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選択死  作者: 雲散無常
第八章:捜索隊II
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8-4


 「Thi,Thi,Thiー!」

 突然、シーアの歌うような鳴き声が森の中に木霊する。

 黒トサカ鷲の雛鳥の言葉など分からないが、ウェルヴェーヌだけは例外で今も丁寧に訳して伝えてくる。

 「どうやら、この先に何かあるようです」

 これまではシーアの背に乗って移動していたメイドだが、今はそこにクロウがいるので隣を歩いている状況だ。

 「何かって何だい?」

 相変わらず魔力探知の箱を手に、一行の進行方向を決めているユニスが振り返る。

 「すみません、詳しくは分かりません。ただ、警告半分のような気がします」

 「半分?残りは?」

 「……楽しそう、です?」

 確信が持てないのか、ウェルヴェーヌも困ったように首を傾げる。だが、その表情はいつもながらほぼ変化していないので、感情は伝わりにくい。そんな翻訳なので聞き手も判断が難しい。

 「とにかく、何かがあるということじゃな。心に留めておけばよかろう」

 オホーラが軽い調子で受け流すと、ステンドがうなずいて先導役で再び歩き始める。クロウ以外はいつもの隊列だ。

 「……そろそろ、俺も自分で歩きたいんだが?」

 「まだいけません。病み上がりは大人しくシーアに乗っていてください」

 「いや、だからもう大丈夫だと……」

 「ダメです。クロウ様の自己判断は当てにならないことは証明されています。無理をした結果、事態を悪化させたことをお忘れですか?」

 「……分かった」

 ウェルヴェーヌの強い否定にうなずくしかない。迷惑をかけたのは事実なので、今は従うしかなかった。

 「おぅおぅ、完全に言い負かされてんなー」

 ステンドが笑いながらからかってくるが、やはり何も言い返せない。

 疲労の蓄積によって倒れ込んでから丸一日が過ぎていた。もう体調は平常に戻っているが、そんな前科もちなので意見は通せない。大人しくシーアに揺られることにする。

 「標的までどれくらい?」

 「ああ、距離はそれほど離されていないから大丈夫だよ。というより、もしかしたら同じ線上で動いているかもしれないね」

 ミーヤの質問にユニスが答える。

 「どういう意味?」

 「んー、僕も良く分からない。ただ、そんな感じがしているだけなんだ」

 「同じルートって意味じゃねーよな?」

 ステンドも口を挟んでくる。ユニスの言い回しが理解できないからだろう。

 「違うね。なんというか、相手側の動きが一定間隔で行き来している風に見えるというか……すまない。まだ言うべきじゃなかった。僕も確信はしてないことだから、現時点では混乱するだけだったね」

 「まぁ、あっちの動きが分かりやすく見えるってもんでもないんだろ。仕方ねーわな」

 ガンラッド追跡は終盤に差し掛かっている。

 少なくともこの森で決着がつけられそうな雰囲気は皆が感じていた。ユニスの魔力探知がしっかりと掴んでいるのだ。いずれ追いつくことは間違いない。

 そのまま勢いを持って臨むところを、自分が倒れたせいで水を差した形になり、クロウは少しだけ申し訳ない気持ちになっている。迷惑をかけるのは好きではない。それは根底にある自分の思想の一つだと思う。その意味では、ラクシャーヌに言われた何事にも無関心とは少し矛盾する気がした。一応気にかけている。

 ただ、その程度がどれくらいで及第点なのかは分からない。最終的に優先すべきものは明白であり、その他一切はたやすく切り捨てられる。それは気にかけていると言えるのだろうか。

 まだまだ良く分からないことばかりだ。

 「Thi,Thiー?」

 そんなクロウの心の溜息に気づいたのか、シーアが心配そうな声で鳴いた。

 意外に通じ合っているのかと感心しそうなクロウの耳に、ウェルヴェーヌの容赦ない通訳が飛び込んでくる。

 「まだご飯じゃないです、我慢してください」

 「…………」

 まったくの勘違いらしかった。都合のいい解釈はするべきではない。

 「んー、嫌な匂いがするのん」

 と、不意にココが声をあげた。どこか不機嫌な口調なのは、クロウがシーアの背に乗っていて自分から引き離されているからだ。大分ごねたものの、シーアが受け入れなかったので仕方なくすぐそばを歩いていた。雛鳥は基本的にウェルヴェーヌ以外にはそっけない態度だった。

 「匂い?」

 クロウが尋ねると、ココは力強くうなずく。何か感じるものがあるらしい。

 そう言えば、さっきシーアも鳴いていた。メイドによると楽しそうな雰囲気もあったようだが。

 「ガンラッドってわけじゃねーよな?」

 ステンドがユニスに確認すると、すぐに首を振られる。進行方向に魔物でも潜んでいるのだろうか。立ち止まって前方を見透かすように手でひさしを作った先導役は、そのまま周囲へと首を向けて一つうなった。

