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究極の小説 VS 至高の小説

「この小説を書いたのは誰だあっ!?」


 小説道場『美文塾(びぶんじゅく)』の主催者を務める山原雄海(やまはらゆうかい)の怒号がマック○ナルドの店内を揺るがした。


「すっ……すみません! 私です!」

 そう言って土下座しながら前に出た若い門下生の坊主頭に、雄海は白い足袋(たび)()いた足を乗せた。


「貴様は私の『美文塾』の看板に泥を塗りたいのか?」

 厳しい目でぎろりと見下ろす。


「申し訳ありません! それは単に私の趣味で書いたもので……。人目に晒すつもりはなかったのですが、うっかり誰かが『なろう』に投稿してしまったもので……。」


「こんなものを書くことがそもそも精神の堕落だっ!」雄海は門下生の坊主頭をぐりぐりと踏みつけた。「文学とは厳然たる目で真実を捉え、既存の固まった認識を破壊し、新しい価値観を産み出すものでなければならないっ! それをなんだ、貴様は。『異世界転生』だとうっ!? 化学調味料に舌を冒された衆愚と仲良しごっこがしたいのか?」

 そう言うと雄海は、門下生が書いた作品の原稿を破り捨てようとしたが、web小説だったのでそれは出来ず、代わりに門下生のスマートフォンを叩き割った。


「ああっ!」門下生は泣いた。「僕のHuaweiが!」


「バカに小説を書かせるなっ!」

 雄海は吠えた。


「いや、俺は面白いと思ったよ。」

 どよめくマック○ナルドの客達の間をかきわけて、気怠(けだる)そうながら力強い声が起こり、二人の(いさか)いを止めた。


「お、お前はっ!」山原雄海が振り向いてその男の名を叫ぶ。「吾郎っ!」


 スマートフォンを片手に、その男は姿を現した。ヨレヨレの黒いスーツ姿の、やる気のなさそうな男であった。


「『結婚式前夜にトラックに轢かれて死んだ俺は異世界に転生してチートスキルを得たので英雄もハーレムも夢じゃなかったがそれを放棄してでも花嫁の元へ帰りたい』……か。読ませてもらったよ。なかなか泣かせるいい話だった。」

 彼の名は釜岡吾郎(カマおかごろう)。東南出版社の社員である。


 雄海は釜岡さんを睨みつけると、叱るような声で言った。

「なぜ、お前がこんなところにいるのだっ?」


「それはこっちのセリフだ。」釜岡さんは言った。「素材の味しかしないような高級食しか口にしないグルメのはずのあんたが、なぜマック○ナルドに?」


啓蒙(けいもう)だ。」雄海は真顔で言った。「ほんとうのハンバーガーの味をわからぬ愚民どもに教えてやりに来たのだ。AAA(トリプルエー)級の牛挽肉と最高級の小麦粉を使用したしっとりもちもちのバンズ、無農薬で育てたキャベツ、そして無添加のマヨネーズを持って、な。」


 釜岡さんの背中に手を添えて、ロリっぽい女性がくっついている。名前は猪田(いのた)ぷう子。彼女も東南出版社の社員である。

 ぷう子は雄海の言葉を聞いて、呟いた。

「要するに暇なのね」


「それにしても吾郎……」雄海が見下すように笑う。「そんな小説を『面白い』だなどとは、お前の提唱する【究極の小説】とやらはそんなものか?」


「ふん。お前こそ……」釜岡は言い返す。「多くの読者が求めているものを知ろうともしないで、限られた者にしか理解できない【至高の小説】なんて、老害どものオナニーでしかないぜ。」


「ふん。」雄海が鼻で笑う。「たとえばこのマック○ナルド。世界に多くのチェーン店を持てるほどの人気だが、人気だからといってこの店のハンバーガーが最も美味なハンバーガーだとでも言うのか?」


「大衆にわからないものは意味がないっ。」釜岡は反論した。「美味を追求するのは結構なことだ。しかしそれで庶民には手が届かない価格になったり、作るのに手間がかかりすぎて急いでる人を待たせてしまったりするのでは意味がない。」


