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選択死  作者: 雲散無常
第八章:捜索隊II
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8-3


 私は生まれたときから何かに縛られていた気がする。

 物心がついたときには、既に宿命を背負わされていた。

 好きなことはできず、勝手なことは言えず、ただひたすらに与えられた役目をこなすことを課せられた。

 幼い時からそうであったゆえに、大人になるまでその歪さには気づけなかった。比較するものがなければ、正常も異常もそこにはない。

 本来の人間というものの営みなど、知る由もなかったのだから当然だ。

 あるいは母親が生きていたら違っていたのかもしれない。

 かろうじて今も私に人間らしさが残っているのだとしたら、それは母親の影響に違いない。母だけはいつも私を優しく見守ってくれていた。それがどういったものなのか知らずとも、ぬくもりという安心を私に感じさせてくれていた。

 人生にもしもがない以上、そんな思考に意味などはないのだが、時折夢の中で微笑むその顔だけは、はっきりと私の思い出に刻まれていた。その他の過去の記憶が希薄なせいで、比較して切り出されやすいだけだとしても。

 いずれにせよ、その思い出があったところで私が抱く私的な感情など爪の垢ほどでしかない。

 私には喜怒哀楽というものが欠如している。

 そんなものを覚える生活などなかったからだ。

 ただ、モノを作り、モノを改良し、モノを更なる高みに押し上げる。

 そのサイクルをひたすら回すのが私の役割であり、使命だった。朝も晩もなかった。起きて、作り、意識を失って寝る。それが生活というものだった。

 それ以外の一切は余計なことであり、無駄であり、無意味なことだった。

 できなければ折檻され、無能だと罵られ、苦痛を味わわされた。やがて、ただ痛みを逃れるためだけに、より良いモノを作る日々になった。その作るモノも、人間を殺すということに特化したもので、今から思えばろくでもない代物だ。

 それでも、それが私の普通で、すべてで、正しいことだった。

 そう教えられてきた。それ以外を知らなかった。

 私は、常に道具だったのだ。

 父親の悲願を達成するための、未だ見たこともない祖母の怨念をはらすためだけの、何もかもが計算ずくの作り上げられた道具に過ぎなかった。

 その事実を知ったとき、抜け出せる術があったのなら何か違ったのだろうか。

 分からない。

 結局、その時点でもう私には進むべき道が用意されており、その歩き方だけを学ばされており、それ以外の選択肢など考えることもできなかったのだから。

 しかし、感情に関しては一つだけ表面化したものがある。

 いや、先鋭化したというべきだろうか。

 それは、憎しみだった。

 この呪われた宿命を背負わせたすべてに対する、強く激しい憎しみだ。

 感情がないと思っていた自分が、驚くほどの熱を持って自身の心の大きな波を感じたとき、私はまだ自身の中に人間らしさを持っていたことを思い知った。

 それからは、その憎しみを原動力に生きてきたとも言える。

 同時に。

 そうしなければならなかったとも言える。

 呪われた宿命。

 大仰な表現だと思われても仕方ないが、これは事実だ。

 私はこの身に呪いを受けている。抽象的だけではなく、具体性を持って刻まれている。

 つまり、怨敵を必ず殺すようにと。

 それ以外に時間を使うと身体に激痛が走る。立っていることもままならないほどだ。つまり、私は道具としての生き方を強要されているのだ。他ならぬ父親という存在から、その呪いを施された。 「お前が必ず遂げろ。他に道はない」

 明確な命令で、呪いだった。

 やるしかない。生き残るにはそれしかない。やり遂げれば呪いもおそらくは解ける。そう信じるしかない。

 怨敵を殺す。

 そのためのモノを作り続けた。モノでしか成し得ない。成し遂げてはならない。その方法にもこだわりがあった。

 一方で、その標的となる相手のことは見たことすらなかった。

 ただ名前と肩書があり、その悪行の羅列があるだけだった。

 私の家族はその人物にすべてを狂わされたのだと聞かされ続けた。その呪詛の元は祖母のようだが、原点に興味はなかった。家族というものも良く分からない。今更、始まりがどうであってもこの道の目指すべきものは変わらない、変われないのだから。

 道楽の賢者オホーラ=ダイゼル=ヨーディリッヒ。

 その男を殺すためだけに、私はモノを作り、練り上げ、仕掛けるべき時を待ち続けた。

 そしてついに、その男の居所を突き止めた。

 大陸のどこにいるのかもわからず、必死に探しても見つからず、どうすることもできなかった父親と違い、私には機会が巡ってきた。

 その情報を得た時、一度は無視しようとも考えたのは事実だ。

 宿命だ義務だと思い続けていたものの、実際にはただの赤の他人を殺すという畜生な行為だ。多少の常識というものを知った頭脳で考えれば、いかに愚かなことなのかは分かった。何もしないという選択肢を選びたくなるのは当たり前だろう。