 「うーむ、オレは特に何も感じないんだけどな……一応もっと慎重に進むか」

 それからしばらく緊張した雰囲気で一行が森の中を進む。

 地下世界では昼も夜も薄暗い。鬱蒼とした樹々が生い茂る森の中では、さらにその暗さは際立つように思えるが、実際はそれほど影響はない。もともと、明かりが陽の光ではなく、光苔やら発光する植物といった光源でしかないので、頭上の光が遮られても感覚的に違いはなかった。

 それでも周囲が見えるのは、ぼんやりとした光が至る所にあるからで、それらは蛍のように自ら発光して飛ぶ小さな虫が無数に飛び交っているからに他ならない。それらの虫が大量に樹の幹、背丈の高い葉の上などで休息していると、それらが街灯のように辺りを照らしてくれる。

 森の中が生息域なのか、その発光虫とも言うべきものが主な光源となっているおかげで、ここまで暗さを気にしないで歩いていた。

 しかし、ここに来てその明かりが乏しくなってきていることに気づく。

 「……暗いな。あの光る虫はどこへいきやがった?」

 誰もがそのことに気づき始めた頃、ステンドがその疑問を声に出した。

 「松明を使いますか?」

 地下世界が薄暗いことは分かっていたので、予め明かりになるものは用意していた。ウェルヴェーヌはそうしたものを入れていた麻袋を既に失ってはいたが、現地調達の材料で新たに別のものを作っていた。性能的に多少劣化しても、問題なく使用できる。

 「いや、止めた方が良いかもしれぬな。これが意図的なものであるなら、下手に光源を持って目立つのは得策ではない」

 ユニスの頭の上の蜘蛛、オホーラがすぐさま否定する。

 「それって、何かが仕組んでいやがるってことか?」

 「確信はない。ただ、周囲が次第に暗くなったときに動物なら、皆明るさを求めてそちらへと向かうのが習性というもの。つまり、誘導できる」

 「罠?だったら、もう危険域?」

 ミーヤが周囲へとより警戒する視線を送る。

 「でも、そういう気配はまだないっす」

 イルルも周辺を探るように見回して言った。幾人かがそれに頷く。誰もが慎重に進んでいたのだ。一人も異変に気づかないということはないはずだ。

 「生命体そのものが待ち構えているとは限らぬ。例えば落とし穴であったり、何らかの仕掛けが地面にある場合、当然気配などないはずじゃ」

 「暗くしておいて、罠の場所まで光で誘導ってことか。ありそうだが、それなら尚更松明で足元を照らすべきじゃないのか?」

 「仕掛けを警戒するだけであるならばそうじゃが、二段構えの可能性がある。ここで新たな光源が発生すれば、それはまさしく獲物のものだと認識される。それを相手が待っているとすると、その段階でこちらの居場所がバレる」

 「そこまで知性がある敵だと?」

 「考えすぎであるなら、それはそれでよいのじゃがな……」

 賢者にも何か予感めいたものがあるのだろうか。ココやシィーラのそれも踏まえると、確かに軽視はできない。何かがこちらを狙っているのなら、対処しないわけにはいかない。

 どうするんだ、という皆の視線を受けてクロウは決断する。

 「松明を灯す。それを囮にして、様子見しよう」

 敢えて新たな明かりを作り、罠を逆手に取ることにした。松明を適当な木の枝に挟んで、それを遠巻きに見守ることにする。賢者の懸念が当たっているなら、それで何か動きが生まれるはずだ。

 一行は松明から距離を取り、茂みに身を潜めてしばらく待った。

 気配を断つためにユニスが特殊な魔防壁で周囲を囲む。これは内外両方の空気感そのものを遮断する。警戒して近づいてくるであろう何かに対して、完全にこちらの気配を隠すのは不可能なために必要な措置だった。デメリットとして、内から外への察知能力も減退してしまう。

 ゆえに、ひたすらに目視による確認になるが、こちらにはイルルやミーヤ、ステンドといった肉体的にも能力的にも目が良い監視役がいるので問題なかった。

 じっとその時を待ってどれくらい経ったのだろうか。

 やはり杞憂だったのではないかと思い始めた頃、松明の明かりが急に掻き消えた。

 火が燃え尽きたわけではない。

 不自然にいきなり消失した。外部からの干渉に違いない。周囲が途端に暗くなり、薄ぼんやりとした視界に変わる。

 すぐさま動こうとしたイルルやミーヤの雰囲気を察して、オホーラが「まだだ」と静かに制止して待ったをかける。遠隔か何かで消しただけなら、その後で必ず現場へと確認に来る。そこまで待てということだ。

 それから更に数分が経ち、松明があった辺りに黒い影が現れた。

 その瞬間、皆が一斉に動いた。

 示し合わせたように各々は左右に散開し、正面からはクロウとブレンが飛び込む形になった。

 見えた影は人型ではなかった。

 二足歩行ではあったが子供のような体躯で手足が長く、複数が群がっていた。近づくにつれて、それがミーシ、猿系の魔物であることが判明した。一定の知性があることにも納得が行く。

