8-10
ウィズンテ遺跡は最上級の古代遺跡として大陸に認められている。
中層に広がる地下世界は、かつての大陸のそのものが地中に埋まったものとも言われ、遥か昔に失われた古代魔法、古代遺物などの秘密を知る手がかりにもなり、莫大な価値がある。俗にいうお宝というものだ。
実際、ウィズンテ遺跡の地下世界で発見された転移魔法陣は、今も稼働できる貴重な古代遺物の一つとして各国が研究している真っ最中だった。より正確に言うなら、ベリオスの町の特産物として顧客に調査させる商品になっている。未知の領域である遺物は、様々な謎を解き明かす手がかりや新しい発明の糧になり得るからだ。
そんなうまい商売を思いついたのはオホーラ翁だ。道楽の賢者と呼ばれるだけあって、魔法士としてだけでなくその思考回路そのものがぶっ飛んでいて凄い。僕もいずれは賢者と呼ばれるような存在になるつもりだから、お手本としてとても勉強になる。まぁ、あそこまで好々爺になるつもりはないけどね。
稀代の占い師である僕、テオニィール=ユグサクバッサが久々に地上に戻ってこれたのは、そのオホーラ爺が雇ったシズレー学者団という学者兼魔法士の人たちが、転移魔法陣の研究の引継ぎをしてくれたからだ。それまで缶詰め状態で忙しかったので助かった。最近引き入れたそうだけど、確かに優秀そうで頼りになりそうだった。
すっかり地下での研究に時間を取られてしまったけれど、やっとまた陽の光を浴びられて気分は上々だ。同じようにロレイアも一時的にその職務から解放されてきたので、この喜びを分かち合おうと食事に誘ったのに、短く一言で「結構です」と断られてしまった。つれないけど、微妙に冷たいあの視線はなかなか悪くない。
しょうがないので久々にクロウと話そうとしたら、オホーラ爺と何やら忙しそうだったから遠慮しておいた。混ざっても良かったんだけど、暗殺未遂の犯人を片づけた件で色々と事後処理が残っていたし、流石の賢者様も感情面で複雑な思いもあるだろうからそっとしておこうと思ったんだ。僕はクロウと違って空気を読める男だからね。
いや、まぁ、クロウの場合、記憶がないせいで空気を読む系の能力が欠落しているだけっぽいから、それを責めてるわけではないのだけど。
オホーラ爺の件については、例の魔道具使い(ユーザー)との決着もついて一段落といったところだけど、ベリオスの町の警備問題についても考えさせられることになった。領主会の拠点でまんまと襲撃を許したわけだから、当然と言えば当然だね。警備隊が一層の防衛体制を構築するらしい。
それが原因かどうかは分からないけど、あのブレン君が公式に警備隊に組み込まれた。もともと特別顧問(臨時)だったのが、特別顧問(常駐)になった感じ。外からは何も変わってないけど、クロウ会に正式加入ってことだね。なし崩し的に警備隊の特別主任ネージュ君とその腹心ユニス君も公式採用になったみたいだ。仲間が増えるのは悪くないし、頼もしくて結構だ。クロウの右腕が僕だってことだけは譲らないけど。
大分賑やかになってきたベリオスの町の中央通りを抜けて、テオニィールは商店街への道へ入る。
町に根を下ろす商会も増えて来て、独立都市として立派な店構えが並ぶ光景になったのも少し誇らしいね。その辺の小国に負けないくらいの物資の充実と交易品の売買が盛んになっている。やっぱり交易路が開通することが大きいみたいで、行商人たちも多く訪れるようになった。オホーラ爺の先見の明は凄いとしか言いようがない。
僕はそんな商店街の脇道の一つへと進路を変えて、目的の店を探す。
そう、今日僕には大事な仕事があるのだ。転移魔法陣の研究から一時的に解放されても、僕ぐらいの重要な人物には色々と任務が課されるものなんだよ。いやぁ、人気者はつらいね。次から次へと仕事を任されちゃう。
今だってほら、あんなに小さい子供が僕を慕ってニコニコと笑いながら……
バシッ!!!
「いたっ!?」
あれ?僕、いまあの子供にお尻を蹴られなかったかな?いや、まさか、すれ違いざまにそんなことしないよね?え、知り合いじゃなくて知らない子だったよね?