「何の話をしているのだ? ハンバーガーと小説は違うぞ。そもそもハンバーガーなど高貴な人間の食べるものでは……」


「お前がハンバーガーのたとえを出したんだろうが!」釜岡は言った。「小説も同じだっ。高級ぶって高楼(こうろう)天辺(てっぺん)で仙人達だけが味わえる小説なんかにどんな価値がある? そんなものを朝の通勤電車で読みたい人がどれだけいるんだっ?」


「やあやあ、二人とも。」そこに偶然居合わせた高名な陶芸家の極楽(ごくらく)氏が声を掛けて来た。「ちょうどいい。ここで【究極vs至高】の対決をやってみんか?」


 釜岡の所属する東南出版社は、雑誌の連載企画として、雄海の主宰する美文塾と小説の競作をやっていた。

 釜岡は【究極の小説】を謳い、雄海は【至高の小説】を標榜し、ここまでは10戦して互いに5勝ずつの引き分けであった。


「面白い。ここで勝敗を決し、引導を渡してやろう。」

 雄海は上から目線でニヤリと笑った。


「ようし。やってやるか」

 釜岡は表情を変えずに、飄々と言った。




「それではお題はワシが決めてやろう。」極楽氏が言った。「第11回【究極vs至高】のお題は『仮想現実』じゃ。よいかな?」


「いいだろう。」

「ああ、いいぜ。」


「ここで……いきなりやるのね。」ぷう子が不安そうな顔をした。「大丈夫? 釜岡さん。」


「任せときな。」釜岡はぷう子にウィンクをして見せる。「最高の仮想現実小説を見せてやるぜ。」


 二人はそれぞれ早速執筆に取りかかった。マック○ナルドの店員や客達が迷惑そうに見守る中、凄まじい集中力で二人は同時に小説を書き上げた。


「完成だ。」

「出来たぜ。」


「ようしっ。では審査はいつも通りワシら三人が務めよう。」

 極楽氏が言った。その隣にはいつの間にか京都の豪商、胸谷唐人(むねたにとうじん)が座っており、さらにその隣にはちょうどマック○ナルドでアルバイトをしていた韓国人留学生のパーク君が座っていた。


 

 先攻はじゃんけんにより雄海による【至高の小説】側からの投稿となった。

 雄海は語った。

「すべての小説は既に書かれてしまっていると言われる。たとえば音楽で考えてみよう。それはたかが数音の音階と音符の組み合わせだ。言葉は音符よりも遥かに多くはあるが、その組み合わせが有限であることに変わりはない。

 しかし、その限られた素材の中から的確に必要なものだけを選び出し、優れた人間洞察をそこに加え、至高の小説を彫り出すことは限られた天才にしか出来ぬことだ。

 たとえそれが過去に書かれた何れかの名作に似ていたとしても、そのことに何の問題があろう? 重視すべきなのは『新しさ』ではない。優れた芸術のみが持つ『味わい』なのだ。

 一流の料亭の仕事は新しいだけの奇をてらったゲテモノを産み出すことではない。変わらぬ最高級の『味わい』を作り続けて行くことだ。そして私の思う『至高の小説』もそういうものであり、そしてこれが私の答えだ。」

 そう言って雄海は半分だけ埋めた原稿用紙を一枚、ゆっくりとテーブルの上に差し出した。


「こ、これはっ!」

 審査員たちが声を上げた。


 タイトルは『妖狐』。

 僅か200文字足らずでその小説は完結していた。

 そんな掌編小説ながら、釜岡がそれを読むのに2時間を費やした。


「すっ……凄い!」

 審査員たちはだらだらと流れる汗を拭きながら、2時間以上かけてそれを読んだ。

「この短い中に人類の歴史がすべて詰まっているっ。」

「なっ、なんてものを読ませてくれるんやあっ!」

「ストーリーはさっぱりわからないけど、凄いことは確かだっ!」


 釜岡も唸り、評価を口にした。

「これだけ短い中にこれほどの意味を込められるとは凄いっ。しかも構築したかと思えば破壊に持って行き、何重もの読み方を可能にさせることで安易な解釈を許さないっ。何より人間のすべてを知るらしき妖狐をこれほどの実在感を持って仮想現実のごとく実体化させているのは見事というほかないっ。」


