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「マナ溜まりを人為的に作ったのならば、目的は当然マナの蓄積にある。その構築にはおそらく空間系の結界、つまりは場所限定の魔法陣を用いたと考えるのが妥当じゃろう。その場合、それを目視外で知る術はほぼないと言っていい」
「結界のある場所を特定するのは、例えば魔力探知でも無理なのか?結界だって言わば魔法だろう?」
「いや、結界や魔防壁というものは魔法ではあるが、厳密には性質が異なる。魔力探知は基本的にある地点のマナの相対的な変化量の差異を見るものだからだ」
「相対的?どういうことだ?」
「つまり、今おぬしがいるその場所Aと、その右隣の空間Bがあるとしよう。魔力探知はこのAとBの魔力数値を比較するようなものだと考えてみるがよい。仮にAが100、Bが50、周辺のその他Cも50の時に、Aは明らかに他と比べて数値が高い。つまり、そこには何かマナ保有値が高い存在があるということになる」
オホーラは弟子に講義するように語る。
「一方で、結界などは一部ではなくその中心から周辺に広く影響を及ぼす。素の状態のA地点が‘100として、そこに結界を張ったとすると、A地点を中心に例えば数値的に120になったとしよう。この場合、周辺も同様に120になり、元々の100という比較対象も一時的に上昇している。もちろん、結界との境界線付近は100と120という違いが観測できるが、そういった数値の変化は地域で当然起こり得るために気にも留めないであろう」
「ん……それはある一点で突出した違いがなければ、探知できないってことか?」
「いや。『できない』のではなく、解釈する際に除外されやすいということじゃな。周囲との大差が一つの指標である以上、周辺との変化が穏やかになっていると気づかれにくいとも言える。先程の例では結界の周辺値も一定に上昇するが、実際には中心から遠ざかるほどその上昇値は逓減している。こうなると、それが元々の地域の特性なのか、結界によるものなのかは判断がつかない」
「……分かったような気がするようなしないような……じゃあ、結界ってのは魔力、マナが数値的に跳ね上がるわけじゃないってことか?その中心地を考えたとしても」
「一般的にはそうとも言える。大規模なものなら中心の値は元の二倍くらいになるやもしれぬが、前述したとおり周辺も連動して引き上げられつつ、外に向かっては下がっていくゆえ、元の数値を知らなければ地域性と判断してもおかしくはない」
「ああ、なるほど。範囲で変わっている場合、初めから比較できる元値を知ってないと厳しいわけか」
「うむ。予め見当がついているのなら不可能ではないが、一見して分かるかというと否定せざるを得ないわけじゃ。まして、今回のマナ溜りの性質であれば、あくまで周囲から微量を吸収するものでマナの減少値はおそらくたいしたことはない。従って変化量も数値的には少なく、その感知は極めて難しいじゃろう」
「けど、ラクシャーヌは探し当てたぜ?」
「うむ。ゆえにこそ、異常なのじゃよ」
つまり、その時点でおかしかったということか。そう言えば、何か微妙な反応もあった気がする。
「その理由として考えられるのはひとつ。件のマナ溜りには別の仕掛けがあったという推測。意図しない手を加えられたからこそ、外部から感知されたということじゃな」
「意図しない……?要するに、第三者が何かしてマナ変化が激しかった……ああ、そうなると可能性としてガンラッドの名が出てくるわけか」
「この地下世界に現時点でわしら以外にいる人間はほぼいないからの。ただ、何をしたのかがさっぱり分からぬ。ゆえ、その手がかりとなるものをラクシャーヌが見ていないかと思って問うたまでよ」
なるほど、オホーラの懸念は今の説明でようやく理解できた。
分からないのは、ラクシャーヌがそれを言わずにいた点だ。
災魔が見つけたもの自体は、既に引き渡してもらっている。それは一見したところ何の変哲もない小さな木箱にしか見えなかった。ただ、開閉する蓋などはなく完全に密閉されている点が奇妙だった。
オホーラによれば、魔道具の一種らしい。三本線のサインはなかったが、おそらくはガンラッドが作ったものだろう。マナ溜りからマナを吸収して集積する機能があると推定されるという。
ラクシャーヌがそれを隠し持っていたのは、自分用に盗んで使おうとしていたためらしい。
魔法を使う者として非常用にマナが保有できるのは貴重だ。その考え方は理解できなくはない。ならば、普通に欲しいと言えば良かっただろうと思って問い詰めると、賢者の命を狙っている者が作った魔道具を使うことに拒否反応が出て、使用許可がでないことを恐れたとのことだった。
クロウにはその感覚が良く分からなかったが、オホーラ自身はなるほどとうなずいていた。