思わず振り返ると、子供がその手に見慣れた巾着袋を持っているのを見た。
「えっ!?それって……」
口元を結んでいるのは魔法の紐なので、魔力がこもっている。見間違えるはずがないけど、確認のためにも自分の懐をまさぐると、予想通りそこに銀貨を入れていた巾着袋がなかった。
どう考えても盗まれた、スられたってことだ。あの子供はスリだったのか。
ベリオスの町は治安が比較的良い。災魔の襲撃から復興する際に、色々なものを改善しながら町づくりが行われた結果だ。
それでもあらゆる犯罪を撲滅することは不可能だ。誰もが安全に平和に暮らせる生活を送れるわけじゃない。もちろん、それを目指してはいるけれど、10人が人が集まれば必ず喧嘩するって言われるように、トラブルは至る所で起こる。
あの子供が生活に困窮しているのか、どこかの悪党の手先からは分からないけれど、僕を狙ったことを後悔させてやらなくちゃね。
軽快に走り去ってゆく子供に向かって、軽く魔法を放つ。傷つけるつもりは毛頭ない。土魔法で地面と足を一時的に固定するだけ。魔法に対する対処法を知らない子供はあっさりとその場に釘付けになる。何が自分に起こっているのか分からずにパニックになっている。
そこへ警備隊らしき者がタイミング良くやって来る。皮鎧に赤い紐が帯状になった肩章があるので分かりやすい。最近区別のために採用したらしい。
「あ、またスリをしたのか、コラール!」
怒鳴られてびくっと身体を震わせた子供は、いやいやをするように耳を塞ぎ、その場にうずくまった。先程笑顔を見せた無邪気さはそこにはなかった。
「知っている子なのかい?」
「あっ、これはテオニィール殿。ご苦労様です。捕まえてくださったのはあなたでしたか」
びしっと敬礼をされてテオニィールは気分が良くなった。最近は誰も自分をあまり敬う態度がないので不満だったのだ。警備隊の男に見覚えはなかったが、比較的古参なのだろう。テオニィールはベリオスの町の復興当初から領主会の人間として尽力しているので、それなりに知られている。
「うん、まぁ、偶然ね。それで、常習犯か何かなのかい?子供による窃盗団みたいな話は聞いたことがないけど?」
治安の悪い街などでは貧民街の子供が徒党を組んで盗みを働くことは日常茶飯事だ。その日暮らしを余儀なくされている環境で、働き口もない者は他人から盗むなどの悪事を働くしかない。それは身寄りのない子供であればさらに顕著だ。他人から奪う以外にできることがない、思いつけない。そうした者を保護すべき仕組みや余裕がない場所はごまんとある。
「いえ、この子は最近町にやってきた農民の一団の一人なんですが、その保護者が博打で下手を打って失踪した後、誰も面倒をみれなくなったようで……」
「そういう場合、保護院で引き取るんじゃなかったっけ?」
身寄りのない子供や老人のための施設は、災魔襲来の後に早い段階で創設された。家や職を失った者たちが路頭に迷わないためだ。治療施設と共に、オホーラ爺が早めに作るべきだと主張したものの一つで、結果的に大正解だったことは誰の目にも明らかだった。
「ええ、正式に街の住人登録がすんでればそうなんですが、最近は移住希望者も多くて申請が滞っているみたいなんです」
そのような話を小耳に挟んでいたことをテオニィールは思い出す。
そういえば、町に受け入れる町民の数はできるだけコントロールしたいって言ってたっけか……ちゃんと選別しないと後々大変になるとか何とか。
「ああ、そういうことか。まぁ、何でもかんでも受け入れていたら住む場所もなくなっちゃうから、調整に時間がかかるのはしかたないね」
「そうですね。誰でも住めるって噂になると、言い方はあれですけど何の役にも立たない人たちもこぞって移住しようとしてきてしまいますからね……自分で食い扶持を稼げない人が増え過ぎたら大変なことになるのは、前の村でよく見てきましたし、それがもたらす混乱も教えられましたから……」
