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選択死  作者: 雲散無常
第九章:予見
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9-1


 スレマール王国の外交団がベリオスの町を訪れたのは、午後遅くの夕刻だった。

 最近オルランド王国から独立したというこの町が交易路まで配備されるほどに注目されることになったのは、ウィズンテ遺跡が最上級の古代遺跡に認定されたからに他ならない。大陸でもまだ二つしかなかった貴重な古代遺跡が突如発見され、それに伴って辺境の地に探索者ギルドまで設立されたのだ。

 人口も爆発的に増えている。人が集まれば物が増え、物が増えれば金が入ってくる。ヒト、モノ、カネの流れが活発化すれば、その場所が発展しないはずがない。今までまったく見向きもしなかった地域が急激に存在感を増している今、座してそれを眺めているわけにもいかない。

 特に探索者ギルド、ひいては古代遺跡を所有するということは戦闘員を内包することでもある。そして。それらの武力を統制する軍を持たねばならないということであり、その軍事力は決して内部にだけ向けられるものではない。ただの無機質な町から、侵略の可能性のある危険な国になったのだ。

 もちろん、ベリオスの町は独立都市であって国ではない。自衛能力のための軍事力をそこまで危険視するのは過剰反応という意見もあった。

 だが、王宮付きの占い師の助言が決定的なものとなった。

 「我が国はあの町と友好関係を結ばねば未来はない」と。

 スレマール王国の占い師はただの占い師ではなかった。大陸で随一の先読みの巫女の一族に連なる者で、その力はお墨付きだ。到底無視できるものではない。

 当然の如く、その忠告と状況を鑑みて同盟締結へと動くことになった。早急に友好を結んでおく方針が異例の速さで決定された。

 外交団に抜擢されたのは、スレマール王国第一王子であるヘンリー二世と王宮付き占い師のアネージャ、外交官主任のカザフが主体で10人ほどの規模だ。小国とはいえ、第一王子を含む使節団としてはあまりにも少数だった。通常ならばその倍以上の護衛などが付く。そうならないのは、偏にヘンリー二世その人の武力が抜きんでていることにある。

 その武勇伝は数知れず、魔獣の群れをたった一人で退け、とある国の武芸大会で歴戦の猛者を倒して優勝し、S級探索者とも互角に渡り合ったと噂されている。スレマール王国にヘンリー二世ありと喧伝されていることもあり、他国への牽制と侵略に対する抑止力となっているのは事実だった。

 逆に、そんな武の人物が外交役というのは奇妙な話だ。明らかな人選ミスと思われても仕方がない。

 果たしてその意図はどこにあるのか。

 「……なんて、混乱してくれりゃ有難いけどな」

 「は?何かおっしゃいましたか、王子?」

 ヘンリー二世の呟きに反応したのは、すぐ隣を歩いていた初老の男だ。上等できっちりとした正装に近い服装からしてどこかの高官であることは明白で、ベリオスの町では多少目立っている。それでも悪目立ちしていないのは、町全体が様々な人種や職業の人間で溢れかえっているからだ。

 彼ら一行が現在歩いているのはベリオスの町の特別区――探索者たちのための区画――で、他人のことをあまり気にしないという風潮があることも関係している。探索者専用の街のように思えても、実際にはそのパトロンである貴族たちもいれば、観光気分で訪れる上級民や遺跡関係を極秘調査しているらしい各国のエージェント、市場価値などを値踏みしている豪商など、探索者以外の人間は意外と多い。

 「別に何でもねぇさ、カザフ。それより、会える算段はちゃんとつけられるんだろうな?」

 「もちろんでございます。突然の訪問を狙ったとはいえ、さすがに正式に国としての外交目的ですから、あちらも無下にはできません。近隣国ということもあり、優先度は高くなるはずですので、それほど待たされることもないかと」

 「そういうもんか。まぁ、いざとなりゃ、先読みの巫女様の威光でなんとかなるとは思ってるけどよ」

 ちらりとヘンリー二世は背後を盗み見る。

 そこには真っ白なヴェールで顔を隠している妙齢の女性の姿があった。魔法士風のローブは黒に近い紺色で、頭部との対比でやけに印象的に映る。

 「まさか、本気でついてくるとは思わなかったぜ」

 「それだけ一大事と言うことでございましょう。それよりも、この後はどうなさるおつもりで?宿の方の手配はすんでおりますゆえ、今日のところは一度お休みになられますか?」