 その隣ではぷう子が眠っていた。

「あ、おはようございます。釜岡さん、読み終えた? あたし、つまんなすぎて寝ちゃった」


「クズがっ。」雄海がぷう子を睨みつける。「クズにはどうやらこの味がわからんようだなっ。」


「いやあ、素晴らしかったよ、いつもながら。」極楽氏が雄海を誉め称え、「次いで【究極の小説】側の作品の提出をお願いしたい。よろしいかな?」と促す。


 釜岡はすぐには作品を提出せず、腕組みをしたまま、言った。

「【至高の小説】、素晴らしかったよ……。こんな所で発表するのは勿体ないほどの逸品だった。」


 それを聞いて雄海がバカにするように高笑う。「ははは! 闘う前から負け惜しみか?」


「しかし……。前にも言った通り、限られた者にしか理解できないものに意味はないっ。我々は高い塔の上で秘密の宝玉を守る番人ではなく、読者を新しい大陸へと導く水先案内人でなければならないのではないのか?」


「そんな大陸がどこにあるっ?」雄海が釜岡を睨む。「すべての大陸は既に発見されているのだぞっ。」


「なければ作ればいいっ。これが我々【究極の小説】側の答えだっ!」そう言うと釜岡は目の前のテーブルに自作を叩きつけた。

 400字詰め原稿用紙10枚を埋めた短編小説だった。タイトルは『妖狐のヨーコちゃん』である。


 それを見て雄海が涙を流して大笑いする。「あの短時間でそんなに書いたのかっ? 彫琢も何もないっ! 読む前から駄作だっ!」


「いいから読んでみてくれ。」


 それは一匹の美少女の妖狐が突然目の前に現れ、語り手である「私」をどこかへ導いて行くという内容であった。

 審査員たちはスラスラと読んだ。ほとんど読み飛ばすような速度で読みながら、胸山唐人がぷっと笑った。

「こりゃ面白いのう。妖狐ちゃんが可愛くて、どこまででもついて行きたくなるわい。」

 パークくんも目尻を下げながら、言う。

「まるでVRの中にどんどん入り込んで行くみたいネ。このままちゅいて行ったら仮想現実の世界に行っちゃいそう……。」

 そう言った瞬間、パークくんの姿がシュッとその場から消えたが、誰も気がつかなかった。


「フン。娯楽小説だな。こんなもの……。」と言いながら、読み進める雄海の目尻も下がりはじめる。


 小説は中途で終わっていた。完結していなかった。

 妖狐のヨーコちゃんが妖狐の世界への入口を差し、「さあ、一緒に行きましょ。」という場面で終わっており、物語はそこから始まるというところでぶつ切れになっているのだった。


 その結末に辿り着くと、胸山唐人は「あっ?」と声を上げ、シュッと音を立て、この世から消えた。


 釜岡が解説する。

「実はこの小説は、日本語で書いてあるように見えて、よく見るとお分かりになると思いますが、コンピュータープログラム言語で書かれています。」


「おっ?」と言いながら、極楽氏がシュッと音を立て、消えた。


「読んだ者を異世界に転移させるプログラムです。本物の妖狐の世界を是非、お楽しみください。」


「きゃっ?」と言いながら、ぷう子がシュッと音を立て、消えた。


「な……にっ……?」

 周りの異変に気づいた雄海は小説から目を離そうとした。しかし続きが気になり、目が離せない。

「どういうことだ、これはっ!? 活字を追う目が止まらないっ!」


「これが【究極の小説】だっ。」


 啖呵を切る釜岡の目の前で、雄海が異世界に体を引っ張られ、揺れはじめる。

「ううっ……? こんなことが……? こんなことがあっ……!」


「この小説なら誰でもが読めて、誰でもが楽しめ、誰もが異世界へ行けるっ。」釜岡は語った。「小説は限られた者だけのものではない筈だっ。俺の考える【究極の小説】がどういうものか、とくと味わうがいいっ。」


「うわああーーっ!」と叫び声を上げ、山原雄海の巨体がシュッと音を立て、消えた。


「ふん。思い知ったか。」

 店員も客も含めて全員がその小説を読んでしまい、誰もが異世界へ転移して行ってしまったマック○ナルドの店内に1人、釜岡は取り残されて、きょろきょろと頭を振ると、慌てて声を上げた。

「父さん!?」


 憎むべき尊大な父だった。しかしその父、山原雄海を失った今、釜岡はとんでもないほどの喪失感に襲われていた。


「父さん!? 父さあーんっ!!」

こちらは過去に5ちゃんねる「お題スレ」に投稿したものです

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