第三話 新しい家族と奪還
「今日から一緒に住む、神楽ちゃんと舞ちゃんです」
いきなりリビングに呼び出されたと思ったら、ここ数日行方不明だった父さんが、見知らぬ女の子を二人連れていた。
「……警察に通報でいい?」
「待て。事情がある」
「ほう。聞こうか」
「知り合いの子でな…俺達に似た事情で預かることになった」
家と似たような状況……親が何かに狙われて、子供に被害が及ぶ?
「深くは聞かない。今日のところは」
渋々ではあるが、納得し受け入れることにする。
「えっと、なんで私まで?」
家族だけの話と思ったが、隣には澪もいる。当然本人は状況が理解出来ていない。
澪の家系は神主や巫女の一族に連なるとはいえ、澪本人は巫女見習いの一般人だ。
ヴァンデル家の事情すら、まだ知らないのだ。
こんな急展開についていけるはずがない。
「澪、とりあえず今は、深く考えなくていい」
「え。それでいいの?」
「家と似た事情ってことは、そこそこ面倒な話になる。その辺の話は、今度しよう」
「う、うん」
今は、この2人を受け入れることを優先しよう。
どんな事情があろうとも……。俺が、九條の家でそうだったように
「さて、一応良さそうだから、自己紹介だ」
「玲音・ヴァンデル。そこの二人の息子だ。歳は16。特技は身体を動かすこと。苦手なのは球技か」
「えっと、私は家族じゃないんだけど、御鏡澪です。隣に住んでます。歳は16歳で12月産まれです。得意なことは踊りと歌、苦手なのは幽霊とか都市伝説かな」
自己紹介……まぁ、こんな感じか?学校でクラスの顔合わせの時は、自身の役割とかも言わされたが
「私は神楽。神楽・エジェル。……養子として、家族になるそうだから、神楽・ヴァンデルか。歳は17になったばかりだ」
「舞・コルディ。神楽姉と同じで、養子になるから、舞・ヴァンデル。歳は15」
神楽と名乗った子は、女の子に人気が出るタイプだろう。背も高く、スタイル抜群。髪は光を反射して輝く金髪。
舞と名乗った子は、口数が少ないのかシンプルなイメージを受ける。落ち着いてるように見えるが、表情や身体が固くなっている。薄茶色の髪をハーフアップにしている。
「養子…ね。俺らより酷いんじゃねぇの?状況」
ヴァンデル家の事情は、アーノルドとエレナの二人が解決出来る問題だった。だから、玲音は一時的に預けられ、養子縁組するようなことにならなかった。
しかし、この二人は養子になると言った。それはつまり、元の家系で何かあって、影響を受けないようにさせる為……
「先に言っておく。二人を歓迎して無い、なんてことは無い。色々言いたいのは、俺の両親にだからな」
リビングに入ってきてからずっとそうだったが、神楽…さんと舞さんは緊張している。
身体に力が入りすぎているのでわかった。
「澪、買い物のついでに二人を案内してくれないか?学校も俺らと同じになるだろうし」
「うん。わかった。買い物は日用品と夜の食材の買い足しだよね?」
「頼むよ。レシートは忘れずにな。後で払わせるから」
「はーい。じゃぁ、神楽さんと舞さん、一緒に行こう?」
澪が手を差し出せば、遠慮がちだがその手を取った。
リビングを出て、玄関の扉が閉まる音がして、気配が離れていくのを確認して、両親と向き合う。
「……別に怒ってはいない。先に言っておいて欲しくはあったけど」
「……すまん」
「謝らなくていい。こうするしか方法がなかったんだろう?時間的な問題かその場の状況的に」
「玲音、流石に理解しすぎじゃない?」
「そう育てたのは、二人だろ」
空気が少し柔らかくなった。父さんも母さんも、俺も気付かぬうちに力が入っていたようだ。息を吐いて、落ち着きを取り戻す。
「俺からも一つ、話がある」
今日は、父さんに集まるように言われたが、その後に時間があるなら、俺からも話があると言っておいた。その時は、澪を同席させたくなかったので、今日は丁度良かった。
「数時間前の緊急速報は知ってるよな?俺宛に招集がかかった」
「……そうか」
「行くのね?」
「登録ハンターとしての義務だからな」
数時間前の緊急速報。それは、七箇所に六体、新種の魔獣が現れた。
