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選択死  作者: 雲散無常
第八章:捜索隊II
88/138

8-6


 ステンドは少し焦りを感じていた。

 完全に仲間と分断され、孤立奮闘している状態だ。

 そのこと自体はあまり気にしていない。戦力的に自分が囮で引き付けたことではあるし、戦略的に間違ってはいないと信じている。

 ただ、相手との相性が想像以上によろしくなかった。

 当初の予定ではもっと早く倒してから皆と合流するはずだったのに、できていない。

 滅多なことはないと思うが、主力のクロウがミーシを追ってどこまでいったのか分からない以上、早く戻らねばならないと思っている。

 やれやれ、すっかり仲間意識が芽生えちまったな……

 自分自身のそんな感情に苦笑しつつ、ステンドはフェッカの鋭い牙による一撃を交わした。

 敵対している相手は、魔物の野犬の一種であるフェッカだった。ただ素早いだけの犬だなどと侮っては命を落としかねない。

 このフェッカは体毛そのものも凶器となるようで、その全身の毛を逆立てて針のように硬くさせ、自身の防御と攻撃を一体化させる厄介な特性を持っていた。そんなどこに触れても危険な物体が、縦横無尽に体当たりをかけてくるのだ。かすめることも許されない対応を余儀なくされ、最大の突破力を持つその噛み殺しは絶対に避けなくてはならないという動きを要求される。

 なかなかに精神がすり減る作業だった。

 特殊技能スキルを使って戦いところだが、素早い魔物にはそれなりの工夫が必要だった。その対策を練る余裕がない。

 このフェッカは体力が無尽蔵かと思うほど連続して攻撃を繰り返しており、一息つく暇もなかった。そういう厄介な相手だと思ったからこそ、ユニスたちから遠ざけるためにも引っ張ってきたのだが、ステンド自身もここまで大変な思いをするとは考えていなかった。

 まったく、どうしようかねー……

 それでも、どこか他人行儀な思考をしているのはステンドの楽観的な性格のせいだ。緊張感があろうとなかろうと、状況は変わらない。ならばいつでも軽い気持ちでいいだろうというのが、この先導者のスタンスだ。

 とにかく、まずは相手の足を止めたい。

 そのための罠を張り巡らせようと適当な場所を探しているのだが、これといったものが見つからない。避けながらなので焦点がぶれるせいでもある。そろそろ妥協すべきかと思っていたところで、ようやく目当ての植物を見つけた。

 それは巻きひげタイプのつる植物だった。

 自立できない植物であるがゆえに、何かを巻き込んでゆくその性質こそ求めているものだ。

 ステンドは特殊技能によってそのつる植物の蔦を周辺に固定してゆく、

 あらゆるものを自由に結合できるというステンドの特殊技能は、それ単体ではあまり意味のないものに思える。自分でも始めはそう思ったほどだ。しかし、使い方次第ではとても便利な能力だった。固定したものの特性を更に強固にしたり、ちょっとした付与効果も可能であることが分かれば、創意工夫次第で思いも寄らない効果を発揮する。

 それだけ頭脳を使う特殊技能であり、ステンドは正直自分に合ったものだとは思っていなかった。考えることは苦手だったからだ。

 だからといって、与えられたものを放棄するよう真似はできない。許されるならば、そうして平凡な暮らしを送りたいとは思っているのが本音でも、そうできない理由がステンドにはある。何をもってしても成し遂げなければならない目的のため、こんなところで立ち止まってはいられない。