 「Kikii――!!?」

 突っ込んで行ったブレンの盾が最初のミーシを吹き飛ばしたとき、群れの中に一際目立つ個体がいることに気づく。

 ボスだとするとあれが最上種のドムミーシかもしれない。しかし、一般的に体格的に大きくなるのが特徴だが、その一匹は毛並みの色が他の茶系ではなく、赤毛であることぐらいしか違いがない。特殊系の可能性もある。

 とにかく、違いが顕著なものには何か理由があるはずだ。それを狙わない手はない。

 ミーシは魔法を使える。その発動元は口だ。鳴き声を音波のような風の魔法として飛ばす。

 驚いたミーシたちがこちらを振り返り、一斉に鳴き声を発しようとしていた。

 クロウは直線的な軌道を変更する。無理やり横方向へと勢いそのままにスライドし、その突風を避けると、手近なミーシに向かって剣を一閃した。

 刃はたやすくその肉を切り裂いたが、例の赤毛の個体には届かない。

 蜘蛛の子を散らすようにミーシたちも飛び跳ねて広がる。

 クロウやブレンを取り囲もうとしたのだろうが、その背後からミーヤやイルルたちが現れて狩り取られる。

 「一匹だけ、赤毛がいる!」

 皆に知らせながら、その個体を探す。

 元が猿系だけあって木登りが恐ろしく早い。その一匹はあっという間に一本の樹をするすると駆け上がっていた。

 あれがリーダーだとすると何が何でも仕留めたい。

 だが、あの身のこなしに追い付ける気がしなかった。それなりに動ける自信はあるが、あの速さについていくには垂直走りでもしなければ無理そうだ。

 「主、追い込むっす!右からよろ!」

 そう思っていると、イルルが凄い勢いで目の前の樹を登って行った。特殊な足運びなのだろうか。信じられないくらいに速い。

 イルルが追い出しをしてくれるようなので、指示通りに右側に回って走り出す。

 ちらりと見たところ、左側にはミーヤが併走していた。

 背後では「Kiii――、Kiii――!」とミーシたちの悲鳴のような声とユニス辺りが放った風の魔法の風切り音が聞こえていた。

 「こっち!」

 イルルが赤毛を追いかけまわしながら声を出してくれているので、クロウ自身が標的を見失っていてもおおよその位置は把握できた。

 樹々の間を駆け抜け、道なき道を走り回る。枝先が鋭い針葉樹や、毒を持っていそうな植物の葉などを避けながらなので、歩みは遅い。平地のようにはいかない。

 それでも数分間、イルルが追いかけまわす赤毛の追跡を続けた結果、ついに「主の方、いくっす!」という警告が発せられた。

 呼応するようにクロウは速度を緩め、頭上を見上げる。

 姿は相変わらず見えないが、気配が近づいてくるのは分かった。

 うまくイルルが追い込んでくれているのだ。足を止めて、剣を振り回すだけの空間がある場所を確保する。大きく息を吸って、一瞬で気配を断つ。逃げ込む先に選ぶのは当然何物もいない場所だ。じっとそこで待つことにする。

 森の静寂が久々に耳に戻ってくる。どこか遠くで鳥や虫が鳴いているが、ただ樹々の葉が風に揺れる音だけに注意を向ける。そこに標的が立てる音が混ざっているはずだ。

 目と耳でその時を待っていると、ミーシの赤毛が突然左斜め上から降ってきた。

 素早い身のこなしは想像以上に音を立てないようだ。

 目視していたおかげで、その姿を見逃さずに済んだ。

 無意識に体が反応して、剣を振り上げていた。ミーシはクロウに気づいていなかったのか、完全にその一振りを避けることはできなかった。

 「Gigi――!!?」

 濁った悲鳴を上げ、どさりと地面に落ちる。殺すつもりで振るった刃は、とっさに身体をひねったのか、魔核を逸らされてざっくりとした切り傷が赤毛の半身に刻まれるに留まった。しかし、どくどくと流れる血の量からして、しばらくは動けない致命傷に近い。

 この赤毛がミーシたちの群れのリーダーならば、これで襲撃は終わったと考えてみてもいいだろう。明かりを使った巧妙な罠だったが、それ以上でも以下でもなかったらしい。

 と、考えていたところでそのミーシの背中に見慣れないものがあることに気づく。

 気になって荒い息遣いの赤毛を裏返してみると、そこに血に染まった魔札のようなものを見つけた。

 「……それはなんすか、主?」

 突然、イルルの声が背後からかかる。いつの間にか合流していたらしい。

 「魔札だな……これでミーシを操っていたのか?」

 「そんなもの、聞いたことない」

 今度はミーヤがどこからか追いついてきた。その手にはなぜか小さな白い毛皮が握られていた。

 「それは?」

 「途中で白毛もいた」

 違うミーシの個体がいたらしい。その意味するところを考えた時、クロウははっとして顔を上げた。

 「すぐに戻るぞ。これは陽動かもしれない」

 既に何者かの策略の網に囚われている気がしてならなかった。

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