そいつらは、今までの魔獣に比べ、全てが圧倒的だった。
攻撃力もその範囲も。防御力に至っては、最上位とされるハンターの攻撃で浅い傷しか付けれないほど。知性も高いのか、建物を盾にしたり、人質を取ったり。
獣型だけでなく、人型も出現した。
そんな化け物が、ある時間一瞬にして消え、首都に再出現。
気の緩んでいた所への襲撃は、あまりにも効果的過ぎた。
首都に席を置くハンター、ギルド、企業の大多数が殲滅された。
防衛の為に設置されていた兵器の数々も破壊され、首都は42体の新種の魔獣が蔓延る廃墟と化した。
「ハンターランク500以内を招集」
ハンターランク…魔獣を討伐した際のスコアで順位付けされている、日本独自のシステムだ。
最近では、世界各地で導入され始めたらしい。
「出発は?」
「0時」
「……それまでは家にいるんだな?」
「うん」
柔らかくなった空気がまた沈む。
2時間もすれば、三人はいつも通りに戻ることが出来た。
しばらく出来ていなかった稽古をして、付け焼き刃だけども、父さんの編み出した抜刀術を覚えた。
汗だくになって大の字で倒れていると、澪が神楽さんと舞さんを連れて帰ってきた。
……距離も近くなってる。多分、道中で仲良くなれたんだろう。
澪はそういう対人能力高いから
「おか はァ えり」
「ただいま。玲音は鍛錬?」
「ふぅ まぁな。最近教わった中で一番キツかった」
「れ れおんは、アーノルドさんに教わっているのか?」
息を整えながら立ち上がる。汚れを払っていると、控えめに神楽さんが聞いてくる。
「そうだな。元は別の人から教わってたけど、父さんに余裕が出来たから、今は父さんに稽古付けて貰ってる。……神楽さんも明日からやる?」
羨ましそう…かな?そんな感じがして、最後に一緒にどうか聞いてみると、表情が明るくなる。
「明日からよろしく頼む。玲音」
「こっちこそよろしく。神楽姉さん」
受け入れる、迎え入れる、という意味合いも込めて姉さんと呼ぶ。
誕生日も俺より早い訳だしな。姉さんが妥当なとこだろ
「……お姉ばかりずるい。私も一緒に鍛錬する」
「舞もか?近接は苦手だろう?」
「だけど、澪姉も稽古付けてもらってるなら、私も無駄じゃない」
「む、そういえばそうだな」
「澪姉…」
舞の澪姉呼びに戸惑っていると、澪が苦笑しながら隣にやってきた。
「まぁ、色々あってあの呼び方に」
「色々が気になるところだが、気に入られてるようで何よりだね」
「うん。玲音とも仲良くなりたい、って言ってたよ」
どうするの?と言葉にしないが、首を傾げながら笑いかけてくる澪。
わかってるよと苦笑してから、舞の正面に立つ。
「舞。舞も明日から一緒にするか?」
「うん。お兄、お願い」
「おう。てことだから、父さんも頑張ってくれ」
縁側に座る父さんに、視線だけ向けて伝える。
「二人も四人も大差ない。家族の交流になるなら、張り切って指導しよう」
ニヤッと笑うおまけ付きで返事が返ってくる。
玲音が汗を流している間に、澪とエレナが買ってきた食材を使って調理を始める。
神楽と舞は、アーノルドが持ち出した玲音のアルバムを見ながら、どんな風に育ったのかを話し合う。
そこに、澪とエレナも調理はしながら参加する。
そのアルバムは、玲音を九條の家へ引取りに行った時に貰ったものだ。
哺乳瓶を中々離そうとしない写真や、一人で歩いてドヤ顔している写真。
教育係の人に怒られたり、褒められたりした写真。
真剣に武術を学んでいる時の写真。
九條のお嬢様に振り回されている写真。
小学校の入学式で親の代わりに教育係だった二人と写っている写真。
途中から、汗を流し終わった玲音も参加し、澪にヴァンデル家の事情を話したりしながら、時間は進む。
「ねぇ、玲音」
「ん?」
「……行くんだよね?」
隣の家ではあるが、夜遅くなので澪を送って行った。その別れ際、澪に袖を掴まれる。
「…行くよ。義務だからね」
行って欲しくない、引き止めたい。そんな意思を感じる。それでも、玲音は揺るがない。
「どうしても行くの?」
「あぁ」
「私が行かないでって言っても?」
