お気に入りのランドセルを傷つけたあいつは絶対に許しません
「紅華、さん」
高校の入学式が終わると、見知らぬイケメンに名前を呼ばれた。
同じ制服を着ている。
見覚えが、あった。
「……蒼、くん」
「久しぶり」
人生で一番会いたくない相手だった。
あれは、小学校の卒業式前日。
雨上がりの帰り道のこと。
名前と同じ紅色の、大好きなランドセル。
これを背負うのも、中学が別れる友達と会うのも、明日で最後だと寂しさを噛み締めていた。
だから気付かなかった。
傘の剣を振り回す小六男子の間合いに入っていたことに。
「くらえ! 奥義傘烈斬!」
ダサすぎる技名と共に繰り出された傘の一撃は、よりによって紅華の背に振り下ろされた。
嫌な予感がしてランドセルを下ろす。
滑らかな表面に、大きな傷が刻まれていた。
ランドセルの傷も、それを付けたのが蒼だったことも悲しくて、泣いた。
「蒼! 許さないから!」
卒業式のことはあまり覚えていない。
蒼ともそれ以来会うことは無かった。
それなのに。
入学式の翌日から、蒼に毎朝「おはよう!」と、放課後は「また明日!」と声を掛けられる。
クラスも違うのに、だ。
中学からの友達には冷やかされるし。
正直鬱陶しい。
「また明日!」
「あのさ、私、許してないんだけど」
「……うん」
「思い出したくもないし、ランドセルも、辛くて見れないし」
「見て、ない?」
「何?」
「いや、いい。忘れてくれ」
蒼の悲しそうな顔が気になって、紅華は仕舞い込んでいたランドセルを引っ張り出した。
「何、これ」
ランドセルの表面に、可愛らしい苺柄の絆創膏が、傷を隠すように何枚も貼られていた。
そして中には、「ごめん」とだけ、汚いけど丁寧に書かれた紙切れ。
母に聞くと、卒業式の後、蒼が家に謝りに来たらしい。紅華は留守だったので、ランドセルに絆創膏を丁寧に貼り付けて帰ったそうだ。
あの時これを見ていたら?
紅華は頭を抱えた。
翌朝、廊下で蒼とすれ違った。
挨拶は無かった。
放課後も話しかけて来ない。
何なの、もう。
「蒼、くん」
思わず呼び止めてしまっていた。
「ランドセル、見た」
「見たのかよ」
「いや気になるし」
「……悪かった。本当に」
頭を下げる蒼を見て、紅華はため息を吐いた。
「もういいよ。許す」
「……え」
「許すって言ったの。もう大人だし。苺柄可愛かったし。それだけ!」
言うだけ言って逃げようとしたが、遅かった。
「紅華!」
「ちょっ呼び捨てやめ……」
「また明日な!」
蒼の笑顔が眩しい。
また明日、か。
いやいやいや。
紅華は紅くなる頬を両手で覆い隠した。