 「バカか。まだ陽は高いぜ?オレは酒場でちょいと視察ってやつをしてくる」

 「ほぅ、何の視察でしょうか?」

 「そりゃぁ、オマエ、アレだ。色々だよ」

 露骨に目を逸らすヘンリー二世。

 「それはなりませんぞ、王子。王より不用意にお酒を飲まさぬよう言いつかっております。今日は大人しく宿に入って今後の対策を練りましょうぞ」

 「冗談だろ!?まだ時間はあるって!ちょっとくらい羽を伸ばしても――」

 「なりませんぞ?」

 意外にも初老の男の圧力の方が強いようだ。スレマール随一の戦士を笑顔で抑え込んで、有無を言わさずに進路を変える。

 「え、ちょっ、マジでー?」

 騒がしいそんな一行のやりとりを影で見守っていた者がいた。

 ベリオスの町の諜報員、ウッドパック武器商会の会員の一人だ。他国からの外交官一行であれば監視しないわけにはいかない。まだ具体的な命令は来ていない軽い観察に過ぎないが、相手側はあまり警戒している様子はなかった。あるいは、こちらに気取られないくらいの手練れなのだろうか。事前情報で軽薄そうなあの青年が相当な武人であることは聞いている。

 その割には隙だらけにも見えるが、それも計算のうちなのか。判断がつかなかった。

 とにかくこのまま宿に戻るようなので、そこまでは自分が監視を続行しようと再び気配を消して後を追うことにした。

 そんな会員はまったく気づいてなかった。

 自分もまた他人に監視されていることに。もっとも、その人物はその諜報員を見張っていたわけではなかった。

 たまたま、そういう気配の人間を見つけて注意深く観察していただけだ。

 大柄な男だった。鍛え上げられた筋肉が旅人風のマントで覆われていても、はっきりと分かるほどに自己主張している。それでいて、あまり目立たないのは足運びや息遣い、所作の細々としたところで群衆に紛れる技を使っているからだ。人間というものは規則正しいパターンを一つの個体として認識する傾向が強い。例えば同じ動きをしている人形が複数いたとしたら、その個々の違いに視線は向かない。そういう動きをする人形がいるという認識だけが残る。

 極端な話、そうした同調性を都度合わせていくことで近場の人間の間を渡り歩いていけば、ある種の背景に埋没できるということだ。そうは言っても、体格やら性別やら服装などで分かるはずだと反論があることだろう。しかし、そんな分かりやすい違いすらも、ありふれた光景という日常は吸収してしまう。見ているようで見ていない。見えていないのが人間の視線でもあるのだ。

 そうしたものに精通している男は無造作にその人物から視線を切った。長く一つの対象を見ることは不自然だと知っているからだ。

 悪くはない部類だが、まだまだ甘いな……

 大男はウッドパック商会員がベリオスの町の諜報関係者だと気付いていた。監視役というのは一般人とは目の使い方と身体の動きがまったく違う。自然に振舞っているつもりでも、その違いは見る者が見れば分かる。特に、同じことができる者にとっては。

 にしても、こんな田舎の町にしちゃえらい行き届いているもんだ。

 大国の王都などでは治安を守る騎士団や警邏組とは別に、影から住民や観光客を監視する人員が必ずいる。他国のスパイや非合法な見聞屋など裏の世界の住人が跋扈しているのが当然の世界では見慣れた光景だ。同様の現象が見られるのは、この町がそれだけ重要視されている証左でもある。

 「思ったより面白そうだな」

 無意識ににやりと笑って呟いた大男の口が開き、特徴的な印が顔を覗かせた。その特性を自覚している男は、すぐにそれに気づいて笑顔を消す。まだ目立つわけにはいかない。

 お楽しみはとっておかないとな。

 改めて心の中で言葉にして、やがて大男の姿も雑踏の中に紛れて見えなくなっていた。




 「先読みの巫女ね……」

 クロウはその報告を聞いても、どう判断したものか考えがまとまらなかった。

 オホーラ暗殺未遂事件を解決して地上に戻った後、各国への対応へと追われる日々が続いていた。

 ベリオスの町の急成長は未だ留まることなく、最上級の古代遺跡を擁する独立都市として大陸に知れ渡ったことで、近隣国からの視察訪問が相次いでいた。単なる探索者の増加だけではなく、交易路の開通やそれに伴う人口増加、そのための軍備増大というのは周辺の地域のパワーバランスに変化をもたらす。

