が束ねられて槍のようになった触手が伸ばされるも、誰もいない空間が広がっているだけだった。


「反撃されると予想できるのに、いつまでも同じ場所に隠れているはずがないだろう。本官の職務に対する妨害の意思を確認。これより実力行使による捕縛に移る。バトルスーツ、装着!」


本日19:00に後編を投稿します。


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[一言] >老夫婦から借り受けることになった喫茶店『うにばす』  うにー……ばーす?  あ、ユニバースか。  自分はちょっぴり「うにー!」が満載のバスタブを思い浮かべてましたわ。
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