警備隊の男は表情を曇らせた。その口ぶりから、自らの体験だけではなくしっかりと教育の成果が出ていることが見て取れた。
最近、ベリオスの町では教育所という公共施設を幾つか建てている。そこでは無償で文字の読み書きや、一般常識などを教わることができる。町民に向けて解放されているものだが、先だって警備隊や町の運用に関わる役人たちがその授業を受けていた。クロウが領主になってから、町の法である町律を厳格に町民に対して公布しているので、その理解に必須となるためだった。
逆に言うと、町民になるにはその条件を満たさなければならない。発布された町律を読めなければ話にならない。知らなかったではすまされないのが法治社会だ。
「それで、その子は町民じゃないから保護院にも入れないってわけね。んで、盗むしかないと、ふむふむふむ……」
なかなか難しい問題だとテオニィールは頭をひねる。
町律では確かにそうなっていても、子供の場合は自力ではどうにもならないこともある。例外的な規則もあった気がするが、そこまで詳しくは理解してない。調べるのも面倒だ。
それよりも、自分からスリをしたその手先の器用さはある意味で才能ではないだろうか。
そこでテオニィールは閃く。
「そうだ!僕の紹介ってことで、ウッドパック商会にその子を連れて行ってみてくれない?商会だけに紹介ってね。あはは、これはなかなかいいんじゃない?」
「え?商会にですか?何か養子の募集でもしているのですか?」
ウッドパック商会の裏家業を知っている者はそれほど多くない。不思議に思うのも当然だが、テオニィールも説明はできない。
「いいからいいから、僕の名前を出せばどうにかなるよ。それじゃ、そういことで!あっ、これは返してもらうね」
子供から巾着袋を取り返して、その場を歩み去る。
あまり問い返されても困るので、勢いだけで流してしまう。子供が不安そうにこちらを見つめているのにも気づいたが、敢えて無視した。子供はあまり得意ではない。幼少期に同年代とつるむ時間が少なかったせいもあって、どう接していいか分からなかった。
後でウッドパック商会には確認しておく必要はあるかな。人手不足だって言ってたから、将来有望な若者を送った僕に感謝するに違いないね。
テオニィールは自らの手柄を自画自賛していたが、彼らは即戦力が欲しいのであって、育てる時間と労力を考えると迷惑にもなり得るということを失念していた。後にミレイから叱責されるのだが、それはまた別の話だ。
我ながら良いことをしたと上機嫌なテオニィールは、目的地である場所を探してふらふらと辺りを見回る。
ベリオスの町は急激に発展しているので、住宅街以外は頻繁に様々な店が入れ替わったりする。露店や屋台形式で自由に店を構えることができるスペースや、テナント形式で固定された店舗でも中身は日ごとに変わったりする、
これから向かう先もそうした露店の一つなので、おおよその位置しか分かっていなかった。一つ一つ確かめるように歩き回って探す。
時折、道行く人に尋ねながら、そうしてやっと一つの店の前に辿り着いた。
簡素な布でできたテント風の露店だった。年季の入った木の看板には、掠れた文字で『ルーの鈴音占い』と書かれていた。
鈴音ね、あまり聞かない方法だ……まぁ、同じ占い師としてお手並み拝見といこうか。
テオニィールが今日訪れたのは、本職である占い師として近頃噂の新参者を評価するためだった。どうやらこの店は最近、よく当たると評判になっている占いの店らしいが、あまりにも細かく言い当てられるので、スパイされているのではないかと噂になっているほどだという。占いとインチキは紙一重と言われることもある時代だ。領主会で商人長のナキドから一度確認して欲しいと依頼されたというのが経緯だった。
最近は僕を占い師として見てない人も多いからね。ここらでびしっとカッコよく決めないと。問答無用で入っちゃうぞっと!
