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第6話 図書館で調べものをすることにしました

「頑張れーっ!」

「いいぞ!」

「そこだぁ! ぶっ潰せぇ!」


 周りの歓声に応えるように二人はペースを上げてどんどんと(さかづき)を重ねていく。しかし、俺の頭の中では警鐘(けいしょう)が激しく鳴っていた。これはまずい。非常にまずい。なにがって……代金がである。

 俺は仮にも駆け出しの冒険者だ。金なんてそんなに持っていない。かといって止められる雰囲気でもない。


「おいフラウ、もうその辺にしとけって!」


 俺がそう言った時だった。グラスを置いた男が「これじゃあ決着がつかねぇ、ひとまずは引き分けにしようや」と言った。

 ギャラリーからはブーイングが巻き起こったが、男の容姿に恐れをなしたのか、すぐに各々の席に戻っていく。

 男は俺の隣に腰をかけると、フラウを指差しながらこう言い放った。


「あの嬢ちゃんは流石だぜ。このオレ相手に互角にやり合うヤツなんて王都中探してもそうそういないだろうよ」

「じゃあなんで途中でやめたんだよ?」

生憎(あいにく)、オレは今日死ぬわけにはいかないんでね」

「どういう意味だよ……」


 俺が尋ねると、男は小声で答えた。


「本当は口止めされてるんだが、兄ちゃん達は酒を()み交わした仲だ。特別に教えてやる。──オレはな、ドラゴンを倒しに行くんだよ」

「──っ!?」


 俺とフラウは同時に動きを止めた。


「驚いたかぁ? そうさ、長い間封印されていた邪龍の封印が解かれたらしくてな。王様の命令で討伐しにいくところだ。だが相手は仮にも世界を混沌に(おとしい)れた邪龍、オレも死ぬかもしれん。だからこうして飲み明かしてるのさ」


 男の言う『邪龍』というのは、フラウのことで間違いないだろう。ということは、フラウは男に命を狙われていることになる。


「嬢ちゃん。オレが生きて帰ってきたらまた勝負しようや。今度はどちらかが潰れるまで徹底的にな」

「えっと……」


 フラウは少し困った顔をしている。男の言葉ですっかり酔いが覚めてしまったのだろう。


「お? なんだ? 怖い顔して。まさかお前も邪龍退治に参加しようとか考えてんじゃねぇだろうな? 冗談じゃねえ! 足手まといはいらねぇよ! じゃあな! 生きてたらまた会おうぜ!」


 男は大声を上げながら店を出ていった。呆然とそれを見送っていた俺とフラウの前に、店員がやってきた。


「……あの、さっきの方はお連れ様ですよね? 会計をお願いできますか?」

「はぁ?」

「会計をせずに出ていってしまわれまして……」

「いや、連れでもなんでもないですけど……あの、お会計お願いします」

「はい、ありがとうございます」


 店員に示された金額を見て俺はひっくり返りそうになった。フラウのやつ、どんだけ飲んでるんだ。足りないぞマジで……。


「あの、お金が足りな──」

「これで足りますか?」


 その途端、俺の横からフラウの手が伸びて、店員の手に煌めく宝石を載せた。


「──は? えっ、えぇぇぇぇぇっ!!! こ、これはっ!!!」

「どうかしましたか?」

「こここ、こんなものを頂いてよろしいのですかっ!!」


 恐縮する店員に、フラウは涼しい顔で答える。俺も開いた口が塞がらなくなった。一体どこからそんな宝石を取り出したのだろう! いや、でもドラゴンだから宝石くらい持っていても不思議じゃないか!


「いいんですよ。それではごきげんよう」



 フラウは優雅に立ち去ると、スタスタと歩き出した。俺は慌ててその後を追う。


「おい待てよ! いいのかあんなことしちゃって!お前の正体がバレたら大変なことに──」

「大丈夫ですよ。あの程度の宝石、そこまで値打ちのあるものではありません。それに私の正体を知っているのはあなただけです。問題ありません」

「そっか。そういえばそう……じゃねぇだろ! さっきの男の言葉聞いてなかったのか? お前命狙われてるんだぞ!」

「そうですね」

「そうですねって……もっと危機感持ってくれよ!」


 俺が詰め寄ると、フラウは小さくため息をついた。


「私はただ、ロイが困っていたから助けただけなのですが……。やはり人間というものはよく分かりません」

「それについてはその……ありがとう」

「どういたしまして」


 フラウは笑顔を見せた。


「まぁ、とにかく気をつけてくれよな……」

「はい。ところで……」

「ん?」

「あの人の言っていた『邪龍』ってなんでしょうか?」


 フラウは真剣な表情になって尋ねてきた。そういやそうだ。こいつは邪龍として暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしていた頃の記憶が無いんだった。


「それはだな──明日書物を漁る予定だから、その時に説明するよ」

「わかりました」


 とりあえず回避することができた。

 しかし、いつかこいつに本当のことを話さないといけない。自分がしでかした過ちと向き合ってもらわないといけないのだ。でも、まずは彼女を邪龍に()とした存在を暴く、それが先だろう。

 俺は不安を抱えつつ宿屋に向かった。



 翌日。俺たちは朝早くから市場に買い物に来ていた。やはり、豊富な歴史書を読むには王宮の図書館に限る。しかし、そこは貴族しか入れない。そのため、せめて身なりだけでも整えようと、服を買いに来たのだ。


「お待たせ致しました」


 振り返ると、そこには派手な貴族風の衣装に身を包んだフラウがいた。いつもの地味な服装も良かったのだが、今日のも似合っている気がする。

 ちなみに、今回もフラウが宝石を出してくれたので、二人分の貴族衣装を難なく揃えることができた。


「よし行くか」

「はい!」


 俺たちははぐれないように手を繋ぎながら王都の中心を目指した。図書館は王族の住む王宮とは別棟になっているとはいえ、それなりに警備は厳しい。だが、俺には考えがあった。


「そこの者、止まれ」


 鉄製の鎧をまとった兵士が俺たちの行く手を(さえぎ)る。


「俺たちですか?」

「そうだ。これより先は貴族しか入ることができん。名を名乗れ」

「チャーチル家次男のアトラスです。こっちは侍女のエミリア。……よろしいでしょうか?」

「チャーチル家のアトラス?」


 眉をひそめた兵士に近づいた俺は、その手にフラウから貰った宝石をそっと乗せた。途端に兵士の表情が変わった。


「入ってもいいですか?」

「は、はいっ! もちろんでございますアトラス様!」

「ありがとうございます。それでは失礼しますね」


 俺は(さわ)やかな笑みを浮かべてその場を離れた。そしてフラウの手を引いて小走りに駆けていく。


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