 フェッカはその障害物が見えていても、突進をやめなかった。

 獲物であるステンドがその先にいる。間抜けにも立ち止まっている。襲わない理由はなかった。

 たとえ、その前に網のように張り巡らされたものがあろうと、フェッカにとっては見慣れたつる植物に過ぎなかった。そこに脅威など覚えなかった。

 当然だ。ステンドの特殊技能の効果を知らないのだから。

 そんなものが自分にとって危険なものだとは判断できない。

 ゆえに、絡め取られる。

 身体ごとぶつかって切り裂くつもりだったつる植物が、驚くほどの柔軟さと硬質さで自身に巻き付いていた。

 爆発的な速度が一瞬で減速させられた。それほどにそのつるは強固だった。

 理解が追いつかないまま、獲物が己に触れたのを感じた瞬間、フェッカは地面へと縫い付けられた。

 四肢は動く、前足も後ろ足も確かに土の感触を伝えてくる。だが、腹部の一部が言うことをきかない。胴が持ち上がらない。大地にへばりついたように動かなくなっていた。

 「DYAAAAAーーーー!!!?」

 獲物に向かって叫ぶ。一体何をしたのか。

 妙に頭部が大きな人間だった。帽子という概念は持っていなかった。フェッカはその顔がどこか悲し気な表情をしていたことに気づけなかった。咆哮し、もう一度四肢に力を込めようとしたところですべてが暗転した。

 ステンドは罠にかかった魔物のフェッカが息絶えるのを見届けると、特殊技能を解いた。

 生命体のような有機物を別の何かと結合する場合は、自然の摂理に反するために拒否反応と思しき反発がある。それを抑え込むためにより魔力を必要とする。特殊技能を発動して終わりというわけにはいかなかった。その状態を維持するための後処理をしなければならない。

 もっと楽な特殊技能が欲しかったと毎回思ってしまうのも仕方がないことだろう。分かりやすく一撃必殺の何かが欲しかった。

 最終的に対象物が無機物になる点では同じなのだが。

 「まぁ、とにかく一段落ついたか……」

 誰にともなくひとりごちる。

 フェッカは最後まで、自分に何が起こったのか分からなかっただろう。己の命を奪ったものが、何の変哲もない植物の茎だと知ったなら驚いただろうか。

 それは単に上へと延びる性質を持った雑草だった。その茎をフェッカと結び付けただけだ。おおよそ、魔核となる心臓の辺りに向けて。特殊技能で硬化し、急速に成長する要素を与えられたそれは、フェッカの身体を貫いて上へ上へと伸びた。

 地面と結合された状態では避けるすべはなかった。

 最初につるに絡め取られた時点で、すべては終わっていたのだ。ステンドの罠は段階的に相手を陥れる。そうして対象物を壊すのだ。

 あれほど素早く動くものでなかったなら、もっと手早く倒せた。直接触れなければならないという制約が、この特殊技能の難点でもあった。毎回、こうした条件に振り回される。特殊技能に関して、他人に愚痴れないのはストレスでもある。ともあれ、終わりだ。

 仲間の元に戻ろうとして、ステンドは大事な役割を思い出した。

 いや、目を背けていたことにようやく向き直っただけだと分かっていた。

 どんなに言い訳しても、やるべきことはやらねばならない。

 いつものように泥水を呑むような不快感を押し殺し、代わりに大事なものを思い浮かべる。それ以外は考えないようにすれば何とでもなる。それはある種の自己暗示だ。そんなものにすがることが良いことだとは思っていない。思っていなくても、そうしなければならない。相反するものを抱えているのが人間の性だ。自分自身を自嘲して鼓舞する。それもまた矛盾だろうか。

 取り留めのない思考を苦笑で断ち切る。

 この森はおそらく丁度いいはずだ。

 嫌な仕事は、さっさと終わらせるに限るってな……

 内省の中でも軽い調子を装って、ステンドはそれを終えた。結果など知ったことではない。

 「さて、助けに行きますか……オレがいないとやばそうだしな」

 カウボーイハットの下で不敵に笑う男の顔は、どこか寂し気だった。




 「Thihihiーーーーー!!!」

 何度目かの攻撃をその身で受け、シーアの叫びが辺りに響く。

 それは悲鳴の類ではなく、どこか誇らしげな咆哮のように聞こえた。それとも、そう思いたいだけだろうか。文字通り体を張って防御しているのだ。痛みがまったくないということもなさそうだ。

 どこからともなく飛んでくる、しなる鞭のようなボルアードの攻撃を剣で弾きながら、クロウはどのくらい時間が経ったのか分からず、ちらりとユニスの方へ視線を向ける。

 薄紫髪の男は見るからに集中していますという顔で、右手を前に突き出して目を閉じたままだ。

 外から分かるように大仰にアピールしているわけではない。身体の体勢というものは魔法を使役する上で実際に影響があるということは判明している。要は本人にとって一番リラックスできる姿勢、あるいは気が散らずに集中できる状態が重要だという話だ。