 各国が無関心でいられるはずもなかった。

 そうした近隣国の一つにスレマール王国があった。

 元宗主国のオルランド王国の南に位置する地域の小国の一つで、正式な外交団が会見を求めに来ていた。既に町に到着しているらしい。

 基本的には領主代行のジェンスと外交大臣であるオホーラが対応するのだが、重要な国や案件の際にはクロウが対応しなければならない。今回はそちらに該当することのようだが、その理由というのが占い師という存在だった。

 「うちにもいるからそいつを否定するわけじゃないが……そんなに重要視するほどのことなのか?」

 賑やかなテオニィールの顔を思い浮かべながら、クロウはオホーラに尋ねる。

 「同列に語るのはちと格が違うの。おしゃべり男もあれはあれでまぁ、稀有な才能ではあるんじゃが、先読みの巫女に関しては占い師界において最強の一角であることは間違いない。この大陸において、占いというものが無視できないものだと知らしめた一族とも言える」

 「歴史的に実績があるってことか……けど、あくまでその一族の関係者で直系じゃないんだよな?」

 「うむ。スレマール王国の王宮付き占い師はアネージャと言うらしい。スレマール二世の時代に親戚筋と婚姻関係を結んだ関係で、その後代々スレマール王国のために仕えるようになったとのことじゃ。能力的には本家には劣るものの、その力は本物という話じゃな」

 「血筋が重要ってのは何となく分かるけどよ……それで、テオニィールによると『この町の未来を左右するような重大事』らしいが、オホーラは何か推測がつくか?」

 この大陸の魔法は血に刻まれる。その意味では先読みの巫女の能力もやはり、血が関係しているというのは理解できなくもなかった。

 「ひょっほっほっ。さすがにそれは無茶が過ぎるよ、クロウ。そんな抽象的なもので予測がつくのは源導者ディカサーくらいじゃろう」

 だよな、とクロウも初めから期待していなかったことを認める。

 「会って聞いてみるしかないとして、向こうも具体性がない場合はどうするんだ?テオニィールの占いでも曖昧なことしか分からねえって言ってたし、漠然としたもんを真に受けて妙な要求とかされても困るぜ」

 「正しくそれが懸念事項ではあるの。かといって、先読みの巫女の占いを無視するわけにもいくまいて……」

 「適当なはったりかまして、変な交渉してくるとかはないのか?」

 先読みの巫女がそれほど絶対的であるなら、無理を通すこともできそうだとクロウは考えてしまう。

 「それはない。外交は信用が第一。しかも、先読みの巫女の名を汚すような真似は、一族そのものを敵にすることを意味する。そんな恐ろしい真似はできんじゃろう」

 「それって絶対当たるって言ってるようなもんじゃねえか?」

 「何らかの形でそう解釈できる結果になるということじゃ。だからこそ、中身はおそらくぼやけたものになる。それでも、警戒すべきことのヒントにはなるじゃろうよ」

 「考えても無駄って話な気がしてきたぜ……」

 クロウが諦めの気持ちで大きく椅子の上で伸びをすると、ノックの音がしてウェルヴェーヌが入ってきた。

 賢者の執務室は、クロウ会の人間は基本的に許可なく入れるようになっている。まんまと襲撃された過去があるだけに、扉の前に衛兵を置くべきだと警備隊から強い進言があったのだが、クロウ会そのものがある種の裏の運用係であり、あまり警備隊の人間にも動きを把握されたくないこともあって、執務室に続く廊下の前に扉を設け、そこへ門番係を配備することにした。

 結果、その門番を通過することなく訪れる人間が多くなった。当然、公式にはその廊下を通らなければ出入りできない。そのからくりは何か。単に、他にこっそりと訪れるための経路を作ってあるからだった。領主会の人間やウェルヴェーヌは正式な経路で来ているので、決して門番役も無駄ではない。

 「失礼します。探索者ギルドの方から、例の人物の報告書が届きました。第一級秘匿事項とのことで、直接手渡す用に念を押されています」

 「例の人物?」

 クロウはメイド姿の使用人頭が持っている手紙を見やる。一見何の変哲もないものに見えるが、確かに魔力は感じた。特別な力で封をしているのかもしれない。

 「はい。以前より打診していたS級探索者の目途が立ったのだと思います」

 「じゃろうな。S級ともなれば、ギルド側もおいそれと情報を出すわけにはいかぬ。慎重になるのも無理はなかろう」

 「能力的に優秀だから、どっかの国が召し上げちまう恐れがあるってやつか?けど、大国二つは既にもう専門の奴らを持っているんだろ?」

 「数は多いに越したことはなかろう。それに、そのせいだけでもない。その強大な力ゆえ、S級探索者の扱いは難しい。ウィズンテ遺跡にもぐるに当たり、無理難題を突き付けて来る可能性もある。そうした対応のための事前知識を提供してもらっているわけじゃ」