「あぁ」
「私の…全部をあげるって言っても?」
袖を離して、後ろから抱き締めてくる。
「魅力的だけど、ごめん。それなりに、国から援助されてる身だから。それを少しでも返さないと」
「……」
「安心…はできないかもだけど、大丈夫。俺は招集された中でも下の方だから、どっちかと言えば後方だよ。それに、ここで何とかしないと、他の場所に出現しないとは限らない」
「…うん」
「俺は、澪と家族を守りたいから、行くんだよ。守りたいものを守るために戦うんだ」
「うん」
「だから、今は俺を信じて送り出してくれないか?」
「……うん。行ってらっしゃい。帰ってきたら、ご褒美あげるね」
「それは魅力的だ。絶対に生きて戻ってこないとだな」
「そうだよ。絶対戻って来て。アーノルドさんもエレナさんも神楽も舞ちゃんも待ってる」
「あぁ」
「……今は、これだけ。ご褒美期待してね」
身体から離れたと思ったら、腕に柔らかな感触と頬に触れる柔らかな何か。鼻腔をくすぐる、優しく暖かな澪の匂い。
恥ずかしくなったのか、澪は小走りに駆けて、家に入って行った。
いきなりの事で少し呆然としたが、気を取り直して玲音は自分の部屋に一度戻る。
「生きて帰って来ないとな。ご褒美が楽しみだ」
それに、ちゃんと伝えないとな
机の引き出しに閉まってある小さな箱を取り出して、胸に当てて気持ちを落ち着ける。
「よし。行くか」
立て掛けておいた神器を手に取り、箱を引き出しに戻してから、部屋の窓から外に飛び出る。
玄関からでたら、ちゃんと進めない気がした。
怖いに決まってる。行きたくないに決まってる。
死にたくない。まだ生きていたい。
澪を幸せにするまで死ぬ訳にはいかない。ちゃんとアレを渡したい。
夜闇に紛れ、住宅街を駆け抜ける玲音。
湧き出る恐怖心を、澪への想いと男としての誇りだけで無理矢理抑え込む。
「……父さん、母さん、セバスさん、レックス隊長、澪、颯お嬢様、神楽、舞……俺の背中を叩いてくれ」
東京に近付く。身体が重くなっている気がする。背中が丸まって、前を見れなくなる。
出会ってきた、大切な人達を思い出し、その人達に背中を叩いてもらう。
実際には叩かれていない。だけど、玲音の背は真っ直ぐになっていく。
「……ありがとうみんな」
あと少し。合流地点まであと少しだ
ちらほらと見える、他の参加者達。
皆、表情が固い。それはそうだろう。この中には、首都壊滅の影響で順位が繰り上げされたものもいるのだから。
それでも、時間はやってくる。
導入出来るだけの兵器を用意した。
勝てる見込みのある人員も集めた。
人数も大勢集まった。
後は、勝つだけだ
「時間だ。行くぞぉ!」
ランク一位の人の号令で、ハンター達が駆け出す。廃墟とかした首都へ踏み込んでいく。
戦闘は優位に進んでいる。明け方という時間帯による強襲。一体に対して40人で対処する。
敵がバラけているのも、こうした行動のできる要因となっていた。
一体倒すのにそこそこの時間はかかる。それでも、着実に魔獣の数は減っていた。
被害はゼロじゃない。何人かは既に名誉の死を遂げた。
負傷して、後方へ連れていかれ、治療している奴もいる。
それでも、数で圧倒できるこちらが優位で戦況を進めている。
30は倒せた。後12。
皆が残りの数に勢いを増す。
勝利を確信して、無防備な攻め方をする奴も出てきた。
逆に、更に慎重になる奴もいる。
玲音は後者だった。
魔獣に知性があるなら、今まで倒された魔獣を見て、何かしらの対処をしてくるに違いない。
そう考えていた。
そして、その考えは正しい。
ここは、既に敵の陣地だ。敵に奪われたモノが元の状態である筈がない。
魔獣達は罠を仕掛けていた。瓦礫が飛び出たり、ビルが崩れたり、落とし穴だったり、単純なものが多かったが、その一瞬で魔獣はこちらを狩り殺すことが出来たのだ。
戦況がひっくり返る。
魔獣の勢いが増し、ハンターの勢いが落ちる。
兵器の攻撃も効かなくなってきた。ハンターの攻撃も防がれている。
学習している。
最初に出てきたのが第一世代とするなら、さっきまでの35体は第二世代。今戦っている残りの7体は第三世代だろう。