一般的な感覚では、そういうものらしい。どんなに優れた道具であろうと、その発明者が大量殺人者であったり、無辜の犠牲の上に成り立った道具であった場合、人はそれを使うことをためらうという。クロウには理解しがたい論理だった。道具そのものが有用であれば使えばいい。しかし、そこに感情を差し挟んで思考するのが人間なだと指摘された。
逆に言えば、そこに思い当たるラクシャーヌはクロウよりもより人間らしい感情を持っているということになる。同じく過去がないはずなのに、この違いはどこから来るのだろうか。
やや複雑な気持ちになったクロウだった。
とにかく、今その魔道具の解析はオホーラが行っている。使い魔の蜘蛛の状態で可能なのかと問えば、形状を事細かに視たり触れたりした後、そこからは記憶の中で検証するだけだから問題ないと天才らしい答えが返ってきた。
ユニス辺りにも伝えて共同でやった方が捗る気がしたものの、一人の方が効率が良いこともあるだろうと信じることにした。
皆にその魔道具のことを言わないという判断も、何か考えがあってのことだろう。
いや、それよりももう一つのものについて結論が出ていないからかもしれない。
ラクシャーヌがマナ溜りで発見したものは、実は別にまだあったのだ。
その不確かなものこそが、災魔と賢者の頭を悩ませているもので、クロウにはさっぱり分からないものだった。
曰く「細長い棒が幾つか天に向かって伸びたもの」で独特な魔力が感じられたらしい。マナ溜りを災魔が見つけられたのは、その魔力のおかげだった。更に不思議なのは、棒状の集まりそれ自体が自然に消えたということだった。
単なる幻覚だと一笑に付すことは簡単だが、ラクシャーヌはそれに触れようとして何か弾かれたような感覚があったという。そして、その事実こそが災魔の口を閉じさせた要因だった可能性があった。詳しくは語らなかったものの、ラクシャーヌはその反発に何か嫌なものを感じたとのことだ。
その正体不明の予感と不安が、黙っていた理由だという。そんな得体の知れないものを不安がっている自分を知られたくなかったとのことで、一応の筋は通っている。
自己評価が高い災魔なので、そのような考えをすることに一定の理解はできる。
一方で、それだけではないのではないかという疑問があるのも事実だ。何か別のことを隠しているのではないか、そんな疑念がクロウの中にある。
かといって、殊更それを暴き出したいわけでもない。
運命共同体のような状態であれ、クロウとラクシャーヌはすべての思考、目的が同じベクトルに向いているわけではない。それぞれに何か思うところがあるのは自然であり、必然のことだと分かっている。多少の心の声がお互いに漏れあっているとしても、何もかもが伝わるわけもなく、何かしら見えないものを抱えているのは当然だ。
だからこそ、その場で深く追求はしなかった。
しかし、オホーラもその訳の分からない棒状の集まりについてはよほど気になるようで、ずっと考え込んでいる。クロウにはそれの何が二人の中で引っかかっているのか理解できなかった。世の中には良く分からないものが沢山あるのは当たり前で、そんなものの一つにしか思えなかったからだ。
そんなことを振り返りながら、クロウは今日も地下世界の森を探索していた。
その日も特に何の成果もなく終わろうかという頃。
不意に、ユニスが「あっ」と声を上げた。
何事かと皆がそちらを見る。そんな叫びが出たということはついに魔力探知に反応があったのだろうか。
複数の期待した視線を感じたのか、ユニスは申し訳なさそうに言う。
「ああ、いや、反応があったってほどでもないんだ、すまない。ただ、今までより少し大き目に動いたんで、つい、ね……」
「何だよ、気のせいってか?」
ステンドが落胆した声を出す。ここまで一度も反応がない経緯があるだけに、今度こそという思いが拭えないのだろう。
「今までもそういうちょっとした動きはあったのか?」
何の気なしにクロウは尋ねてみる。
「え?まぁ、あるにはあったけど、正直微妙な揺らぎのような感じだから、本当に気のせいレベルなんだ。それに、例えるなら瞬間的に点灯するってことはありえなくて、恒常的になるはずなんだよ。つまり、ぱっと点滅するみたいなことってのは違うというかなんというか」
ユニスの説明は分からなくもなかった。人の反応であれば、そこに存在する以上ずっと感知できているはずだということだ。
「……意図的に消す方法はない?」
珍しくミーヤが口を挟んでくる。この閉塞した状況を嫌って何か行動を起こそうとしているのかもしれない。
「うーん、自分の魔力を極力抑えること自体は、できなくはないし、魔力探知を弾く特殊な魔防壁とかもあるにはあるんだけど……仮にそうだとしても、一瞬でそれを察知して展開するって言うのは現実的にはあり得ないね」
「あー、確かになー。なんか探知されたって気づいたとしても、その場ですぐに対処はできねーか」