気合いを入れてそのテントに足を踏み入れようとした途端、中から声をかけられる。
「テオニィール様でしょうか?どうぞ、中へお入りください」
「ぬなっ!?」
不意打ちをしようとして逆に仕掛けられたテオニィールは、思わず体勢を崩した。そのままの勢いでぎこちなくテントに突入する形になる。カッコいいどころの話ではなかった。
「ぼ、僕は領主付き筆頭占い師のテオニィール=ユグサクバッサだ。君の腕前を確かめに来たぞ」
転がるようにテントの入口を抜けて、せめて堂々とした名乗りをあげようと早口にまくし立てる。
クロウの悪評作戦が広がっている今では、その肩書を名乗るのは控えていたのだが、こういうときはここぞとばかりに領主を強調して権威を笠に着ることにためらいはなかった。
なかなかの剣幕だったと思うのだが、相手は心を乱すこともなく淡々と
「ようこそ、いらっしゃいました」
と冷静に言葉を返してきた。
色々と肩透かしを食らった形のテオニィールは、形勢を取り戻すべく一つ深呼吸して周囲を見回す。ただ、テントの中はあまりにもシンプルな造りで見るべきものはほとんどなかった。
粗削りな木製のテーブルを挟んで向かい合う形のありふれた配置。明かりは机の上だけでなく、四隅にしっかりと燭台が灯っていて暗くはない。他に余計な家具は一切なく、本当に占いを行うための場所だ。一つだけ変わっているのは、もう一つ机が奥にあり、そこには見慣れない植物が仄かな光を放っていた。
それも少し気にはなるが、それよりもやはりこの露店の当主、占い師のルーが一番目を引く。目深に被ったフードで顔全体を覆ってはいるものの、その真っ白で透き通るような肌は美しく、更にそこにペイントで複雑な文様が刻まれているので一際目立っていた。
その顔の紋様は刺青の類ではなく、顔料で描いたものだろう。魔力を高めるためにそうした魔化粧を行うことはそれほど珍しくはない。特に占いの際には魔力を高めるために様々な小物や場を用意するのは効果的なので、占い師本人がそうした化粧をするのはよくあることだった。
そしてその特徴的な顔は神秘的な雰囲気と相まって、テオニィールから言葉を奪った。もともと美人には弱い男だったが、蠱惑的にも映る翡翠色の瞳に完全に魅了されていた。
「う……あ……お……」
普段からおしゃべり男と揶揄されるテオニィールも、ルーの前では形無しだった。
「?喉でも渇いているのでしょうか?今ご用意しますので、そちらへお掛けください」
違うとも言えず、促されるままに椅子に腰かける。
な、なんてことだ。この僕の前に女神が現れるとは……こんな不意打ち聞いてないぞ。こんな素敵な出会いがあるなら、事前に占いで察知できたはずなのになぜだ!?はっ、そうか、地下世界にいたから感覚が狂ったのかもしれない。そうだ、そうに違いないよ!
頭の中で勝手な憶測が飛び交っている中、ルーが優雅な手つきでティーポットから何かの茶を器に注ぐ。その器は陶器ではなく、何か植物の殻をくり抜いたような不思議な形をしていた。奇妙な形はしていても粗末さはなく、きちんと表面は加工されているのでやはりエキゾチックな美しさがあった。
「どうぞ、まずは一息ついてください」
テオニィールは黙ってうなずいて謝意を表すと、くいっと一口その茶を飲む。危険なものが入っているとは露とも疑わなかった。
口いっぱいに広がる何とも言えない渋みと甘みで、ようやく気持ちが落ち着いてくる。効果覿面な飲み物だった。
「ふぅ、ありがとう。これは東方の茶の一種かな?独自の香料も入っているみたいだ。思考が物凄くすっきりとしたよ。まるで草原を駆ける馬になった気分だ。いいね、非情にいいよ。良ければ僕にもこの作り方を教えてくれないか?」
調子を取り戻した途端、いつものように舌がまわり出すテオニィール。初対面であれば、たいていが面食らってしまうのが普通だが、ルーは違った。
「残念ながらこのお茶は特別製なので、お教えできません。それよりも、落ち着かれたのなら早速本題をお話ししたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
予め決められた文言を復唱するように淡々と言われては、
「あ、はい」
と、素直に頷くしかなかった。いつものペースがつかめず、本来は自分の方が話をしに来たのに、完全に相手に主導権を握られていることにも気づいていない。
「では、手短にお話しします。近々、この町に来訪する一団の中に、おそらく先読みの巫女様、あるいはそれに連なる方がお見えになると思われます。そこで何をお話になるかは分かりませんが、この町の行く末を左右するようなことである可能性があります。わたくしはそれをお伝えしなくてはならないと考え、テオニィール様をお呼びしました」