「……行かせねぇよ。こっから先には進ませねぇ!」
玲音のいる後方まで、戦線が押し込まれた。
後ろには、負傷者もいる。大切な人達が暮らす場所がある。
震える身体と心を、己の言葉で無理矢理奮い立たせる。
「縮地、破断!」
会得した歩法で接近し、刀の倍以上ある太い脚を攻撃する。
全身を一斉稼働させて繰り出す一撃は、玲音のステータスと相まって、想像以上のダメージを与える。
「雷光!」
更に畳み掛ける。玲音が使える、数少ない魔法属性。
身体に負担は掛かる。予め設定したルートをなぞるだけとはいえ、光速で移動しているようなものだ。
一瞬で脚を片方切断。人型の魔獣だったので、頸を複数切りつけ、最後に破断で深く斬り裂く。
付近で戦っている他の魔獣にも同様の方法で攻撃を加え、無理をしてでも戦況をこちらに傾ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
4体倒したところで、玲音の限界がやってくる。
神器を持っていた右手の力が抜け、刀を落とす。
脚は震え、倒れ込む。
全身からは血が流れ、呼吸も粗く、目の焦点が合っていない。
「君!しっかり!」
「おい!誰か治癒士連れて来い!」
「しっかりしろ!よくやったぞ!坊主!」
何人かのハンターが玲音に駆け寄る。
後方からも、玲音を治癒するために数人駆け付ける。
「彼の頑張りを無駄にするな!続け!」
玲音のおかげで勢いは取り戻した。
残り3体。
もう後のことを考える必要も無い。
全員が全力で魔獣に向かう。体力の限界も近い。ここで仕留め切れないと、もう後がない。
玲音もふらつきながら、立ち上がる。
「待つんだ!君はもう休んでいい!」
「そうだ!まだ治癒は完全じゃないんだ!」
制止の声が聞こえるが、玲音は神器を手に取る。
「さ がれ」
極度の集中状態。生と死の狭間をさ迷った玲音だからこそ、その濃密な死の気配を感じ取れた。
最後の一体。それを倒した瞬間、空が割れた。
新たな魔獣が一体降りてきた。
「そん、な」
皆が呆然と立ち尽くす。誰も彼もが絶望していた。ランクなんて関係ない。一位も五百位も平等に膝を着いた。
そんな中、ただ一人向かっていく玲音に、魔獣の視線は吸い寄せられた。
「グギャァァァァァァァァァア!」
振り回された翼に打たれ、玲音が吹き飛ばされる。地面に身体を打ち付け、腕が在らぬ方向に曲がっている。
それでも玲音は立ち上がった。
「いてぇ……いてぇ、けど、まだ」
片手で刀を構える。アーノルドに教わった、未熟な奥義。
「グギャァァァァァァァァァア!」
玲音に何かを感じたのか、魔獣は玲音を執拗に狙う。
魔獣が魔法を発動、近くの瓦礫も合わせて飛ばしてくる。
それを受け、弾き、破壊する。
「彼を援護しろ!」
残る全員が、本当に最後の力を振り絞って玲音を援護する。
1度の行動が限界で、一人また一人と脱落していく。しかし、玲音が魔獣に接近する時間は稼げた。
「いけぇ!小僧」
「やっちまえ!」
「坊主決めろ!」
助けてくれたハンターの声を背に、最後の一撃を玲音が振るう。
「桜華八突」
「グギャァァァァ!!」
胴体を穿つ一撃。しかし、魔獣は倒れない。
もう…無理だ
薄れる意識の中、玲音は、いやその場にいたハンター達が、その声を聞いた。
「正しく欲し、正しく願うものよ、ならば見せてみよ。その願いが本物であるなら」
玲音の脳裏を過ぎる、昨日の誓い。
大切な人達を、その居場所を守るために戦うと
その為に力を願った。もし、遅くないのなら、その為の力が欲しいと
「ギャ?」
一点集中桜華八突
玲音を喰らおうとした魔獣の胸に、もう一つ穴が開く。
目の前にいたはずの玲音が居ない。
何が起きたのか理解できず、魔獣は倒れた。
そして、空は元に戻り、廃墟となった首都から魔獣が全て排除された。
おぉぉぉぉぉぉぉ!!!
ハンター達が勝鬨をあげる中、玲音はあの一瞬に見えた選択肢を思い出し、意識を失って倒れた。
その願いの為に力を振るいますか?
その力が例え、世界を支配できるものだとしても。
はい/いいえ