 まだ魔核捜しは終わりそうにない。

 そう判断してクロウは改めて周囲を見渡す。

 大楯を構えてきっちりと正面からユニスを守っているブレンは、多少余裕を取り戻したのか安定した防御力で対応している。

 左側ではイルルとミーヤがシーアと連携しながら守りを固めていた。雛鳥の誘導に手間取りながらも、ぶっつけ本番だということを考えればよくやっていると言えるだろう。

 クロウは右側と後方担当だ。

 ユニスたちの背後には大木があり、一応守られている形にはなるが、その合間を縫って攻撃が来ないとは限らない。立ち上がって警戒できるくらいには回復したウェルヴェーヌとココがいるが、ボルアードの攻撃を受け止める術はない。あくまで監視要員だ。

 そう言えば、あの大木はボルアードの一部ではないのだろうか。魔物である古代樹の支配を逃れているというのなら、他の樹々との違いが何かあるのだろうか。

 疑問に思ったものの、オホーラに尋ねている暇はない。

 少なくとも、賢者が注意喚起してこなかったということは安全なのだろう。

 そのオホーラはユニスの頭の上で探知魔法の補助をしているようだ。使い魔の状態ではできることはほとんどない。

 何度目かの攻撃を退けながら、いい加減反撃できないかと考えていたクロウは、単に受け流したり弾き返すのではなく、剣気を乗せて斬り返すという方法を思いつく。

 大元に辿り着かずとも、多少はダメージを与えられるのではないだろうか。

 水平に薙ぎ払うような一撃が襲い掛かってきたので、その動きに合わせるようにカウンターを放つ。

 剣の刃が折れないような角度を調節しつつ、剣気が内部を走るように速度と威力、タイミングを計って反撃に転じた。感覚的でしかないが、斬った枝が怯んだような気がした。親木の母体以外に攻撃しても意味がないと思っていたが、支配下の群体の方であっても効果はあるのかもしれない。多少の攻勢にはなるだろう。

 ただ、クロウ以外に有効な反撃技をできる余裕はなさそうだ。防御に手一杯なところに、反撃を提案しても実行には移せない。

 自分だけでも削るかと重心を落として本格的に構えたとき、ユニスが叫んだ。

 「見つけた!」

 反射的に振り返ると、すぐに困惑した声が続く。

 「でも、何だい、これ?動いている?」

 良く分からないが、発見したのなら具体的な位置を知りたい。

 「短くまとめてくれ!」

 クロウが皆の意見を代表するべく返事をすると、「すまない」とユニスは謝った後、オホーラと何やら言葉を交わしてから再び声をあげた。

 「魔核はなぜかボルアードの範囲の外周を走っているみたいだ!後方を行ったり来たりしてる!」

 走っているという意味が飲み込めなかった。

 魔核は動き回ることはない。魔物の体内で動くことはあれど、駆けまわるような動きはしないはずだ。いや、森の魔物であるボルアードの場合、この森という空間が体内という定義であるならばあり得るのだろうか。

 しかしその場合、魔核そのものが走っているというのだろうか。

 一般的に魔核の形状は鉱石や宝石という表現で表わされる。自走できる形態ではなかった。そんな石に足でも生えて走っているのだとしたら、あまりにシュールな光景だ。

 「あのラームズだ!あいつを探してくれ!」

 クロウが妙な想像をしていたら、ユニスが別の答えを示した。

 なるほど。シーアを追いかけまわしていたあのリスの魔物がボルアードの魔核を持っているのか。それならば納得が行く。ドムウッテやボルアードの相手で失念していたが、ラームズもこの場にはいたのだ。

 そうと分かれば、後は誰が追うかという問題だけだ。この間もボルアードの対応はしなければならない。

 「ココがいくのん!」

 そうした状況を理解してか、褐色の娘が立ち上がった。先程まで疲労で座り込んでいた身で大丈夫なのかと尋ねる前に、その背から白い体毛が急激に伸び出してくる。白狼であるアーゲンフェッカとの同化を自発的にしているようだ。

 (主殿、我らに任されよ)

 半獣化とも言うべき状態になれるココとシロなら、狩りには最適だ。現状の体力面で不安はあるものの、自らやると言ってくれているのだから信じるしかない。

 (分かった。頼む)