ルーは一気にそう言うと、それですべてだと示すようにそっとその瞳を閉じた。まるで眠っているような穏やかな表情だ。
「え?ちょ、ちょっと待ってくれないか。先読みの巫女様だって?そんな大物がわざわざこんな所へ来るはずがないよ」
「ですから、その関係者というだけかもしれませんと申し上げました」
「あ、そう言えばそうだったね。色々衝撃過ぎてまだ飲み込めてないや……こんなときは空の源導者、カエルム様にあやかって星の名のもとに平穏な輝きに身を委ねるんだ。汝の奉じる女神座の下に魂が清められんことを……」
動揺を治めるために占星術の一部をイメージしながら、幾度も繰り返した文言を呟くテオニィール。無意識にルーティンを行うことで平静を取り戻していった。それだけ『先読みの巫女』という単語は衝撃的だ。落ち着くためにお茶をもう一口すすり、ようやく改めて語られた言葉を反芻する。
「ええと、先読みの巫女云々は君の占いで知ったということでいいのかな?」
「はい。そういうお告げがありました」
「ふむふむ。そして、その巫女の宣託か何かでこの町に重要なことが予言されるってことかい?」
無言でルーは首肯する。
「なるほどね。でも、なぜそれを僕に言うんだい?というか、僕は君に呼ばれた覚えはないよ。君の噂を聞きつけて、今日訪れたのも偶然なんだけど?」
「そういう運命だったのでしょう。わたくしかテオニィール様か、どちらが主体的にこの場を設けたとしても、結果的にわたくしたちは今ここにいます。それがすべてだと思います。なぜ、あなた様かという点については、同じ占い師という生業が主な原因です。ご自身でお確かめになれるからです」
「……自分で試してみろってことね」
結果的にこの場にいる時点で、ルーの言っていることは正しいとも言える。占い師の大半は運命論者だ。あらゆることは予定通りに淀みなく流れ、人はその運命の川に浮かべられた葉に過ぎない。大いなる流れに流され、やがて行き着く場所へと至る。占いはその過程を読み取っているに過ぎない。ルーに言わせれば、ここでテオニィールたちが会うことは必然だったということだ。
運命の川を否定する気は更々ないけど、その流れは決して一つじゃない。少なくとも、この流れに引き込んだのは僕じゃない。
テオニィールは運命を信じてはいても、それがすべてではないと思っている。
それは師匠の教えでもあった。曰く「占いは確かに運命の一部を切り取って垣間見るものだが、必ずしも同じ光景を見るわけではない。一時間後に同じことを占ったとき、違う光景、異なる結果を得ることもある。それは運命の川が絶えず分岐する可能性があることを示しておる。我ら占い師が忘れてはならぬのは、いつだって何を選択かするかじゃ」
占いの結果というものは決して断定されたものではない。左右の別れ道を前に、右寄りに誰かが立っているからといって、その者が右に進もうとしているとは限らない。たまたま突風で体勢を崩して傾いただけかもしれない。迷って右に左に歩いているところで、たまたま右側に行った時を切り取っただけかもしれない。
要するに、その場面を見てどう解釈するかという、占い師の主観が結果に影響する。占う対象によって最適な選択は常に変化するものだ。
とはいえ、ルーとは少し考え方を異にするとしても、否定をする気はなかった。占い師としての在り方に正解はない。
とにかく、ルーがテオニィールに連絡を取ったのは、同じ占い師ならば自分の言っていることが分かるだろうという暗黙の了解があるようだ。占えば同じ結果が得られると、暗に言っている。
「君の言いたいことは何となく理解したよ。それに、僕がここに来ることも占いで分かったのなら、その力がインチキじゃないこともね。ただ、君の物言いはどうにも、占いと言うより未来視みたいに思えるんだけど?もしかして、君も先読みの巫女関係の人?」
「いいえ、違っ――」
ルーの言葉はそれ以上聞き取れなかった。いきなりテオニィールは頬をビンタされたような衝撃と共に吹き飛ばされた。文字通り物凄い力で押し出されたのは、テントから放り投げだされたことからも間違いなかった。
「な、な、な、何だってんだい?」
自分の身に何が起こったのか分からないまま、テオニィールは呆然と地面に座り込んで呟く。
今まで自分がいたテントが目の前から消えていた。あれほど激しく吹き飛んだにもかかわらず、頬にはたいした痛みもない。気が付けばうらぶれた通りの片隅で座っていた。
そんな現実だけを認識させられて、テオニィールは呆然自失でよろよろと立ち上がる。
「これは、どうなってるんだい……?」
その言葉に返事をする者はどこにもいなかった。