 しかし、呪いがそれを許さなかった。

 身体に刻まれたその呪いが耐えきれぬほどの苦痛を浴びせ、やれと強要してくる。抗うほどに増す痛みに耐えきれるはずもなく、そうする意義もあまり感じられなかった。殺すべき人物はまだ見ぬ誰かだ。そんな見も知らぬ者のために自分が苦痛を受ける必要性はない。前提から狂っている条件のために歪んだ倫理観と論理ではあったが、たいした知識も経験もない当時の私にそれらを判断する知恵などない。

 辿り着く答えは一つ。

 逃げ道などない。やるしかない。やり遂げなければならない。

 馬鹿で卑怯で愚かな父親の置き土産は、その命を賭したものだけあって強力だった。何度かその呪いを解くべく、様々なモノを作ったこともあったが、所詮素人の浅知恵では望むべくもなかった。賢者を殺す以外に、解呪できる方法はない。

 なんという不条理か。感情を失くしたはずの私の中で、憎しみだけが膨れ上がった。その対象が必ずしも正しいとは思っていないが、そんなことはもはや関係ない。ただ、何かに、誰かに、この憎悪をぶつけねばならないだけだ。

 私の進むべき方向は常に一本道だった。そこしかなかった。

 必然的にベリオスの町に向かい、計画を立て、実行した。想像以上に順調に準備は進んだ。実際の事象も想定通りだった。あと一歩というところまで追い詰めた。

 賢者を拘束し、あとは私が作り上げた最高傑作のモノが発動するだけという段階だった。いや、モノは間違いなく作動した。計算通りに、意図したように、完璧に機能を果たした。

 だというのに、あの男は生き残った。

 何が起きたのか未だに不明だった。あり得ないことが起こった。殺すための機能は確かに作動した。しかし、対象は生き残った。

 信じられないし、信じたくはないが、事実としてそうである以上、認める以外にない。原因を探りたかったが、追手の匂いを感じてひとまず退くしかなかった。

 一度の失敗で終わるわけにはいかない。

 あきらめるという選択肢はなかった。

 そのためにも体制を立て直す必要があった。賢者と言えども隙が無いわけではない。その証明は果たされた。再度、計画を完遂するまでだった。

 追跡の手は執拗で手強かった。

 際どい所まで迫られて、仕方なく地下世界へと降りることにした。当初の予定にはなかったが、他に行き場所がなかった。

 探索者ギルドの網の目は、一時的にならかわすことができた。そういうモノは事前に作ってある。準備は常にしてあった。モノ作りと同じだ。どんなことも想定して、計画して、実行する。それでうまくいく。そこまでは問題がなかった。

 大変だったのは、その後だ。地下世界というものは未知数すぎて、慣れるまで一苦労だった。

 特にモノが上手く作動しなかった。地上と地下のマナの違いから、必要十分条件な魔力が供給されていないことに気づくまで手間取った。そのせいで、食料の調達や生活が危うかった。モノによる補助が当たり前になっている私の生活習慣ゆえ、それなくしては何も成り立たない。

 しかし、どんな問題も原因を突き止め、その解決を図ればいいだけだ。原因の糸口を見つけてからは、すぐに改良はできた。今では逆に、この地下世界の珍しい動植物の特性を活かしたモノができあがっている。その試作品も試して効果は上々だ。

 しばしその研究を洗練させようとしていたところに、不穏な追手の匂いを嗅ぎつけ、また逃亡しなければならなくなった。

 地下まで追ってくるとは敵もさる者といったところだ。

 おそらくは私専用の追跡隊だと思われる集団は少数精鋭で、さすがに単独で迎え撃つにはそれなりの準備がいる。逃げながら、罠を仕掛けるのに適した場所を探して移動してきた。