 短く答える。ずっと相手をしていたシーアの方が適任かもしれないが、肉壁の役割をまだ放棄させるわけにはいかない。

 視界の隅で四つん這いになって勢いよく駆け出すココを見ながら、そう言えばミーヤも獣人なので獣化すればあのような状態になるのだろうか、などと益体もない考えが浮かぶ。その類の方向で行くと、ラクシャーヌもまた同じように狩りは得意そうだ。最悪、今も体内で眠っている災魔を使うことも考えていただけに、ココたちの申し出はあり難い。

 連戦で皆の疲労が溜まっているのは明らかだった。クロウ自身も限界は感じてないものの、万全という体調とは程遠い。先日自己管理がなっていないと戒められたばかりだ。一応、これまでよりも自分の調子について気にはかけていた。いきなり倒れるなどという失態はもうおかせない。

 もう何度目かになる枝の攻撃に対して、力任せの反撃を加えた時、「WAOOーーー!」という雄叫びと共にココがユニスたちの元へ戻ってきた。

 半ば狼のような顔になっているその口に、ラームズがくわえられていた。先程のは勝鬨代わりだったらしい。

 (後は任せてよいか?この状態の維持が限界だ)

 シロからの伝言と同時にココがその場に倒れ込む。やはり獣化は無理をして行っていたようだ。

 「ココたちは限界だ!そいつから魔核を回収してくれ!」

 「私が責任を持って!」

 ウェルヴェーヌが素早く返答する。

 「魔核を食べている可能性がある。解体して調べるがよい」

 「了解しました」

 賢者の言葉にためらいなくメイドは首肯し、手慣れた手つきでラームズをナイフでさばいて行く。食用のリスというものもそれなりに存在する。ウェルヴェーヌに忌避感はなく、素早く正確に腹部を切開し、体内のものをさらけ出す。

 「ありました!」

 メイドが取り出したのは手のひらサイズの琥珀だった。樹脂の化石とも呼ばれるもので、魔核が樹液によって覆われて固体化したものらしい。

 「でも、どうしてラームズがそれを?」

 「ふむ。魔核が琥珀化して洞にでも表出したところを、このラームズが木の実などと一緒に腹に入れたのかもしれぬな。そのせいでボルアードも出張ってきたのだとすれば説明がつく」

 「出張ってきた?賢者様、それはどういうことです?」

 「ボルアードがなぜこの場所に顕在化したのか不思議じゃったが、ラームズがここにいたのなら、その魔核を追ってきたということじゃろうて」

 「ああ、なるほど。でも、それなら、なぜ僕たちが襲われたのですか?ラームズが魔核を持っていたのに」

 「そこまで具体的には分からんかったのではないか。ある範囲にいる何かが持っている。そして、生命体のわしらがそこにいる。勘違いしてもしかたなかろう」

 ユニスとオホーラが状況分析をしているが、それどころではない者がいた。

 「二人とも!すまないが、華麗な推理披露は後にしてくれないか?我の美麗な技にも限界がある!」

 「ThiThiーーーー!!」

 賢者たちが悠長に話している間も、ボルアードの攻撃は止んでいなかった。ブレンが抗議をしたのと同時に、シーアの身体が吹っ飛ばされた。硬化の魔法の維持が解けたのだ。

 ゴロゴロと転がったシーアは丁度、ウェルベーヌがさばいたラームスの元へと辿り着いた。

 空腹が呼び寄せた奇跡だろうか。

 ウェルヴェーヌは雛鳥にそのラームズの肉を差し出しながら、琥珀化した魔核を思い切り地面に叩きつけて割った。メイドに躊躇はなかった。事態を正しく理解していた。

 途端にボルアードの濃密な気配が退いていくのが分かった。

 とりあえず一件落着、皆がそんな雰囲気になりかけたところで、危険信号が激しく明滅した。

 クロウは認識すると同時に飛び込んでいた。

 今までボルアードの内側にいたために、外側の気配にまったく気づけなかったのだ。その境界線が消えた瞬間、外で待ち構えていたものがあった。いや、打ち出されたのか。

 その強大な何かが、ユニスたちに迫っていた。

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