 オホーラは苦笑交じりにその長い髭を撫でた。

 「なんか問題児が来るぞって話に聞こえるんだが……?」

 「ひょっほっほっ。必ずしもそうではないぞ。ただ、心構えは必要ではあるな。わしが知るS級の者も一筋縄ではいかなかったやつらばかりじゃ」

 手紙を受け取ったオホーラは、そっと何事か呟いて封を解いた。微かな光が漏れ出たのは気のせいだろうか。

 「そう言う理由もあって、オホーラ様はS級探索者を呼ぶことに積極的ではなかったのですね」

 メイドの言葉にうなずきながら、賢者は手紙をさっと読み終えると無言でそれをクロウに渡す。領主よりも先にオホーラが中身を確認していることに、この場の誰もが気にしていなかった。この町の力関係が察せられるというものだ。関係者に言わせれば、クロウがまったくその辺りに頓着していないだけだと答えるだろうが。

 「……『ヨーグ=アンヴァンド。二つ名は喰牙くうが?上級古代遺跡を単独踏破したことによりS級認定。190越えの大男で得意な武器は槍。今回の探索に当たり、必須条件有。その件に関してご相談したく、近々の会見を望む』随分と簡潔だな」

 読み上げると内容的には薄く感じられた。ただ、先程賢者が気にしていたことずばりが書かれている。

 「最後の方が肝じゃな。厄介な条件を突きつけらている匂いがする……ギルド側も困ってこちらに助けを求めているといったところかの」

 賢者が書き物の手を止めた。相変わらず、クロウと話しながらも書類仕事を片付けていたのだ。

 「条件って、そういうのは探索者ギルドの方が決めるもんじゃないのか?」

 「S級の名は伊達ではない。ギルドとしても手放したくはないじゃろう。ゆえにその発言権は想像以上に強い。依頼に際して個人的な要求を呑むことも多いと聞く。へそを曲げられるよりはマシじゃからな」

 クロウはどうにも嫌な予感がした。

 「ますます面倒臭そうな男じゃねえか。他にチェンジしてもらえないのか?」

 「無理じゃろう。S級なぞ滅多にはいない。仕事を振っておいてやはりなしにするというのも、簡単にはいくまい。ギルドとしても何とか落し所を探ろうという意図が見える。交渉の腕の見せ所じゃぞ?」

 茶化すようにオホーラが笑うが、分が悪い賭けにしか思えなかった。クロウにそちら方面の才はないと自己分析はすんでいる。

 「なんにせよ希望通り早めに一度話を聞いた方が良かろう。それと、ステンドに喰牙とやらについて知っているか確認しておく必要もある」

 「そういや、あいつも一応探索者だったな。A級だったか」

 「うむ。野良とはいえ転生人フェニクスだから当然じゃ。それにウッドパック商会にも調査を依頼しておいた方がよかろう。既に町にいそうな感じではあるが、怪しい人物としては報告はまだなかったはずじゃ」

 「どうなんだ?」

 クロウは頭上へ向かって何気なく問いかける。

 すると、不意に背後に灰色の影が現れる。

 「特に怪しい大男の報告は聞いてないっす……」

 領主専属の笛、連絡係のイルルが最初からその場にいたように答える。相変わらずの存在感のなさで気配がまったくしない。常にどこかに潜んでクロウの護衛役をしている。

 「探索者の中にはでかいのもいっぱいいるしな……紛れててもおかしくはないか」

 「何か特徴的なものはないんすか?」

 「それも含めて調べてくれ。ギルドに聞けばいいような気もするが、こっちでも一応情報は握っておいた方がよさそうだ」

 相手がすべての情報を開示して来るとは限らない。交渉事にはどれだけの情報を握っているかが重要だと、賢者から嫌というほど教わっていた。気が乗らなくとも、やるべきことはやらねばならない。

 「りょ……」

 イルルは短く言うとどこかに消えていった。

 「彼女はいつもどこから出て行っているのでしょうか……?」

 ウェルヴェーヌの疑問に答える声はなかった。

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