 道中で思わぬ発見をしながらも、そうしてモノの改良と共に逃亡生活を送っていたが、とうとう追手の魔の手がすぐそこまで迫っていることを知った。

 準備はまだ不完全ではあるが、これ以上猶予はなさそうだ。

 妥協してどこかで迎撃する必要がある。準備はしてきた。今あるもので対応するしかない。

 私は近づいてくる敵の足音を聞きながら、地下世界用のモノの仕上げにかかる。

 私の人生はこんなところで終わるわけにはいかないのだ。




 いつもと同じように森の中を歩いていたとき、不意に眩暈がして足元がぐらついた。

 クロウはかろうじて姿勢を保ったものの、ふらつくように近くの樹木に寄りかかる形でぶつかった。

 「クロウ様!どうしましたか?」

 ウェルヴェーヌの声がどこか遠くに聞こえる。

 「ああ、いや……」

 自分でも良く分からない。視界がやけにぼやける気もした。

 「なんだ、転んだのか?」

 ステンドがからかうように振り返るが、その声もまた遠い。雑音交じりにも聞こえる。

 やはり何かがおかしい。

 それは自身だけではなく、周囲にも伝わったようだ。異変を感じて、皆が集まってくる。

 「おい、何か毒にでもやられたのか?」

 「まさか、何もなかったよ?毒持ちの虫とかもいないと思うけど?」

 「ふむ。症状的にそのような兆候はなさそうだ……」

 皆が口々に何か言っているが、段々と聞き取りづらくなっている。聞こえていても、その意味が取りづらくなっている。思考が鈍くなっているのか。

 一体自分の身に何が起こっているのだろうか。

 まともに立っていられない。そもそも、いまどんな状態にあるのかすら認識が困難ですらあった。

 「クロウ、聞こえるか?何か自覚症状はあるか?」

 オホーラの問いかけが耳にこだまする。

 特に何もない。ただ、身体がやけにだるいだけだ。力が入らない。

 そう答えようとして、声も出せないことに気づく。

 あまりにも急変する自身の容態に思考がついて行かない。と、そこでラクシャーヌの呆れたような声が内部に響く。

 (まったく、やはりこうなったか……愚か者が)

 (ん……何か分かるのか?)

 内部会話は普通に行えるようだ。状況が分かっているらしい災魔に尋ねる。

 (単なる疲労じゃ。おぬし、自己管理がまったくできておらぬからのぅ、いつかこうなることは分かっておったのじゃ)

 (疲労だと?けど、今までと比べて余計に動いたってこともないぜ?)

 激しく運動した後でなら納得もいくが、今は普通に歩いていただけだ。急にふらつくほど疲れたとは思えないし、百歩譲って疲労だとしても、それだけでこんなに身体が重く動けないほどになるものだろうか。

 (ふん、ここは地上ではないのじゃぞ?散々、地下のマナは異質じゃと言ったじゃろうが)

 (そのマナ云々の話は聞いたが、俺に関係するのか?だいたい、他の奴らは普通にしているぜ?)

 (まったく、おぬしという奴は……わっちと密接につながっておるおぬしが他の人間と同じなはずがなかろ?わっちが何のために、おぬしの中で眠っておると思うておるんじゃ?)

 つまり、ラクシャーヌはクロウの負担を減らすために内部で眠っていたということになるのだろうか。

 しかし、地下世界に降りてきたのは今回が初めてではない。今まで一度もこんな状態になったことはなかった。何が違うというのか。

 その疑問を感じ取ったのか、ラクシャーヌは続ける。

 (いま、おぬしに起こっている異変が今までなかった理由は単純じゃ。これほど長期間滞在してなかった、それに尽きる。それに、もう一度言うがおぬしは自身の体調管理について無頓着過ぎる。というより、あらゆる物事に対して、おぬしはあまりに無関心すぎると言った方が正しいかのぅ)

 (どういうことだ?)

 (そのままの意味じゃ、たわけ。おぬしは基本的に常に受け身じゃ。自発的に何かをしようとしておらぬ。別にその良し悪しをどうこう言うつもりはわっちにはないし、興味もない。じゃが、客観的事実としてそうであることはそろそろ自覚しても、もうよいのではないか?いや、するべきじゃ。そのせいでこんな状況になっておるのだからのぅ)

 自分が無関心だと指摘されても、そうなのか、としかクロウには思えない。

 逆にそのことが既にその証明になるのかもしれない。

 常に受け身という話も否定する要素はないように思う。ここまで環境や状況に応じて動いただけで、自発的に何かをしたかと問われると、なるほど、特に思い当たることがない。ただ、生き延びることを選択しているだけだ。

 結果、クロウは自分の身体の状態にすら無関心で、限界まで疲労に達していることにすら気づけなかったと。

 納得できそうでいて、まだ引っかかるものがある。命の危険に際しては、今まで勝手に身体か精神かは知らないが警告を発してくれていた。あるいは特殊技能スキルかもしれないが、いずれにせよ何らかの兆候は察せられた。これほどの疲労の健在化であれば、同様なことが起こらなければおかしいのではないだろうか。

 (身体が変だったら、さすがにこう、本能的なもんで気づけるもんじゃないのか?実際、危ないときは分かっていたんだが……)

 (人間の機能など、わっちが知るわけがなかろう。じゃが、推測するなら命にまで関わらぬということであろ。おぬしの判断基準など知らぬわ)

 それはその通りだ。自身のそうしたことにさえ他者に尋ねている時点で、無関心というその言葉がますます重みを感じて刺さってくる。

 自己管理がなっていない。

 そのせいだというのなら、これは確かに見直す必要がある。子供じゃあるまいし、はしゃぎすぎてそのままその場に倒れるようなものだ。これは情けないことであると思う。

 反省していると、不意に身体が暖かい何かに包まれる。

 ぼやけた視界の中で、シィーアの羽毛が目の前にあった。珍しく自分からその身体を貸してくれるようだ。ウェルヴェーヌ意外には冷淡な雛鳥だが、同情されるほどクロウの容態はひどいのだろうか。

 まだ皆が何か言っていたが、もうほとんど聞こえない。シィーアのぬくもりにくるまれてクロウはゆっくりと意識を閉じた。

 疲れているのなら休むしかない。

 真っ暗な闇の中で、アテルが「おやすみなさいなのです」とささやいた気がした。

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