「そうっすか?準備してたらいけるんじゃ?」
意外にもイルルが反論した。
「どういうことだ?」
「魔道具っす。前に、自動でそういう魔力探知を打ち消す効果の奴を見たことがあるっす」
「何だって?」
ユニスが驚いた声をあげる。その反応からして知らなかったようだ。
「そんな風に自動対応できるものは聞いたことがないよ?本当にその効果はあったのかい?」
「本当っす。でも、そうっすね……確かにあれは試作品でどっかの軍が極秘開発してたものだったかも……一般的には出回ってないっすね」
イルルが遠くを見ながら思い出したように言う。ウッドパック商会が関わった裏社会の取引だったのだろうか。便乗するように、ブレンが付け加える。
「我も風の噂でそのような話を聞いたことがある。壮麗で隠匿な機能美を持った装置を、どこかの隠密部隊が開発していると……魔力探知を掻い潜れるのならば、優美な斥候を果たせるのは間違いないゆえに」
「なるほど。戦争屋、軍関連の魔道具なら、よほどの緘口令がしかれているだろうね。僕が耳にしたことがなくても不思議じゃない……」
「だとしたら、ガンラッドが同じようなものを持っている可能性は?」
クロウは要点をつく。重要なのは今ここにそれが存在するかどうかだ。
「ふむ。わしもそういったものは知らなんだ。じゃが、既に試作品があるというのなら、魔道具使い(ユーザー)である彼奴が自作できない道理はない。魔力探知対策は可能だとは思っていたが、条件で自動且つ瞬時に発動する方法があることは想定しておらん。もっと早く気づくべきじゃった」
ユニスが答えるより早く、それまで黙っていた賢者が肯定した。
「つまり……?」
「さっきの反応は本物で、打ち消されただけかもしれないってことさ」
今度は自信をもってユニスが答える。実際の反応を確認していた当人がそう言うのなら、信じない手はない。
クロウたちは一気に活気づいて、その追跡の足を速めることにする。まるで背中すら見えない相手を追いかけている気分だったが、初めてその影を見かけたようなものだ。わずかでもゴールに近づいている感覚があるだけで、モチベーションは高まる。
「それにしても、イルル。もっと早くその情報を言って欲しかったな」
「いや、その対策もされてるものだと思ってたっす……」
「それはわしの落ち度じゃな。面目ない」
「――っ!?と、とんでもないっす!」
賢者に謝罪させることになったイルルが恐縮してクロウの背後に隠れようとする。
「俺を盾にするな」
「ん、邪魔なのん」
加えて、そこにはなぜか終始ひっついているココという先客がいる。またクロウがどこかに行かないように密着して監視するためらしい。暑苦しいので遠慮願いたいが、何を言っても聞き入れないので根負けして好きにさせていた。
「主、薄情。イルルちゃんもきついっす……」
「ThiThiーーー!」
嘆くイルルにシーアが励ますように鳴いた。実は気に入られているのだろうか。たいして交流していた記憶はないのだが。
それからしばらく、ユニスが指し示す方向へと一行は足早に進んだ。
はっきりとした目的地があると足取りも軽い。これまでと違って、わずかな反応も気のせいだと切り捨てることなく拾うことで、ユニスの探知結果は目覚ましい効果を上げていた。おおよそのパターンが読めたらしく、その範囲の絞り込み精度も上がっているようだ。
鬱蒼とした森の中にあっても、皆の士気は高かった。すっかりと慣れた隊列を組んで、魔物を警戒しながら順調に歩いてゆく。
今までは不快に聞こえていた名も知らぬ鳥や、虫たちの鳴き声もあまり気にならなくなっていた。心の持ちようで色々なものが変わるのだとクロウは気づかされる。
「うん、この先にいることは間違いないと思う」
不意にユニスがぽつりと、しかし力強く呟く。
「ほぅ、そいつは頼もしいが、ここまでヤツの痕跡らしいものはなかったぜ?」
ステンドは疑問を投げるが、その声に不信感はない。
「そりゃ、同じルートを辿っているとは限らないからね。この広い森で道もないんだから当然だよ」
「それもそうか」
「では、このまま一気に華々しく距離を詰めるか?我が一番槍をしてもよいが?」
「いや、そこまで近くもないよ、ブレン殿。今までと比べて大分詰まったってだけでね。それに、相手の警戒範囲も不明だ。ある程度の距離を保って動かなくなったときに一気に迫るのがいいと思う」
「同意。相手も休息をとる。そのタイミングが重要」
ミーヤが短く頷く。
「まだ王手をかけるには早いってことだな。焦ってここで取り逃すよりはいい。慎重にいこう」
クロウの一言で方針は決まった。
もうすぐ陽も落ちる時間だった。着実に追い詰めるためには万全の準備をした方が、結果的には効率がよくなるはずだ。
誰もがガンラッドとの対決が近いことを肌で感じていた。




